「……なあ、私の気のせいじゃなければ今水滴が落ちてこなかったか?」
「俺も気付いたので気のせいじゃないと思います、今日は雨の予報じゃなかったはずですけど」
晴れの国とも呼ばれている俺達の県では雨が滅多に降らないため、そもそも降水確率が高くても実際は降らないというパターンもよくある。
だから折り畳み傘や雨合羽などは持ち歩いていない人がほとんどだ。そのためゲリラ豪雨に巻き込まれたらひとたまりもない。そして嫌な予感がした通り案の定土砂降りの大雨が降ってきた。
「うわっ、めちゃくちゃ降ってきたぞ」
「もうすぐ俺の家なのでひとまずそこまで行きましょう」
「ああ、こんなに激しい大雨はいくら何でも流石にやば過ぎる」
バケツをひっくり返したような雨に打たれながら俺達は家を目指して二人で走り続ける。俺達と同じように呑気に道を歩いていた他の人々も大慌てな様子であり軽くパニックになっていた。それから少しして到着した頃には俺も入奈も全身びしょ濡れだ。
「その状態だと絶対風邪を引くので服を乾かしてから帰ってください」
「すまない、助かる。でも良いのか?」
「ええ、どうせしばらく誰も帰ってこないですし」
「と言う事はこの家には私と有翔の二人きりという訳だな」
入奈はわざとなのかそうでないのかは知らないがそんな言葉を口にした。ドキドキさせてくるような事は言わないで欲しい。前世では入奈で卒業したが今世ではまだ童貞なのだ。
「……とりあえずシャワーを浴びてきてください、俺は代わりの服を準備するので」
「サイズは大丈夫か? 私は有翔のお母さんよりもかなり身長が高いと思うが」
どうやら入奈は俺が母さんの服を準備すると思ったようだ。確かに母さんが百五十センチに対して入奈は百六十五センチほどあるため心配するのも無理はない。だがうちにはもっと良いものがある。
「体格が入奈先輩に近い姉貴の服があるので大丈夫です」
「有翔に姉なんていたか?」
「姉貴って呼んでますけど正確には歳上の従姉妹です」
「なるほど、そういう事か」
姉貴は県外の大学に進学したため普段はこの辺りにはいないが長期休みの時は帰ってきている。実際にこの前のゴールデンウィークも帰ってきていて四日目にうちに顔を出していた。
昔から姉弟同然の関係のため俺は姉貴と呼んでいる。そう言えば入奈に姉貴の事は話した事がなかったっけ。前世でも入奈と姉貴は会った事が無かったはずだ。そんな事を考えつつ俺は入奈が風呂場へ行ったのを見届けた後、姉貴の服をクローゼットの中から取り出す。
「……あれっ、そう言えば入奈は何で母さんの身長を知ってたんだ?」
入奈は俺の母さんには会った事が無いはずだし、身長の事なんて話した記憶が無い。いや、入奈は女性の平均よりもはるかに身長が高いため恐らく自分よりも母さんが低いだろうと推測しただけな気がする。
実際に息子である俺も高校一年生の平均身長しかないためそう判断したのだろう。前世では高校三年間でちょっとしか伸びず結局百七十センチで止まったんだっけ。
だから入奈と一緒に歩いている時の目線の高さはほとんど変わらないし、ヒールや厚底ブーツなどを履かれるとあっという間に身長が逆転されてしまう。
流石に両親から受け継いだ遺伝子にはどうあがいても勝てないため成長期も終わりかけな今から頑張っても高身長には絶対なれない。前世より数センチでも伸びれば上出来といったところだろう。
そう思いながら俺は脱衣所の前に姉貴の服を置く。クールな印象のある入奈とは違い姉貴はかなりイケイケなタイプなので服の好みは間違いなく違うと思う。
だがどうせ雨で濡れた入奈の服が乾くまでの短い間にとりあえず着てもらうだけなので何とか我慢して貰う事にしよう。