「なあ、ついてくるくらいならそろそろ機嫌治してくれよ。いつまでもプリプリしてねぇでよー」
「うっさい! 話しかけてくんな!」
ウォル君とアニサさん。それと僕を含めた三名は、来た道を逆戻りしていた。
集落の人物から長の居場所を聞いたところ、件の人物は狩猟に出かけているとのこと。
その人物がいる場所に向かって、ウォル君と二人だけで歩いていたのだが、後からアニサさんが追いかけてきた。
彼女曰く、気分転換に散歩をしていたら、偶然僕たちの行く方向と被ったとのことだが。
「まあ、いいや。ソラ、お前が言った通り、ワクワクするような戦いが本当にできんのか?」
「確実にとは言えないけどね。でも、ブラックドラゴンの性格上、話はうまくまとまると思うよ」
ブラックドラゴンたちが更なる力を求めているのであれば、戦いを拒むことはないだろう。
ただ、ウォル君だけが満足するだけでなく、全員が満足できる形にしなければならないが。
「お、あそこにいる奴がそうじゃないか? 草陰に隠れているところを見るに、何かを狙っているみたいだな!」
「僕たちも身を潜めながら近付こうか。狩りの邪魔をしちゃ悪いからね」
足元がぬかるみ始めた頃、身を潜める人物の姿を見つけることができた。
僕たちもかがみながら、その人物がいる場所まで歩いていく。
「……先ほどの客人たちか。何か所用があるのだろうが、後にしてほしい。厄介な奴がいるのでな」
草の陰に隠れている人物は、僕たちがタルボ村にたどりついた時に声をかけてきた女性だった。
彼女が発した警告を聞いたことで、僕たちの間にも不穏な空気が流れ出す。
「何か危険な奴でも居んのか――って、アイツは村にたどり着く前に見かけたドラゴンじゃねぇか……。まだこの辺をウロウロしてたんだな」
僕たちの視線の先には、緑の鱗に覆われたドラゴンの姿があった。
クンクンと鼻を動かし、獲物を探している様子だ。
「もしや、お前たちは奴の索敵から逃れることができたのか? 警戒範囲が広いというのに、よく逃げおおせられたな……」
「ソラ君……。黒と白髪の彼がいち早く見つけてくれたんです。ドラゴンの危険性もよく理解していたようで、迅速な退避を促してくれたんですよ」
アニサさんの紹介で、ブラックドラゴンの女性の瞳が僕に向く。
美しさを感じる、目鼻がすっきりとした顔立ち。
漆黒の瞳の奥に存在するは、力だけを求める求道者の意思。
この瞳で睨みつけられたら、ドラゴンに睨まれたがごとく動けなくなってしまいそうだ。
「違ったら申し訳ありませんが、あのドラゴンと戦うつもりなんですか?」
「そのつもりだ。奴の好物がこの辺りには多いらしく、縄張りにしてしまったようでな。そのせいで生態系が少しばかり狂いだしているんだ。退治をせねば、いずれここは不毛な土地になると見ている」
ドラゴンに注意を向けつつも、周囲の観察を行う。
やはり、近くに大型生物の姿が見受けられない。
ここを初めて訪れた時に抱いた違和感は、奴が原因だったようだ。
「この場にあんたしかいないってことは、アイツと一人で戦うつもりなんだな? あんた、あの村の長なんだろ? 良いのか?」
「ドラゴンは非常に珍しいモンスターであり、我らの中にも奴の知識を持つ者はそうそういない。だが、やらねば多くの存在の生活が脅かされる。村で最も強い我が率先して出なければ、村の奴らにも示しがつかないというわけさ」
女性は傍らに寝かせられていた巨大な斧を引き寄せ、右肩に乗せる。
相当な重量があるはずだが、やすやすと持ち上げたところを見るに、彼女の体は異質なまでに鍛え上げられていることがよくわかる。
僕から見ても、筋肉に覆われたその肉体は美しさを感じるほどだ。
「あの……。もしよろしければなんですけど、僕も――」
「オイラたちも、ドラゴンの狩猟を手伝わせてもらうぜ!」
言い終わるより早く、ウォル君が女性に提案をした。
僕が提案すれば彼もうなずくと思っていたが、先に言葉として出されるとは思わず、目を丸くしてしまう。
それはブラックドラゴンの女性も、アニサさんも同じだったようだ。
「あんたね……。相手は最強の種族とも名高いドラゴンなのよ? 見かける方が稀で、情報がほとんどないモンスターなのよ?」
「だけど、村の奴らは困ってんだろ? だったら、オイラたち冒険者の出番だ。冒険をして、時に困った奴らを助ける! それがオイラたちの役目なんだからな!」
きっとウォル君は、冒険者ではなかったとしても同じことを言うのだろう。
彼の人の良さに感心しつつ、同意の言葉を紡ぐ。
「僕も手伝うよ。ウォル君だけじゃ、無謀な戦いをしそうだしね」
「お、ソラも参加するのか! 後半の言葉はちょっと気になるが、歓迎するぞ!」
ここで行動をしておけば、ドラゴンの情報が手に入るだけでなく、ブラックドラゴンとの交流にも繋がるだろう。
最初に考えた計画とは変わってしまったが、結果が同じであれば問題はない。
「ソラ君まで……。まあ、ウォル一人じゃないなら安心かしらね。言っとくけど、私は見てるだけにさせてもらうからね。自ら危地に飛び込むなんてごめんだわ」
そう言って、アニサさんは僕たちから離れた場所に移動していった。
喧嘩をした以上、面と向かって参加するとは言いにくかったのだろう。
彼女は移動した場所で杖を握り、戦いの準備をしていた。
「君は幸せ者だね。ちゃんと答えてあげてね?」
「答える? 誰にだ?」
理解していないのもウォル君らしい。
僕は答えることはせず、小さく笑いながらブラックドラゴンの女性に視線を向けた。
「改めて問うが、本当に我と共にあのドラゴンと戦うのだな?」
その質問に、僕とウォル君は同時に大きくうなずく。
足を止める理由は何もない。全力で戦うだけだ。
「我に合わせる必要はないし、我もお前たちに合わせるつもりはない。いきなり協力体制を取るのは不可能だからな」
言いながら、女性はドラゴンに向けて小石を投げつける。
それが命中することはなかったが、地面に落ちる音に気付いた奴がこちらに視線を向けた。
どうやら僕たちを、獲物として見定めたようだ。
「奴もやる気になったようだな。っと、その前に我の名前だけ教えておくか。我が名はホムラ。燃え上がる炎という意味だ!」
ブラックドラゴンの女性――ホムラさんは、斧を構えながらドラゴンに突進していく。
僕とウォル君も剣を構えつつ、彼女に続いて走り出す。
ドラゴンは寄ってくる僕たちを睨みつけたまま、自ら動き出すことはなかった。
「飛ばないとは相当なめられてんな……。ソラ! 強化をしっかり頼むぜ!」
「任せておいて! それ!」
複数の強化魔法をウォル君に使用しつつ、ホムラさんには防御魔法のみを発動する。
体を鍛え上げているので、強化魔法の効果は非常に高いものとなるだろう。
だが、何も説明していない状態で強化をすれば、自身の変化に追いつけずに全力を出せない可能性がある。
攻撃の直前に強化をするなど、タイミングを考える必要がありそうだ。
「我の一撃、受けてみろ!」
ホムラさんは速度を落とすことなくドラゴンに接近し、手に持つ斧に勢いを乗せる。
その一撃は岩をも砕く威力に思えたが、肝心の攻撃が命中することはなく、むしろ彼女の体にドラゴンの尾による攻撃が命中することになるのだった。
「ぐ……!? 思ったよりも素早いドラゴンだな……! だが、不思議とダメージがない……? つまり我は、ドラゴンの一撃をも耐えうる肉体を得たというわけか!」
攻撃が当たらなかったことに落胆するどころか、更に燃え上がるホムラさん。
特に防具をつけていない彼女でもあれほどの防御力となったのだから、よほど強固に鍛え上げられた肉体なのだろう。
僕の防御魔法の硬度が、以前より高くなったこともあるかもしれないが。
どちらにしても、目の前のドラゴンとの戦いでは有利に働くだろう。
「今度はオイラの番だ! うおりゃー!」
大きく飛び上がったウォル君が、ドラゴンの頭部めがけて剣を振り下ろす。
視界外からの攻撃のため、その一撃は命中するのだが。
「かっ……て~! コイツの鱗は鉄かなんかかよ!? オイラも力には自信があんだけどな……」
ウォル君の攻撃はドラゴンの肉には届かず、強固な鱗に阻まれてしまう。
だが、強力な攻撃には違いなかったらしく、奴は衝撃で目を回したようだ。
「ほう……。我々にも劣らないその力、なかなか興味深いものがあるな! コイツの体を利用して力比べと行くか!」
ホムラさんは大きく体を回し、斧に勢いを乗せつつ攻撃を開始する。
目を回すドラゴンの胴体に攻撃は吸い込まれていき、ガリガリと削れるような音と共に緑色の鱗が地面に落ちた。
「すっげーな……。なんも強化されてないってのに、コイツの鱗を引っぺがすか……。オイラも負けてらんね――って、うおああ!?」
鱗を剥がされた痛みで意識が正常に戻ったドラゴンは、凶悪な牙をウォル君に向けた。
虚を突かれたせいか、彼は足元がおぼつかないまま回避をしている。
あのままではいずれ攻撃を受けてしまうと考え、援護をすることにした。
「ウィンドショット!」
風の魔法が、ドラゴンの鱗が外れた部分に直撃する。
鱗に守られていたせいか本体の防御力はそれほどでもないらしく、奴は僕の攻撃にうめき声をあげ、こちらを睨みつけてきた。
一連の攻撃の中で、一番のダメージとなったようだ。
「お、飛びやがったか。ここから本気ってところみたいだな?」
ドラゴンは翼を広げ、大きく羽ばたいて地面から飛び立つ。
空中から地上にいる僕たちを睨みつけ、誰に攻撃しようか考えているようだ。
「我ら三人とも、それなりの攻撃を繰り返したが……。誰から狙ってくるか」
「オイラが気絶させ、ホムラが防御を崩し、ソラがダメージを与えた。アイツはどれが嫌だったんだろうな?」
ウォル君もホムラさんも、全く余裕が崩れる様子がない。
彼らの姿に安心しつつ、ドラゴンの行動を静かに待つ。
すると奴は、大きく空気を吸い込むような行動を始めた。
わずかながら、ドラゴンの口元が揺らめいたように見える。
危険な攻撃が来ると考え、身構えていると。
「あの攻撃はまずいな……。この場から移動しろ! 炎を吐いてくるぞ!」
ホムラさんの指示と同時に、ドラゴンが巨大な火炎を地面へと吐き下ろしてきた。
回避には成功し、胸をなでおろしつつ炎が落ちた場所へと視線を向ける。
草は灰どころか気体となり、大地すらも融解して液体となっていた。
「さすがにあんなのは喰らえないぞ……。しかも、同じ攻撃を繰り返す気みたいだ。いくらオイラが大きく飛び上がれたとしても、空中じゃ狙い撃ちだ。どうするよ?」
「何か止める手段があれば良いんだけど――って、あれ? なんか苦しみだしてないかい?」
作戦会議を始めようとしたところ、空中にいるドラゴンが突如として苦しみだした。
もしやと思い、ちらりと視線を別の方向に向けると、アニサさんが空に向けて杖をかかげる姿があった。
どうやら、何かしらの方法で奴の行動を阻害してくれているらしい。
「何はともあれ、いまがチャンスのようだな。ウォルと言ったか? 先ほどの大ジャンプをもう一度できるか?」
「ソラがいるからな! 当然、いけるだろ?」
「言ってくれるね! もちろん、やらせてもらうよ!」
ウォル君に強化魔法をかけ終えると同時に、彼はドラゴンの高度以上に飛び上がる。
それを見て、ホムラさんが駆け出しつつ指示を出す。
「ドラゴンを叩き落としてくれ! めいいっぱいの力を込めてな!」
「おうよ! 落ち……ろォ!!」
空中で一回転し、ウォル君はドラゴンの頭部めがけて剣を振り下ろす。
動転していたせいか、奴はその攻撃を回避することができずに直撃してしまう。
くるくると回転しながら落下する先では、ホムラさんが斧を構えながら待機していた。
敵に対して背中を向けるような構えをとるということは、持てうる最大の一撃を放とうとしているのだろう。
攻撃をするタイミングも分かりやすいので、彼女に強化魔法を使うのであれば、いまこの時だ。
「我の一撃、受けてみろォ!」
「コンフォルト!」
ホムラさんの体が動き出すのと同時に、筋力強化魔法を使用する。
彼女は斧を大きく振り上げ、ドラゴンの体へと叩きこむ。
強化により、岩をも砕く一撃は鉄すらも砕く一撃となる。
奴の鱗を砕きつつ、斧は肉へと到達した。
「……無事、倒せたようだな。ソラ、ウォル。感謝するぞ」
斧に付着した液体を振り払いつつ、ホムラさんは笑顔を見せる。
ドラゴンは地に伏し、動かなくなっていた。