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第44話 長い長い夜の言い訳

【かんながら、たまちはえませ】


いつかは、分からない。


夜、6歳よりもずっと幼い一人ぼっちの私が、布団の上で立ち上がって、心細げにそう呟くと、目の前にりゅうとりょうが現れた。


【なんだ、お前は】


【変な子だ。 オレ達と遊びたいなんて、言うなんて。 そんなか細い声で、呼べるなんて】


二人は、人間のカタチをしていた。


りゅうは、服を着て無くて、りょうは見たことも無い黒装束姿だった。


いつもは、大鏡神社の宮司姿だったのに。


私は、二人と出会って、いつも遊ぶようになった。


悪さをするあやかしを討ち滅ぼしたり、気まぐれに、弱いものいじめするあやかしの仲裁に入ったり、知り合いの神様を増やして、菊池神社の菊池さんと仲良くなって、うまく髪が結えなかったが、いつか、うまくなったらちゃんと髷を結う約束をした。



「ヤバい、こんな約束してたんだ。私⋯⋯」


「えっ、髷って髪長いのこの人」


「うん、落ち武者の菊池さん。大鏡が封印された時に、一般の人を守ってくれた神様なんだ」


「そっか、じゃあ、覚えてないと駄目だね。赤線引いとこうよ」


「いいね、それ」





6歳の誕生日前夜。


夜、布団で目覚めて声を聞く。


【おめでとう。選ばれた子よ。 おいで】


私は、何度も繰り返し聞こえるその声に呼ばれるまま、大鏡公園で空に上がる。



「えっ、どうやって空に上がったの?」


「私、夢の中なら、自由に飛べるよ。声がする方が空の上だったから、その時、自力で飛んだんだ。今の事も書いてた方が良いかな?」


「貴方が元に戻った時、それに疑問を感じないなら、不要だけど」


「じゃあ、不要だね。ありがとう」


私は続けた。


空の上で、目の前に石段が現れ、今度は違う言葉が聞こえる。


【キミは、トクベツだ。この地の軍神と龍の神と龍の人が認める純粋無垢なトクベツな魂と心を持っている。だから、神様になると良い。 祝福は「最愛」。 新しい愛しきものよ。 永久にここで住み暮らせ。 証にイノチを捧げて、有限との離別で神となれ】


階段を登る途中で、氷室さんの声が聞こえる。


【戻れ、行くな。 死んだら、お前の両親がどれだけ悲しむと思っている。 やめろ。 あの2人と、同じものになるな。 お前は、人として、生きろ。 永遠など望むな。 帰れ】


私は、それを気にかけず、石段を登る。


少しだけ、両親の事を思ったが、それでも足は止めなかった。


また、氷室さんの声が聞こえる。



【りゅうとりょうだけじゃない。 お前を愛したのは。 俺も、お前を愛している。 神もあやかしも等しく愛するお前を、俺さえ、愛していた】


私は、書く手を止めた。


何だ。


この記憶は。


「えっ、懸さん。 ⋯⋯これって、あなたの保護者の人の事だよね?」


隣で、篠崎さんが言った。


そうだよ。


誰も、愛さないって言った私の保護者なんだよ、この人は。


私は、胸が痛くて苦しくて、泣き出した。


「懸さん、えっ」


「ごめん、ちょっと気持ちがかき乱れて、少し、待って」





私はしばし泣きくれた後、作業を続けた。


私は、その言葉に、心響かず、石段を登る。


そして、また氷室さんの声を聞く。



【お前が神に、それでも、なると言うなら。 殺す。 りゅうとりょうを殺す。 絶対だ。 だから、なるな、やめろ】


私は、後ろを振り返り、引き寄せられて、氷室さんの胸に抱かれて、もう、空の上にも、石段の上にも居なかった。


私を抱いた氷室さんは、とても、今より若かった。


生徒会メンバーの写真の頃より、ちょっと大人になった位で、髪もいつも前髪を後ろに寝かせて居るが前髪が垂れていると、りゅうに似て見えるし、若く見えた。


「ここ要らないよね」


「良いよ。思った事は書いといた方が、後でいらなかったら、消せば良い。続けよ」


私は、続けた。


神になるのを邪魔されて、私は、氷室さんを徹底的に毛嫌いするようになる。


それから、すぐ、大鏡神社の犬猫のあやかしと仲良くなって、トモと出逢う。


昔、神社で遊ぶ子供達に悪戯されて、死んだ子猫のあやかしをトモと、一緒に空に還して、いつもトモが遊んでくれるようになる。


トモには、私より、1つ上の大事な男の子がいて、いつか、友達になれると良いなと言われる。


5年前の6月6日。


私は、啓示を聞く。


【今夜、0時、大鏡の東屋にトモを捧げろ。さもなくば、封印を解け。社殿を開けろ】


私は、書く手を止めて、りゅうを顧みた。


りゅうはカーペットの上に座り込み、チビりあを後生大事そうに抱き締めていた。


「りゅう。社殿を開けて封印を解けと、あの日、私は啓示を聞いた。大鏡の封印は社殿を開けると解かれるの? なんで大鏡公園に封印したあなたの解放を望むの?」


「社殿で解ける封印は、俺の封印ではない。それは、確かに大鏡とは言っていたが、その封印は、六封じを指す。六封じに、霊力を溜め込む仕組みを解けと言う意味だ。 そうすれば、霊力が胡散して、俺は結果的に、腹が減る。 人もあやかしも喰らうだろうし、そうしても、今の力は保てんだろう。 白い虎の実力は知らんが、まぁ、どうなるものでも、無いと思うが、な」


篠崎さんのお母さんの分魂は、トモのイノチがほしかったはずで、じゃあ、残りが、白夜の望みでは無いか?


じゃあ、篠崎さんのお母さんの分魂の最後の役目は、それか。


取り敢えず、時系列をまとめなければ。


「篠崎さんは、ごめんけど、ルーズリーフ出すから、今の証言まとめて貰える? 私は、続きを書くから」


「分かった。何か、分かってきたね」


「うん、私もそう思う」


私は記述を続けた。





夜0時、大鏡公園の東屋に辿り着くと、トモが先に来ていて、制服姿の篠崎さんのお母さんの分魂が居た。


トモは泣いていた。


篠崎さんのお母さんの分魂は、イライラしているようだった。



【あんた、私を哀れむつもり?】


【違うよっ。 一緒に帰ろう。 りゅうなら必ず助けてくれるよ。 だから】


【うるさいのよっ。なんで、来たのよっ、本当に、グズっなんだから。 言われて、ホイホイ来てんじゃないわよっ。 私の初恋の人と結婚して、幸せそうじゃん。 見逃してやるから、帰れよ。 早く。 消えろ、ゴミ】


私は、書く手を止めて、篠崎さんを見た。



「出来るだけ正確に書く。 配慮いらないから。 私だって、真実が欲しい。 続ける、分かった」


「分かったよ」



私が怒って、二人の所に飛び込む。


【いちいち、自分が愛されないからって、トモに嫉妬してんじゃないわよ。性格最悪ね。いつまで根に持ってんの? 人の揚げ足とって、私の友達に酷い事言うなっ】


【何だ。お前は?】



篠崎さんのお母さんの分魂と私が口論になる。


その隙に、トモが篠崎さんのお母さんに手を伸ばして、手首を掴むと篠崎さんのお母さんの分魂は、絶叫した。



【触るなっ、ばかっ】



瞬間、篠崎さんのお母さんの分魂から呪詛が展開して、トモから力を奪った。


私はトモの手を引き、トモから抜ける力を肩代わりした。



【殺すつもりか? イノチを奪うつもりだったのか?】


【だったら、何だっ。 何でお前は生きている】



狼狽える篠崎さんの分魂に私は、叫んだ。


【まだ、欲しいなら、あげるよっ。でも、トモの力は、奪わせない。 忌々しい、見苦しい、みっともない。 愛されたいなら、自分でその相手にそれを請えば良いだろう?】



私は、東屋の窓辺から屋根を見上げて、言った。



【人のものを欲しがるな。 隠れてないで、出て来い卑怯者】


東屋の屋根から白い虎が舞い降りてきて、中に入ると、白髪の白装束の男の子に姿を変えた。


歳の頃は、11歳の私と同い年位で、白髪に負けない位、真っ白な肌をして、でも、唇は赤かった。


眉毛もまつ毛も白かったが、目だけは暗闇のように真っ黒で、私をまじまじと見つめて言った。



【君は⋯⋯そうか、ここの祝福を増やした子が居たね。 女の子だったんだね。 万が一、彼女がトモを殺し損ねた時の尻拭いで来てたんだけど、ちゃんと、あの人の思惑通りに仕事を終えられる所だったのに、とんだ邪魔をしてくれたもんだ】


【お前、見張っていたのか?】


【所詮、有象無象の人間で作った人形を信用するほど、僕もあの人も馬鹿じゃないんだよ。見くびらないで】




私はトモの手を握った。


私は水面に身を投げようとした。


水面の中は、りゅうの中だ。身を投げて水面に潜れば、りゅうが助けてくれるからだったが、東屋から、出られない。


閉じ込められていた。



【もう、作戦は失敗だ。イノチを奪う呪詛は出せない。 今の呪詛を喰らって平気な奴には、勝てない】


【後は、僕がやるから、あの人の所に、帰って。まっすぐ】


【分かった。 ⋯⋯柚木崎 友枝【ゆきざき ともえ】。 お前は生きろ】


【邪魔をするなっ】


男の子は、突然怒り出して、篠崎さんのお母さんの分魂の肩を掴んだ。


男の子に肩を掴まれた篠崎さんのお母さんの分魂は、姿を消えた。



【アナタ、彼女をどうしたの?】


トモが震えながら尋ねると、男の子は言った。



【言う事聞かないから、手ずから、持って帰るだけさ。 ん〜、どうしようかな? 幸い、呪縛に閉じ込めるのだけ、成功しているから。 よし、決めた。トモを殺して、この子を持って帰ろう。 あの性悪の呪詛で死なないなんてさ。あの人は死にかけたのに、いや、あいつ半殺しにして解除させてなかったら、あの人さえ、死んでたアレをさ、無傷で生き延びて、ピンピンしてたんだ。 ねえ、君、名前は?】


【懸 凜々遊だ】


【僕は、白木 白夜。 ねえ、敵同士が名乗り合うって、それが何を意味するか、分かる?】


【分からない。でも、名前を聞かれたから、答えた。 つまらない事を考えてないで、嫌な事は、ちゃんと嫌って言いなよ。 嫌々生きてて楽しい?】


私は、男の子から、なるべくトモを遠ざけようとした。


【どうして、そう思うの?】


【目が死んでるからだよ。 私と一緒だ。 光がない】


男の子は、驚いた顔をして、私を見て言った。


心からそう思って言った。


神様になれなくてふて腐れて、絶望して。


死んだような腐った目が、私にそっくりだと思ったんだ。




【初対面の人間に、失礼じゃないか?】


【う〜ん、あなたは半分人で半分は、神様でしょ? 否、若干人よりかな?】


私の言葉に、男の子は、言った。


【驚いた。審美眼があるの?】


【何、それ、美味しいの?】


【君、いくつだい?】


【11歳】


【ふ〜ん】


男の子が私に興味を持って話し込む隙に、私は、呪縛を解こうとしていた。


トモも手伝ってくれて、アドバイスをくれた。


一緒にこっそり、呪縛が破裂するまで、力を流し込んで、破ろうとしていた。


時間稼ぎに、私は、昔話に織り交ぜて、りゅうとりょうの名を口にしたが、二人を、呼べなかった。



【分かった。僕が、君を神様にしてあげるよ。 イノチのやり取りをしよう】


【えっ?】



いきなり、私は、話しを打ち切られて、狼狽えた。


【駄目。りりあちゃん、それは】


【イノチのやり取り?】


【そうだよ。君が勝てば、僕は諦める。僕が、君を殺せたら、君は僕と神の仲間入りが出来る。 これで、君の夢は叶う。良いだろう?】



誰がお前に叶えて欲しくて語ったよ。


時間稼ぎに、思った事を口にしてただけなんだけどな。


そう思いながらも、私は何とか呪縛を解こうとして、上の空だった。



【えっ、あぁ、はいはい】


取り敢えず、返事をした直後、男の子は私に向かって、飛びかかってきたから、つい、首根っこ引っ掴んで絞め上げてしまう。


【くっ⋯⋯はっ】


私は、片手で首を絞め上げていた。


苦しげに両手で私の手を首から引き離そうとして足掻いたが、私は動じなかった。


【首っていっぱい力取れるよね。少し貰うね。 ギリギリ死なない程度】


私は、男の子の力を流用して呪縛に更に力を流し込んでいると、トモが叫んだ。


【りりあちゃん、危ない】


トモに突き飛ばされて、男の子の手を離した。


そこに白い虎が突っ込んで来た。


危うく、トモに白い虎の爪が届く所で私は、咄嗟にトモを引き寄せ、それをかわさせた。


私は、不意打ちは卑怯だし、私ではなくトモが傷付く所だったのが腹ただしくて、手を付いて白い虎に迫って、虎の目前で言葉を放った。


【我が地を損なう穢れは、滅び】


【ダメッ、それは、駄目】


トモが叫んだ。


白い虎は、向かって来た私に体当りして、私を仰向けに倒して、その上に体重をかけて爪から覆いかぶさった。


【我が眷族を損なうか、殺す気かっ、このこむすめがっ】


女の人の声だった。


白い虎自身の声かも?


【りりあちゃん、逃げて】


トモが私を抱き締めて、虎の爪に抉られる衝撃が自分の胸で、抱きしめるトモの身体から伝わって。


こわかった。




【白夜、起きれるか? おい、冗談だろう? 仕方ない】



白い虎は、呼びかける、男の子の意識が無いのを案じて、トモの身体からえぐり出した、祝福に守られたイノチを喰らって言った。


【まずは、人質だ。 言うことをきけば、殺しはしない。 白夜が死にかけている。 少し、力を戻せ。 そうすれば、喰らったイノチと祝福はまだ、殺さんでやる。 妾をまで滅ぼそうとするとは、何者じゃ⋯⋯。 まぁ、良い。 はよ、戻せっ。 白夜が死んだら、1文字は殺すぞ】


私は、起き上がって、白夜の首に手を掛け、死なないギリギリに戻してやった。


ちょっと、最後驚いて、手加減を忘れた為、もうちょっとで、殺せていた事を悟る。




「絶対、言っちゃいけないけど。ごめん、ここで」


「篠崎さん、やめよう。 ここで、死なせてたら、トモさん殺されているから、白い虎に」



篠崎さんの言葉に、私は苦笑いで、みなまで言わせず嗜めて、先を続けた。



白い虎は、白夜を背中に背負って、東屋を飛び出して帰って行った。


そして、トモさんが僅かに意識を取り戻して言った。


【りりあちゃん。前に、言ったよね? わたし。ずっと、アナタと友達でいてあげる。命ある限り⋯⋯】


虚ろな眼差しで、目が見えて居なかったかも知れない。


【だから、ね。  これからも、人であり在り続けて。⋯⋯たとえ、なにがあってでも】


途切れて、目を閉じて、また、起きて


【人は、人は自らのイノチを経っちゃ駄目。 神の洗礼の時、私をあなたと同じ人に会ったの。 あの人をあまり、毛嫌いしちゃ駄目よ。 本当は、優しい人なのよ。助けてくれるよ、あなたのことを】


そう言った時、トモはそれを懐かしむように微笑んだ。



【人は⋯⋯例え、自分の為でも、誰かの命の為でも

⋯⋯人や神様の命を奪っては駄目。 り⋯りあ  元気で⋯⋯ね】



そこまで書き終えて、私はまた涙が止まらなくなってノートから身体を背けて前のめりに突っ伏した。


「どうしたの?」


「⋯⋯⋯そうだね。2度と会わないみたいな言葉だっ。胸に刺さった」


「えっ?」


「⋯⋯ここから、先は、もう思い出して、いるから、どうしよう?」


「ここまで書いたら、最後まで書いたら? 後で分魂しなくても、頭打って忘れるかも知れないじゃん」


縁起でもない事を言わないで欲しいとは、思ったが、私はそれも、そうだと。


更に、この後、氷室さんを呼び寄せて、呪縛をやっと破ったものの、宇賀神先輩達狐憑きに見つかって、大鏡にダイブした所まで書き終えて。


私は、ある事に気が付き、と言うか、疑問を抱いて、りゅうに尋ねた。


「ねえ、また、聞いて良い?」


「今度は何だっ」


「これが最後。分魂した後のチビりあの記憶がない」


私の質問に、りゅうは言った。



「あるか、戯け。 あったら、チビりあは消滅している。 それまで望むか?」


「ごめん、そう言うつもりじゃない。 そっか、そうだよね。 それだけが、今のチビりあに残ったモノなんだね。 ありがとう、おまたせ。 良いよ」


私の言葉に、りゅうは、言った。



「お前がこっちに来い。チビりあの前に屈め」


私は言われた通りにして、りゅうが抱き締めるチビりあの前に座り込んだ。


「お前、怖くないのか?」


「何が?」


「俺がチビりあを元に戻すだけで、俺が許すと思うのか? お前のした事を俺が許すと思えるか? こわくないのか、疑わないのか?」


「それは、お互い様でしょ。 私が逃げ出さないか? 急に私が気を変えて、自分の事を惜しんで助けを呼んだりしないか?ってさ。 なのに、りゅうだって、待ってくれたんでしょう? 私の言葉を信じたんでしょう?」


私の言葉にりゅうは、氷室さんにそっくりの顰めっ面をした。


「お前を迎えに行った日から、俺に会う度、怯えていたお前が、俺にそこまで言えるようになったか⋯⋯」


「いつまでも、こわくないないよ。 そもそも、私に何したか忘れてないよね? 私がそうなっちゃうには、充分過ぎること、私にしたんだよ?」


「そんなに嫌だったか?」


「嫌だった⋯⋯」


間違い無く人生で一番最悪の事、してくれたよ。


でも、今の私には、六封じでみんなと一緒にりゅうと生きた10ヶ月がある。


その全てで、りゅうの事を私はもう恐れはしない。



「でも、私もりゅうも結局さ、本当の望みを叶えて貰う駆け引きで、相手を欺いたり、しない。出来ないって信じてるよ。私の願いを叶えてくれたチビりあの為に、あなたを疑わないわ」


「そうだな。俺を信じるとは言わない、お前の、今のお前らしいその心根を信じよう。 今のお前も、やはり、好きだ。 愛している」


私は、何となく、ただそうしたくて、りゅうの額に自分の額を付けて、目を閉じた。


「りゅう⋯⋯待ってくれてありがとう。今なら、少し、愛せるよ アナタの事を」  


暫く、意識が無くなっていたと思う。


閉じた目を再び、開けた瞬間、地獄が待っていた。


もう、笑うしか無かった。



「レンズサイドじゃないからさ。りゅうって呼んでも、来ませんよね? 氷室さん」


「あぁ、だがな。 りゅうが告口すれば、別だ」


しまった。


目を開けると、篠崎さんが椅子から立って、硬直してたんだ。


私も、カーペットの上に一人で座り込んでいて、硬直する篠崎さんの視線の先で仁王立ちの氷室さんと件の話しになったのだが。


「篠崎さん、りゅうとチビりあは?」


「さっき、消えたよ。あの、目の前の人の名を呼んで、今夜は、呼んでも来ないって伝言預かった。 諦めろって」



くっそ。


チクリやがった。


信じてたのに、とは、言えない。


考えもしなかった。


「で、まず、りりあ。今、何時だと思っている?」


私は、外を見て、夜明け前だった事をまず確認してから、壁掛けの時計で時刻を確認して、顔を引き攣らせながら答えた。


「午前4時30分です」


私の答えに氷室さんは更に問いかけを続けた。


「お前の起床時刻は何時だ?」


「6時30分です」


怒り出すなら、さっさと怒れば、良いのだ。


焦らされるだけ、余計にやきもきしてしまうじゃないか?


「このくわだての元凶は、りりあ、お前か? それもと、篠崎の娘か?」


まず、そこか。


と言うか、怒りださんのか?


と不思議に思っていたが、篠崎さんに配慮して、既に静かに怒っている。


「⋯⋯」


「⋯⋯私、です。懸さんをけしかけました。 お母さんの分魂の話しを聞きたくて、ごめんなさい」


本当は違うが無難な供述だ。


私じゃ、考え付かない。


助かった。


そう思ったのも、束の間、氷室さんは言った。



「篠崎の娘、りゅうの話しとは食い違っている。りりあは白い虎と戦うと言ったと言った。だから、チビりあは、勝手にりりあに一時的に記憶を戻したと言う流れな筈だ」


くそっ、後出しはズルいよ。


「いいえ。 りゅうと言う、あの半裸の⋯えっと、最初は全裸の⋯いや、あのその人が、私が白い虎の血が入った私をここに連れて来た事に怒っていて、それで、懸さんは私の事を庇って言っただけです。懸さんは、戦うって言ったけど、本当の言葉の意味は、私が敵じゃないって言ってくれた、と思ってます。大体、もう何度も戦ってるし、今更、次会った時、戦いませんって、その方が変です。 みんな一緒に戦っているのに」


そうだ。


セイレンちゃんだって、鏡子ちゃんだって、宇賀神先輩だって。


今まで他のみんなも、時には、七封じの人だって、一緒に戦ってくれたんだ。




結局、氷室さんは最悪の事をやってくれた。


深夜、ってか、もう、空が白んで来ている。


そんな時に、もう何より、よりにもよって。


柚木崎さんと菅原先生を呼びつけたんだ。


「えっ、どういう事」


菅原先生は、リビングに座る私と篠崎さんを見て呆然としていた。


「手に追えん。 篠崎の娘を連れて帰れ」


氷室さんの話しを、尻目に柚木崎さんが私に言った。


「りりあ、どういう事?」


「篠崎さんとお泊まり会⋯⋯してました」


私の言葉に、氷室さんはちゃっかり、私の机の上のノートと、ルーズリーフを回収して、ざっと目を通して、凄い剣幕だった。


2人に、事情を説明してノートを渡してしまった。


「うわっ、長。 懸さん、よくまとめたね。時系列を、その時の感情と会話を箇条書きにまとめて、読みやすいよ」


「あぁ、お手本があったので」


氷室さんがガルガルしてこっちを見たので、目を逸らした。


「このルーズリーフの記述は?」


「りゅうから、聞いた証言です。あっ、怒らせちゃって、今夜は呼んでも来ないそうなので、気にせずばんばん名を呼びますね。気兼ね無く」


「開き直るな」


私は、氷室さんに怒られてしまった。


そう言えば、ちゃっかり、菅原先生もここに来ても、平気らしい。


「ルーズリーフの記述は⋯⋯これ、篠崎さんの字だよね? 篠崎さんも、ソレに会ったの?」


「はい。そのノート見ながら、全裸だった人の意見を書き留めました」


ノートにまとめた記述は柚木崎さんには、見せないで欲しかった。


お母さんがイノチを失うに至った完全なきおくだから、出来れば、一人で見て欲しかったのに。


後、りゅうの事を全裸だった人って言わないで、ちゃんと後から服を着たのに⋯⋯。



「柚木崎、このノートはお前が最初に最後まで見ろ。りりあの部屋で見て来い。 俺達はそれから、で良い」


氷室さんの言葉に、柚木崎さんは、ノートを持って上にあがった。


良かった。


そう思った。



「取り敢えず。今日完徹した2人に、授業はむりだから、午前中はレンズサイドで別々の部屋で過ごさせる。昼休みから教室に合流。 それで良い?」


「あぁ、そうしてくれ。 ノートは俺の部屋のスキャナーで学園長に送っておく」


「分かった。二人は、今から一人ずつ、制服に着替えて、学校に行く準備をして戻って来て。 氷室さん、今日は僕がレンズサイドでこのまま連れて行って良い? 少しでも長く身体を休めさせてあげたいんだ」


「分かった」


暫くして、柚木崎さんが下に降りてきた。


「柚木崎君、悪いけど、監督者が足らない。僕が篠崎さんに付き添うから、午前は彼女に付き添って欲しい」


「分かりました。一度、家に帰って、レンズサイドで登校します。どこで待てば良いですか?」


「テラスで待ってて」


「分かりました」


柚木崎さんは、私を見ようとせず、そのまま、姿を消してしまった。



私が先に着替えに部屋に戻るように言われて、私はルーズリーフにメモを書き記して、篠崎さんのポケットに入れた。


【これが、私の今の姿だよ。 見せたかった。 巻き込んでごめん】



これも、見つかるかも知れない。


そう思ったからこそ、篠崎さんだけに伝わる書き方で、最低限の情報に留めた。


白夜からの手紙を、彼から誘いを受けていることだけは、どんな最悪が起ころうと、隠し通すつもりで、私はそうした。


私は、着替えと学校の準備を終えて、篠崎さんと交代して、菅原先生と三人で学校へ転移した。





学校に着くと朝6時になっていた。


菅原先生は、食堂に頼んでおいなりを買って来てくれた。


「宇賀神君のお陰だね」


「はい。お腹空いてたんで助かります」


貫徹で、頭使ったから、甘いもの食べたかったから、本当に宇賀神先輩の揚げ狂いに感謝した。


篠崎さんと二人でおいなりを朝食に食べて、柚木崎さんの到着を待って二手に別れた。


篠崎さんは、菅原先生と生徒指導室。


私は、柚木崎さんと孤室に入った。


「りりあ」


「はい」


孤室の中で、私は荷物をおいて、何も無い空間の中で膝を折って座り、柚木崎さんは、私の隣に座った。


「りりあ。僕のお母さんを守ってくれて、ありがとう」



そこは、助けられなくて、ごめんなさいって。


私が言う所だ。


「助け⋯られなかった。 ごめ」


「謝らないで。ダメだよ。君は悪くない。⋯⋯篠崎にも、悪い事をした。 彼女のお母さんの分魂も、僕の母さんを逃がそうとしてたなんてさ」


あっ、そうか⋯⋯。


私も、そう思ったんだ。


柚木崎さんもそう思ったんだ。



「柚木崎さん⋯⋯」


「お母さんも神の洗礼の時、ヒッキーに会ってたなんてね。本当、僕らより長く生きて、憎い事してくれるよね。あの人⋯⋯。あっ、悪い意味の憎いじゃないよ」



あ、それ、私も思った。


「分かってますよ」


「りりあ」


「はい」


柚木崎さんは、私を抱き締めてキスをした。唇に舌を差し入れ、私のそれと絡ませて、長く深くそうした後、唇を離して私の肩に頰を寄せてもたれかかった。


「良かった。⋯⋯いつもの、りりあだ。変わってない。 何も変わってない。 僕のりりあだ」


私は、柚木崎さんのキスの意味を理解して面を喰らった。


「私が、私じゃなくなるかもって? 思ったんですか?」


「うん、そうだよ。見た目じゃ、分からないから」


「えっ、キスで、分かるってそれで」


「あぁ⋯⋯でも、キスはいつだってしたいけど、学校だし、今のは、そうしないと不安だった。確かめたかった。だから、これ位で言い訳は良いかな?」


「はい。納得しました。 あの柚木崎さん、午前中の授業⋯⋯出られなくして申し訳ございませんでした」


「気にしないで、もう春休み前だし、宇賀神が居るから、ノート見せて貰うから」






午前中の授業の終わり、菅原先生が教室にやって来て、私と柚木崎さんは孤室を出た。



「昼休みだから、教室に戻って」


「はい。菅原先生、この度は申し訳ございませんでした」


私の謝罪に菅原先生は怪訝な顔をした。


「謝罪は、説明を聞いた後が良いかな? 懸さんには、放課後、生徒指導室に来てもらうよ」


「分かりました」



私は、柚木崎さんに教室に送って貰って、教室の前で別れた。


教室に行くと、鏡子ちゃんとセイレンちゃんが心配そうに、駆け寄ってきた。


「りりあちゃん。 どうしたの?」


鏡子ちゃんが言った。


「色々あって」


私がそう答えると、今度はセイレンちゃんが私に言った。


「菅原先生が、りりあちゃんと篠崎さんは、昼休みから来るってだけ聞いたけど⋯⋯ねえ、りりあちゃん」


セイレンちゃんは、躊躇いがちに一度、言葉を切って、先に教室に戻り、一ノ瀬君の隣に居る篠崎さんを見ながら、言った。



「篠崎さんと何かあったんでしょう。 昨日、篠崎さん、りりあちゃんと保健室行ってたでしょ? その前は、昼休みも二人で教室を抜け出してたし、何があったの?」


「うん、ちょっと、悪だくみして、へへ、盛大にみんなを怒らせちゃった。 二人にも、誤魔化すような事して、ごめんね」


二人は、私を怒らなかった。


篠崎さんを家に呼んでお泊まり会をして、分魂を呼び出して、りゅうまで出て来て、夜通し起きてたと話しを聞いてくれた。


最後はりゅうに氷室さんに告げ口されて、怒られた事を話すと、納得してくれた。


「私も呼んで欲しかったな。でも、りりあちゃんも篠崎さんも、一体何がしたかったの?」


鏡子ちゃんが言った。


内緒話がしたかっただけたよ。


とは、言えなかった。



そんな話しをしながら3人でいつものように、お弁当を食べて、いつも通りの時間を過ごした。





放課後、私は、憂鬱な気持ちで、菅原先生と一緒に生徒指導室へと、向かった。


けど、そこには、学園長と氷室さんが待ち構えて居て、私は一瞬、逃げ出したくなったが、菅原先生に肩を押されて中に入った。



「懸さんは、氷室さんの隣に座ってね」


氷室さんの隣に座り、向かいの席に座る学園長の隣の席に、菅原先生は腰を下ろした。


「一連の事情と、懸さんの成り立ちが、まさか、こんなカタチでつまびらかになるなんて、夢にも思わなかった」


「私の成り立ち⋯⋯ですか?」


「そうだよ。君は、このノートに自分の記憶の全てを、箇条書きにしたんだ。 君がレンズサイドでどうやって過ごしたか思い出せる限り、書いたんだろう?」


「はい」


「だったら、そうだよ。 そう言う事。  それにしても、 何で、返しちゃうかな? 折角、分魂を取り戻したのに。 返さないのがそもそも、約束違反なのに。 懸さんの肉体を分魂に持って行ったのも、勿論、それだけじゃない。今更、それをアレが自分の物にしているようなものだ。それじゃ略奪じゃないかな?」


チビりあは、りゅうのものじゃない。


でも、チビりあは、自分の意志でりゅうと一緒に居る。


無理強いでは無い。


私は複雑な心境だった。


「俺もそう思った。だが、実際には、恨めしいが、抑止力は果たしている。分魂を取り戻したりりあを欲しかって居る」


氷室さんの言葉に、菅原先生が言った。


「懸さん、君は⋯何を抱えているの?」


「何も抱えてなんて、いません」



私の言葉に、何故か学園長と氷室さんが肩を揺らした。


「そう。じゃあ、このノートを篠崎さんとまとめたのは、何でなのかな?」


「興がのったんです。 篠崎さんと盛り上がって、楽しくてつい⋯⋯」


手紙の事は、言わない。


そう思いながら、私は、いけしゃあしゃあと嘘を付いた。


「そうか⋯⋯。楽しくて、か。 で、お前は何も抱えてないか、あぁ、それで良い。 それが正しい。 もう、これ以上、お前は2度と何も抱え込むな」



どういう意味だろう。


これは?



「懸さん、このノートの記憶は、もう懸さんには無いの?」


「はい。でも、ノートを書いた記憶はあるから、大体、頭に入ってます」


「じゃあ、懸さん、君の戦いは、もう終わりだよ。分かっただろう? トモが奪われたのは、きみのせいでも、無ければ、君に落ち度が無かったことも」


「えっ、私にだって落ち度はあります。だって、私が白い虎を殺そうとしたから、トモは止めたんです。 あの言葉⋯⋯何だったんだろう? あれ、何の言葉だろう? 記憶に無かったのに」


「【我が地を損なう穢れは、滅びろ】もし、君がここで、それを誰かに念じて言えば、大抵のモノは滅びるよ。 だって、この地の【最愛】の頼みだからね。なんて言っても。 優しい子だったから、ね。 彼女は、誰も傷付けたく無かったんだろうね。 ある意味、一番暴走してたんだね。 はは」



暴走⋯⋯。


「多分、篠崎さんのお母さんの分魂は、篠崎さんを殺すつもりは無かった。 篠崎さんのお母さんは敵になっても、誰かの言う事を素直に聞いたりしないし、たとえ、怒った氷室君が龍に姿を変えたって、自分の下僕に出来ないかって立ち向かって行く位の無謀モノだ。正に、あの時も、敵の手に堕ちてでも、あの子は、あの子のあるがまはまのあり様だったんだって思うと、胸が痛むよ。 馬鹿な子だ。 助けを求めて欲しかったのに 」


学園長が言った。


「あぁ、俺もそう思う。 要と遥の馬鹿2人が今生きているのは、菅原と篠崎が居たからだ。 危うく、人を殺しかけた。俺は⋯アイツに救われている。 性根はどうあれ。 あぁ、だが、そうだな。ノートを見て、あいつは、あの時のままだと思った。 敵に、囚われて、懐柔されるようなタマじゃ無かった。 正に、味方でも、敵でも、扱いにくい⋯⋯力及ばずとも、決して媚びず、従わず、我を貫いていたとはな⋯⋯」



氷室さんはそう言って頭を抱えた。



「懸さん、このノートどこまで、見せて良い?」


「と言いますと?」


「このノートさ、君の全部が書いてあるけど、少なくとも、この前の3者面談に居た大人メンバーには見せて置きたいんだよね」


ん、と。


柚木崎さんのお父さんに、鏡子ちゃんのお母さんか。


「11歳の記憶だけにしろ⋯⋯」


「へっ?」


「お前にも、プライバシーがあるだろう?」



6歳の時の記述に氷室さんのプライバシーもあるからかな?


私は、そう察した。


「はい、それで良いかと……」


私はそう言うと、菅原先生は私に言った。



「慶太にも、見せて良い?」


「えっ、何でですか?」


「事情は大方共有しているんだ。慶太は、【阿修羅】を見守っているから。 前に奴らは、【阿修羅】も滅ぼすと言っていただろう? だったら、そのうち⋯⋯あの二人に仕掛けて来ないとも限らない。 誰が敵で、誰が味方か、それはなるべくはっきりさせて置かないとね」


慶太さんは、かつての生徒会メンバーの一員だったし、それはかえって好都合だと思った。


後は、私のお父さんだ。



「ノートって、帰して貰えますか? 私、記憶を返してしまって、あの……その……」


私の申し出に氷室さんは言った。



「あぁ、返す。 だか、このノートをみだりに人に見せるな」


「はい」


お父さんにも、伝えなきゃ、連れて来ないと行けないけど、どうしたものかと、先行きの不安で胸が押し潰されそうだった。
































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