「……ふむ、大体の話は分かった。なるほどのぉ……」
一階の職員室の灰色のデスクに頬杖をついて、うむうむと頷きながら、
なぜか、そのデスクに置いている梅干しの丸い容器が気になるが、深くはつっこまないようにしよう。
──なお、この広い職員室には、いつも二~三人しか教師はいない。
龍牙がイタズラなどの悪さをして、ここで説教を食らう時もあるが、それでもいつも少人数で応対している。
そう、この学園のすべての生徒達は約100人にも満たなく、この高校は普通の高校と同じく三学年制。
一学年に一クラスしかなく、各人数は少なくて約30人程度である。
それで教師の頭数も減らし、経費削減で少数精鋭なやり方なのだろうか。
──ふと、龍牙が職員室の窓際から外の様子を伺うと、夕焼けで濁った空模様から、赤茶けた砂漠に光が射し、パラパラと天気雨が降っていた。
雨は乾いた地面を濡らし、でこぼこな地面のあちらこちらに水溜まりができていく。
通り雨だろうか。
いよいよ夏がやってくる。
外出はできないが、この学園には広い室内プールがある。
そろそろ、プール開きも近い。
「しかし、不思議な縁じゃな。
この学園に小さい頃に生き別れた腹違いの弟が紛れ込んでいて、このようなきっかけで、再び出会うのじゃからのう」
もちろん、この話の内容は教師を
無闇に女性だと、明かすわけにはいかないからだ。
おそらくバレたら捕まり、学園の上層部へと連絡が下るだろう。
この島に一人しかいない女性。
貴重なサンプルとして、色々と実験される可能性もある。
そうなれば、
「……弓君、ちょっとこっちに来なさい」
「はい」
弓がトコトコと小動物のような可愛らしい足取りで教師に近づく。
「ワシは石垣教師じゃ、よろしくじゃ」
弓の目を優しく見つめ、握手を求める石垣教師。
「……うむ」
一瞬だけ、何かに気づいたような石垣教師だったが、すぐに手を離し、かけていたサングラスを外し、龍牙の耳元にボソッと呟く。
「……ズバリ、弓君は女の子じゃな」
「何で分かるんだよ?」
「元体育教師をなめるでない。
握った時の肌の質感、体から漂う特有の匂い、龍牙以外の男性と接して戸惑う潤んだ瞳、女性らしい緩やかな体のフォームなどなど……。
ワシが紛れもなく、何年か前に指導した女の子達の存在そのものじゃ。
……それに、Tシャツの下にサラシを巻いても胸がバレバレじゃぞ。
よくバレずに、ここまで来たのぉ」
「それで、変態ロリコンじいさん。
弓をどうする気だよ?」
「失敬な。別にどうもせんよ」
「はっ? 何もしない?」
「うむ。もうすぐワシは定年じゃし、面倒なことは極力避けたいんじゃ。龍牙もその方がよかろう」
「ありがとな」
「……それに兄弟ではなく、大切な彼女なんじゃろ?」
「……なっ、何だよ!? そんなんじゃ!?」
トマトのような赤い顔になり、分かりやすい反応で動揺する龍牙。
そんな彼を見た石垣教師が、イタズラっ子のような笑みを浮かべて、サングラスをかけなおす。
「それから、今日から弓君は龍牙と同じ部屋に住むがよかろう。兄弟なら、そうした方がいいじゃろう」
「えっ、僕はどうなるの?」
「
「ええっ!? あのマッスル
サヨナラ、
肉体改造でムキムキになっても、その野郎と仲良くな。
しかし、マッスル池田って何者だろう。
今をときめくピン芸人みたいな呼び名だが……。
「これで弓君は心配ないじゃろ」
石垣教師が、弓と龍牙にグッと親指を立てる。
「石垣教師、ありがとうございます」
「本当にありがとうな」
教師の
「あと、弓君。何か必要な物があるなら言ってくれ。身の回りの物なら、ワシが直通便で取り寄せるからな」
「ありがとうございます」
「サンキュウ、じっちゃん♪」
「龍牙よ。礼ならいらぬ。お前は明日、今日やってない草取りをやってくれれば問題はなしじゃ」
「げっ、マジかよ!?」
思い出したかのように、愕然としている龍牙。
弓に接して多忙のあまり、すっかり昼からの作業の事を忘れていたようだ。
龍牙よ、お気の毒さま。
「お前のぶんの仕事はたっぷりと残しておるからな。明日は覚悟するんじゃな」
「ひぇー、オタスケー!」
「案ずるな。誰も助けはこん。明日は他の皆は内職作業じゃからな」
「ガチョーン♪」
「いつのボケネタじゃ。お前、まだ生まれてないじゃろ?」
「ラジオで知りまちた。てへぺろ♪」
二人のコントのような話を聞いて、クスクスと笑う弓。
「それから、龍牙。今日の夜の授業は免除しておく。きちんと単位はつけとくから、今から弓君の引っ越しを手伝うんじゃぞ」
「ありがとな」
「じゃあな。ワシはこれから職員会議で忙しいから離れるぞ」
石垣教師が椅子から立ち上がり、首を左右に捻り、コキコキとこりきった首を鳴らす。
そして、同じ部屋にいた二人の教師と共に、
「……素敵な先生ですね」
「でも、もう60過ぎたヨボヨボ爺さんだけどな」
「龍牙さん、その発言は失礼ですよ」
「ごめん。それもそうだな。さあ、部屋に戻ろうか」
「はいっ」
****
やがて、二人は過ぎ去り……。
「……あの、僕の存在を忘れてない?」
二人のパーティーから外された一瀬が現れた。
そこへ……、
「どうも、石垣先生のお電話にて、お迎えに参りましたー。マッスル池田でぇーす!」
身長180センチ、黒髪の坊主頭で黒光りな肌にハハハと白い歯を光らせている、池田も現れた!
なぜかピチピチの白いTシャツを脱ぎ捨て、ムキムキな大胸筋をプルプル震わせながら一瀬の元へやって来る。
「ぎゃあああ、露出狂!?」
「いえいえ、とんでもない。新しいルームメイトに対する愛情表現どぇーす♪
……あら、アナタ、よく見ると、なかなかいいオトコじゃない。もろ好みよん!」
そのまま、一瀬を強引にハグしようとする。
「ぎゃあああ!? 止めろぉぉー!?」
まあ、色々あると思うけど、一瀬も頑張れ……。