「この悪魔!」
鏡を指差し、リリスが叫んだ。
「あたし見たよ、ヴァロフェス! こいつが妙な術で奥様をあんな風に変えたんだ!」
「リリスよ、それは言い掛かりというものだ」
鏡の中でマクバが肩をすくめた。
「私はただ、女の背中を押しただけに過ぎん。お前達が目にした、あのおぞましい姿はあの女の本性よ。醜い人殺しの女よ」
「噓つき!! この、噓つきの悪党!!」
床に散らばっていた木片を拾い上げるリリス。
そして、それを振り上げ、鏡台に向って殴り掛かってゆこうとする。
「やめておけ」
「やつと、マクバと言葉を交わすな。やつは人の心に毒を仕込む名人だ」
言って、ヴァロフェスは横たわるルー夫人の遺体の傍に跪く。
小さく目礼し、突き刺さったままの己の得物を引き抜く。
「ヴァロフェス?」
「十年だ、マクバ」
動転の表情を浮かべるリリスを制し、ヴァロフェスは言った。
「十年もの間、私は貴様を追って旅を続けた来た。何十人、いや、何百人という《叫ぶ者》
を滅ぼしながらな。だが、貴様はずっと私の傍にいた。……正に茶番劇だ」
口元にニヤニヤ笑いを浮かべている白衣の魔術師。
重く長い溜め息を一つつき、ヴァロフェスは言葉を続ける。
「かかって来い、マクバ。……この茶番劇にもそろそろ幕が下りていい頃だ」
「いいえ、王子。まだ、です。茶番劇は終わりませぬ」
と、鏡の中で魔術師の白衣が揺らめく。
衣の袖から覗く、美しくたおやかな指の先に青白い炎がポッと生じる。
「それに私ではなく――、あなた様がこちらにいらっしゃるのです」
「……ッ!?」
次の瞬間――、鏡の向こうから投げかけられた強烈な光が寝室を満たす。
網膜を妬かれ、思わず顔を伏せたヴァロフェスの耳に聞こえたのは、リリスの甲高い悲鳴。
しまった、と後悔する間もなかった。リリスともども、己の存在がこの世から消滅してゆくのをヴァロフェスは悟った。
「さあ、参りましょう」
両腕を大きく開き、白衣の魔術師が高らかに言った。
「あなた様の御帰りを私は待ち望んでおりました」