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その剣を握る者

「ほう……。二人で剣を引き抜いたと。そなたたちの名は何という?」

 『世界樹』を脱出した僕たちに、ニーズヘッグ様が質問をしてくる。


 レイカと共に自身の名を告げると、彼は口角を上げて見せた。


「ソラとレイカか……。よくぞ我の依頼を完遂してくれた。感謝するぞ」

 『聖獣』の一翼が、僕たちに感謝を告げている。


 嬉しさよりも、それ以上に敬わなければならない。

 何とも言えない不思議な感情が、僕の心を支配していく。


 圧倒的な存在は、言葉にも大きな力を宿しているようだ。


「これは一体何なんですか? 『世界樹』の中心で、集められた魔力を取り込み続けていたとのことですが……」

「その剣は、英雄と呼ばれた剣士が使った剣だ」

 『アヴァル大陸』や『アイラル大陸』にも、偉人の伝承は存在している。


 だが、『アディア大陸』の『世界樹』に収められていた剣なのであれば、かつてこの大陸に存在した人物が、英雄となったと考えた方が良さそうだ。


「いや、そういうわけではないが……。まあ、その話は後にしよう。そなたたちは、かつて世界が滅びかけたことを知っているか?」

「滅びかけた……? いえ、初めて聞きましたが……」

 家族に視線を向けてみるも、皆一様に首を横に振る。


 これまでに読んできた歴史書にも、そのようなものがあった記憶はない。

 エルフの人々のみが知る歴史なのだろうか。


「……分かった、説明しよう。遥か遥か過去の時代、人々は、我々『聖獣』と『神族』と呼ばれる存在に見守られ、安寧なる暮らしを続けていた」

 ニーズヘッグ様の口からこの世界の歴史が語られていくのだが、早速、聞きなれない言葉が出てきた。


 質問したい気持ちをぐっとこらえ、次の発言を待つ。


「だが、絶対的な力を持つ存在がいようと、平和がいつまでも続くことはない。我々でも、神々でも防げない災いがこの世界を襲ったのだ」

 『神族』が持つ力が如何ほどなのかは分からないが、僕たちよりもずっと強大だろう。


 六体も存在する『聖獣』と『神族』たちが力を合わせても、乗り越えられなかった災いとは、一体何なのだろうか。


「世界は天災により砕かれようとしていた。人々が成長させてきた力でも、世界自体が持つ力でもどうすることもできず、滅びを免れるのは不可能だった」

 世界全体に異変を起こすほどの災害など、僕には想像することすらできない。


 何が要因となり、そのようなことが起きたのだろうか。


「個の力ではどうすることができなくとも、力を集めれば。そう考えた神々は、一つの依り代に力を集約することにした。集められた力を束ね、さらに巨大な力とするために……」

「力を集める……。それが……」

 僕の右手に握られている剣に視線を落とす。


 この剣は、『世界樹』の中心で一心に力を受け続けていた。

 長い年月をかけ、大陸中から集められたあまりにも膨大な魔力をこの身に。


「そうだ。かつてのその剣に溜め込まれた力を用い、天災と戦った存在というのが英雄なのだ」

「世界を救った存在が、救うべき存在が握る剣ということですか……」

 この身に余るとしか思えない存在が、僕の手の内にある。


 背筋が震えるような感覚と共に、それほどの剣を引き抜けたという誇らしげな思いが僕の中に出現した。


「ん? ちょっと待ってください。天災を払う者が握るということは、これから先の未来でかつてと同規模の災害が起きるということですか?」

「ああ、確実に起きる。それを防ぐために、我は『世界樹』守り続けていたのだからな。もう、理解しているだろう? その剣の役目、そして握った者が担う使命を」

 英雄の剣と共に、いずれ来る災いを振り払えということだろう。


 だが、僕にはやるべきことがある。

 それすら満足に終えられていないというのに、世界を救うような真似をしていいのだろうか。


 いくら右手に握っている剣が強大な力を有しているといっても、僕に過去の英雄と同等のことができるとは思えない。

 握らせるべき者を、間違えているのではないかと考えてしまうほどだ。


「不安があるようだな。だが、お前たちの中には英雄の素質がある。まずはそれを開花させることから始めるべきだな」

「開花させろと言われても、何をすれば……」

 より、強くなる? いまでも悩み苦しんでいるというのに、何をすれば?


 より、認められる? 多くの人に認められるなど、どうすれば?


「我のあずかり知らぬことではあるが、何かやろうとしていることがあるのだろう?」

 僕がやろうとしていること、モンスター図鑑の作成。


 確かに、これをやり遂げられれば――


「そのまま歩め。何事も完遂へと至ることが、英雄への一歩だ」

 それを英雄への道と言っていいのなら、歩いてみよう。


 いまは教えられただけの英雄像だが、いつか自分自身の形にしていかなければ。


「ニーズヘッグ様、剣の鞘をお持ちしました」

 背後から聞こえてきたスイレンさんの声に振り返る。


 そこには、布に巻かれた緑色の鞘を持つ彼女の姿があった。


「鞘……。特別なものなんですか?」

「その鞘は、『世界樹』から落ちた枝を用いて作られている。抜き身の状態で持ち歩き、周囲から魔力を吸い続けていては不都合もあるだろう。持っていくがいい」

 スイレンさんから鞘を受け取り、それに英雄の剣を差し込んでいく。


 特に違和感もなくそれは鞘に納まり、魔力の吸収もまた収まりだした。


「鞘自体にも魔力を吸う力が宿っている。剣は鞘から、鞘は剣から吸い取ることで中和されるというわけだ。いざという時は、剣ともども役にたつだろう」

 コクリとうなずき、普段使っている剣とは逆側の腰に下げる。


 まさか剣を二本持つことになるとは思わなかった。

 強化された剣と併せて、この大陸に来てから強力な武器を貰ってばかりだ。


「ここに来るまでの道中、および『世界樹』への侵入で疲れただろう。里へと戻り、体を休めるといい」

「分かりました。情報及び剣のこと、ありがとうございました」

 感謝を述べてから、家族と共に里へと続く道へと歩き出す。


 『世界樹』の姿が樹々に隠れ、ニーズヘッグ様の姿も見えなくなった頃、背後を歩いていたレイカが英雄の剣を下げた側に移動してきた。

 彼女は剣の鞘に触れつつ、小さくつぶやく。


「お兄ちゃんが英雄かぁ……。どんどん、遠くの人になっちゃうね……」

「君もこの剣を抜いた一人じゃないか。僕と同じように英雄の素質はあるんだよ?」

 僕の言葉に、レイカは驚いたような表情を浮かべていた。


 自分が英雄候補であるとは、微塵も考えていなかったようだ。


「魔法剣士の道を進み始めたばっかりなのに、英雄なんてさすがに無理だと思うよ?」

「ニーズヘッグ様が言ってたじゃないか、完遂へと至ることが英雄への一歩だって。あれは、誰にだって英雄になれる可能性があるってことだと思うよ」

 世界に影響を与えるほどの英雄になれる者は、ほんの一握りしかいないのだろう。


 だが、誰かにとっての英雄であれば、誰にだってなれる可能性はあるのだ。


「僕はモンスター図鑑の作成を完遂させる形で、英雄への道を探ってみるよ。君も、やりたいことの果てから、その道を考えてごらん?」

「うん! 私なら……そうだなぁ……」

 いつか訪れるかもしれない大いなる災い。


 僕たちは英雄の剣を振るうに値する存在となり、災いを振り払うことができるだろうか。

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