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「──ちょっと待ってよ!」
彼の足は速い。
私の方が、年上で背丈だって上なのに、何も苦労もなく、私を追い抜いてゆく。
私が女だからなの?
私とは体の作りが違うから、彼には勝てないの?
「へへっ、どうやら今日のおやつのドーナツも俺がいただきだな」
「ア、アンタ、調子に乗らないでよね……」
私が喋りに夢中で
「やーい♪」
しかし、すぐに彼から追い越される。
「もう、やってられないわ……」
私はたまらずに腰を下ろし、その場に大の字になって倒れこむ。
灰色のコンクリートの床が冷たくて、初夏のこの季節には心地よい。
耳に流れる湿った風の感触が、早くも梅雨の始まりを告げようとしていた……。
「はぁ……、はぁ……。
最近の小学生はみんな、こんなに足が速いの……?」
私が大きく息を弾ませて、そのまま寝転がって休んでいると、ふと目の前が暗くなる。
白い半袖に青の短パンの生意気な丸刈りの小学生が、私の前に堂々と立っていた。
「何だよ、情けないな。
それでも中学生かよ」
「り、
ア、アンタが速すぎるのよ……」
「何、言ってんだよ。
俺より速い奴なんて、学校内にゴロゴロいるぜ」
竜太があり得ない表情で、私を見下している。
「嘘でしょ。最近の小学生は、どんな体の作りしてるのよ……」
身も心も砕け散り、すっかりのびている私。
「由美香姉ちゃん、ほら立って。
今度は晩ご飯のエビフライを一本かけて、家まで競争だよ」
「アンタね。エビフライは貴重なおかずなのよ。
一本無くなっただけで、どれだけ嘆けばいいのか分かる?」
「なら、俺に勝てばいいじゃん♪」
私に向けて、手を伸ばし、そのままゆっくりと立たせる。
よく、そんなキザな言葉を軽々と言える。
こんな後先、何も考えてない部分とか、あの人にそっくりだ。
今やこの日本の危機を救い、伝説となったドラゴンに対抗する能力を持った私の父、
父は三年前、一人の女性を救うためにアメリコが極秘に研究していた、異次元の穴に落ちた。
それから、父とは会っていない……。
そして、最愛の父をなくした母は心を閉ざしてしまった。
ただ、料理を作る時だけは、何も支障はないようで、父が消えても、私達に様々な料理を作ってくれた。
特にくるみ入りのカレーは絶品だった。
父がまだ学生の頃に、よくその学生寮の食堂で好き好んで食べていたらしい。
そのカレーを食べている時の母は、とても
私はそんな母を片隅から見守りながら、いつか世界中を周り、父を探せるような体力をつけたいとマラソンを始めたのだが、私の詰めが甘かった。
一見、手足を動かす単純な運動に見えるのに、こんなにも長距離が酷だったなんて。
弟、竜太の身体能力の高さが恨めしい。
「由美香姉ちゃん、俺の話、聞いてる?」
「あっ、ごめん。何だっけ?」
「だから、勝った方はエビフライもう一本追加だからさ」
「はあ? あれは、いつも皿からはみ出るほど大きいけど、一人あたり三本しかないのよ。
ほとんど手元に残らないじゃん」
「やーい。悔しかったら俺を抜いてみろよ♪」
竜太は嬉しそうに走り出す。
きっと、この弟には才能があるのだろう。
でも、負けてばかりではいられない。
私の手で父を捜し出せるように頑張ろう。
そう、取り戻すんだ。
みんなが笑って過ごしていた、あの日常を……。
「こらっー。
竜太、いい加減にしなさいよ!」
私は、これからも闘い続けるだろう。
父の行方を追うために……。
To be continued……。