俺たちは虎族の里をあとにし、ワープでケルバ城へと帰還した。
真っ先に報告したのは、リアの叔父であるカイだった。
「おう!戻ったのかみんな!リア!どうだった?」
「カイおじちゃん、ただいま!うん!パパとママに会えたよ。ありがとう、ほんとに、ありがとう。」
「それはよかった。ちゃんと甘えられたかー?」
「ちょっとからかわないでにゃ~!!……でも、ほんとに生きていてくれてよかった。」
その目にカイはリアを強く抱きしめ安堵の顔をした。
「それでカイおじちゃん。虎族の里は“獣神の里”と呼ばれているのは知ってたの?」
カイの顔色が変わった。
「すまない。それは言えなかった。」
「虎族の里長グライスさまが言ってた。リアは“獣神の末裔”だって。」
「そうだ。リアたち黒猫族は、風と影を読む者、“迅なる爪”と呼ばれた古き戦士の血を継ぐ“獣神の末裔”だ。」
「そうだったの。それはびっくりしたけど私は受け止めたよ。ママが記した“獣神の系譜”も託された。」
「読み方はわかるかい?」
「ちょっとわからないかも。」
「これは獣人の古語で書かれたものだ。あとで教えよう。」
「ありがとう、カイおじちゃん!」
少し考え込んだカイは俺に、
「ライザン長老がお待ちだ。付いてきてくれ。」
と言い、俺たちはあとに付いていくことにした。
——ケルバ城 謁見の間。
重厚な扉が開くと、ライザンが玉座に座っていた。
千の戦を見届けてきた老獣人の眼光が、灯生たちを見据えている。
「帰ったか、灯生殿。それで、会えたのか?黒猫の両親とは。」
重々しく、だがどこか安心を含んだ声。
「ただいま戻りました。はい、虎族の里にリアの両親がおりました。」
ライザンはゆるやかに頷く。
「聞かせてもらおう。そなたらが見たもの、出会った者、そして得たものを。」
それからは、リアが“獣神の末裔”だということや『原初の徴』と呼ばれる力を持っていること。
そして重大なこと。
獣人はかつて王国と盟約を交わしていたが、半年前、“獣神の石碑”が破壊され、王国は協定を反故にし、その後、密かに血族の排除が始まりリアの黒猫の里もその犠牲になったことを伝えた。
話している間、ライザンの顔が苦々しく後悔と悔しいという思いが伝わるくらいの表情にみるみる変わっていった。
「それはまことか、灯生殿。」
まだその思いが溢れ出ている重々しい声だった。
「はい、虎族の里長グライスさまが仰っていましたから。」
「まさか王国の侵攻の火種が“獣神の石碑”が破壊されたことが原因だったとは!クソがぁーーーーーーーー!」
その思いが咆哮へと変化した。ライザンの咆哮が国中に響き渡った。
それは長く、重く、低く、それでいて心に響く嘆きの咆哮だった。
「我々の神を侮辱され、同胞たちが死に、奴隷となり果てるなど許せん!!人間どもに思い知らせてくれる!カイよ!すぐに兵を揃えよ。それから国中の“獣神の末裔”も集めよ!」
「まぁ少し落ち着いてください、ライザン長老。お気持ちは分かりますが今はこの国は安全です。俺が結界を施しましたから!」
「がしかし、この思いを……この思いをどこに吐き出せばよいのだ……!」
ライザンの拳が玉座の肘掛けを叩くたび、石の床がビリビリと震えた。
「人間どもに牙を剥くときが来たのだ!」
「ライザン長老……!」
思わず声を上げたのは、灯生だった。
「その怒り、俺たちも理解できます。でも、だからといって今、王国に牙を向ければ、それは……。」
「それは何だ。おまえは人間の側に立つのか、灯生殿?」
その一言に、空気が一気に冷え込む。
灯生は言葉を失いそうになったが、視線を逸らさずに言い返した。
「俺は……どちらにも立たない。ただ、リアのためみんなのために、そして今を生きる人々のために、戦うだけです。」
そのとき、謁見の間の扉が再び開き、城の伝令が駆け込んできた。
「報告! 王国軍が再び進軍を開始、ケルバ城へ向かっているとのことです!」
その言葉に、場の空気が一変する。ライザンは目を見開き、拳を強く握りしめた。
「奴ら、我らが黙っているとでも思ったか…!」
カイが一歩前に出て、冷静に状況を整理する。
「進軍の規模は?どの程度の兵力か、詳細は?」
報告者が答える。
「前回の襲撃よりも大規模です。騎士団を中心に、魔導師部隊も確認されています。その数……1万!」
灯生は眉をひそめ、リアと目を合わせる。リアの瞳には、恐れと決意が混在していた。
「早急に対策を講じよ!」
ライザンが立ち上がり、力強く宣言する。
「我らは再び立ち上がる時だ。カイ、全軍に非常召集をかけよ。灯生、リア、君たちも準備を整えてくれ。」
カイが頷き、すぐさま行動に移る。灯生とリアもそれぞれの役割を果たすべく、動き出した。