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第30話 浅蔵家ー騎士の影

 しかも東館の三階、丁度機械人形を破壊した場所までもう来ている。


 ダイヤモンド・サーチャーの眼と壬剣の眼が同期すると、そこを歩いて来るのは紺色のスーツに身を包む中年の男性。

 背丈は百八十センチ、体重は七十キロ、細身の筋肉質で高級時計とブランド物の眼鏡を身に付けている。


全身から周囲の人間を威圧する冷たい空気が放たれているのは見るまでもない。 髪形はオールバックで、一族に伝わる銀髪。


「何故、今日に限って……!」


 父親は革靴を鳴らしながら書斎に帰ってくる。

 いつもならば何処にいるかも分からず、週に一度程度しか帰宅しないのに。


 部屋から逃げ出す時間はない。

 壬剣は咄嗟に隠れる場所を探す。この部屋は昔と違って隠れるモノに困らない。


 入口の脇に設置されている騎士銅像に目を付ける。全身を覆う様に盾を構えている銅像の後ろにすぐさま身を滑らせてしゃがみこむ。


 土台に身を隠したまま、父親の動きを同期した目で追う。

 父親は機械人形がいない事を気に留めていないのか、特に不自然な動きもなく自室のドアノブに手をかけ、電気を点けて中に入る。


 室内を見渡す訳でもなくネクタイを外してソファーに放り投げ、デスクの椅子に腰かけた。

 この部屋にベッドはないので父親が寝室に向かった時に隙をついて外に出るか、下手したら明日の朝までこの状態が続く可能性もある。


 緊張感を絶やさぬまま、壬剣は手に持った本を見つめる。

 先ほどの漆黒の本とは違い、今度は真っ青な革で出来た表紙だ。


 そっとページをめくろうと手を動かすと、それよりも先に紙がめくれる音が響き、身が竦む。


 父親もデスクの上の書物に目を通している様だった。

 ホッと胸を撫でおろし、改めてページをめくる。


 騎士に関する禁書なのだろうと予想していたが、予想とは少し方向が違った。


(零騎士の書――!)


 逸る気持ちを抑えながら次のページを開く。

 零騎士の書は他の書物と違い、執筆者のメモが乱雑な手書きで並び非常に読みにくい。


 書物というよりは装丁の良いメモ帳なのかもしれない。



『零とはそもそも本当に実在するのだろうか。私はナイツオブアウェイク、長年の疑問を思案する。呼び方すら前騎士達が勝手に付けた名称のようだ。


 現在は鉱石の名前だが最古の騎士は一から十二の数字が名前に振られていたという。そこから思案するに零は最古から存在すると考える。


 しかし最古から存在するに関わらず誰もその姿を見た事がない。

 騎士団の書記・管理を担う私ですら、その姿を記した書物を見た事がない。 名前しか存在がないのだ』



 この書記なる人物が思いついた事をそのまま記入しているので、内容がまとまっておらず、いまいち内容が頭に入ってこない。

 それでも零に繋がる内容が黒騎士討伐の役に立つと信じ、読み進める。



『――零とはつまり何もないという事だ。存在しない。だが何故そんな存在しないモノが何年も騎士団の中で囁かれ続けているのだろう。


 私は思案する。

 騎士とは多重平面世界から可能性や存在、概念といった力を騎士紋章の力で吸い上げる。それらの力の大元は第零次元に集められており、騎士紋章を通じて騎士鎧に直接送られる。つまり騎士鎧の能力や力に限りは無く無限大なのだ。


 だがそんなモノは人に分不相応すぎる。だから第一から第四の次元は騎士の暴走により人類は消滅した。これは騎士鎧を初めに人間に授けたあのふざけた魔術師自称マーリンが断言していたので間違いない。


 いやそもそも奴が言っている事は正しいのか、それは私も分からない。奴は何時もはぐらかしてばかりだからな。そもそも多重平面世界がどうだといわれても、今の私に調べる術はない。話がそれそうだ。この続きはもし生きている間にまた奴に会えたときに記そう』



 魔術師であり自称マーリンか……。

 マーリンとは確かアーサー王伝説に出てくる強力な魔術師だったはず。それが初めの人間に騎士鎧と騎士紋章を与えたのか。自称ということは本名はまた別なのだろう。



『何が言いたいかというとだ。

 人間はあり余る力を持つと間違いを必ず起こす。それは過去の歴史を見ても明らかだ。


 ソドムの火、メテオフォール、大洪水、核、その他諸々だ。

 騎士の力とて例外ではない。現代兵器を全て無効化し、同じ騎士の攻撃は《聖域》によって中和され騎士同士だと決定打がない。その場合ただの鈍器の殴りあいしか行えない。


 そんな『最強の力』を手に入れた人間、いや騎士団はどうなるか。

 脅威がいる間はいいだろう。騎士紋章が強制的に騎士を戦地へと赴かせる運命を敷くのだから。だがそのレールがなくなったとき、力を持つ者たちは何処へ向かうのだろう。


 ここ最近は騎士紋章が反応する事もない。そのせいか団長も人並みに『人の欲』を欲している様に見える。団長だけではない他の騎士さえも領地や金だと騒ぎたてている。


 騎士ではない私から見ればとても滑稽な姿だ。

 力を持つと所詮金と女と地位と名誉により己の身を滅ぼす。

 だから私は思案するのだ。


 零の存在を。


 何故騎士たちが、零が存在するのではないかと疑心暗鬼になっているか。

 それは『強者の不安』そのものだからだ。


 力を手に入れ、幸せを手に入れたモノは影に怯える。

 この夕飯に毒が入っているかもしれない。今寝たら暗殺者に刺されるかもしれない。外に出れば憎悪により、呪い殺されるかもしれない。そういった強者の不安が生んだ影。


 私はそう思う。だから思い出したように常に囁かれているのだ。

 実在しない零騎士の存在が』



(なるほど、つまり騎士が騎士鎧の力を悪用しない為に、言い伝えられている噂か)


 騎士鎧を悪用すれば、零騎士が騎士を討伐に来るということだろう。

 誰もが子供の頃に悪さをすれば神様が見ていると言われた経験はあるが、まさにそれだ。


 彼等の気持ちを増長させない抑止力として、零騎士の噂があるのだ。


 黒騎士は『零がいない今』といったが、『零は幻だ。他に私を倒す方法はルビー・エスクワイアの赤槍で貫け』と言っていたのだろう。


 零の実体が掴めると思いその後も数ページ読み進めたが、それ以上は執筆者の脱線した妄想の様な内容だったので本を閉じようとし、


(ん――?)


 世界が揺れた気がした。

 地面から突き上げるような感覚。


(地震――!)


 想像以上に大きく、部屋に設置されている壺が地面に落ちて割れる。

 絵画は木枠を揺らして壁からずり落ちる。


 そして壬剣は手に持った零騎士の書を滑らせた。


「あ――」


 手を伸ばしたときには遅かった。

 父親がデスク越しに伸びた手を見ており、顔を出した僕と目が合った。


「……壬剣か」


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