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第A−33話 食らえ、必殺技……そして

◇◆◇◆


 ──龍牙りゅうがゆみがヒドラになったケドラーとの死闘を繰り広げる一方で、レキ、ゲルニカ、北開ほっかいの三人は爆発の衝撃で照明系統が故障した暗闇のベルトコンベアを移動していた。


 その先から爆発の振動で、いきなり角度が下がり、コンベアが急降下する。


 三人が慌てて、コンベアにしがみつき、流されていると、とある砂丘の山でコンベアが寸断されて終わっていた。


 ここからは非常用電源を使用しているのか、天井から吊るされた橙色の裸電球がランランと光っている。


「どうやら、ここが最下部みたいだわね。爆発の影響もないし、地下にある核シェルターもここかいな」 


 レキが呟き、三人が降りた先には大量の砂山で覆われていた。


 その砂が巨大な無人機械のパワーシャベルですくわれ、別のラインのコンベアで運ばれて、その山が移動して、個別の白い袋に包装されていく。


 表面の印刷には『射手湾島いてわんとう名物有機肥料』のラベルが描かれていた。


「嫌だね。

この砂、何か臭うわね。

動物が腐敗してるような……」

「校長、あっち見る」


 ゲルニカが指さした先には大量の人骨が山積みになっており、これまたシャベルで運ばれて、巨大なミキサーで粉末状にされていた。


 この粉砕している時に漂う、独特なメスのような匂い。


 どうやら製造原料は……。


 そこへ……、


「──助けて」

「ねえ、そこに誰かいるの? 助けてください」


 しばらく三人が一部始終、その動きを目で追っていると、離れた場所から、か細く弱った様々な声が聞こえてくる。


 声のぬし達は紛れもない。

 助けを懇願こんがんしている女性の声であることは間違いない。


 三人が声のする先に歩を急ぐと、ずらりと黒く塗られた地下牢が並び、様々な世代の女性達が閉じ込められていた。


 彼女らの身なりはあちこちボロボロで、薄手の白い半袖Tシャツに、半ズボンの姿で統一されている。


 そこで北開が立ち止まり、牢についている電子ロックを、服に忍ばせていた手元の黒いカードキーで解除し、彼は女性達の目の前で、静かに土下座した。


「北開さん!?」


 目の前の一人の若い少女がたじろく。


「皆さん、今まで見てみないふりをして、すみませんでした」


 深々と冷たい床に頭を直につけて、謝罪の言葉を述べる北開。


「別に面と向かって謝らんでええよ。

あんたは、こうして私らを助けてくれたではないか」


 そこへ、少女の後ろにいた、一人の白髪の老婆が励ます。


「……ですが、ここで天皇は殺され、今まで沢山の女性を見殺しにしまして……」

「しょうがないだべ。

あんたは総理になってから、すぐに軍の考えに反発され、最近まで幽閉されてたんじゃ。

新たな指導者のケドラーが怖かったのじゃろ」


 老婆が頭をずっと下げている北開の手前までやって来る。


「頭を上げなさいな。

人間、強いものには逆らえない。

あんたは人として、当たり前の行動をしたまでさ」

「ですが、私は大量の人々を身殺しに……」

「しっかりしな。あんた、総理だろ」


 老婆がバシッと北開の肩を叩く。


「首相の間違いは正すべき。

立派な考えをお持ちでないか」

「あ、ありがとうございます」


 その場で男泣きする北開。

 傍でレキとゲルニカが北開を立たせる。


「男がメソメソしとる場合かい」

「北開、救出が先」


 北開が『そうですね……』と眼鏡を外して、ハンカチで涙を拭き、次々と地下牢のロックを解除していく。


 その数が10を越え、30人ほどの女性陣で埋め尽くされた部屋で、最後の地下牢に辿り着く。


「被験体、プロトタイプ20、

ジャンヌ・ダルク」


 北開がその地下牢を開ける。


「もう、君は、これからは自由に生きていいんですよ」

「あ、ありがとう。おじちゃん」


 そう彼が問うと、20代くらいのジャンヌ・ダルクは喜びの表情で、牢の外へと駆けていった。


「はははっ、僕もおじちゃんか」


 彼女の半裸な腕にある注射の痕や、左腕の20の数字を表した、茶色の焼き印が痛々しい。


 だが、これでもう、檻の中にいた彼女を邪魔する輩はいない。


 彼女は、大量生産により、威力が弱まった核爆弾の能力を含んだ殺戮さつりく人形に改造されなくてもよい。


 今、人形ではなく、人間として自分で生きる自由を選べるようになったからだ。


「さて、それじゃ、行こうじゃないか」


 レキが空になった地下牢を見渡しながら、万年の笑みで約30名に及ぶ女性達を見下ろす。


「心配しなさんな。

あんたらの住む家は、すでに確保してるからさ」


 レキのその言葉から、影があった女性達が歓喜な表情になる。


 喜び、叫び、泣きなど、

その表現はさまざまだ。


 みんな、助けられたまでは良かったのだが、やはり、先行く未来に不安を感じていたようだった。


 すかさず、北開が石垣いしがき相手にスマホをかける。 


 しかし、電話は通じない。

 何か都合があって出られないのか。


 それとも緊急事態で、切羽詰まっているのか……。


「どうやら、その様子だと、思ってた以上の強敵みたいだねえ。

急いで、あたいらも加勢するわよ」


 レキは、何かを諭すように、女性達に向き直る。


「いいかい。

何が起きても、ここから出るんじゃないわよ」


 女性達が素直に頷くのを確認すると、レキは、ゲルニカと北開に目配せして、すぐ隣にある石畳の階段を駆け上がっていった。


 その地上に上り詰めた時、三人は異様な光景を目の辺りにするのだった……。


◇◆◇◆


 ──レキたちが地下牢で女性達を救出したその頃、ヒドラの体内に潜り込んだ龍牙は胃袋の内部に辿り着く。


 本来なら強烈な胃酸によって溶かされそうだが、時が止まった今、この胃液はただの杏仁豆腐のような個体の塊である。


「ケドラー、俺の渾身の一撃を食らえ!」


 龍牙が、その固まった胃液の床に足を下ろすと、肩に下げていた剣でヒドラの胃袋を横に斬り広げる。


「だりゃあああー!!」


 剣から瞬く光を放ち、レーザー光線のように胃袋を裂いていく。


 それから息をする間もなく、続いて縦方向に斬り下ろす。


「でりゃあああー!!」


 龍牙必殺、十文字斬りっ!!


 その瞬間、世界に鮮やかな色が戻り、ヒドラの体が血飛沫を上げながら、十字架の斬り込みが入り、ヒドラの腹が裂けていった。


 赤色の粘膜で覆われた龍牙の目の前が、弓がいる外側の視界へと開けていく。


『ギャアアアー!?』


 断末魔の叫びと共に地面に倒れこみ、残された首で腹を押さえこむ血まみれのヒドラは、瞬く間に元の人間の姿のケドラーへと形を戻していく。


「……ナゼだ。

この最強の肉体が、こんなひよっ子に……」


 龍牙の剣によって裂けた腹を押さえ、悔しそうに地面に横たわるケドラー。


「ひよっ子だと油断したな。

どんなに愛らしいひよこでも、鋭い爪はあるんだぜ」

「……そうか。

外見で判断したせいか」

「あと、俺と弓の愛による作戦のちからだ!」


 どんなに頑丈な肉体でも、うちにある内臓までは鍛えられないはず。


 ならば、弓の能力で時間を止めて、口から潜り込み、内部に進入して、中からの攻撃なら通用しないかと。


 弓の冴えわたる知識が勝敗を決めたのだ。


「……愛か。

それは、私が長年捨てていた感情だな。

愛とは弱くて、脆いモノだと思っていた……」


 ケドラーが両目を指で伏せる。

 気のせいか、瞳が潤んでいるように見えた。


「……もうプロジェクトKは失敗し、ワレが死んで、後継ぎとなる王は二度と生まれぬ。

だが、ワレにはひと欠片も悔いはない。

さあ、とどめをさせ」

「言われなくてもそうするさ」


 龍牙が剣をケドラーの首に振りかざす。


「龍牙、待つんじゃ!」


 そこへ、馴染みのある声で動きを止める龍牙。


 すっかり炎が消え、塵と炭に化した東京大学院の残骸の地面にヘリが着陸しており、こちらに石垣いしがきが早足でやってくる。


「ケドラー、こんな所でくたばるでない」


 石垣がケドラーに語りかける。


「どんなに悪い罪を犯しても、生きて精進すれば、必ず罪は償える。過去と未来は別個のもの。それが例え、日本一の罪人でもじゃ」

「ストーン。お主……」

「それにいつかは、ワシの妻を蘇らせてくれるんじゃろ。

きちんと約束は守るんじゃぞ」


 石垣が傷ついたケドラーに肩を貸す。


「まさか、部下に助けられるとはな」

「まだまだ、人生も捨てたもんじゃないじゃろ。

まあ、ケドラー様は半分ドラゴンじゃけどな」

「かかかっ。腹が痛い。

お主も笑わしてくれるな」


 そこへ、地下牢からの階段を上ってきた三人に出くわすが、

突然なしていた二人の光景に驚きを隠せない様子だ。


「安心してくれ。すべて終わったぜ」


 龍牙がにこやかにブイサインをすると、周りは賑やかな笑い声に包まれた。


****


「──龍牙君、お疲れ様」

「一瀬、また一緒にゲームで遊べるな」

「また、弓ちゃん連れてきてよ。

今度こそ、負けないからね」

「今度はズルするなよ」

「分かってるよ」


 龍牙と一瀬がお互いの熱い拳を交わす。


「テメエ、本当にやりやがったな。

おいしい所、みんな持っていきやがって」


 沖縄おきなわが満足そうに煙草を吸いながら、いつもの文句を垂れる。


「アイドルな沖縄さんに、すり傷はつけられないからな」

「おう、それは違いねえ。

お前も、ちったあ成長したな」


『バチーン!』


 沖縄と気合の入ったハイタッチをする龍牙。


「龍牙。勝ち」


 ゲルニカがお子様ランチについていそうなミニサイズの日本の国旗を、龍牙に向かって振っている。


「分かったよ。今度、飯でもおごるぜ」


 ゲルニカがニタリと不吉に笑う。

 かつて、これほどまで、笑顔の似合わない人がいるとは……。


「ついでにパフェ追加」

「あいよ」


 このクールな大人子供には、これからも手を焼きそうだ。


「龍牙さん。さっきは手荒な真似をしてすみません」


 北開が反省の面持ちで頭を下げてくる。


「気にするな。

総理ならドーンと構えてくれ」

「それに似たようなこと、レキ校長からも言われましたよ。 

僕には内閣総理大臣の素質がないのでしょうか」

「違いねえな」

「ああっー、その発言はNGワードですよ」


 北開がぶうーと愛らしく、頬を膨らませている。


紅葉もみじ、あんた凄いわね。

男の意地、見せてもらったわよ」


 レキが片目でウィンクする。


「あたいが学生なら、あんたに惚れていたかもね」

「ははっ、勘弁してくれ」

「そうかい。熟女も中々いいものだわさ。

彼女にフラれたら、いつでもきなよ。

あたいが慰めてあげるわよ」


 レキがセクシーな悩殺ポーズでアピールする。


「いや、俺はオバチャンに興味はないから」

「そうかい、残念だわ」


 それに対して、龍牙は何とか理性を保つ。   


「龍牙。よくやった。

流石さすが、ワシの息子だけのことはある」

「……父さん」

「もっと誇らしくしろ。龍牙は日本を救ったのじゃぞ」


「そうだ、お主が掴んだ勝利だ。

もはや、お主は英雄だ」


 石垣とケドラーが龍牙を誉めている。


「何か、恥ずかしいぜ」


 龍牙は照れくさそうに豪快に笑う二人を、後にすると見せかけ、

『所でさ、ケドラーは実際には何歳なんだ?』

 ……とある疑問をケドラーに投げかけてみる。


「そなたには教えぬわ。

まあ、強いて言えば、永遠の18歳だな」

「この期に及んでアイドルづらかよ?」


「はて、ケドラー様。沖縄の癖がうつったかの」

「かかかっ。違いない」


 誰もが不思議がるケドラーの年齢は永久に闇となったのだった。


 そして……。


「……龍牙さん」


 弓が、にこやかに微笑みながら、龍牙を待っていた。


「弓、ありがとう。

君がいなかったら負けていた」

「そんなことはありません。

私は知恵を貸しただけです」

「なら、その知恵を今返すよ」

「えっ!?」


 龍牙の突然の行動に目をぱちくりとさせる弓。


 龍牙と弓、二人のくちびる同士が触れ合っていた。


「り、龍牙君!?」


 恥ずかしさのあまり、顔を手でおおう一瀬。


「あやつめ、公衆の面前で……」

「いいじゃねえか、今は俺らしかいねえから」

「それもそうじゃな」


 一方で、二人のオジサン連中は見慣れたものだ。


「龍牙さん……」


 二人がくちびるを離し、ゼロ距離でお互いに見つめ合う。


「弓、今ここでハッキリと言う。俺はお前のことが世界一好きだ」


 そんな不器用なりな龍牙の愛の告白に、

「……私もです」

 彼女は嬉し涙で彼に抱きつき、


「これからも俺の傍にいてくれ」

 彼からの愛の言葉に、


「はいっ、喜んで」

 幸せそうに顔をうずめる彼女がそこにいた……。


****


 ──西暦20XX年、6月の夏の盛り。 

 エンカウンター・ケドラー首相により、大戦の休止していた隙をついた、世界侵略の目論見は、一人の若者の行動により、見事に崩れ去る。


 それから翌月の7月、ケドラー首相の無条件降伏により、日本は軍事を放棄し、無事に平穏を取り戻したのだった……。






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