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第45話 有象無象の嘘の一撃 【前編】

結局、どうやっても、篠崎さんとは、二人で話をするのは、難しかった。


「懸、篠崎。お前ら何したか知らないが、菅原先生から、学校でお前らが二人になるのを止めるように言われてる。 倶楽部活動も、俺が篠崎から目を離さない事を条件に許可は出ているが、本当、何したんだ?」


騒ぎの翌日。


私は、一ノ瀬くんに、朝、教室に入るなり呼びつけられて、何かと思えば、その話だった。


何したって。


そうだな。


手当たり次第の目の付く人を怒らせた……かな?


と思った。



「分かった。篠崎さんとの接触は自分でも控えるよ」


「私も、懸さんとの個人的接触は控えるわ」



私は、渋々一ノ瀬くんの呼び出しの話しを済ませて、自分の席に戻ると今度は、セイレンちゃんに鏡子ちゃんと3人で話がしたいと打ち明けられ、その日の昼食をテラスの端のテーブルでとった。


「私……この前さ、宇賀神先輩にコクられたんだ」


えっ、いつもの事じゃないか?


それは、もう、年がら年中。宇賀神先輩がセイレンちゃんに年がら年中告白し続けて、それをセイレンちゃんが都度断っているじゃあないか。


狐が決まってコンと鳴くように、宇賀神先輩がセイレンちゃんに愛の告白をして。


猫が決まってにゃあって鳴くように、セイレンちゃんが宇賀神先輩の告白にノーで返して居ると思っていた。



まさか、認識が違ったか?



いや、そんな筈はない。



「何で、りりあちゃんも、鏡子ちゃんも、鳩が豆鉄砲喰らったみたいに、固まっているの? えっ、そんなに、驚く?」



いや、驚いているよ。


多いに、普口数の多い鏡子ちゃんをもフリーズさせるてるじゃあ無い。



そりゃ驚くよ。



「え、ごめん、ちょっと、理解が追い付かない」


私がやっとそう言うと、鏡子ちゃんもやっと、口を開いた。


「私も、異世界にでも迷い込んだかな? って、混乱するくらい、衝撃的なんだけど」


私と鏡子ちゃんの言葉にセイレンちゃんは、深刻そうな顔で言った。



「ホワイトデーの日にね。 返事する約束しちゃったの。 私が、バレンタインデーの時に、本命が良いって言われて、もうやめてって言ったら、理由を聞かれて、もうずっとさ……私、からかわれるの嫌で。 からかうのやめてって、言ったら、宇賀神先輩、本当に好きだから、本命が良いって言って。 それで、気付いたんだけど、宇賀神先輩、あれ、冗談じゃなかったんだ……って」



いや、今までの度重なる、度を越した宇賀神先輩の求愛を、からかっていると受け取っていたなら、そりゃ、逆にセイレンちゃんにドン引きだよ。


もう、いっそ、狂気の沙汰だよ。


「……えっ、待って、セイレンちゃん。あのね、私もりりあちゃんも、割りとしっかり指摘してたし、認識は伝えていたと思うんだ。ねえ、りりあちゃん」


「う、うん。 でも、えっと、セイレンちゃん。確認だけど、今まで、宇賀神先輩、結構、マジで、頻繁にセイレンちゃんを好きって言ってたよ」


「えっ、普通、あんなに気軽に、息を吸って吐くように、初対面から、徹底して、好きとか、何とか、言ったり、職員室に私の住所調べる為に忍び込んで、本当に手に入れたりする?」



う〜ん、確かに。


あれは、度肝抜かれて、ドン引きしたけど。



「普通はしないね。でも、宇賀神先輩は、ずっと、一目惚れのセイレンちゃんの事が好きだよ」


「まだ、誰からも、好きって言われた事無い私でも、そう思うよ。 そもそも、いつも、宇賀神先輩、セイレンちゃんにマジで告ってるから。 今更、どんな告白されて、セイレンちゃんが返事を悩んでいるか、私もりりあちゃんもカオスだと思っているから」


確かにカオス【混沌】だ。


鏡子ちゃんの後押しに私は、頷いた。



「えっ、どんなって、渡す時、みんな先に帰っちゃって二人きりになった時、宇賀神先輩が本命じゃ無いなら、いなり要らないって言うからさ。 アタマ、おかしくなったのか?って思ったの。 あんなにおいなり好きなのに」


いや、そうだね。


事、揚絡みで、そんな我が儘言う宇賀神先輩なんて、頭おかしいって、あんま、言い方良くないけど。


まぁ、そう思うよね。


「で、それから、セイレンちゃん、何て答えたの?」


「ぐだぐだ言わずに受け取って欲しいって言ったの。私が困るの見て遊ばないで欲しいって。 そしたら、抱き締めて来たから、思わず殴っちゃって。私、人をぐうで殴ったの初めてだったの。レンも飛び出してきて、宇賀神先輩床に組み伏せちゃって」


う〜ん、やっぱ、二人っきりにしちゃ駄目だったか。


菅原先生にバレなくて良かった。


宇賀神先輩、色んな意味で、狂気通り越して、停学の沙汰だ。



「えっ、で、どうなったの?」


「【本当に嫌いなら、諦める】って、私、答えられなかった。結局、【分からない】って答えたら。じゃあ、いなり寿司、受け取るから、1ヶ月後にちゃんと答えて欲しいって。でね、嫌いじゃないなら、卒業までは、触れたりしないから、付き合って欲しいって」


ん?


あれ?


ん?


いや、これは⋯⋯。


何か⋯おかしいぞ。



だって、嫌いかそうじゃないかの答えなのに。


なのに、その返事に抱き合わせて、嫌いじゃない場合。


これは、卒業まで付き合う約束させられる罠じゃないか?


私は、そう思ったが、それを口にはしなかった。



「セイレンちゃん、因みに、宇賀神先輩の事、どう思うの?」


「最初の時の事が無くて、今まで私の事、あんなに好き好き所構わず、飽きもせず、言われなかったら、少しは違ってたと思う。私は、宇賀神先輩と今の距離感を保ちたい」


今の距離感を保つか⋯⋯。


「じゃあさ。卒業まで、今の距離感を保って、様子を見てみたら? 触れないって約束を提示して来たなら、それは、言った本人が守るべきだし、破れば、セイレンちゃんなら、ただじゃおかないくらい怒れるし」


私の言葉に、セイレンちゃんは言った。


「メリットあるかな?」


「あるよ。セイレンちゃん、他の男子からも、時々、告白されてるじゃん。 断る口実にもなるよ。宇賀神先輩の事、セイレンちゃんが嫌がるから、まだ、望みがあるって人が絶えないんだと思うよ」


宇賀神先輩も、ちょくちょくセイレンちゃんにそう言う感じで声をかけてくる男子生徒がいないか不安でもあるだろうし、いっそ、その程度の付き合いならしていた方が得だと思った。


私は、恋愛感情に依存してしまう性質だが、セイレンちゃんは違う。


恋愛感情が分からないんだ。


まず、自分に、在るか、無いかも⋯⋯。


「私は、羨ましいよ。好かれる事も、愛される事も、今のところ無いからさ」


鏡子ちゃんは言った。


「鏡子ちゃんは、好きな人いないの?」


私の質問に、鏡子ちゃんはいたずらっぽく笑った。


「いるよ。 絶賛、片想い中。 だから、セイレンちゃんが羨ましいよ。 あっ、りりあちゃんは、ごめんね。柚木崎先輩は完璧過ぎて逆に恐い時あって、無理なんだ。 隙あれば、ぶっ込んで来るじゃん。 色恋絡まなきゃ、ただの先輩後輩なら良いんだけどさ」


何て事言うんだ。


まぁ、確かに、抜け目無くばんばん、ぶっ込んで来るけどさ。


色々。


「本当、りりあちゃんに告白する時の話しの流れの作り方とか、背筋凍ったよ。 自然な流れで急にぶっ込んで来たじゃん。告白投下で、生徒会室凍り付いたもんね」


「そうそう、本当。うちらを、雑木林の木か何かと思って無いか? と、思ったよ」


いや、それは無いよ。


流石に、多分。




ホワイトデーの放課後、セイレンちゃんは宇賀神先輩に、みんなの前で告白の返事をした。


いや、二人きりの場所で、二人きりでやるべきでは?


とも、思うが?


宇賀神先輩が、まさか、告白OK貰えるなんて思って無いだろうから。


断られるよりも、了承得た時の方がよっぽと、常軌を逸して、セイレンちゃんにどんな暴挙に出るか分からない。


そう思えば、セイレンちゃんの気持ちも分からなくはないが。


「宇賀神先輩。   私は、宇賀神先輩が嫌いじゃないです。  卒業まで、付き合って下さい」


セイレンちゃん。


何でよりにも寄って、宇賀神先輩が柚木崎さんの隣りにいるところに、アタックするかな?



いや、宇賀神先輩が何かしようとしたら、きっと、止めて貰えると思ってか?


ちなみに、何で、セイレンちゃん。


右手に私の腕を、左手に鏡子ちゃんの腕を掴んで居るんだ。


これでは、野次馬ではなく、巻き添えじゃ無いか?


こんな告白前代未聞だ。


ムードもへったくれもない。


「良かったですね、宇賀神先輩」


「おめでとうございます」


私と鏡子ちゃんは、黙っているのも何なので、一言ずつ、宇賀神先輩に声をかけた。


「セイレン⋯⋯。えっ? え⋯⋯良いのか?」


「嫌なら、断っても良いです。 やっぱ⋯⋯私を好きって、冗談だったんですか?」


宇賀神先輩は取り乱して、その場によろめいた。


狼狽え過ぎだ。


「違う、好きだ。セイレンが好きだ。最初に会った時から、ずっと」


縋る様な目で見つめる宇賀神先輩にセイレンちゃんは、微笑んだ。


「よく分かりませんけど。 触れないって、約束は守って下さい。 宇賀神先輩の事を好きになれるかはわかりませんが、宇賀神先輩がそれで良ければ。 それで、良いですか?」


容赦無いな。


告白はOKなのに、二人の熱の入り方の温度差で見てるこっちはヒートショック起こしそうだよ。



「あぁ。 デートは月1じゃ、駄目か?」


「⋯⋯二人きりになる所以外で、付き添い同伴可で、良ければ」


そう言うと、セイレンちゃんは、目で、私と鏡子ちゃんに助けを求めて来た。


「「可能な限りセイレンちゃんにお供するよ」」


私と鏡子ちゃんの言葉に、柚木崎さんも乗ってきた。


「じゃあ、僕も可能な限り、宇賀神に同行するね」


ちょっと、手がかかるけど、宇賀神先輩の恋の成就は、宇賀神先輩への恩返しでもある。


苦には思わなかった。


思えなかった。


「キスは駄目か?」


最後の最後で、言ってくれたな宇賀神先輩。


瞬間、生徒会室に突風が吹いて机が倒れたり、荷物が床に落ちた。


セイレンちゃんの髪が揺れる。


窓開けてないし、地震が起きた訳でもない。



「触れずにキスは出来ないでしょう? 触れないとは、そう言う事をしないで、したくないって、言う意味です」



最早、そこまで言ったら、好きの欠片も無い、恋の成就に思えたが、宇賀神先輩はセイレンちゃんにまだめげなかった。


「じゃあ⋯⋯だったら、せめて、他の誰ともキスはしないでくれ。 セイレン。 駄目か?」


セイレンちゃんは少し考えて答えた。


「それは、そもそも、宇賀神先輩と付き合っている以上、他の人とはしないし、したいとも思いませんから。それは、約束出来ます。 それで、良いですか?」


宇賀神先輩は、満足そうに頷いた。



結局、やっぱり、宇賀神先輩は何だかんだ言って、セイレンちゃんが誰かに言い寄られるのが嫌だったらしいし、セイレンちゃんのトクベツになりたかったし、セイレンちゃんの気持ちを確かめたかったんだと思った。







篠崎さんを家に泊めた一件から、私は、あまり氷室さんと口を聞かなくなった。


あの日から、だ。


家に帰ると氷室さんは、一度はまず書斎に荷物を置いたりで部屋に入るがすぐ出てきて、私が夕飯の支度を終えるまでリビングで過ごすようになって、散歩の日は、夕飯の後、着替えてまたリビングに戻り、私の片付けを待って、散歩に出るようになった。


そして、私は、暫くして気が付いたんだ。


氷室さん、私が書斎に声をかけに行かなくて良いように、そうしているんだって。


そうすれば、私との会話を減らせるからだって。


氷室さんのその態度が私には、氷室さんの怒りとかではない感情に受け取れて、悲しかった。


避けたいけど、私への保護者としての義務を果たす為に、仕方なくそうしていて。


勝手な事する私の事が許せないんだって。


「今日、宇賀神先輩、セイレンちゃんとお付き合い始めたんです。 びっくりじゃ無いですか?」


夕飯の時、意を決して、そう切り出してみると、氷室さんは、ピタリと箸を止めて、こちらを見ずに私に、言った。


「食事中は、静かに、食べろ」




もう流石に、堪えた。


相槌くらいくれるものだと、思ったのに、話題を叩き潰してきおった。



黙って、静かに、泣きながらご飯を食べた。



食器を片付けている間も、依然としてず涙が止まらなかった。


でも、そんな私を氷室さんは完全スルーで、私の事を気にもとめなかった。


お前の血は何色だよ。


ってか、ソファーに座って、同じ空間に居るのに。


何で、何も言ってくれないんだよ。



でも、この上は。


私は涙をほったらかしに流し続けて、氷室さんの前に行き、暫くじっと見つめた後、声をかけて来ない氷室さんに諦めて、氷室さんに背を向けて、部屋に戻ろうとした。


今日は散歩の日だったが、それは、流石に今夜は無視してやるつもりで。


そうしようと思ったが、リビングを出ようと歩き出す私に、氷室さんは言った。



「もう無理だ」


私はその場で硬直して、氷室さんを振り返った。


氷室さんはリビングのソファーから私を見ていた。


いや、睨まれていた。



散歩を無視したからか?


だったら、見て分からないか?   


こんな泣きながら歩く女子高生の私と外を歩いていて、一番恥ずかしくて、一番困るのは、氷室さんだろうに。



「と、言われましても、涙が止まらないんです。この上、散歩に外には出られません」



私の言い分に氷室さんは、唇を戦慄かせながら言った。


「散歩の話しじゃあ無い。 お前の事が。  お前と同じ場所に居るのが⋯⋯もう無理だ。 そう言っている」



「は?」



「お前が、許せない。  だから、どう接して良いか、分からない」



えっ、全然、分かんない。


なんで、そこまで起こっているんだ。



「そんなの⋯⋯私だって分かりません。 いつだって、私だって、私は、氷室さんに、突き放されるのが恐かった。いつ、居なくなるか、愛想尽かされるかって。 でも 今がそうですか?」


「あぁ、そうだ」



「⋯⋯私、何かしました?」



「お前こそ、柚木崎と何をした? 15歳の癖に、子供の癖に、何をやってるんだ」




何って。


りゅうの奴だな。


よもや、ここまでやるか?


⋯⋯私も私だ。


何であの時、挑発なんてしたんだ。


りゅうのやつ、まさかそこまでチクってたなんて。



「氷室さん⋯⋯。言いましたよ。 避妊すれば後は何しても良いって、言った」


「成人するまでは、性交渉するなと訂正した。 それがお前の言い分か?」



違う。


人の意見は関係ない。


そんな生半可な覚悟で、して無い。



「いいえ。 とぼけようとしてすみませんでした。 言い分はこうです。  私からお願いして、抱いて貰いました。  15歳のまだ子供でも。 氷室さんが例え、それを許さないと分かっていてでも」


「開き直るのか?」


「いいえ。 正直に話しているだけです。 だって、本当の事だし、私にそれを言うと言う事は、私に説明を求めているからでは無いんですか? ⋯⋯いえ、違いますね。 もう、駄目って氷室さんが理由を言ったんだから。 説明を受けたのが、私の方でしたね。 理解しました。 氷室さん、お好きにどうぞ⋯⋯」


「馬鹿にしてくれるな、お前は。  俺はお前に、最大限寄り添いたかった。裏切らないで欲しかった」


寄り添う?


あぁ、確かに、愛してはくれなかったが、ずっと、寄り添ってくれていた。


それは、いつだって、感じていた。


家に居てくれるのが嬉しかったし、なるべく一緒に考えたり、同じ気持ちでいてくれようと、私の事を理解しようとしてくれた。


分かっている。


でも。


「お気持ちに添えず、申し訳ございません」


氷室さんの願いを聞き届けられなかった事では無く、氷室さんの気持ちに寄り添え無かった事だけを私は謝った。


柚木崎さんとした事は、謝らないし、後悔もしない。


だから、反省も出来ない。


だから、笑えるくらい、私は、氷室さんに誠実さが無い。



「お前は、何とも思わなかったんだな。 思いもしなかったんだな。 俺の気持ちを」



そんな訳無い。



「思わなかったら、こんなに辛くなかった。 自業自得だったなんて、思わなかった。 氷室さん、私の顔、やっと⋯⋯ちゃんと見てくれた」


ずっと、私と一緒に居てくれたが、口を聞かなくなってから、極力私の事を見ないようにもしてた。


だから、睨まれた時、ちょっと内心嬉しかったんだ。


あぁ、私を見てくれたって。


狂ってるよ。


「あぁ、お前の顔を見る度、虫酸が走る」


【虫酸が走る】なんて言葉を。


面と向かって言われるのは、初めてだ。



と言うか、陰口や悪口の一環だったり、ドラマやアニメで敵に使う言葉だと思っていた。


よもや⋯⋯。



日常生活で飛び交うなんて、、まさか、面と向かってそう指摘を受けるなんて⋯⋯。


でも、私が悪いか。


だって。


「だったら、辛いのは、氷室さんでしたね。我儘をしておいて。それで、愛想尽かされておいて、それが辛いなんて厚かましいですね、私」


そう言っておどける私を氷室さんは、怒鳴りつけてきた。


「うるさいっ。話は、終わりだ」



氷室さんは、立ち上がり、私の前に来ると言った。



「俺は、帰る。これからは、朝、迎えに来る。それで、良いか?」


「ええ⋯⋯」



また、最初に逆戻りか。


て言うか、ここから出て行く事を、帰ると言ったのが、胸に刺さった。


ここは、氷室さんの家では無い。


当たり前の事なのに。



氷室さんは、私に背を向けて先にリビングを、出て行った。






私は、部屋に戻ろうと玄関の前の階段に向かう途中で玄関で靴を履く氷室さんを見て足が震えた。




行かないで。


一人にしないで。




それを、言ってはいけない。


分かっている。


でも、これじゃ嫌だ。




私は、氷室さんに駆け寄り、背中に縋った。



「やめろ。何のつもりだ」


「氷室さんが好き、愛してる。 だから、出来ない。 居なくならないで。 離れて行かないで」


「離せ⋯⋯」


「嫌。⋯⋯嫌だ。 だから、振りほどいて、行って⋯⋯」


何言っているんだ。


何をやっているんだ。


頭で思っている事は、ちゃんと1人にならなきゃって思っているのに。


分かっているのに。


身体が言う事をきかない。


もう駄目なのに。


氷室さんを求めて、縋り付いているなんて。


もう、分からない。


「お前は俺を好きでも無ければ、愛しても居ない。血迷うな。 離せ」


「⋯⋯振りほどいてから、行って。いつも、そうして来たじゃ、無いですか⋯⋯。 どんなに寂しくても、苦しくても、いつも勝手に一人にしたじゃ、して来たじゃないですか?」


置いてけぼりにするなんて、氷室さんの、いつもの常套手段じゃ無いか?


氷室さんは背中から抱きしめる私の片方の手首を掴んで、振り返った。


泣きながらきょとんとする私に、氷室さんは、まじまじと私を見つめてから、言った。


「それが、お前のした事を、俺のして来た事で贖える程の仕打ちだったと言うのか?」


いや、そうは思わない。


氷室さんは、いつも出来得る限り、冷たいけど、私に寄り添おうとしてくれた。


氷室さんなりの優しさが、いつも、最後は、嬉しかった。


「いいえ。でも⋯⋯許して、欲しいです。行かないで⋯⋯お願い⋯⋯です」


後は⋯もう、泣くしか出来ない。


後悔も反省も出来ないのに、ただ許しを乞うしか出来ない。


「それは⋯⋯ズルいだろう。 お前は俺の願いを聞かなかったじゃないか⋯⋯」


「私を避けたら、気が済むんですか? それで、満足ですか?」


氷室さんは、私に振り返り、私の顎の下に手を伸ばし、首に手を当てた。


「到底、足らんが。そうだな、気休めにはなると思った。 お前、俺に触れ過ぎだ」


「⋯⋯氷室さん」


「無理だ。 お前が許せない。 気が狂いそうだ。 離れろ。 じゃ無ければ、俺は、このまま、お前の首を絞めかねない。今なら、まだ振りほどけるだろう?」


「嫌です⋯⋯。 例え、そうされても、致し方無い。  何をしても、構いません。 だから、離さない」


私は、氷室さんの服を掴んで強く握りしめた。


氷室さんの手も私の首を掴んで強く絞め付け始めて、痛くて苦しくて恐かった。


首を絞められても息は出来るもので。


でも、顔が膨らんで行くように頬骨や目の辺りが膨らんで行くような感覚と窒息感が徐々に増していく。


いっそ、このまま、氷室さんにここに置き去りにされて、今まで手に入れて来た、確立させて来た、氷室さんとの日常を失ってしまうくらいなら。


このまま、氷室さんに殺されても良い。


そう思った。


「⋯⋯俺の負けだ。りりあ、俺を許せ」


「えっ?」


「お前が、俺を許せ。 俺がした事を許すなら、俺はお前を許す。選べ」


えっ。



「えっ⋯私は、氷室さんの何を許せば良いんですか?」  


「俺が、お前に今からする事を許せたら、俺はお前を許す」



言った言葉は、絶対だ。


躊躇うのも、戸惑うのも、全部、全部、後回しで良い⋯。



後悔したって、猛省したって良い。



罵られても、蔑ずまれても良い。




「ゆるす」



私は、半信半疑で呻くように呟いた。


足掻いている。


もう、何でも、良い。



「りりあ」


不安げに見上げる私に、氷室さんは私の額に口付けた。



「氷室さん⋯⋯」


名を呼び見つめる私を、見つめ返しながら、私の唇に親指を押し付けて唇をなぞった。


「りりあ」


氷室さんは、私の頬を手で支えて顎をあげさせて、私と唇を重ねた。


そして、私の腰に手を回して抱き上げる様に私を抱き締めた。



氷室さんは両瞳を閉じて、私の口の中に舌を入れて私の閉じかけの歯をこじ開けて舌を絡めた。



「んっ⋯⋯は⋯⋯ぅ⋯⋯ぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ぅ」


苦しくなるぐらい奥まで舌を挿れて来て、すごく激しく掻き乱すけど、途中でやめて欲しくなくて。


私は、一生懸命、息継ぎをした。


鼻から息をするのも忘れるくらい⋯頭が蕩けるようなキスだった。



私は、何度もビクビクと手が震えていた。


恐かった訳じゃない。


ずっとわ何度も気持ちよくて、その度、カラダがゾクゾクしたんだ。



こんなに、キスって気持ち良かっただろうか?


愛しているが、愛されて無い人から、されているのに。


何で、こんなにカラダが歓喜に打ち震えているのだろあか?


おかしいよ、こんなの。


頭が混乱していた。



そもそも、罰を受ける筈のところなのに。


何で、こんな夢にも思わなぬ事態なんだ。


何のジェットコースターだよ。


乱高下して、一回転して、逆走して、垂直降下したレベルの危険アトラクションみたいだ。



不意に、氷室さんが片手を離して私の頭をかき乱して、私の前髪を束ねていたピンを床に落とした。


私の鼻先まで伸びた前髪が、キスする私と氷室さんの顔に落ちて来た。


氷室さんは、時折、くぐもった吐息を漏らした。


それを聴覚が捕らえる度に、下腹部がムズムズしてしまう。


キスのインターバルで、唇を離されると、もうキスが終わっちゃうんじゃないかと思って、その度に不安になって私は目を開けた。


氷室さんは私が見つめるのに気づく度に、私が目を閉じるまで、頬を撫でてくれた。


それを何度も繰り返した。


氷室さんは、気持ち良いのかな? 


時折漏らす吐息は、気持ち良さそうに思えなくも無いけど、エスパーじゃないから分からないが。


途中、氷室さんの指が鎖骨の下でビクンっと震えて肩に上がった。


胸を触っても、構わないのに。


と、思った。



「んっ⋯⋯ぅ⋯⋯ぁ⋯⋯っ」



もう、気持ち良くて立ってられない。


身体から力が抜ける。



崩れ落ちる私を片手で抱き留めたまま、そんなの気にも留めず、氷室さんは私に激しくキスを続けた。


散々に私の頭をかき乱した手で、私の頰を撫たり、手の指を押し付けて顎を撫でた。


まるで私のカタチを感触と感覚で、確かめようとしているみたいだと思った。


氷室さんは、ゆっくり私から唇を離して、目を開けて、言った。


私の手を取って、手の平や手の甲にキスをしながら言った。


「何故⋯お前は、前髪を伸ばすんだ? 前髪があった方が、お前らしいのに」


手指の先から手首へ肘から肩を目指して、何度も私に口付けていく。


「次、会った時に、お母さんに切って貰う為⋯⋯です。だから、切らないだけです。伸ばしては、いません」


私がそう言い切った所で肩までキスが辿り着いて、氷室さんは私の唇に戻りながら言った。


「⋯⋯そうか」



氷室さんはそう言うとまた私の唇に、唇を重ねて私の唇の中に入って来た。






私は、いつの間にか目を閉じていた。


氷室さんはずっと私にキスを続けていた。


私は、されるがままにそれに応じて、もう意識が朦朧としていた。


いっそ⋯⋯。


このまま。


抱いてくれないだろうか?


このまま。


私を。



私は、抱いた欲望が苦しくて、目を開けると、今度は氷室さんが、目を開けて、私を見ていた。


氷室さんは、私から唇を離して、言った。



「柚木崎、お前が後始末をしろ」


えっ。


氷室さんの呼びかけに、玄関の後ろの廊下に、柚木崎さんが現れて、こちらを見るなり、きょとんとして立っていた。


「えっ、何やってるんですか?」


「お前が蒔いた種だ。 お前が摘み取れ。  お前が俺に、りりあを抱いたと暴露したせいだ。 俺は⋯ここまでして、やっとりりあを許した。 りりあを連れて、リビングに行け。 俺は⋯りりあを離せない。 お前が俺から引き離せ」


柚木崎さんは、神妙な顔で、溜息を付いた。


突然呼び出された柚木崎さんを一瞬、不憫に思ったが。


秘密をバラしたのは、まさか、まさかの柚木崎さんだったか。


いつも目の前で、色々、ぶっ込んで来た柚木崎さんだが。


人の見てない所でも、ぶっ込んじゃってたか。


何でだよっ。


柚木崎さんは、飛んだ告げ口をしておきながら、いけしゃあしゃあと氷室さんに言った。



「えっ、お断りします。 僕は、あなたから、りりあを奪う事は出来ない。しようとも、思って無い。 りりあが、嫌がらなければ、苦しまなければ、それで良いんです。 僕に遠慮しないでください」


「お前、正気か? りりあは、お前の恋人だろう」


「えぇ、僕の恋人ですよ」


「だったら、取り返しに来い」


「ですから。貴方からは、奪いません。奪えません。 貴方とりりあを奪い合わない。だから、取り合いも、しません。 それだけは、りりあを愛する上で、僕は絶対しないって、決めたんです。じゃ無いと、僕達、誰も幸せになれない」


そう言って、柚木崎さんはその場に立ち尽くす。


氷室さんの眉間に青筋が立つのを見て、いつもの氷室さんだと、何か、ホッとしている自分がいた。



「じゃあ、ただの俺のこれは、頼み事だ。 りりあをリビングに連れて行ってくれ。 少し、時間が欲しい。 りりあと一緒に居てやってくれ」


柚木崎さんは、氷室さんの言葉に、にっこりと笑った。


「それでしたら、分かりました。引き受けます」


そう言って、柚木崎さんは、私に手を差し伸べて言った。


「おいで、りりあ。一緒に紅茶でも淹れよう。僕、お風呂上がりで喉が乾いているんだ」


私は、【おいで】と言われ、一瞬躊躇ったが、紅茶を淹れようと言われて手を伸ばした。


氷室さんは抱き締める力を緩めなかった。


でも、私の手を取った柚木崎さんは私をぐっと引き寄せて、それでやっと、私と氷室さんの身体は離れた。


そのままリビングに向かって行く柚木崎さんに手を引かれて歩き出す。


私は、後ろ髪引かれる気持ちで、振り返りかけて、氷室さんに嗜められて踏み留まった。



「振り返らずにリビングに行け」




台所でお湯を沸かしながら、私は、柚木崎さんと話した。


「何で、言っちゃうんですか。 びっくりした。 知らなくて、ずっと、いきなり、口聞いて貰えなくて、私⋯⋯」


途方にくれて、今更、もう、涙も枯れて、出なかった。


「えっ、これが、僕が怒っている事に対する、僕の君への罰だからさ。りりあ、君さ、僕が気付いてないと思った? 君は、ミナミと分魂の記憶をノートに取った日の事、まだ、何か隠しているんだろう? 僕だけじゃない。 今の君とミナミを誰も信じてないよ。分かっているだろう?」


バレて無いけど、バレている。


まぁ、分かっては、いたさ。


だって、一ノ瀬君を監視役に抜擢して、公然と警戒している、されていたら、分かる。


でも、言わない。



「じゃあ、あの日、だったんですね。柚木崎さんが、ヒッキーに言ったの」


「そうだよ。夜、生徒指導室の話しの内容電話で聞いた時、言った。でも、前に言ったよね、僕、君に」


「何をです?」


「秘密は喋ってしまえば、秘密じゃなくなる。 悩まなくて良いんだよ。 秘密は、無い方が良いんだよ。 でも、伝わらなかったかな?」


「え?」


私は、柚木崎さんの意図はもう分かっていたが、敢えて、とぼけて見せた。


秘密は、言ってしまえば、秘密じゃなくなって、秘密を抱える苦しみから、逃れられる。


理解はしてるよ。


身に染みてる。


でも。


言うつもりは、無い。


決心は変わらないんだ。



「もう良いよ。秘密を言えない、君を僕も許すから。 今度、僕のバレンタインデーのお返し、受け取って欲しい。 りりあの馬鹿」


「亮一⋯⋯」


「僕さ、君を抱いた事、ヒッキーに言った日、ついでだから、確かめてみたよ」


「何を確かめたんですか?」


「ヒッキーに、【りりあはちゃんと処女だったよ】って。言ったんだ。 そしたらさ。【当たり前】だって、ただ怒ったんだ⋯⋯。 あの感じじゃ⋯⋯きっと、ヒッキーは、まだ知らないんだよ。 君ともう一人の自分との本当の事」


柚木崎さんの見解よりも【カマかけようとして、氷室さんに何言ってんだ】と、私は呆然としていた。



「りりあは、ヒッキーがそれを知らなくても平気?」


「⋯⋯どちらでも構いません。 でも、知らないなら、このまま、知らないで居て欲しいかな?って、思いました。 秘密には、しません。 苦しみを増やす事になるので」



「そう? だったら、少しは僕の度々の暴挙も報われるよ」


本当に、今回は柚木崎さん、捨て身で色々やってくれたもんだ。


って、私が言えた義理じゃあ、無い。


全てが全て、正に、自業自得の成れの果てだ。


そう思った。


紅茶を淹れ終わって、ソファーに行こうと言う頃、氷室さんがリビングにやって来た。



「もう遅いから、お茶をご馳走になったら、帰ります」


「分かった」



3人でテーブルを囲んで、柚木崎さんは宣告通り、お茶を終えると帰って言った。


「そう言えば、りりあ」


「何ですか?」


「宇賀神の夢がまた少し叶って良かったな。俺も、嬉しく思う」


氷室さんの久しぶりの雑談に、胸が押し潰されそうだ。


「はい」


私が笑顔でそう言うと、氷室さんは、テーブルにラッピングされた小さな箱を置いて私の前にスライドさせて来た。


「先月のお返しだ。もう、遅い、風呂に入って眠れ」


「はい。ありがとうございます。 今、開けてはだめですか?」


「風呂に入って眠る前にしろ。それは、食えん」


「はい。そうします。 氷室さん」


「何だ?」


「おやすみなさい」


「⋯⋯あぁ、りりあ。おやすみ」


私は、箱を抱えて部屋に戻って、お風呂にお湯を入れている間に、お茶の食器を片付けてから、お風呂に入り、部屋に戻って、やっと箱を開けた。


怒って、もう無理って、言った癖に。


結局、こんなの買ってるなんて、もう分かんない。


もう、本当に。


なんて手に負えない【狂愛】だ。


狂おしい。


テンさんのハリネズミのハリボーとハシビロコウのぎょぎょんちゃんのミニキーホルダーだった。


バカなの。


めっちゃ欲しいやつじゃんこれは⋯⋯。


特注なのか?


まさかね。


木彫りのぎょぎょんちゃんはサイズ自由かも知れないがキーホルダーサイズに出来るこんな小さな松ぼっくりよく手に入れたもんだ⋯⋯と私は、感心した。


大事にする。


絶対、テンさんが作ったやつだ。





























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