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第5話「日常㉖(御堂 聖)」

 ◆


 翌朝も僕はいつもの様に探索に出る。

 クロはお留守番だ。せっかくため込んだ物資を盗まれでもしたらたまらない。

 実のところ一度そんな事があって凝りている。


 今日の目的地は昨日とは逆の方向、駅の西口方面だ。

 東京がこうなってしまう前から治安はあまり良くないけれど、それは今も同じだった。


 この辺はとにかくネズミが多い。

 ほら、今も……。


「うわあ……」


 僕は少し前の道を横切るモノを見てうんざりした声をあげた。

 うんざりもしたくなる。

 そのネズミときたら、ネズミだけどネズミじゃないのだ。


 頭は赤ん坊で、体はネズミ。大きさは三輪車くらいだろうか。

 赤ん坊の声で泣きながら歩いたり走ったりする。

 悪夢の中でもこんな生き物はみないだろう。


 ああいうモノがその辺をうろついているのだから堪らない。

 ちなみにお姉さんや傘の子にも聞いた事があるけれど、見たことも聞いたこともないらしい。

 二人ともこの手の知識には僕より断然詳しく、知りたい事を聞けば大抵は教えてもらえるのだけれど。


 “掲示板”で尋ねると、ああいうよくわからないモノは都市伝説とかがグチャグチャに混ざって産まれたものなんだとか。

 大抵は大した事がないけれど、たまにものすごくも産まれるらしい。

 そんな書き込みを見た時、僕はなんとなく「混ぜるな危険」を思い出したものだった。

 それ単体では無害な怪異でも、混ざってしまったせいで──みたいな。


 ◆


 探索といっても特にどことどこへ行って、みたいなしっかりしたものじゃない。


 スーパーやコンビニを見つければその中を慎重に探索するくらいだ。


 映画や漫画だとそういう場所は災害が起きてすぐに空っぽになるイメージがある。

 でも現実は少し違う。


 怪物がうろついている状況で、落ち着いて物資を漁れる人間なんてそうはいない。

 特に初期の混乱を考えれば手つかずになっているお店みたいなものもないわけではない。

 探せば何かしら残っているのだ。


 そんなわけで二時間ほど歩き回って、僕はいくつかの缶詰と未開封のペットボトル数本、それに乾電池を何本か手に入れることができた。

 十分な成果だ。


 僕はコンビニの前に並んでいる銀色のパイプ──車止め、というんだろうか──に腰かけて、一休みすることにした。

 周囲に人の気配はないけれど油断はできない。


 これも“掲示板”に教えてもらった事だけれど、こういうお店で待ち伏せして──みたいなことは珍しくないらしい。

 物資を探している人間なら、逆に物資をもっていてもおかしくはないだろう的な。


 僕は目を閉じて、ぱち、ぱち、と軽く手を二度打ち合わせた。

 空気がひやりと冷たくなる。


「お願いします。周りに人がいないかどうか。もし誰かいたらどんな人かも教えてください」


 小さな声で呟く。

 そして僕は座ったまま、静かに"知らせ"を待った。


 暫くたつち、ふわりと空気が動いて耳元がこそばゆくなった。


 そして囁き声。

 僕にしか聞こえない、風のような声。


 その声に僕は何度か小さく頷いた。

 そしてゆっくりと立ち上がる。


 知らせてくれたのは、僕に力を貸してくれている浮遊霊たちだ。

 桐藤 順次さん、47歳。人面犬に噛み殺された。

 枝折 栞ちゃん、15歳。暴漢に襲われて死んだ。

 三橋 了さん、30歳。避難の際、人の波に踏み殺された。


 彼らの死に様まで視えてしまうのは、正直言って気分の良いものではない。

 でも彼らは家族が見つかったら自分の事を伝えてほしいという条件で、僕に力を貸してくれている。


 別に情報収集だけじゃなくて、部屋にいるときに誰かが近づいてきたらラップ音か何かでそれを教えてくれるとか、暑いとき少し気温を下げてくれるとか。まあ体感が下がるだけで実際に気温が下がるわけじゃないみたいだけど。


 家族に何かを伝えたりとかだけではなくて、変わった条件もあった。

 例えば煙草だ。

 僕は当たり前だけど喫煙はしない。

 でも一本だけ味わいたいってことで浮遊霊の代わりに吸ったことがある。

 端的に言って最悪だった──まあそれで近くにあるお店に何が残っているかとかを探してもらったんだけど。


 頼めば何でもかんでもやってくれるわけじゃなくて、とにかく色々と細かい条件があったりするのだ。

 浮遊霊が直接何かをするみたいな事は条件が重くなるらしい。


 “掲示板”によれば、そういうのはいじわるとかで条件を出しているわけじゃなく、そうしないと浮遊霊が自分のエネルギー? を使う事になって、最悪消滅してしまうからなんだとか。


 ちなみに霊は人の悪意に敏感なので、僕としては周辺の調査をよくお願いしている。

 今も"余りよくない"人たちが近くにいることを教えてくれた──誰かを探しているらしい。

 その誰かが誰なのかは分からない。でも面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。


 本当はこんな危ない池袋からは離れたいんだけど……。

 でも、茂さんや悦子さん、裕やアリスと合流するまではここを動くわけにはいかない。

 暫くはサバイバル生活が続くんだろうな、と思っている。


「今日はもう帰ろうかな……」


 僕はそうつぶやいて、マンションへの帰路についた。


 ・

 ・

 ・



【魔境】新宿区民スレ Part.54【救世会】


 ◆◆◆


 1:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 最近、塔の周辺が特にヤバくないか? 

 光が前より強くなってる気がするんだが

 救世会のパトロールも頻繁になってるし、何かあんのかね


 2:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 わかる。夜中に不気味な声が聞こえるようになった。

 歌みたいな、祈りみたいな……。脳に直接響いてきて気分悪くなる


 3:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>2

 それ俺も聞いた。嫁さんと子供が怖がって眠れねえって

 救世会の人の話だと気にすれば気にするほど良くないらしい


 4:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 救世会どうなんだろうな。先週の偵察で腕利きの斥候チームが半壊したって話だけど


 5:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>4

 マジかよ……。

 どんなのにやられたんだ? 


 6:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>5

 聞いた話だと骨だって。骨。ファンタジーの、ほら、スケルトンみたいな

 うじゃうじゃ出てきたみたいだぞ


 7:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 俺救世会だけど、ヨモツイクサとかなんとか言うらしい

 凄いキビキビ動くんだよ。錆びた槍とか錆びた剣とか、あと農具みたいなので殴ってくる


 8:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 ただのゾンビとかとはわけが違うからな。塔に近づけば近づくほど、出てくる怪異の格が上がる。もう普通の武器じゃどうにもならん領域になってる。市ヶ谷の防衛省から流してもらってる拳銃とかじゃ話にならん

 近づくなら異能者必須だわ


 9:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 岩戸町の拠点、最近やたらピリピリしてるよね

 新人の訓練も苛烈になってるし、本格的な攻略に向けて準備してるのは間違いない


 10:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 救世会がいなかったらとっくに俺は死んでた

 食料の配給も拠点の防衛も全部あの人たちがやってくれてる

 マジで感謝しかない


 11:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 うちは非戦闘員の家族だけど、救世会に保護してもらってる

 本当に頭が下がる


 19:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 そういえばさ、池袋とか無法地帯らしいじゃん

 阿弥陀羅っていったっけ? あの辺のでかいグループ


 20:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 >>19

 確かそんな感じ。ヤクザよりタチ悪いみたいだぞ。その点救世会は「東京解放」っていうデカい目標があるからな

 まだ都内には沢山異能者がいるはずだから、強いのをスカウトして戦力強化しないと


 21:以下、名無しにかわりまして霊がお送りします

 俺たちの手で平和を取り戻すぞ

 世に平穏のあらんことを

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