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第71話 「此先」

連は、ついに敗北した。


その身を光の矢が貫いたとき、連は抗うことなく大地にその身を預けた。


2人が連のもとへ駆けよる。


「......上出来だ。2人とも」


「連......!」


イドは連の手を取る。


「イド...よくやったぞ...君は勝ったんだ」


「......どうして...!」


どうしてそこまでして戦う必要があったのだろうか。


イドの中にはそんな疑問が浮かび続けていた。


「『継承』に値するかを確かめた、それだけさ」


「......?」


「ちなみに、俺は2人を本気で殺すつもりだった」


「「!?」」


この連の言葉に対し、イドはより一層ショックを受けた。


今の今まで戦っていた連は、正真正銘、本気の力を出した状態だったのだ。


「本当に...加減していないのか?」


連はうなずく。


「君たちなら、オリジンとだっていい勝負ができるはずだ」


「なんでそんなこと...!」


レオはつっかかる。


彼にとってオリジン打倒は最優先事項だ。


「気狐に会いに行けば分かる...とだけ言っておくよ。後のことは、気狐に任せてあるからね。それに、もう、時間がない...」


連の視界はだんだんとぼやけてきていた。


「イド、人は本来...生まれながらに自由なんだ。だから、君も...」


「連!!」


「イド、レオ...君たちなら、できる。君たちなら、きっと...」


暗くなる視界の中、連は言葉を紡ぐ。


そして、ついに連は息を引き取った。


イドとレオはただ、その死を弔うのだった。





「ここは...」


連は一度来たことのある場所にいた。


そう、一度死を経験した時に来た場所だ。


生と死の狭間というものだろう。


“底”に沈み行くのを感じながら、連はこれまでのことを思い返していた。


全ては、“あの日”が始まりだった。


あの日...8歳のときの出来事だ。


ある高齢の女性が荷物を重たそうに持って歩いているのを見つけ、下校中の連とすれ違った時のことだった。


「おばあちゃん、僕、手伝うよ!」


連は勇気を出して、老人にそう言った。


「いいのかい?」


「うん!!」


連はその老人の荷物を持ちながら、彼女を家まで送り届けた。


自分の帰り道とは真逆の道だった。


連は老人を送り届け、家へ帰ろうとした。


そのときだった。


「ありがとうねぇ。助かったよ」


老人は、一言、そんな言葉を連にかけた。


その日、連の頭から老人の顔が張り付いて離れなかった。


家まで送り届け、「ありがとう」と老人は言っていた。


その時の老人のとても嬉しそうな、幸せそうな顔が忘れられなかった。


その顔を思い出すだけで、連自身も心がポカポカして、とても心地の良い気分になった。


今思い返せば、それが、今の連の『はじまり』だった。


この経験こそが、連の優しさの根幹だった。


連は、ただ誰かのために優しくありたかった。


しかし、『運命』がそれを許さなかった。


そしていつしか、その優しさは狂気とも呼べるものへと変容していった...





どうしてこんなことになってしまったのか、どこで間違ってしまったのだろうか、他に方法はなかったのか


自分は、生まれるべきではなかったのではないか


そんな考えが、連の中を駆け巡った。


と、そのときだった。


身体がついに底についた。


連は独り、向こうにある『入り口』へ向かっていた。


だんだんと入り口へ近づいていくと、いくつもの人影が見えてきた。


連はまさかと思い、早足で進む。


そして、ついに連はその人影の正体を目にした。


なんと、そこには“彼ら”がいた。


ヤス、エミ、タカ、レイ、ヒロ、ジュン、サラ、そして...


「!!」


ユイの姿があった。


すると、


「おう連!待ってたぜ!!」


ヤスは連の肩に腕を回してきた。


「......どうして」


「私たち、連が来るまで皆で待とうって、ここで決めてたんです」


レイがそう言った。


そう、彼らは連がここに来るまで、ずっと入り口で待ってくれていたのだ。


連は小学生の頃、よく困っているクラスメートの手伝いで下校の際に皆を待たせていたことを思い出していた。


「で、でも...俺!皆のこと振り回して、たくさんひどい事させて...。それなのにどうして...!?」


「なに言ってんのよ」


サラが呆れたと言わんばかりにため息をつく。


「俺たち、ともだちだろ?」


ヒロはそう言った。


「皆...」


「それじゃ、皆そろったことだし、帰ろーぜ!」


ジュンがそう言うと、皆、入り口に対して、歩き始めた。


連は、未だ独り、葛藤していた。


と、そのときだった。


連の手を取り、皆のもとへと歩くよう促してくれた者...それは、ユイだった。


「ユイ...」


「ほら連、行こっ。皆待ってるよ」


ユイは曇り一つない笑みを、連に向けた。


「でも...俺」


「うん。ずっと、頑張ってくれてたもんね」


「......!」


「連がいなかったら、今頃皆バラバラになってた……私たちをつないでくれたのは、他の誰でもない、連、あなたなの」


「俺が……?」


ユイはうなずく。


「全部、連のお陰。連がいてくれたから……」


「……!」


「ずっと...見てたんだよ」


「......」


「ありがとう...お疲れ様、連」


「おーい!なにやってんだよ、置いてくぞー!」


ヤスが2人にそう叫ぶ。


「ほらっ!早く!」


ユイが皆のもとへ駆けて行く。


「......うんっ...!」


連はあふれる涙をぬぐいながら、ユイに続き、皆の下へと駆けていった。


これでやっと、皆そろった。


もう、離れ離れになることはない。


これからは、“ずっといっしょ”だ。





『ガレキの城』外部にて、そこではティエラとフェイが向かい合っていた。


しかし、そこに敵意はない。


というより、戦意がないと言ったほうが正しいのかもしれない。


「......そういえば」


ティエラが話を切り出す。


「お前、俺と話をしたいと言っていたな」


「......うん」


「何を話すつもりだったんだ?」


「私の...お兄ちゃんのこと」


「お前の?一体何者なんだ?お前の兄は」


「8年前...アンタの隊にいたの。私のお兄ちゃん」


「......そうか」


“いた”


その一言でティエラはフェイが何を言わんとしているかを察した。


「......全ては俺の責任だ。俺の力不足が招いた。申し訳ない...」


「......」


フェイは何を言い返せばいいのかと思考を張り巡らせる。


まさかこうも素直に相手が謝罪してくるとは思わなかったのだ。


「......お兄ちゃんのこと、覚えてる?少年志願兵だったの」


「.........」


覚えているはずがない。


戦場において、死人など山ほどいる。


その中の一人を覚えているはずがない。


そこでフェイは、少し質問を変えることにした。


「......覚えてる、人はいる?」


「......ああ」


「!」


予想外の答えだった。


「どんな人だったの?」


「俺に、自由を教えてくれた。愛情を教えてくれた。失う怖さを...教えてくれた」


「......自由」


「......自由になれば家族皆幸せになれる、そのためにお金が必要、なんて言ってたな。なんでも、家族が貧乏なせいで、不自由に苦しんでいるんだと」


「......その人、どこの人なの...?」


フェイの声は震えている。


「ウランバートル」


「!!」


フェイの仮定は、確信に変わり始めた。


「その人...!その人の名前って...!?」


「言っても分からないだろう」


「いいから!!」


「......ケン・ウェイ。俺の...“大切な人”だ」


フェイはその場で崩れ落ちた。


「その人ね...!私の...私のお兄ちゃんなの...!私がお金さえあればってひどいこと言って、それで少年志願兵に入って、それで、対馬で...!!」


フェイは溢れる涙も言葉もそのままに、全てを吐き出した。


ティエラはその一つ一つを真摯に聞いた。


「それと...アンタの...!」


「唯一のファン、だろう?」


フェイは目元をぬぐいながらうなずく。


「そうか...“だから”だったのか」


「......へ?」


「俺には、お前を殺せなかった。何かが、お前を殺させまいとしていたんだ」


「......それって」


「もしかすると、俺の記憶の中に在るお前の兄...ケンがそうさせていたのかもしれないな...」


「......お兄ちゃんは、生きてたんだ。死んじゃいなかったんだ」


「死なせないさ。ケンは、生き続けるんだ。“俺たち”が、生かし続けるんだ」


「そっか...“よかった”...」


「......」


2人は数秒見つめ合った。


そこに敵意はなく、あるのは、自然とこぼれる笑みだけであった。


と、そのとき、『ガレキの城』を囲っていた城壁が崩れ去った。


それは、まるで今の2人を象徴づけるかのようだった。


「......終わったようだな」


「...うん」


「お前は...これからどうするんだ?」


「世界中を歩く。連に頼まれてることもあるし」


「世界中を、か......」


ティエラは少し笑みをこぼした。


「?」


「いや......ケンも同じことを言っていたな、と」


「......そっか」


フェイは少し微笑んだ。


「それでは、俺は行く。目的は、もう果たされたようだしな」


「ティエラ」


「?」


「また、会える?お兄ちゃんのこと、もっと聞かせて欲しい」


「...ああ」


「それじゃ、私も行くね」


「......待て、お前、名前は?」


そう、この時ティエラは、彼女の名前をまだ知らないことに気づいた。


「フェイ。ケン・フェイよ」


「ケン・フェイ......良い名だ」


かくして、2人の因縁は終わりを告げた。


そして、それぞれの道へと、歩き出すのだった。


その後、イドとレオが『ガレキの城』から出てきたその時、全軍が大地を揺らすほどの、勝利の大歓声を上げた。


こうして、人類と『魔王』の戦いは、終わりをつげ、ここに、人類の独立記念日(インデペンデンス・デイ)がもたらされたのだった。





どれくらい走っただろうか。


メイは息を切らし、足を引きずるようにして荒野を走っていた。


と、そのときだった。


メイはある石につまずき、腕を擦りながら転んだ。


メイは腕を見る。


すると、その腕からは血が滲み始めていた。


このとき、メイは“察した”。


メイは、連に思いを馳せながら、天を見上げるとともに、自身に宿る新たな命の灯を確かに感じていたのだった......





それから数日、メイは気狐と合流し、連の故郷にして気狐の居所である日本へ向かうため、気狐に案内されながら、町での休憩をはさみ、荒野を進もうとしていた。


「それでは、行きましょうか。気狐さん、引き続きご案内、よろしくお願いします」


「うむ」


その後、数分荒野を歩いた時のことだった。


「待て」


「「?」」


2人が振り返ると、そこには、なんとティエラがいた。


「町で偶然休憩していると、見覚えのある顔があったのでな。つけさせてもらった」


「......私たちに、戦う意思はございません。どうか、お見逃しを...」


「儂も同じじゃ。敵意はもうない」


「俺はある」


ティエラは警戒を解かない。


「それに、私たちは戦おうにも戦えないのです。なぜなら...」


メイは自身の腹をさする。


ティエラはとても嫌な予感がした。


「......相手は?」


「もちろん連─」


パァン!


そのとき、容赦なくティエラの拳銃が火をふいた。


その銃口は、明らかに腹部に狙いを定めていた。


メイではなく、“その子”を明らかに殺すつもりだったことがうかがえる。


このときも、ティエラは本能的に、メイを殺せなかった。


血が地に数滴、落ちる。


「......!」


「生まれてくる子に......罪はなかろう......!」


その血は、メイを庇った気狐の腕からのものだった。


「...いや、その血は罪だ。いつどんな化け物になるか分かったものじゃない...!」


「......」


やはり戦うしかないのか、と気狐は察すると、殺気を放ち始めた。


2人は戦いに入ろうとしている。


と、そのときだった。


「ティエラさん」


「......?」


「私は、この子を『魔王』にも『英雄』にもさせるつもりはありません。ただ自由に、この子が望むままに育ってほしいと、そう思っています」


「それで、ソイツが『魔王』や『英雄』を志したらどうする?」


「親として、責任を負います」


「ふざけるな!!それで犠牲になった者たちは戻っては来ないんだぞ!!」


「それと......」


「...?」


「妹に...フェイに...会ったそうですね」


「......は?いもう、と...?」


「はい。私はケン・メイ。フェイの姉です」


「......つまり、ケンの」


「......はい。弟が、お世話になりました」


そう言うと、メイは一礼した。


「......そんな、バカな...」


「ティエラよ」


「!!」


ティエラは自身に声をかけた気狐に視線を一転させ、にらみつける。


「儂は、“2人”を護るよう主様に頼まれておる。決して、お主らに危害は加えない」


「......」


「もっとも、お主らが何もしなければ、の話じゃがな」


「......!」


そのとき、気狐から発された威圧は、ティエラでさえも冷や汗を流すほどに強力なものであった。


ティエラは数十秒、2人を見ながら沈黙する。


そして...


「......いいだろう。好きにするがいい。だが、もしソイツが連と同じ轍を踏むようなことがあって見ろ......俺は誰よりも迅速に、そして徹底的に、その命を消し去ってやる」


そう言うと、ティエラは踵を返し、どこかへと向かって行った。


「......気狐さん」


「大丈夫じゃ。儂が、何があっても2人を護る。そう約束したからの」


「はい。私、絶対この子を幸せにします」


気狐は少し微笑むとうなずいた。


そして、2人は、再び歩き出した。


一人は、確かな“新たなる希望”を、もう一人は、そんな2人の幸せをいつまでも護るという約束を、その身に宿して...





フェイは、再び『ガレキの城』へ戻っていた。


そして、その内部にあるたくさんのミモザの花を見つめながら、あの夜のことを思い出していた。


それは、決戦前夜のことであった。





連はメイ、フェイ、気狐の3人を集めると、3人の目をそれぞれ見ながら、告げ始めた。


「皆に、お願いがあるんだ」


連の目は、どこまでも真っ直ぐだった。


「それぞれ言いたいことがあるんだけど...皆に言えるのは、これだけ...」


『......?』


「皆、生きて、幸せになってくれ」


『!』


「それじゃ、それぞれのことは、これから伝えるよ」


その後、連は、メイには“家族”とともに幸せになること、気狐にはそんなメイのことを護ることを『お願い』として告げた。


そして...


「フェイ」


「何?どんなお願い?」


「...聞いてくれる?」


「連のお願いなら何でも聞く」


「そっか...嫌なら断ってくれてもいいんだからね?」


連は苦笑いをする。


「フェイは、世界中を旅したいって言ってたよね?」


「え?うん、まあそうだけど」


「そこで、頼まれてほしいことがあって...」


連は、一本のミモザを手に告げ始めた。


「フェイには、世界中の“困ってる人たち”を助けてやって欲しい。それと、そんな人たちに、これを渡してほしいんだ」


「......ミモザ?確か、ユイさんのお気に入りの花だったんでしょ?」


連はうなずいた。


「ユイは言ってた。この花の一輪一輪は確かに小さいけど、そのどれもが生きる喜びを謳ってるんだって」


フェイは、ミモザを見つめる。


確かに連の...ユイの言う通り、その一輪一輪が、“生の輝き”を放っていた。


「だから、この花を困っている人たちに渡してほしい。別に渡さなくたって、困っている人たちの居るところのどこかに添えてくれるだけでも構わない。ただ、この花を見て、感じて、『生きるってこんなにうれしいんだ』ってことを知って欲しいんだ」


「.........分かった。連のお願いならやるよ、私」


「......本当に、いいのか?」


「お安い御用よ!それに、私もこの花、気に入ったし」


「......ありがとう」


「良いってことよ!」





フェイはミモザをいくつも束にし、崩れないよう、大切にリュックの中へ詰めると、どこまでも続く“道”を見つめた。


そして...


「さて、と!行きますか!!」


フェイは一念発起すると、歩き始めた。


彼女の長い長い旅が、始まりを告げたのだった。





メイらとの一頓着を経て、ティエラは『解放軍』本拠地へ戻った。


「......ティエラ!」


T・ユカは驚きと喜びの含んだ表情で、その名を呼んだ。


ハンナはそんな2人の様子を見て、呆れと喜びを含んだ苦笑いをしたのだった。


「さて、こうしちゃいられないぞ。戦いは終わっていない。俺たちでこの“200年の負の歴史”に終止符を打つんだ」


ティエラはそう言うと、T・ユカとハンナの間を抜け、整列する『解放軍』の面々の前に立つのだった。





一方その頃、レオとイドは夜明けをもたらす日を挟み、その地に腰を下ろしていた。


「イド、『ヤタガラス』はもうこの世にない。これからお前はどうするんだ?」


イドは数秒沈黙し、話し始めた。


「確かに、『ヤタガラス』を倒すという目的は終わったし、そのための手段として『解放軍』に身を置く必要もなくなった。だが...」


「......」


「俺はここに残る」


「...償いのためか?」


イドは首を横に振る。


「ただ、誰かのために何か、自分にできることをしたいんだ。それに...」


「......」


「俺が必要だろ?相棒」


「!!...ああ!」


2人は拳をぶつけ合う。


そう、確かに『ヤタガラス』との戦いは終わりを告げた。


しかし、それは『はじまり』に過ぎない。


彼らの戦いは、これから始まるのだ。





連の死から10年後...


『ガレキの城』から少し進んだところにある岸に、質素な墓がある。


そこに、一人の大人の女性が近づくと、腰を下ろした。


黒髪に黄色い瞳が特徴のその女性は、どこか懐かしそうに、そこ一帯の景色を見渡す。


「ここは変わってないんだね...それにしても、久しぶりに来たなあ...」


波が優しく岸を打ち付ける音だけが、その場にもたらされる。


「約束、果たしてきたよ。皆、あの花のことが気に入ってたみたい」


“彼女”は独り、墓に語り掛けている。


「ちょっと、時間かかっちゃったけど...」


“彼女”はそう言うと、苦笑いをする。


「でも、楽しかった!世界ってこんなに広いんだなあって感じることができたし」


それから、彼女は今まで回ってきた世界について語った。


世界にはいろんな人がいること、たくさんのおもしろい文化があること、困っている人もたくさんいること、そんな人たちのためにこれからも世界を回り続けると決めたこと...


「...それじゃ、私そろそろ行くね。困っている人たちのこと、もっと助けてあげなくっちゃ」


“彼女”は墓に一本の花を添えた。


ミモザだ。


“彼女”は立ち上がり、歩き出そうとしたときに一度振り返ると、一言、告げた。





「ありがとう......さようなら......世界一優しい、『魔王様』──」





こうして、『ヤタガラス』の物語は終わりを告げた。


それぞれは、心新たに飛び立つ。


終わりなき“前”を、ひたすら目指して...

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