そもそも、だ。
校内や自宅でどう監視下に置かれようと、現代社会は便利なもので、ラインや携帯電話のショートメールで、篠崎さんといくらでも、内緒話は出来そうなものなのだが、私の携帯は、この学園に入学する前に、氷室さんに全てのやり取りが掌握されてしまうように遠隔操作を受けている。
よって、スマホを使ってのやり取りは出来ないのだ。
ドラゴンゲートも、そうだ。
だから、どうしたって、篠崎さんと話し合う事が出来なかったのだが、白夜との約束の日、三学期最後の修了式の放課後、私は夕方までを柚木崎さんと過ごす予定になっていたのだが、篠崎さんがまさかの行動に出た。
一ノ瀬くんを伴って、篠崎さんがやって来て、言ったんだ。
「ごめん。 どうしても、話したいの」
「懸、俺は、4年間、俺がお前にした仕打ちを許したお前を信じる。 篠崎は、お前を裏切らない。 そう信じる。 俺も仲間に入れてくれ」
「えっ、篠崎さん? 一ノ瀬くんに話したの?」
「うん。 秘密がある事だけ、白状したよ。 でも、貴方、このままじゃ、がんじがらめで、身動き出来ない。 だから、ね。 放課後、3人で抜け出そう。じゃないと、あの敷地から、あの凄い人達の目を掻い潜るなんて出来ない。違う?」
そうだ。
例え、氷室さんの目を盗めても、きっと、りゅうの目は誤魔化せない。
私は知らない振りをしているが、もう気付いていた。
あの敷地では、りゅうは私の事を自由に把握できるんだって。
篠崎さんの目の前で、わざと試したんだ。
柚木崎さんに抱かれた事を引き合いに出して試して、りゅうは平然とそれを知っていた事を暴露したんだ。
そもそも、何で私があそこに住む必要があったのか、ずっと、疑問だった。
でも、それでやっと分かったんだ。
あそこは、りゅうの目の先なんだって。
「でも、どうするつもりなの?」
「私と一ノ瀬君で、懸さんを誘拐する」
えっ、何それ。
※
放課後、菅原先生が教室を出るのを待って、篠崎さんと一ノ瀬君がやって来たのだが、そこには、鏡子ちゃんもセイレンちゃんも来て、私と一ノ瀬君と篠崎さんは驚いた。
「私も仲間に入れてよ。朝、話し聞いてたよ」
「私達、みんな友達でしょ。仲間外れは、無しだよ。酷いよ、りりあちゃん。篠崎さん」
私は、狼狽えたが、篠崎さんは言った。
「ごめんね。ずっと、黙ってて」
鏡子ちゃんが言った。
「話しは取り敢えず、学校を抜け出してからにしよう。みんな、ドラゴンゲートで測位されないように、今から言う通り設定変更して」
鏡子ちゃんは、ドラゴンゲートで、メンバー同士が居場所を魂の力を感知して表示出来るGPS機能を、途中アップデートで搭載しており今までそれに何度となく世話になって来たのだが、今回はそれは、裏目に出るのだ。
自分の居場所を知られたくない。
だからこそ、このドラゴーゲートの測位機能どうしてくれようか?と思っていたが。
「出来るのっ、そんな事!」
「出来るよ。プライバシー欲しい時、あると、思って。その名も、シークレットモード。便利だよ。 シークレットモードでも、ドラゴーゲートは、シークレットモード以外のメンバーを測位したり、他の機能は、使えるから安心して」
私達は、鏡子ちゃんの指示に従って各々のドラコンゲートを設定変更した。
「じゃあ、転移機能で学校を抜け出そう。柚木崎先輩が来る前に学校を抜け出さないと……」
「もう来ているよ。何してるの? 宇賀神が、教室のみんなが測位画面から消えたって言うから来たけど、みんな……グルになったと理解して良いかな?」
そう言う柚木崎さんは、宇賀神先輩とタッグを組んでるのか?
ワンテンポ遅れて、宇賀神先輩も転移してきた。
「お前達、欺く相手が悪すぎる。諦めろ」
相手が悪いのは、分かっている。
私は、咄嗟に叫んだ。
「鏡子ちゃん、セイレンちゃん私に触れて。転移するから」
私は、自力で転移を試みた。
篠崎さんと一ノ瀬くんを掴んだ。
私の手は右と左に、一つずつしかない。
だから、すぐ事情の分からない二人を選んだ。
鏡子ちゃんは、私に触れてくれたが、セイレンちゃんは前に立った。
「セイレンちゃんっ」
「ここは、私が食い止める。 行って」
私は、セイレンちゃんを残して、転移してしまった。
※
「セイレンちゃん、置いてっちゃった」
「仕方ないよ。 柚木崎先輩と宇賀神先輩に触れられたら、転移先まで付いて来てた。 セイレンちゃんが本気で抵抗したら、どうなるか分かってたからこそ、柚木崎先輩も宇賀神先輩も飛びかかって来なかったんだよ。 あの場で、それが出来たのはセイレンちゃんだけだったんだから」
鏡子ちゃんは、そう言って、あたりを見回して苦笑いした。
「でも、何でチェリーブロッサムに来るの? よりにもよって、ヒッキーの職場の隣じゃん」
そうなんだ。
私がもう何処でも良いから、転移したいって、そうした場所がよりにもよって、チェリーブロッサムのスーパーの中だったんだ。
隣のオフィス棟には、氷室さんと慶太さんの事務所があって逃亡先として、決して、好ましい場所では無かったんだ。
「お前ら、みんな制服姿で、月曜の昼間に、何の社会科見学だ?」
ほら、言わんこっちゃない。
もう、見つかってしまった。
「そ、ソウさん。お正月振りです。 えっと、今日は修了式だったので、今日は午前で学校終わりだったんです」
「そうか。それで、氷室さんと昼飯でも食う約束でもしてんのか?」
背中がビクッと跳ねたし、一緒にいた篠崎さんも一ノ瀬くんも鏡子ちゃんも、微妙な顔をしてしまい、私はハッとした。
「嬢ちゃんの様子がおかしいと思ってカマかけたんだか、何だ、全員揃って何かやったのか?」
もう、ソウさんに隠し事は出来ない。
ソウさんは、氷室さんは食堂には滅多に来ないから安心するよう言って、私とみんなを昼食に誘ってくれた。
チェリーブロッサムの食堂に行くと全員分の昼食券を購入してくれた。
「りー、久しぶり」
「ララさん、お久しぶりです」
調理場にしょくじララさんは、今日の日替わり定食を説明してくれた。
とろふわオムライスのデミグラスソースに見える昨日のハヤシライスがけ。
アボカドど海老とキュウリのバジルダイスサラダ。
キムチとウインナーのスープ。
デザート、マンゴープリン。
お腹空いてたから、良かった。
今日は、柚木崎さんとデートだったから、お弁当持って来て無かったし。
あっ、でも、デート最悪なカタチですっぽかしちゃった。
みんなでランチを受け取って、テーブルに着いた。
「で、嬢ちゃん達、みんな今日はどうしたんだ? まさか、また氷室さんと、鬼ごっこか、かくれんぼしてんのか?」
いや、本当、この人、当てずっぽうに、事の核心しか口走らないな。
私はソウさんの言葉に苦笑いで、言った。
「はい。見つかったら、ただじゃ済まないレベルで逃げてます。お願いですから、言わないで下さい」
「そっか……。まぁ、そう言う時もあるよな。冷める前に食っちまえ」
ソウさんに促されて、私達は昼食をデザートまで残さず食べた。
「で、今日はこれからみんなでどうするつもりなんだ?」
ソウさんに尋ねられ、私は戸惑いがちにみんなを見ると、篠崎さんが言った。
「私達は、みんな彼女の味方です。 徹底的に、逃げるもんね」
篠崎さんは、悪戯っぽく笑った。
「えぇ、俺達、彼女を連れて逃げます」
一ノ瀬くんがそう言うと、鏡子ちゃんも言った。
「ヒッキーに捕まったら、終わりだもんね。 ソウさん、私のパパにもママにも秘密でお願いします」
「お前ら、氷室さん相手に何やってんだよ。 あのなぁ……」
私達は、食器を片付けて、ソウさんと共に、食堂の出口に向かっていた。
「えっ、嘘だろ。 まさか、ここに居るなんて……」
食堂にシュウさんと一緒に入ってきた慶太さんが、私達に驚愕していた。
しまった。
慶太さんが、食堂を利用しないとは、確認してなかった。
今の口振りじゃあ、氷室さんから、事情聞いてる筈だ。
「シュウ、りりあちゃんを捕まえて」
「は? 何でだ?」
「良いからっ」
私は、ソウさんが居て、他にも、食堂に人が大勢ここに居るのに、転移は出来ないと思った。
「捕まるな。 懸っ、行けっ、篠崎も、お前ら二人は捕まるなっ」
「そうだよっ。 行ってっ」
一ノ瀬くんと、鏡子ちゃんがそれぞれ慶太さんとシュウさんに立ちはだかった。
「えっ、何で、君達? えっ、駄目だっ。逃げちゃ駄目だっ。戻って」
「何だよ、こりゃ」
慶太さんとシュウさんを尻目に私は、篠崎さんと走り出した。
「嬢ちゃん、どうなってんだ?」
「すみません。説明出来ません。 ヒッキー達には、捕まれない。 すみません」
私は、ソウさんにそう言い残して、その場を後にして、物陰に隠れて、篠崎さんと大鏡公園に転移した。
「あっと言う間に、二人になっちゃったね。ごめん、滅茶苦茶だよね?」
「そんな事ないよ。みんなが問題解決してくれた。ドラゴンゲートを解除して、みんなが、みんなで、私達を外に逃がしてくれたんだ。 これで、全部、問題は解決。後は、約束を守るだけ。 懸さん、ごめん、私だけが、最後に、貴方を裏切って」
篠崎さんは、そう言うと、ドラゴンゲートの緊急呼出ボタンを押した。
呼出指定名は、【氷室 龍一】だった。
「何で、篠崎さんっ」
今、何でだ。
どうして、今になって、そんな事するんだ。
何故か、突然、目の前が暗闇になった。
「眠れ、しばらく、目を醒ますな」
氷室さんの声が聞こえて、そして、意識が途切れた。
※
目を醒ますと、夜だった。
私は、自分の部屋のベッドで眠っていた。
制服を着ていた。
窓からの月明かりで、腕時計の時刻を見ると、深夜0時だった。
約束の時間を過ぎている。
「えっ、嘘、やだ。へっ、何で」
篠崎さんのお母さんの居場所が、分からなくても良いのか?
何でだよっ。
まさか、篠崎さんに、裏切られて、約束を果たせなくされて、しまうなんて。
「お前、何がしたかったんだ」
突然だった。
部屋には、私しか居なかったのに。
声がした後ろを振り返ると、りゅうがいた。
人間のカタチで今日は黒い上下のスウェットを身に纏っていた。
「説明したって、分からないよ。 告げ口する人、嫌いだよ」
「怒るな。 俺は、質問に答えただけだ。 言われたくない事は、言うなと言われなければ、分からんもんだろう?」
まぁ、そうだ。
私はベッドを降りて、部屋を出ようとした。
鍵は中からしかかけて無い筈た。
内鍵を開ければ、鍵は開いてドアは開く筈なのに。
「龍一から、お前を部屋から出すなと言われた。 それでも、お前は出たいのか?」
「出たいと言ったら、出してくれるの?」
私の問いに、りゅうは眉間にシワを寄せた。
「ださん。ベッドに、戻れ。 早く、寝ろ」
ん?
このりゅうは……。
いや、それより、制服のポケットに手紙があることに私は首を傾げた。
「えっ、何で、ここに手紙があるの?」
「手紙がどうした?」
「おかしい。篠崎さんが、裏切ってバラしたと思ってたのに、手紙が奪われてない」
りゅうは私のところにやって来るなり、私がまさぐっていた制服のポケットに手を伸ばして来たが身動ぎしてそれを拒んだ。
「氷室さん、篠崎さんは、今どこですか?」
りゅうはピクリと肩を震わせ、そして、固まった後、静かに言った。
「俺は知らん。馬鹿な⋯⋯何故分かった」
そっか……やっぱ氷室さんが化けてたか。
私は自分のスマホを探した。
「氷室さん、りゅうに変身したままが良いなら、止めませんけど。 私のスマホ何処ですか?」
「お前にスマホを返すつもりはない」
「でしたら、篠崎さんの測位をしていただけますか?」
「何故だ?」
「お願いです」
氷室さんは、自分のスマホを取り出して、画面を操作した後、私に言った。
「測位なし、だ」
りゅうの姿から、氷室さんに姿が変わった。
騙されるのは、篠崎さんだけでこりごりだと思った。
「今、俺はお前の願いを一つ叶えた。お前も、俺の願いを一つ叶えろ。手紙を見せろ」
私は、渋々、制服のポケットから手紙を取り出した。
でも、それは、私が思っていた、白夜からの手紙ではなかった。
~~~
懸さん。
裏切ってごめん。
私のお母さんの分魂は、私がちゃんと、してあげたい。
あなたがこれ以上、傷付くのも、危険な目に遭うのも、嫌なの。
私の事、信じてくれて、ありがとう。
~~~
まだ、諦めなくて、良い。
待ち合わせ場所がバレて無いんだから。
私は、そう思った。
「お前は誰と、どういう取引をした?」
「何故、聞くんです? 篠崎さんから、聞いてないんですか?」
「お前も篠崎の娘も、隅から隅まで、嘘だらけだ。 辟易する。 最後は、自分も裏切られて、世話ないな」
私は下唇を噛み締めた。
「……そうですね。嘘ばかりになって、友達を巻き込んで、この体たらくは、笑えて来ちゃいます」
私、今まで、一度だって、ここを抜け出そうとも、逃げ出そうとも、思わなかった。
今になって、一度くらい、それを企てておけば良かったと思った。
「もう、全部、話してしまえ。 取り返しが付かなくなる、その前に」
「……言ったら、取り返しが付かなくなると思ったから、言わなかったんですよ。氷室さん。 ユキナリ、来て」
私が名を呼ぶとユキナリは、来てくれた。
白い鳩の姿で白い光を放って、姿を表した。
「何じゃ、りりあ」
そっと、短く耳打ちした。
【ごめん、許して】
「な、なんじゃ?」
私はユキナリの背に隠れた。
「お前、何のつもりだ」
「人質よ。 私に神殺しさせたくなければ、私を外に出して下さい」
ここから出れば、何とかなる。
私はドラゴンゲートのシークレットモードを解除してない。
ドラゴンゲートは、鏡子ちゃんがこの前、第三者が扱えないようにアップデートしているから、その筈だ。
ここを出れば、まだ、望みはある。
「やってみろ。お前が殺せる筈は無い」
「そう言うと思いました。でも、私は出て行く」
私はレンズサイドに切り替えて、自分の部屋の窓をすり抜け、屋根に上がった。
外ではりゅうがとぐろを巻いて、私の目の前に現れた。
「部屋に戻れ。龍一の言う通り、部屋に戻れ」
「チビりあ、お願い、力を貸して」
私の呼び掛けにチビりあが現れた。
「りりあ。何処にいくつもりなの?」
「どうしても、ここを今、出たいの。出して」
私の願いにチビりあは言った。
「りゅうと龍一相手に、あなた、正気?」
「お願いだよっ。助っ人に、ユキナリも居るよ。 2対3だよ」
「あんたと私は、二人で一つの人間でしょ。足し算出来ないの?」
「ぶー」
私がそう言うと、チビりあは言った。
「りゅうなら、説得出来る。後は、隙を見て、龍一から逃げなよ」
「分かった。ありがと」
「チビりあ、出て来るな。戻れ」
「あなたが私と帰るなら、戻る。 じゃなきゃ、付いて行っちゃおうかな?」
チビりあの言葉に、りゅうは、固まった。
「りりあ、お主、何を考えておる?」
「えっ、脱走だよ。私の肩に乗って、りゅうの許しは答えが出た」
ユキナリが私の肩に乗る、振り返ると、すぐ後ろまで氷室さんが追いかけていた。
私に手を伸ばして来る。
「ごめん、ちょっと、氷室さんを弾いて」
私の頼みにユキナリは、風を吹き巻いた。
「あれは、強いのう。 木を倒す威力で放ったものを。 まだ、立っておる」
氷室さんは、後ろに身動ぎして足を止めた。
「馬鹿がっ、行くな」
「氷室さんっ。⋯⋯ごめんなさい」
私はそう言うのが精一杯だった。
今更、全部打ち明けて、全て台無しには、出来ない。
もう駄目かも知れないけど、まだ、一欠片でも可能性が残っているうちは、降参しない。
出来なかった。
「やめろっ、りりあ」
私は、大鏡公園の白石橋の前に転移した。
※
白石橋橋の近くに転移して、ユキナリに気配を消すよう言ったら、胸の中に居たいと言われ、それを許すとユキナリは私の胸に入って気配が消えた。
けど、ユキナリは心の中で私に言った。
【りりあ、浮世に、あやつが倒れておる】
ユキナリに言われ、私はレンズサイドから現実に切り替えた。
私は白石橋の傍らで、茂みの影で、仰向けに倒れている篠崎さんを見つけた。
首に、赤紫の後があって、着衣が乱れていた。
両目が薄く空いている。
ブレザーの下のシャツのボタン上の方外れていて、口から血を流していた。
私は、駆け寄って篠崎さんを抱き起こして揺さぶった。
「篠崎さん、起きて、いやぁっあぁあっ」
私が揺さぶっても、ピクリともしない。
「あっ、来た⋯⋯。 遅かったね」
私が来た反対側の少し離れた所で、白夜が姿を現した。
怒っているとか、嘆いているとか、そう言う感情の無い、虚ろな雰囲気を醸し出していた。
「白夜⋯⋯? 篠崎さんに何をしたの?」
「あぁ。多分、殺したかも?って⋯⋯ね。 あぁ、やっちゃったな? まだ、確かめて無いや」
そう言って、虚ろな目で私を見た。
目に感情が無い。
「私が来なかったから? こんな事したの?」
「⋯⋯そうだよ。 君がちゃんと、来てくれてたら、この子のイノチを奪わずに済んだのにね。 あの人⋯怒るだろうな。あの世でさ、二人で仲良く恨めば、良い。 僕をせいぜい憎めば良いのさ」
そう言って、白夜は立ち上がってこっちに歩み寄って来た。
「ごめん、約束を破って。 でも、篠崎さんに八つ当たりは、駄目」
「八つ当たりじゃ無い。それは、僕を怒らせ、侮辱し、罵った、自らの愚かな行いによるモノだっ」
ん、そうなの?
篠崎さん、一体、何やったのかな。
「ユキナリ、どうしよう」
「魂はあるが、肉体が停まっておる」
私は、篠崎さんの息を確かめた。脈は分からなかったが、心臓は停まっていた。
「篠崎さんっ救急車、119番。⋯⋯嘘、私、スマホ無い。 お願い、白夜、篠崎さんを助けて」
私の言葉に、白夜は言った。
「蘇生したいの? それを、僕に願うの?」
「当たり前でしょ。 お願い、殺さないで。あなたの妹でしょっ。助けてよっ」
白夜は、笑った。
「あぁ、義妹だよ⋯。 恨めしい、憎たらしい、有象無象の人間の女の孕から生まれた虫けらだ。いっそ、せいせいするよっ」
抱き締めた篠崎さんの身体は、まだ温かい。
早く、どうにかしなきゃ。
どうしたら、良いんだ。
「別に、今、生きてようと、死んでようと、構わない。 僕は、その愚かものを、見せしめにするんだから」
そう言って、白夜は篠崎さんに向かって手をかざした。
篠崎さんの身体が浮かび上がる。
こ篠崎さんは、生身なのに、そのまま空に上がって行く。
私はそれを抱き締めて引き止めようとしたが一緒に空に舞い上がった。
「離せ⋯ぐちゃぐちゃにしてやる」
まさか、ある程度まで、空に上げて、篠崎さんを生身で地面に落とすつもりか?
だったら、冗談じゃない。
「お願い、誰かに願いを叶えて貰いたい時は、まず、相手の願いを叶えてあげなきゃ。 私もあなたのお願いを叶えるから、篠崎さんを助けて」
私の言葉に白夜は、言った。
「僕は、蘇生は出来ない」
「でも、119番は出来るでしょ、ゆっくり篠崎さんを降ろして、救急車を呼んで。 貴方の望みを2つ聞く。言って⋯⋯」
「正気か? バカな 」
「言って⋯早く」
「僕にキスして。 僕の傍にいて」
「応じるっ」
私は、篠崎さんから手を離し、地上に降りて、白夜の元に行き、唇にキスをした。
重ねるだけのキスに白夜は目を閉じて、抱きしめる私の身体を抱き返した。
※
白夜は、篠崎さんをゆっくりと地上に降ろして、スマホで119番に通報して、場所も伝えた。
そして、電話を終えると、白夜は篠崎さんの胸に手を置き、思いっ切りぐうで振り上げた拳を振り下ろした。
「ゲホッゲホッ⋯⋯」
「白夜⋯」
「我が義妹ながら、悪運が強い。別に、必ず助かるもんじゃない、たまたま、運が良かっただけだ」
白夜は、私の手を取った。
「白夜?」
「もう良いだろう? 時期に人が来る。 僕の傍に居てくれるんだろう?」
「分かった。でも、ちょっと待って、ユキナリ、出て来て」
私の言葉に、ユキナリは私の胸から飛び出した。
「りりあ、お主⋯⋯、こやつの為に、身を売ったのか?」
「違う、願いを叶えただけだよ。 篠崎さんの傍に居てあげて。欲しいだけ、私の力持って行って良いから。篠崎さんに、使ってあげて」
私は、ユキナリに力を流し込んで、その場によろめき、白夜に抱き留められた。
「気が済んだ?」
「えぇ、済んだわ。じゃあね、ユキナリ、またね」
私は、白夜に抱き締められて、白夜に身を委ねて、その場を転移した。
※
「ここ、どこ?」
「僕の家だよ。もう、一人暮らしを始めて17年位かな。ずっと、ここで、暮らして来た」
マンションの一室のようだ。
制服用の白の靴下が真っ黒だった。
玄関で抱き上げられて、バスルームに連れて行かれて、白夜は、女物の着替えを持って来た。
「着替えなよ。身体も洗って、下着も未開封のが残ってたから、使って」
私は、言われるまま、シャワーを浴びて、着替えを使った。
誰の服なんだ。
リビングに行くと、白夜が台所に立って何かしていた。
「何してるの?」
「お腹空いたんだ。カップラーメンでも、食べようかなって。君も食べる?」
「私、そう言うのあんま食べたこと無い?」
「じゃあ、僕だけだね」
「えっちがうよ。だから、食べたいの」
私が目を輝かせるのに、白夜は、面を喰らっていた。
「ラーメンだけじゃなくて、うどんも焼きそばもあるよ」
「え〜迷う。 あっこれ可愛い」
バッケージにひよこが描かれたものを手に取った。
「ラーメンなんて、いつぶりかな」
「君、いつも、何食べてるの?」
不思議そうに言う白夜に、私は変名事を聞くなぁ、と思った。
「自分で作ったものを食べてるよ。喉、乾いた」
「熱いお茶と冷たいお茶、どっちが良い?」
「熱いのが、良いかな。日本茶と烏龍茶があるけど」
「日本茶が良いかな」
普通、そこは日本茶でさ、無く緑茶と言うべきだろう。
テーブルに、急須にお湯を注ぐだけに準備して、カップラーメンと箸をセッティングして、白夜と一緒にダイニングテーブルに向かい合って座った。
沸かしたお湯をまずそれぞれのカップ麺の器に注いで、次いで、お湯のみにお湯を注ぎそこから茶葉を淹れた急須にお茶を注いだ。
お茶は私が淹れて、白夜はカップ麺の為に3分タイマーをかけた。
「白夜はシーフードヌードルが好きなの?」
「この前がカップヌードルだったから、だよ」
「えっ、カップ麺、ヘビロテ?」
「1日、3食も食べてたら、一食位、手を抜きたくなる。朝はパンにしても、まだ昼と夜に2食あるだろ? 嫌になるよ」
「そうだね。一人だと、3食もあると億劫だよね」
「一人かどうかは関係、無くない?」
「そう? 私は、一人だった時、億劫だったけど、一緒に食べる人が居たら、気持ち変わったよ。張り合いがあった」
「ふ~ん」
タイマーがなって、カップ麺の蓋を開けると湯出が出て、香りがした。
「昼から、食べてなかったから、お腹空いてた」
「夕飯食べてなかったの? 僕の約束をすっぽかして何してたのさ」
私は、白夜の苦言に苦笑いした。
食事を進めながらの会話は弾んだ。
「眠らせれてた。 手紙は奪われ無かったけど、今日が、私と貴方が何か約束をしていたっては、バレてたと思う。目が覚めて、バレないように逃げ出すのに、苦労したよ」
※
食事を終えて、後片付けをして、白夜が新品の歯ブラシを持って来て、私は洗面所で歯を磨いて、リビングに戻ると、白夜は、お風呂に入って来ると行ってリビングを出て行った。
時計を見上げると深夜3時を過ぎていた。
ずっと、眠らされていたが、ユキナリに力を流し込ん込んで疲れてしまったみたいで、うとうとしていた。
「随分眠そうだね」
白夜がリビングに戻って来た。
白の長袖Tシャツに黒のスウェットだった。
「うん、そうだけ⋯⋯」
白夜は冷蔵庫に行き、冷たいお茶を注ぎながら、私にも、お茶を勧めたが、私は断った。
白夜は、お茶を飲み終えると、私の所に来て行った。
「眠る?」
「うん、出来れば、寝たいけど」
白夜は、私を、抱き上げた。
「やっ、あのさ、歩けるよ」
苦笑いする私に、呆れた様子で白夜は、言った。
「君さ⋯、僕が、今から、君をどうするか? こわいとは、思わないの?」
「今は、どちらかと、言うと⋯眠い。かな」
白夜は、私を抱いたまま、リビングを出て、ベッドのある部屋に連れて来て、ベッドの掛け布団をはぐって私を寝かせた。
私が目をこすって更に眠そうにするのを、何故か白夜は、抗議してきた。
「少しは、僕を男と意識して欲しいかな。流石に⋯僕だって、性欲あるんだよ。人並みに」
「⋯⋯それは、私にもって事?」
意外と、白夜の言葉に動じない自分に、逆に驚いた。
「そうだね。いや、違う。君が居るから、だ。君を抱きたいと思って。 僕にも、人並みにそれがある事を知ったんだ」
そう言われましても。
正直、そう思った。
「君は⋯好きな人は居るの? 人外は除くだよ」
「居るよ⋯、恋人だし、プロポーズされたし、もう、私、その人に抱かれたから、その⋯⋯処女では無いよ」
私の言葉に、白夜はキョトンとしたが、怒り出すとかイラ立ったりせずに言った。
「驚いた。そんな清純そうな顔して。えっ、君、まだ15歳だよね? 今の君を誰が抱いたの?」
「答えなきゃ、駄目?」
「教えて」
「名前を言ったら、呼び寄せちゃう⋯⋯」
私の言葉に、白夜は笑った。
「じゃあ、目星は二人付いている。 年の離れた保護者か、君をいつも甘やかしているトモの息子のどちらかだ? 前者かな、後者かな?」
「後者だよ⋯⋯」
「そっか、あっちだったか⋯⋯。で、僕がそれで、君への欲情を失くすと思う?」
「分からない。眠い⋯⋯」
白夜は、ベッドに身を乗り出して、仰向けに横たわる私に覆い被さった。
いや、そもそも、傍にいる約束はしたが抱かれるとは、言ってない。
でも、眠いんだ。
私の上に覆い被さって、私を見下ろす白夜の胸を横に押し倒して、私は白夜の胸に顔を埋めた。
「りりあ?」
「好きにして良いよ。私も、好きにする。あなたの胸で眠らせて」
目を閉じて、すぐ意識が途切れた。
※
目を開けると朝で、時刻は7時を過ぎていて、いつもより、30分も遅い時刻だった。
身体を起こすと服を着てなかった。
下着も着けていなかった。
記憶も残って無い。
服を脱いだ記憶も、脱がされた記憶も、目の前で眠る白夜が服を脱いでいる記憶も無い。
「⋯⋯早いね。まだ⋯寝ようよ」
そう言うと、手を掴まれて、ベッドに引き戻されて横向きに向かい合った。
「本当に、全く起きないから、やきもきさせられたよ。 全部、脱がしても、起きないんだもん」
「白夜まで、服を、脱ぐ事は無いんじゃ無い?」
「僕、寝る時は、基本そうなんだ」
えっ、全裸か? と、思ったが、下着は履いていた。
「寝る時は、下着だけなの?」
「そうだよ。⋯⋯ねぇ、りりあ」
「何?」
「君は⋯子を望む力を奪われたの? それとも、預けたの? 分魂なんて、何で思い付いたの?」
白夜の質問に、私は戸惑った。
白夜は敵だ。
篠崎さんの命を救う対価に応じているからこそ、好きにされているのだが、ぺらぺら自分の内情を話すのに躊躇いを覚えた。
そもそも、処女じゃないくだりも、話すべきだったか今になってどうかと思った。
「話せない? もしかして、自分の事を喋りすぎたと思った?」
以心伝心かよ。
こわいな、そう言う能力持ってんのかな。
「どうして、そう思うの?」
「いや、意外と何でも答えるから、驚いてた。やっと、言い澱むから、無意識な事を今自覚したのか?って、図星なんだ。 君さ、無敵だった頃より、随分、抜けてるよ。 僕と僕の神様をも、滅ぼしかけたあの女の子とは、やっぱ⋯別物だ」
完全体の11歳の私か。
「身体は、少しは成長したけど、ちょっと恥ずかしくない?」
「えっ、今の私の何が恥ずかしいのよ」
白夜は掛け布団の下に手を伸ばして、私の下腹部の割れ目に手を当て言った。
「ここが子供のままだ。驚くよ。 つるつるしてる。君、ここが大人になるとどうなるか知らないの」
いや、毛が生えるのは、知ってたさ。
いつ、生えるのかな?って、思ってたけど。
そうか⋯。
あっ、そう言えば、柚木崎さん、何か、する時⋯⋯そう言えば、何か言いかけてたけど。
まさか、柚木崎さん。
顔をしかめる私に、白夜は言った。
「こんな身体の君を抱いたなんて、ね。トモの息子は、君が子を産めないのに、よくそんな事が出来たよね。 理解に苦しむよ」
「好きな人に抱かれるのに、子供の事何て、関係ないよ。 子供が欲しくて抱かれたんじゃない。 愛してるって、伝えたくて、したんだよ。 私は、愛する人との子供は出来ない。だから、私は子を望んで抱かれる事は、無いよ」
私の言葉に、白夜は、首を傾げた。
「分魂を取り戻せば、良い話だろう?」
「違う。それじゃ、解決出来ない。だから、私は、子供を産める肉体ごと、私の分魂を取り戻す必要が無いの。だから、ごめん。私は、あなたの子供は産めないわ」
「それが、君の僕への愛の返事のつもりなの?」
「そうだよ。私は、あなたのその望みは、叶えられない。 あなたの望みは、貴方にキスする事と貴方の傍にいる事だった。キスは叶えた。傍にいる約束は、いつまでかまだ期限を定めていなかったけど、あまり長い時間は無しだよ。 そもそも、一晩の約束だったし」
「2時間以上、遅刻してきて、よく言うよ」
白夜は、私の身体に覆い被さって、私の胸に顔を埋めた。
「遅刻したのは、悪いと思っている。 それなりで、思い付く、期限を言って。じゃないと、落ち着かないの⋯⋯」
「君、駆け引きがうまいね。じゃあ、正午で良いよ。 このまま、君と居たら、君が子供を産めないままでも、君を離せなくる。 君が欲しくて、誰の言う事も聞けない、悪い子になってしまいそうだ。 僕は、いつも、誰かの言いなりに、言う事を聞く良い子なのに。 良い子でいたいのに」
白夜は、私の目線まで身体を起こしてまた私を抱き締めた。