「せっかくだから有翔の部屋に行ってもいいか?」
「別にいいですけど特に面白味もないごく普通の部屋だと思いますよ」
「それでも全然大丈夫だ、男子の部屋がどんな感じなのか個人的にめちゃくちゃ興味があるだけだから」
入奈がそんな事を言い始めたため俺の部屋に移動した。自分でも言った通りありふれた男子高校生の部屋という感じで特筆するような部分は無い。
「これが有翔の部屋か、案外普通だな」
「だからさっき言ったじゃないですか」
「おっ、結構本がたくさんあるぞ」
「本棚に置いてある本のほとんどは漫画かライトノベルです、ここ最近はほとんど読んでいないですけど」
漫画もライトノベルも全て十年前のものとなっているため最新巻が読めるのは当分先だ。実際にこの間コラボカフェに行ったヴァンパイアスレイヤーも未来ではしっかり完結しているが現在はまだ中盤に入ったばかりだし。
それもあってここ最近は漫画やライトノベルをあまり読む気になれていなかった。俺のようにハマった作品をとことん読むタイプには続巻を十年待つという事は凄まじく辛い。
ぶっちゃけ今インターネットやSNSなどで人気沸騰中の話題作として取り上げられるような作品も大体知っているため新鮮さは全くと言って良いほどないのだ。
「ちなみに有翔的にはこの本棚に置いてある作品だとどれがおすすめだ?」
「そうですね、この本棚から選ぶんだったら薬売りのつぶやきですかね。内容も女性向けなので多分ですけど入奈先輩ならハマるんじゃないかなと思います」
「なるほど、薬売りのつぶやきか。その作品なら実際に読んだ事はないが結構有名だから流石に私でもタイトルくらいは知ってるぞ」
俺が入奈に手渡したものは薬売りのつぶやきという名前のライトノベルは中華風の異世界を舞台にしたミステリー要素のあるファンタジー作品だ。
作家になろうというWEB小説投稿サイトで出版社の編集者の目に留まり書籍化したこの作品は未来ではコミカライズやアニメ化されるほどの超人気作品となっている。
ただし現時点では二巻が発売されたばかりのはずであり、まだ一般人に対する知名度はそんなに高く無いため入奈がタイトルを知っている事はめちゃくちゃ意外だった。
もしかして入奈は作家になろうのユーザーだったりするのだろうか。もしそうならジャンル別のランキング上位には常にランクインしており、ユーザーであれば誰でも名前を見た事がありそうな作品ではあるため納得だ。
「とりあえず雨がもう少し弱くなるまでこれを読ませて貰う事にするよ」
「もし気に入って頂けたらそのままお貸しするので言ってください」
「ありがとう、とりあえず読んでみる」
入奈はクッションに座ったまま本を読み始める。そう言えば今のシチュエーションはヴァンパイアスレイヤーの時と似ているな。
今の入奈の姿も大学生の頃の空コマの時間に俺が貸したヴァンパイアスレイヤーを読んでいた時とそっくりだった。まあ、年齢が違うだけで同一人物なので似ていて当たり前だが。
「さっきから私の姿を黙ってじっーと見ているようだが一体どうしたんだ?」
「……あっ、ごめんなさい。完全に無意識だったので特に深い意味とかはないです」
「あっ、もしかして有翔は私に見惚れてたのか?」
「そこに関してはノーコメントでお願いします」
「そうか、とりあえずそういう事にしておこう」
俺の視線に気付いたらしい入奈は思いっきり揶揄ってきた。俺以外にもこんなふうに振る舞う事が出来てさえいればぼっちになんて絶対ならないと思うので本当に勿体無い。
まあ、その場合は悲しい事に明らかに釣り合っていない俺なんかと入奈が前世で付き合うような事は間違いなく無かったと思うが。