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第22話 優斗の訓練

 それから一週間、わたしたちは仕事や勉学に精を出しつつも、それぞれの課題に取り組んだ。わたしと茜ちゃんは古代魔法の書物を研究し、優斗くんと拓人さんは守護魔法の訓練に励んだ。

 土曜の午後、事務所の裏庭で優斗くんの訓練が行われていた。裏庭といっても、魔法で隠された空間で、一般の人からは見えない。魔法で拡張され、広々とした芝生の庭に練習用の的や魔法道具が並べられている。


「集中して、優斗くん。結晶を手のひらで包み込んで、指は交互に組んで、力み過ぎないように!」


 わたしは優斗くんに声をかけた。彼は庭の中央に立ち、両手でエリアス先生からもらった青い石を握りしめていた。彼の表情は真剣そのもので、額に汗が浮かんでいる。


「魔力を感じて、それを石から外に流すイメージを持つの」


 優斗くんは目を閉じ、深く呼吸した。彼の周りに微かな光が現れ始めた。最初は淡い霧のようなものだったが、次第に明確な形を取り始める。


「いい感じ!」


 わたしは思わず手を叩いた。彼の成長ぶりには目を見張るものがあった。たった一週間でこれほど魔力をコントロールできるようになるとは。

 拓人さんも腕を組んで見守っていた。彼の表情は厳しいが、目には微かな期待の色が浮かんでいるのが分かる。


「もう少し……」


 優斗くんが集中を深めた。彼の周りの光が強くなり、青い石から光の筋が指を透過して前に伸び始めた。光は徐々に広がり、優斗くんの前に小さな盾のような形を作り始めた。


「すごい!守護の盾ができてるよ!」


 わたしは驚きの声を上げた。守護魔法の基本形である「盾」を形成できるまでには、通常は何ヶ月もかかる。それを一週間で形にするなんて、本当に驚くべき才能だ。

 しかし、その直後、光の盾は揺らぎ始め、消えてしまった。優斗くんは息を切らし、膝をつく。


「うっ……疲れた……」

「無理するなよ」


 拓人さんが近づき、優斗くんの肩に手を置いた。


「最初から完璧にできるわけがない。少しずつだ」

「でも、拓人さん……百年目の満月まであと二週間しかないのに」


 優斗くんの声には焦りが混じっていた。


「だからこそ、確実に力をつけることが大事なんだ。無理して倒れてたら意味がない」


 拓人さんの言葉は厳しいが、その底には優斗くんを心配する気持ちがあるのが分かる。


「そうだよ、優斗くん」


 わたしも声をかけた。


「今日の成果は十分すごかったよ。初めての守護の盾が形になったんだから」


 優斗くんはまだ満足していない様子だったが、それでも頷いた。


「明日も頑張ります」

「うん、でもまずは休憩にしようか。お茶を入れるね」


 わたしは事務所に戻り、みんなの分のお茶を準備した。窓から見える裏庭では、拓人さんが優斗くんに何かアドバイスをしているようだった。最初は素っ気なかった拓人さんだが、いつの間にか優斗くんの良き理解者になっていた。

 キッチンでヤカンを火にかけながら、わたしは優斗くんの成長ぶりに思いを馳せていた。魔法の素質がある人でも、ここまで早く上達することはめったにない。古来の魔法書によると、才能が開花するには「心の鍵」が必要だという。きっと優斗くんの中にある純粋な心が、その鍵を自然と開いていったのだろう。


――でも、わたしが魔法学校に入った時は全然ダメだったなぁ。最初の実技試験の時、杖から炎を出したら力を入れ過ぎて先生の髭を燃やしちゃったっけ。


 懐かしい思い出に微笑みながら、わたしはお茶を淹れ終えた。ちょうど茜ちゃんも研究書から顔を上げて、キッチンに入ってきた。


「優斗の訓練はどうですか?」


 茜ちゃんがお茶を運ぶのを手伝いながら尋ねてきた。彼女は本を読んでいたとはいえ、やはり幼馴染のことが気になるようだ。


「すごいよ。守護の盾を形にする所まで行ったんだから」

「えっ、もう?そんなに早く?」


 茜ちゃんも驚いた様子だ。彼女は古代魔法の本をきちんと読み込んでいるので、その難しさを理解している。


「そう。何らかの特別な才能があるみたい」

「優斗が……」


 茜ちゃんはお茶を運びながら、少し複雑な表情を浮かべた。


「なんか不思議ね。小学校の時は、いつまでも鉄棒から落ちては『逆上がりできない』って泣いてたのに」

「えっ!優斗くんが?」


 わたしは思わず笑い声を上げそうになり、お盆の上のお茶が揺れる。声は何とか我慢したが、ひとりでに口角が上がってにやけていくのは止められない。


「そういう話、大好き。もっと無いの?」

「あっ、ごめんなさい。そんなこと言うべきじゃなかった」


 茜ちゃんは慌てて取り繕った。彼女は友達の秘密を漏らしてしまったことを後悔しているようだった。でも、この小さなエピソードを聞いて、わたしは何だか嬉しくなった。現在の頼もしい優斗くんも、かつては普通の男の子だったんだな、と身近に感じられたから。

 裏庭に戻ると、優斗くんと拓人さんは木陰で休んでいた。二人にお茶を渡し、わたしたちも座った。春の穏やかな日差しが四人を包み込む。


「何か面白い話してたんですか?」


 優斗くんが尋ねた。


「え?」

「千秋さん、なんだか顔がにやけてますよ」

「ああ、べ、別に……」


――ヤバっ。顔に出てた!


 わたしは茜ちゃんに悪いので、話題を変えることにした。


「それより、次はどんな訓練をしたい?」

「盾の強化をしたいです」


 優斗くんは真剣な表情で言った。


「もっと大きく、もっと強くしないと、影魔法使いには対抗できないと思うから」

「焦るな。まずは基礎を固めろ。大きさより密度だ」


 拓人さんが冷たいお茶を一口飲んで言った。


「密度?」

「ああ。魔力粒子をぎゅっと凝縮させた方が、硬く防御力が高くなる。広げすぎると薄くなって、すぐに破られる」

「拓人さん、詳しいですね」


 優斗くんが感心した様子で言った。


「まぁ。魔法使いじゃなくても、基本くらいは知っておいた方がいいからな」


 拓人さんは少し照れくさそうに言った。


「拓人さんはこう見えて魔法理論の知識が割と豊富なんだよ」


 わたしは思わず自慢気に言った。


「どうしてお前が自慢げに話してるんだよ。それに、こう見えてって……、一体お前にはどう見えてるんだ?」

「これでも一応尊敬してるんだから、ありがたく思ってよね。確か妹さんのことがあって、魔法について独学で勉強したんだよね」

「ああ、そうだ」


 拓人さんはぶっきらぼうに短く答えた。妹の美咲ちゃんの話題は、彼にとってはまだデリケートな問題だ。一瞬、気まずい空気が流れた。


――しまった。この話題、まだ簡単に触れるべきじゃなかった。わたしのバカバカ。


「あ、そういえば」


 わたしは何とか話題を変えようとして、無理やり思い出したような言い方になった。


「今日エリアス先生から届いたものがあるんだった」


 わたしはポケットから小さな布袋を取り出した。その中から取り出されたのは、淡く光る四つの腕輪だった。


「これは守護の腕輪。魔力を増幅してくれるアイテムだよ」

「わたしたち用ですか?」


 茜ちゃんが興味深そうに見つめた。


「そう。特に優斗くんの守護魔法の力を高めるために作られたものだけど、わたしたち全員分を用意して下さったの」


 拓人さんも、珍しく興味を示した様子で腕輪を手に取った。


「古代魔法の技術か。ずいぶんと精巧な作りだな」

「つけてみて」


 わたしは優斗くんに一つ渡した。上着を脱いでTシャツ1枚になり、彼が左腕に直接触れるようにはめると、腕輪が青く光り、彼の体全体が一瞬光に包まれた。


「わっ!なんだか体が軽くなった気がする!」


 優斗くんは驚いた様子で自分の腕を見つめた。そんな様子の彼にわたしは説明する。


「それが魔力増幅の効果だよ。どう?増幅だけじゃなく、優斗くんの中にある魔力の流れがスムーズになったのも分かる?」


 わたしの言葉を聞いて、優斗くんは何度も頷いている。

 残りの腕輪もそれぞれに渡したところ、茜ちゃんの腕輪は緑色に、拓人さんのは赤く、わたしのは紫色に光った。


「みんな光の色が違いますね」


 茜ちゃんが不思議そうな顔になった。


「これはそれぞれの個性に合わせて調整されているの。エリアス先生の細やかな気配りね」


 わたしは説明しがそう説明すると、拓人さんが私の方を向いて不安げに呟いた。


「渡す人を間違えてるって事は無いよな?」

「大丈夫だよ。何度も確認したし、みんなエリアス先生の想定通りの色に光ってるし」


 あまり疑われるとわたしまで不安になってくるので、拓人さんの不安を吹っ切るように宣言する。


「さあ、十分に休めた?そろそろ訓練を再開しようか」


 そう言ってわたしは立ち上がった。しかし、そのとき、不思議なことが起きた。わたしの足が地面から浮き始めたのだ。


「え?え?ええっ?」


――何これ!?いつも通りに普通に立ち上がっただけなのに!


 わたしは慌てて何かに掴まれないかとっさに両手を振りまわした。しかし、ゆっくりと、だが確実に空中に浮かんでいく。


「千秋さん!?」


 優斗くんが驚いて声を上げた。


「な、なんで浮いてるんですか!?」

「わ、わからないっ!」


 わたしは空中で必死にもがいた。すでに地面から1メートルほどの高さになっている。


「腕輪だ!」


 拓人さんが即座に判断した。


「腕輪の影響だ!千秋、落ち着け!」

「落ち着けって言われても!」


――お、落ち着き方が分かんないよ~。


 わたしは空中でバタバタしながら叫んだ。


「どうやって止めればいいの!?」

「自分の魔力だろ!自分でちゃんとコントロールしろ!」


 拓人さんが次の指示をくれた。


「深呼吸して、魔力の流れを意識するんだ」


 わたしは必死に深呼吸をした。肺が苦しくて涙目になるほど空気を吸い込んで吐き出した。少し落ち着くと、確かに腕輪から不思議な力が流れ込んでいる感覚がある。わたしの不安定な魔力と相互作用して、重力制御の魔法が無意識に発動したようだ。


「集中して、『下りる』ことをイメージするんだ」


 拓人さんが落ち着いた声で導いた。

 わたしは目を閉じ、「下りる、下りる」と心の中で繰り返した。すると、ゆっくりと体が降下し始めた。しかし、今度はその速度が徐々に増していく。


「あ、あれ?ちょ、ちょっと速すぎる!」

「千秋さん!」


 優斗くんが反射的に動いた。彼が両手を広げると、彼の周りに青い光が現れ、わたしの下に光の盾が形成された。わたしはその盾の上に着地し、転がるように庭に戻った。


「いたた……」


 わたしは盾で打ったお尻を擦りながら起き上がった。


「大丈夫ですか?」


 優斗くんが駆け寄ってきた。


「え~と、うん大丈夫。ありがとう、優斗くん」


 わたしは感謝の気持ちを込めて言った。


「優斗くんの守護の盾が、わたしを助けてくれたみたい」

「僕の……盾?」


 優斗くんは自分の手を見つめた。彼自身、無意識のうちに守護魔法を発動させたようだ。


「そう、立派な守護の盾だったよ」


 わたしは優斗くんの能力を讃えて彼に微笑みかけた。


「危機の瞬間に無意識に出せるなんて、とても素晴らしい才能だよ」

「やれやれ。今度は壁に穴を開けずに済んだな。千秋の失敗と言えば壁の穴だからな。犠牲になったのが千秋の尻だけで済んで良かった」


 拓人さんが皮肉を言いながらため息をつくという器用なことをする。


「まあしかし、千秋のポンコツぶりのおかげで、思わぬ訓練になったな」

「も〜!わたしのせいだけじゃないって!腕輪が反応しただけで……」


 わたしが抗議しようとしたその時、事務所の方から店長の声が聞こえた。


「千秋、何をやっておる!」


 店長が黒猫の姿で塀の上から見下ろしていた。どうやら、わたしが空を飛んでいる様子を目撃したらしい。


「あ、店長……これはその……腕輪の調整中で……」


 わたしは言い訳をしようとしたが、店長の鋭い目に言葉が途切れた。


「まったく、魔法のアイテムを扱うときは慎重にせんか!何度言えば分かる?お前の魔力は不安定だということを忘れたのか?それとも寝るたびに頭の中がリセットされる構造か?脳に物理的に刻み付けてやった方が良いか?」


 店長が恐ろしいことを言いだした。わたしは何も反論できず、反省の意を込めて頭を下げた。


「はい……すみませんでした……」

「それにしても……、千秋のポンコツぶりに引き換え、優斗くんの反応は見事だった。危機的状況で咄嗟に守護魔法を発動させるとは」


――またポンコツって言われた。わたし、泣いても良い?


 店長は視線を優斗くんに移し、一転、今度は彼を褒め称える。


「あ、ありがとうございます」


 優斗くんは少し照れた様子で言った。


「この調子で訓練を続けるがよい。百年目の満月まで、あと二週間しかないからな」


 店長は偉そうに言っているが、分かりにくいその猫の目には焦りが浮かんでいるような気がした。

 店長の言葉に、全員が引き締まった表情になった。楽しい雰囲気の中でも、時間は刻々と過ぎていく。満月の夜までに、十分な力をつけなければならない。


「さあ、休憩は終わり!」


 わたしは気持ちを入れ替え、気合を入れて立ち上がった。


「優斗くん、じゃあもう一度、守護魔法の訓練をしようか」

「はい!」


 優斗くんが返事をするとともに、腕輪が再び青く光った。彼の周りにはもっと明確な青い光のオーラが現れている。腕輪の効果が、彼の潜在能力を引き出し始めているようだ。


「今度は、もう少し複雑な形を作ってみよう。例えば、ドーム状の守護壁とか」


 わたしは少し難易度を上げた提案をしてみた。


――本来なら無謀な挑戦なんだけど、優斗くんの成長率と腕輪の効果があればできる気がするんだよね。


「はい、じゃあやってみます」


 優斗くんは決意を新たにして、中央に立った。彼が目を閉じ、深く呼吸すると、青い光が彼の周りを取り巻き始めた。光は徐々に広がり、膨らみ、彼を中心としたドーム状の半球体を形成していく。


「すごい……」


 茜ちゃんが息をのむ声が聞こえた。彼女の科学的好奇心が強く刺激されているのが分かる。


「これは……完璧だな。この調子なら、満月の夜も何とかなるかもしれないな」


 拓人さんも認めるように言った。

 術を行使中の優斗くんの顔には汗が浮かんでいたが、彼の表情は満足げだった。ドームは半径2メートルほどの大きさで、内側に立つわたしたちを包み込んでいる。


「これが守護魔法の力……。すごい……こんな力が僕の中にあったなんて」


 優斗くんがつぶやいた。


「潜在能力は誰の中にもあるもんだよ。問題はそれを引き出せるかどうか。優斗くんは立派に引き出せたっていう事だよ」


 わたしは優しく優斗くんに語りかけた。優斗くんは集中しつつも頷いて返事を返す。そんな彼の目には新たな決意が宿っていた。守護者としての自覚が芽生えつつあるようだ。


「拓人さん、茜ちゃん、千秋さん。僕、絶対に強くなります。みんなを守れるように」


 優斗くんが真剣な表情で宣言し、三人は無言のまま頷いた。彼の決意に応えるように。

 守護のドームは十分ほど持続した後、ゆっくりと消えていった。優斗くんは疲れた様子だったが、達成感に満ちた表情を浮かべていた。


「素晴らしい成果だったね。練習は十分に進んだから、今日はこれくらいにしておこうか。疲れすぎは禁物だよ。いざという時に動けなくなっちゃう」


 わたしは彼を褒めつつ、過剰な負荷がかかるのを止めた。少しくらい余裕を持っていないと、次にいつまた影魔法使いたちに襲われないとも限らないのだから。


「でも、まだ……」

「だーめ!また明日ね。魔力の回復には休息が不可欠なの。少しくらい余裕を残すくらいがちょうど良いんだよ」


 わたしはきっぱりと言った。優斗くんは少し残念そうにしたが、納得した様子で頷いた。

 四人で事務所に戻ると、店長が暖かいハーブティーを入れて待ってくれていた。黒猫の姿でいったいどうやって入れたのだろう?どんな魔法を使ったのやら。何百年も生きてる魔法使いには不思議がいっぱい詰まっている。

 それにしても店長にしては意外な一面だ。いつもはツンツンしているのに、今日は少し違う。おそらく、優斗くんの成長ぶりに感銘を受けたのだろう。


「境界の危機が迫っている今、若い才能が育つことは心強い。特に『勇気』の徳を持つ者がな」


 店長がつぶやいた。


「『勇気』の徳?どこかで聞いたような……」


 優斗くんが首を傾げた。


「数百年前からある魔法界の伝説に、『五つの徳』という言葉がある」


 店長は棚の上から静かに語り始めた。


「知恵、勇気、献身、誠実、そして愛。これらの徳が結集したとき、最も強力な魔法が発動するという」

「五つの徳……。赤川教授の研究室で聞いた気がする……」


 わたしはハッとしてつぶやいた。


「おや?いつもの千秋なら授業中に寝ていたところだがな。赤川君からもう聞いておったか」


 店長が皮肉っぽく言った。


「も〜!そんなこと……」

「あながち間違いではないじゃろ?」


 優斗くんに向き直って店長は続けた。


「優斗くん、君の中には『勇気』の徳が宿っている。それが守護魔法との親和性を高めているのだろう」

「僕に?」


 優斗くんは驚いた様子だった。


「ああそうじゃ。それについてはエリアスの方がもっと詳しはずじゃから彼に聞いた方がいい。明日も行くんじゃろ?」


 店長は黄色い目で彼を、そして私たちを順にじっと見つめた。

 話はさらに深まりそうだったが、すでに夕方になっていた。窓から差し込む夕日が、部屋を赤く染めている。


「今日はもう遅いし、解散にしよう」


 わたしは宣言した。


「みんな、お疲れ様」

「はい、ありがとうございました」


 優斗くんと茜ちゃんは丁寧に挨拶し、帰り支度を始めた。拓人さんも書類を片付け始めた。


「千秋」


 彼が低い声でわたしを呼んだ。


「あいつの才能、本物だな」

「うん、わたしもそう思う」


 わたしも小声で返した。


「わたしたちが思っている以上かもよ」

「そりゃ守ってやらないとな」


 拓人さんのその言葉に、わたしは少し意外な気持ちを覚えた。常に冷淡な彼が、優斗くんのことをこんなに心配しているなんて。


「うん、みんなでね」


 わたしは微笑みながら頷いた。誰かを守ることは、守る側にも成長をもたらす。きっと拓人さんも、そのことに気づき始めているのだろう。

 結局、その日は優斗くんが茜ちゃんを送り、拓人さんがわたしを送った。月が昇り始めた夜空の下、それぞれの家路につく四人。心はすでに、次の訓練、そして百年目の満月の夜へと向かっていた。


「明日もがんばろうね」


 家の前で別れ際、わたしは拓人さんに言った。彼はいつものように無愛想に頷いただけだったけれど、その目には決意が宿っていた。

 百年目の満月まであと二週間。わたしたちの戦いはまだ始まったばかりだった。


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