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第18話 仮の告白

「つぐみさん、僕は……あなたが好きです」

彼が呟くように私に言った時、どきりと心臓が大きく跳ねた。

そして、すぐに私も返事をしなきゃと思う。

今言われた事が消え去ってなくなってしまうような感覚に捕らわれたからだ。

しかし、実際に言うと意識したとたん、私の心臓が一際躍動して胸から飛び出しそうな気分に見舞われる。

こんな事は初めてだった。

正和さんに好きだといったときは、確かにドキドキしたがここまで激しく感じた事はない。

しかし、私は何も言う事は出来なかった。

彼の言葉はそれで終わらなかったからだ。

「……でも、今の僕には……あなたと付き合う資格はありません…」

つまり、えっと、要は私は振られたってことだろうか。

さっきまでの高鳴りが嘘のように鎮まりこんでいき、一気に身体から力が抜けそうになる。

いけない、いけない。

わたしは何とか無理やりに身体に力を入れる。

そうしなければ、涙が溢れてその場でしゃがみこんで泣き崩れそうだったから。

そして、なんとか「なぜ?」って言葉を口にする。

多分、不安で泣きそうな顔だったりだろう。

それを安心しさせるかのように私の問いに彼は微笑みながら答えた。

「きちんとけじめをつけたいんです。今までの自分に……」

そう言って彼は空を見上げた。

その視線はまっすぐ空を見上げている。まるで目指す何かがそこにあるかのように。

「親友とはもう彼らは思っていないと思うけど親友と彼女にきちんと謝ってきます。自分が悪かったって。もっとも、もう本人達は気にしていないかもしれませんけど、それでもきちんと謝ってきます。まぁ、独りよがりの自分の都合ばかりだとは思ったんですけどね」

苦笑しつつそう話す彼の顔はまるで憑物が取れたかのようにさっぱりとしていた。

多分、今までその出来事が彼の心に深く沈みこみ、楔となり、重石となっていたのだろう。

だが、今、それを私に全てを話すことで露にし、向き合い、償う事を決意したからこそ今の彼の表情がある。

私はそう思った。

そして、再び、私の方に彼は視線を向けるとはっきりと言い切った。

「それが終わったらきちんと言います。『付き合ってください』って……」

その言葉に、私はほっとすると同時にうらやましかった。

彼は自分の問題を自分ながらもどうにかしょうとしている。

前向きになって真摯に取り組もうとしている。

しかし、私はどうだろうか。

逃げてばかりだ。

この前の正和さんが来た時だって、ただ帰ってくださいの一点張りしか言えなかった。

未練があるわけではない。

別れた事に後悔もない。

しかし、熱意は冷め、好きという感情が薄れてしまったとはいえ彼を嫌っているわけではない。

だから、彼に嫌われてしまうのが怖いという思いが私の中でいまだにある。

それはそうだろう。出会ってから何年も思い焦がれ共に過ごしてきた人だから。

しかし、それは私のいい訳でしかないと彼の話を聞き、彼の決意を聞いてはっきりとわかった。

だから、このままで言い訳がない。

そんな事を考えてしまっている私に、彼はぽんぽんと肩をやさしく叩く。

「もっとも、その間につぐみさんをあの男に取られたらたまりませんからね。その前にあの男にははっきりとさせたいと思ってます。構いませんよね?」

多分、私の表情から気持ちを読んでくれたのだろうか。

私を優しくいたわるようにそんなことを言ってくれる。

「は、はい」

多分、私はずるいのだろう。

好意に甘えて自分は傷つくことなく彼に悪役を押し付けようとしている。

申し訳ないと思う。

本当なら、私がはっきりさせないと駄目なのに。

そんな私に、「女性を守るのは男の役目ですからね」と彼はおちゃらけた口調でそう言って笑う。

その笑顔に私は癒される。

そして、自分がますます情けなく感じてしまう。

多分、誰にでもいい人であろうとすることが間違いなのだろう。

拒絶する時は、きちんと拒絶しなければならないのだ。

なにより、人は人を傷つけ、そして迷惑をかけて生きている。

だけど私は何をしていいのかわからない。

どうすればいいのか、わからない。

私はこんなに弱かったのかと自覚させられる。

だから、今は彼の好意に甘えよう。

でも、いつかはきちんと決着をつけよう。

自分自身の考えで……。

だから、私は彼に言う。

「ありがとう」と……。



1時間もしないうちに二人はそろって病室に帰ってきた。

その様子から、多分話し合いはうまくいったのだろう。

最初の緊迫した感じはもうない。

ただ甘いようで甘すぎないような雰囲気が漂ってくるように南雲は感じる。

うーん。もっと甘々になると思ってたんだがな。

意外な雰囲気に南雲は少し自分の予想が外れた事を残念に思った。

甘々なら散々からかってやろうと思っていたからだ。

そして、二人が出た後に美紀が一日分の着替えを家から取ってきて病院に戻ってきた。

最初、つぐみがいない事に慌てていたが、二人で話し合いに行ったと言うと少し安心したのかほっとした表情を見せた。

しかし、すぐに今度は別の意味でそわそわしだす。

今どんな事を話してどんな感じなんだろう。

結果はどうなるのかな?

そんなことをぶつぶつ言っている。

その様子は、姉の事を心配するのが半分で、残り半分は好奇心と言ったところだろうか。

だから、すぐに南雲に見に行くものじゃないぞって釘を刺されてふてくされている。

もっとも、二人の姿が見えた瞬間、その表情は好奇心一色に染まってしまったが。

「話し合いはついたか?」

南雲のその言葉に、目を輝かせ、好奇心いっぱいの顔で美紀がうんうんと頷く。

こっちを見て苦笑を浮かべた後、二人は互いの顔を見て少し赤面して頷いた。

どうやらなんとかなったかな。

ふう……。

ほっとした瞬間、無意識のうちに南雲の口から息が漏れた。

ちょっかいを出した当人としても気にはしていたのだろう。

「で、で、で、二人は付き合うんだよね?」

興味津々で聞いてくる美紀に、二人はまた顔を見合わせると笑いつつ否定する。

その対応に、美紀は驚きの声をあげ、南雲も少し驚いたのか顔の筋肉が少し引きつっている。

「僕の方のけじめがつけばきちんと告白して返事をもらいたいと思ったんです」

彼がそう言って笑う。

実に気持ちいいほどの笑顔だった。

その横でつぐみも笑っている。

「何でよ~っ。勢いでそのまま付き合えばいいじゃん」

美紀がそう愚痴ると南雲がまぁまぁとなだめながらも「いいのか?」と聞いてきた。

「はい。これは僕のわがままなんです。けじめをつけないと前に進めないと気が付いたから」

「そうか。つぐみちゃんもそれでいいんだな?」

南雲の言葉につぐみは頷く。

その表情には納得している様子が伺える。

「二人が納得しているならいい」

「えーっ、南雲さんっ、それでいいって」

「仕方ないだろう。二人の問題なんだから」

「ぶーっ」

不平顔の美紀が、そのまま彼に文句を言う。

「その間に、他の男につぐねぇ取られたらどうするのよ」

その言葉に、彼は一瞬少し不安そうな顔を見せたものの、

「取られないように、がんばるさ。それに、元許婚との事も何とかするつもりです。もっともつぐみさんが告白の時に別の人を好きになっていたなら諦めるしかないけど……」

と言った後、つぐみの顔を見てはっきりと言う。

「ともかく、つぐみさんが望まない限り、彼女を守るって約束したから……」

その言葉はテレたのか最後の方は軽い口調だったが、美紀を納得させるのに十分だったのだろう。

「あ、もういいわ。ご馳走様」

少し呆れ顔で美紀はそう言った。

そして横を向いて呟く。

「それって付き合っているのと変わらないじゃない……」

多分、二人には聞こえなかったようだが、南雲には聞こえたのだろう。

「まぁ、そんなもんだな」

南雲も呆れ顔でそう呟いていた。

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