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A8章 あれから……。

第A−36話 二人

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「──ちょっと待ってよ!」


 彼の足は速い。


 私の方が、年上で背丈だって上なのに、何も苦労もなく、私を追い抜いてゆく。


 私が女だからなの?


 私とは体の作りが違うから、彼には勝てないの?


「へへっ、どうやら今日のおやつのドーナツも俺がいただきだな」

「ア、アンタ、調子に乗らないでよね……」


 私が喋りに夢中であゆみが止まった彼を、全速力で追い抜く。


「やーい♪」


 しかし、すぐに彼から追い越される。


「もう、やってられないわ……」


 私はたまらずに腰を下ろし、その場に大の字になって倒れこむ。


 灰色のコンクリートの床が冷たくて、初夏のこの季節には心地よい。


 耳に流れる湿った風の感触が、早くも梅雨の始まりを告げようとしていた……。


「はぁ……、はぁ……。

最近の小学生はみんな、こんなに足が速いの……?」


 私が大きく息を弾ませて、そのまま寝転がって休んでいると、ふと目の前が暗くなる。


 白い半袖に青の短パンの生意気な丸刈りの小学生が、私の前に堂々と立っていた。


「何だよ、情けないな。

由美香ゆみか姉ちゃん。

それでも中学生かよ」

「り、竜太りゅうた

ア、アンタが速すぎるのよ……」

「何、言ってんだよ。

俺より速い奴なんて、学校内にゴロゴロいるぜ」


 竜太があり得ない表情で、私を見下している。


「嘘でしょ。最近の小学生は、どんな体の作りしてるのよ……」


 身も心も砕け散り、すっかりのびている私。


「由美香姉ちゃん、ほら立って。

今度は晩ご飯のエビフライを一本かけて、家まで競争だよ」

「アンタね。エビフライは貴重なおかずなのよ。

一本無くなっただけで、どれだけ嘆けばいいのか分かる?」

「なら、俺に勝てばいいじゃん♪」


 私に向けて、手を伸ばし、そのままゆっくりと立たせる。 


 よく、そんなキザな言葉を軽々と言える。 


 こんな後先、何も考えてない部分とか、あの人にそっくりだ。


 今やこの日本の危機を救い、伝説となったドラゴンに対抗する能力を持った私の父、紅葉龍牙もみじりゅうがに……。


 父は三年前、一人の女性を救うためにアメリコが極秘に研究していた、異次元の穴に落ちた。


 それから、父とは会っていない……。


 そして、最愛の父をなくした母は心を閉ざしてしまった。


 ただ、料理を作る時だけは、何も支障はないようで、父が消えても、私達に様々な料理を作ってくれた。


 特にくるみ入りのカレーは絶品だった。

 父がまだ学生の頃に、よくその学生寮の食堂で好き好んで食べていたらしい。


 そのカレーを食べている時の母は、とてもだった……。


 私はそんな母を片隅から見守りながら、いつか世界中を周り、父を探せるような体力をつけたいとマラソンを始めたのだが、私の詰めが甘かった。


 一見、手足を動かす単純な運動に見えるのに、こんなにも長距離が酷だったなんて。

 弟、竜太の身体能力の高さが恨めしい。


「由美香姉ちゃん、俺の話、聞いてる?」

「あっ、ごめん。何だっけ?」

「だから、勝った方はエビフライもう一本追加だからさ」

「はあ? あれは、いつも皿からはみ出るほど大きいけど、一人あたり三本しかないのよ。

ほとんど手元に残らないじゃん」

「やーい。悔しかったら俺を抜いてみろよ♪」


 竜太は嬉しそうに走り出す。


 きっと、この弟には才能があるのだろう。


 でも、負けてばかりではいられない。

 私の手で父を捜し出せるように頑張ろう。


 そう、取り戻すんだ。


 みんなが笑って過ごしていた、あの日常を……。


「こらっー。

竜太、いい加減にしなさいよ!」


 私は、これからも闘い続けるだろう。


 父の行方を追うために……。



 To be continued……。


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