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第A−35話 それは流れる紅葉のように(2)

◇◆◇◆


 ──ケドラーの計画を阻止した、あの日……。


 30名による女性の団体を残し、石垣いしがき達はヘリで上空へと飛び立つことにした。


 ある程度の手当てを施したケドラーの口から、日本武道館に行けば、別のヘリでの救助の出動要請が呼べることを知ったからである。


 そこには医者もおり、怪我人の治療やメンタルケア、流行病に応じた対応など、石垣以上の医学の知識を持つ人が沢山いるという、希望に満ち足りた話だった。


 早速さっそく、石垣達は、まだ傷が傷むと言うケドラーをその地に残し、それらの医者に見てもらう方が早いと判断し、ごく一部の仲間を東京大学院跡に残して移動する事にした。


 その置いてゆく仲間とは、レキ、ゲルニカ。 

 何かあった時のために二人の姉弟をだ。


 昔からの顔なじみを近くに置いた方がケドラーも安心でき、信頼できるからよいし、万が一、女性達が混乱しても、上手くフォローできるだろうと、石垣自らが選出した。


 まあ、多少、ゲルニカはお菓子のオマケのような感覚が拭えないが……。


「はい。僕もケドラー様の元に残ります」


 そこへ、意外にも他に手を挙げたのは北開ほっかいだった。


 神妙そうな面持ちで石垣の方を向く。

 どうやらケドラーに何か話があるらしい。    


「分かった。北開はここに残ってよし。

では、他はワシらのグループについてくるで問題はないな」


 他のメンバーが無言で頷き、納得する。


 それから、石垣グループはヘリに乗り、洞窟の上空にある出入り口の穴へと、飛び立っていった。


「──ケドラー様。折りいって話があります」


 ヘリが眼前から消えるのを確認して、北開が口を開く。


「……何だ、やはり総理の仕事は不向きか」


 ケドラーの何気ない発言に、意表をつかれた北開。


「知っていらしたのですか……」

「お主の行動を見れば嫌でも分かる」

「……実は私は、心の底でKプロジェクトに反対していました」

「それが分かっていたから、お主を幽閉して、様子を見ておった……」


 その発言を聞き、北開が胸を撫で下ろす。


「……よく、私のことを見ていたのですね」

「……まあ、首相だからな。周りの部下を監視し、それ相応の指示を出す。

こればかりはワレがトイツ大国で軍人だった頃と変わらぬ」

「ケドラー様の軍人姿は、さぞかし決まっていたのでしょうね」

「かかかっ。今度、その写真を見せてやろう。あまりの凛々しい姿に着目するがよい」


 ひきつり笑いながら、痛みで腹に手をやるケドラー。


 そこに細く綺麗な指先が重ねられる。


「あんた、まだ傷むかい?」


 レキが心配そうにケドラーを覗きこむ。


「さっき、北開からあんたの話は聞かせてもらったわよ。

初めは、ただの礼儀知らずのデカブツと思ってたけど、色々と苦労してきたんだねえ」

「はっ? 何だと?」


 今まで敵対し、白熱の刃を重ねた相手に対しての慈愛な対応に、ケドラーがキョトンとしている。


「これからはあたいが守ったげるから、心配しなさんな」

「だから、お主はワレの話を聞け、むぐっ……」


 そのケドラーに、今度は唇を重ねるレキ。


「わわわ。それはヤバい」


 恋愛にはウブなお子ちゃまで、明後日の方向を向くゲルニカ。


「あらら、今日は口づけ祭りですね」

「あの、チョコレートのス○ーキッスのCMより抜粋?」

「ノンノン、それは口どけですよ。

教頭のわりには、お勉強が足りないですね」

「むぅ。家でくらい、普通にゲームやらせろ……」 


 不満げなゲルニカ教頭に、ニヤリと表情を崩す北開。


 こっちはこっちで楽しそうだ。


「……ぷはっー、お主。

いい加減、接吻を止めぬか、息ができぬだろうが……」

「ふふっ、見た目によらず、可愛いとこあるわね」

「止めぬか。

……おい、北開」


 ケドラーがレキの抱擁を押し寄せて、こちらを見る。


「お主は今日で内閣総理大臣から辞任し、石垣に首相の座を譲る事にする。

その件に異存はないな」

「はい。ありがとうございます」


 そのケドラーの言葉を聞いた北開の表情は、いっそ明るく引き立っていた。


「だから、止めぬかぁぁー!!」

「嫌も嫌のも、好きなうちかい♪」


 相変わらずケドラー側は修羅場だったが……。


◇◆◇◆


「お疲れ様でした。石垣首相。

遠路はるばるご苦労様です」

「はて、何でワシが総理になっとる?」


 一方でヘリで着いた日本武道館で、大量の日本の国旗のついた小さな旗で、迎えられる石垣一堂。


 広々とした頑丈な作りの内部には、様々な大小の色柄なテントがあり、避難生活のような状況に思わず息を飲む。


 みんな、元ケドラー首相のやり方に信頼し、贅沢を言わず、我慢して暮らしていたようだ。


 そんな状況からの、ねずみ色のスーツ男からの挨拶に、何も分からずホケーと固まる石垣。


 その男の胸元には、国会議員の金バッチがつけられている。


「ついさっき、電話にてケドラー様からの言い伝えです。

これからは石垣様を首相にせよと」

「ぶっちゃけ、いきなりじゃわい」


 石垣が恥ずかしげに、頭をぽりぽりと掻く。


 首相という大切な役割を何の躊躇ためらいもなく、石垣に譲った絶大な信頼感。

 そのケドラーからのささやかな心遣いに、照れているようだ。


 そんな日本武道館では、多くの人々が住んでいた。 


 ざっとヘリから見た感じで、その数は少なかれ1000人は越えているだろう。


 その中ではこのような男のようにケドラーに仕える議員もいて、大学の教室のような簡易的な国会議事堂のような部屋もあり、そこの通信器具で、色々と情報などのやり取りをしていたようだ。


ところで、ケドラー様の怪我の容態はいかがですか?」


 別の部屋から、今度は白衣の男性看護師が、真剣な顔で聞いてくる。


「心配ないぜ。アイツは不死身だからさ」


 龍牙が説明するが、看護師は不安そうにしている。


「わたくしは、あの方によって、戦争孤児だったわたくしめに、このような素晴らしい職を与えてくれました。

今度はわたくし達が恩返しする出番です」


 看護師が龍牙達に一礼すると、首に糸でかけていたホイッスルで仲間を呼ぶ。


 すると、約10名ほどの看護師や緊急隊員などが飛び出し、石垣が停めたヘリもある、ドクターヘリのある場所に早足で移動する。


「皆の者、現場にはケドラーが利用していた女性陣もおる。

地下牢で怯えて暮らしていた、彼女らの心は繊細じゃ。

くれぐれも丁重にな」

「「「了解しました。石垣首相!!」」」


 石垣の投げかけに、元気の良い複数の男性の声がハモる。


「何だか、くすぐったいのお」


 それから看護師達を見送り、石垣が一言、心の声を発した。


「まあ、いいんじゃねーか。何でもやってみねーと、分からない時もあんからな」


 沖縄おきなわ嘲笑あざわらいしながら、石垣の肩を軽くたたく。


「お前は相変わらず能天気じゃの。

ワシが総理になったら、まずは、お前のその腐った根性を叩き込まないといけんのう」

「げげっ、俺はこのライフスタイルが気に入ってるんだ。勘弁してくれよ」


 しどろもどろな沖縄の応対に、周囲の雰囲気は笑いに満ちあふれていた……。


****


 ……あれから、もう三年が経過した。

 でも、まだたった三年でもある……。


 あの戦乱を乗り越えた日本は、急速に復興をとげ、自由に外出してもよい許可が許された。


 また、環境省による環境や公害改善の努力の賜物たまものにより、空気中にあった放射能や太陽からの多量な紫外線などの有害物質は、ほぼ完全になくなり、人は昔からあった、本当の安らぎの自由を手に入れた。


 草木は生い茂り、川や海には魚などの生き物が泳ぐ。


 大地を歩けば道が開けて、スーパーやコンビニ、立ち並ぶ居住地。


 ふと、上部に視線をやると、天空にまで届きそうな多彩なビルの群れ。


 ここは、かつて繁盛した東京に変わりつつある……。


 ──そして、石垣首相に変わり、再び国民主権の法律に戻り、男女共に平等であり、お互い支え合い、高め合いながら生活してゆく性別差別のない日本にした。


 そのせいで等身大フィギュアなどの大人の玩具などの売り上げは減ったが、デートで使用する交際費などで穴を埋めてくれたので、結果的に、日本の経済情勢はトータルで黒字へと向かっていた。


 もちろん、刀や爆弾などの危険物を所持することや、弱い立場の女性などに暴行を加えれば処罰に価する。


 また、戦争を放棄し、核兵器を断絶して、再びアメリコの支配下に置かれ、あの自衛隊を復帰させた。


 日本の政治はケドラーの失敗例を生かし、何もかも前のような、元の鞘の政治に戻ろうとしていた。


****


「えー、ワレらは、あの戦乱から出会いまして……」


 大人数の観衆が新郎のケドラーに注目する中で、ケドラーがマイクの前で手紙を取り出して、しかと読み始める。


 時々、眉をしかめて、言葉を詰まらせるからに、どうやら書いている文章が読みづらいようだ。


 見た目は若々しくても、そろそろケドラーにも老眼鏡が必要であった。


「あら、ケドラー。

がらにもなく緊張してんのかい。

可愛いわね♪」

「お主は少し黙らぬか」


 何も分かってないレキに苛立ちを覚える。


「うそ、嘘。

あんたの眼鏡なら持ってきとるわよ。

今日は朝が早かったから、忘れてもしかたがないさ」


 レキがケドラーに緑の眼鏡ケースを渡す。


「うむ、誠に助かる」


『パカッ』


「むっ。こ、これは!?」

「どうしたんだい?」

「これはサングラスではないか!?」

「……あれま、最近、そればかりかけていたから、新作の老眼鏡かと。

ごめんね。てへぺろ♪」

「お主は見て分からぬか。

ごめんじゃない、てへぺろでは済まぬわ!!」

「あーん、可愛くないわね、ケドラー。

アタイとやろうってかい?」

「無論だ。問答無用で成敗してくれるわっ!!」


 二人が向かい合い、食ってかかろうとする。


「ちょっと、エンちゃん、マジ止めろって」

「レキ、衣装汚れる」


 そこへすぐさま、ケドラーとレキの初の夫婦喧嘩を止めに入る、沖縄とゲルニカ。


 仲の良い漫才のような騒動。

 個性的な男と女による、新たな戦乱の始まりだった──。


****


 ──そんな中で龍牙夫婦は別部屋のキッズルームで、由美香ゆみかを寝かしつけながら、仲良く肩を寄せあっていた。


「龍牙さん、私、今とても幸せです」

「だな。俺もだよ」


 弓の愛らしい顔が、龍牙に向き直る。


「どうした?」


 一瞬の沈黙から、弓がピンクの艶やかな唇を開く。


「龍牙さん、実は私、

お腹の中に新しい子供がいます」

「ま、マジかよ。嬉しいぜ。それはめでたいぜ。

ちなみに男の子かい、それとも女の子かい?」

「龍牙さん念願の男の子ですよ」

「そうか。やったぜ。

なら、その子と由美香のために、頑張って働いて稼がないと。

これからも忙しくなるな」


 龍牙がズボンを手ではたき、立ち上がろうとすると、弓が龍牙の服の裾を摘まむ。


「どうした、弓?」

「龍牙さん、お願いします。

もう少しだけ、このままで……」

「ああ……」


 二人は、そのまま無言で、熱い口づけを交わしたのだった……。


****


 ──この世は愛で溢れている。


 そこにあるのは様々な愛の形。


 例えば丸くてすべすべとした物。


 親の温かい愛情を真っ直ぐに受け止めて、なに不自由も持たない純粋な心。


 例えばウニのように尖っていて、ささくれた物。


 親から反発を受けて、自己嫌悪に落ちて、周りが信じられなくなるトゲトゲしい心。


 例えば形すらもない物。


 親もなく、身寄りもない、孤独で心底に愛情に飢えていても、何も見えない心。


 もしくは若くして命を絶って、広々とした天空をあてもなく、さまよう空っぽの心でもあるだろう。


 そして、これらの様々な三つの形に共通する事柄は皆、その形と赤の他人がめぐり合い、恋が生まれて、やがては愛へと変わっていく物語。


 それは、人ならば誰でも体験する、絵本のような物語。


 その中身が明るくても暗くても、訪れるのは運命と宿命。


 哺乳類としてただの種の保存による交わりではなく、人間として特有の心を持ち、自我がある愛の行為。


 小さなおたまじゃくしが、冒険活劇を繰り広げ、多数のライバルを蹴落とし、母の体内で誕生した新しい命。


 そこで一人の男の子が生まれた。


 だが、ただ生まれてくる命は、無垢がままに世界を知らない。


 そこに必ずしも、幸せがあるとは限らない。


 中には己の欲望と、快楽の為に過ちをおかして、避妊もろくにせず、望まれない産まれ方をする命もある。


 だが、男の子の人生のスタートはどちらでもなかった。


 なぜなら生まれてきたこの世には、色んな恋の形があり、様々な愛の形があるからだ。


 これからも、この二人は様々な形を作ってゆくだろう。


 恋愛にカテゴリーはない。

 どんな出会いや形にしろ、愛する二人に理由はいらない。


 これにて、龍牙と弓の物語は終えるが、また機会があれば、いつかまた出会える日が来るかも知れない。


 いつの日か、また出会えることを信じて……。


 それは、流れる紅葉のように……。





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