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モンスター勉強会

「良いかい? ルト、コバ。これからたくさんの人がやってくるけど、怯える必要は全くないからね?」

「ワウ!」

「キャウ!」

 快晴のアマロ地方。いつもの草原地帯に、いくつものシートが敷かれている。


 それらの上にはたくさんの筆記用具や書類が置かれており、大勢の人物がこの場に集まることを示していた。


「ソラさーん。お願いされていた準備、全て終わりましたよ~」

 ルトとコバにこれから起こることを説明していると、背後からユールさんが声をかけてきた。


 彼女の頭の上にはスラランもおり、僕たちのことを見つめながらぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「お疲れさま、ユールさん。スラランも手伝ってくれてありがとうね」

 アマロ村の子どもたちが通っている学校の授業が、今日この場所で行われる予定だ。


 言わば課外授業なのだが、その教師役としてこの僕が抜擢されている。

 正しくは僕だけで行うわけではないが、メインを担当するわけなので教師と言ってもいいだろう。


「よし、それじゃあルトたちはみんなにバレないように隠れてくれるかい? 僕が合図をした時に、出てきてくれればいいからね?」

「ワウ! ワウ!」

「キャウ! キャウ!」

 ルトは自身の背にコバとスラランを乗せ、木陰に置かれているテントの中に入っていく。


 顔だけを出してこちらを見ているという愛らしい姿に微笑みを返しつつ、アマロ村へ視線を送る。

 村からは、人の大群がこちらに向かって歩いてくる様子が見えた。


「ナナが誘導を始めてくれたみたいだし、もうすぐ勉強会開始だね。メインが終わったら今度は僕が君の助手に入るから、それまでは僕の助手として手伝いよろしくね」

「任せてください! 資料も読みこんできましたし、何度か教師を任されておりますので! 例えソラさんが緊張のあまりしどろもどろになったとしても、代わりにやり遂げる自信はあります!」

 ユールさんは鼻息を荒くし、力強く胸を張ってくれていた。


 ここまで自身があるのであれば、彼女に全てを任せてしまっても良い気がしてくるが、発案者は紛れもないこの僕だ。

 経験がほとんどないからと言って、発案者が動かずにいるのではあまりにも情けなさすぎるだろう。


 深呼吸をして心を落ち着かせていると、村人たちを誘導していたナナが僕の元にやって来た。


「お待たせ、村のみんなを連れてきたよ。後は任せちゃって大丈夫?」

「うん、大丈夫。君の方もしっかりね」

 ナナはコクリとうなずくと、ルトたちが隠れているテントに向けて歩いていった。


 もう一度深く呼吸をした後、学校で勉強をしている子どもたちに、その子たちの親。

 モンスターの勉強会ということで、興味を持ってくれた人々に向け、大声で宣言をする。


「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます! これより、モンスター勉強会を開始いたします!」

 大きな拍手と共に、村人たちはシートの上に置かれた資料と文房具の元へ移動していく。


 世にも珍しい、一般人向けのモンスター勉強会が始まるのだった。



「それじゃあ、ちっちゃい子たちに質問をしてみようかな。みんなはモンスターのことをどう思ってるかな?」

「ちっちゃくて、かわいいー!」

「おっきくて、かっこいいのもいるよー!」

 アマロ村に住む子どもたちの元気いっぱいな声が、あちらこちらから聞こえてくる。


 首をぐるりと回しながら周囲に視線を向けると、草原に敷かれたシートの上に男女問わず多くの子どもたちが座っていた。

 皆口々に言葉を交わし合うために、屋外だというのに喧しさを感じるほど。


 親や周りの大人たちがなだめてくれているが、思ったよりも授業が進んでいかず大変だ。


「それじゃあさっそく、可愛い代表とカッコイイ代表に出てきてもらおうかな。おいで!」

 ポンと手を叩き、木陰に置かれたテントへと振り返りながら声をかける。


 スララン、ルト、コバが、先ほど決めた通りに飛び出してきてくれた。


「あ! スラランたちだー! こんにちは~!」

「あははは! やめてよ、ルト、コバ~! そんなになめないで~!」

 子どもたちとモンスターたちは、大はしゃぎで触れ合い出す。


 楽しそうな様子を眺めたことで、僕の口角はゆっくりと上がっていく。

 緩みかけた表情をすぐさま元に戻し、今度は大人たちに向けて言葉を発する。


「あくまでこの子たちは、人に慣れきったモンスターです。爪を立ててはいけないことは分かってますし、噛みつくこともありません。野生のモンスターではこうはいかないことを留意しておいてください」

 特に子を持つ親が真剣な表情でうなずいてくれる。


 大人への啓蒙は、モンスターに対する警戒心を元々有しているので、それほど必要はない。

 問題は子どもたちの方なのだが。


「ソラさんもああ言ってくれてるでしょ? 野生のスライムに近づくことすら危ないのよ?」

「え~? スライムがひっかいてきたり、かみついたりするわけないじゃん。ルトみたいな爪とか強そうな歯ないよ?」

 モンスターに対して警戒心が無いというか、慢心に近い感情が生まれてきているようだ。


 危険そうなものが無いから大丈夫。大人しそうだから大丈夫。

 見た目で判断することも大切ではあるのだが。


「それじゃあ、ちょっとだけモンスターたちに実演をしてもらおうか。スララン、おいで」

 子どもたちの間にいたスラランが、僕の声に反応して飛び出してきた。


 彼と遊んでいた子たちは寂しそうな表情を一瞬浮かべたものの、次に行われることに興味が移動したのか、あっという間に好奇心に満ち溢れた表情に変化していく。


「これから僕は、この人形に攻撃を入れます。その後にスラランに体当たりをしてもらい、どれだけ威力に差が出るか見せたいと思います」

 用意しておいた鍛錬用の木の人形の前にスラランと共に移動し、足腰を回すなどの準備運動を行う。


 強化魔法等を使わずにそれに回し蹴りを放ってみると、人形がぐらりと揺れる。

 頑丈な造りにはなっているが、それなりの衝撃を与えられたようだ。


「ふぅ! それじゃ、スララン。よろしくね」

 スラランは大きく飛び跳ねて肯定の意思を見せると、自身の体を地面に擦り付けだした。


 そうして少しずつ、少しずつ体を伸ばしていき、限界まで引き伸びたところで体を一気に戻し、反動を利用しての体当たりを行う。

 攻撃を受けた人形は、僕の蹴りよりほんの少しだけ弱く揺れていた。


「スラランは小柄な個体ですが、それでも僕に近い威力の攻撃ができるんです。防具を纏っていなければ、大人でもかなりのダメージになるはずです」

 振り返ると、子どもたちは驚きの表情を、大人たちは難しそうな顔を浮かべていた。


 スライムの攻撃は、意外と危険だということは理解してくれただろうか。


「では、次に肉食系のモンスターの狩りについて実演したいと思います。ルト、おいで」

「ワウ!」

 スラランの時と同じように、子どもたちの中からルトが飛び出してきた。


 僕の周りをくるりと回るようにしてから、草原に腰を下ろして指示を待ち出す。


「少し離れた場所に、ユールさんの姿が見えますか? これから僕は、彼女がいる場所めがけて全力で走ります。ルトには、それを阻止してもらおうと思います」

 これから行うことは、いわば追いかけっこのようなものだ。


 人とモンスターによる違いにより、どのようなことが起こるだろうか。


「ルト。事前に話していた通り、君は逃げる僕を全力で追いかけること。僕が走り出して少ししたら手を叩くから、君はそれを合図に走り出してね」

「ワオーウ」

 ルトの頭を優しく撫でた後、走り出す準備をする。


 大きく息を吸い、恐ろしい怪物が真後ろにいることを想像しながら走り出す。

 数秒の後、勢いよく手を叩いて大きな音を出すと。


「わ! ルト、はやーい!」

 ルトが走り出したらしく、子どもたちの驚嘆の声が聞こえてきた。


 ユールさんがいる場所までの距離は、まだ半分も進んでいない。

 追いつかれるにしても、八割――いや、七割は進みたいところ――


「ワウ!」

「うわ!? わわわ!」

 背中にのしかかられた感覚から、バランスを崩して転んでしまう。


 ゴロゴロと地面を転がり続け、仰向けで止まるのと同時に、ルトの舌が僕の顔に襲い掛かってきた。


「アハハ! まいった! まいったから、ストップ、ストップ~!」

 撫でまわし返しながら体を起こして周囲を調べると、ルトに追いつかれたのはスタート地点とゴール地点の丁度半分くらいの場所のようだ。


 立ち上がり、甘えてくるルトと共に村人たちの元へ戻る。


「これが、狩猟を行うモンスターの全力です。大人であろうと簡単に追いつかれ、捕まってしまうので、見つからないようにすることが肝要です」

 今回ばかりは、どの子どもたちも不安そうな表情を浮かべていた。


 これでごく普通の人の力では、モンスターたちには到底かなわないことを、大人子ども問わず理解してくれただろう。

 だが、この段階では恐怖を与えただけに過ぎない。


 今度は、モンスターに親しみを持ってもらえるであろう策を発動する。


「ユールさん、次の準備をお願い!」

「はーい、分かりました! コホン……。おいで、みんなー!」

 離れた場所にいるユールさんが、自身の声を風に乗せる。


 広大な草原すべてに行き渡ることはなかったが、お目当ての存在たちはあちらこちらから姿を現す。

 満月祭の時と同じように、大量のスライムたちが僕たちの元へ飛びよってきた


「わわ……! スライムさんたちがいっぱい……!」

「呼んで現れたってことは、危険性は無いんだろうが……」

「こうして一度に現れると怖いわね……」

 これまでの結果か、可愛らしいスライムたちを見ても手放しに喜ぶ人の姿はない。


 ここまでは想定通り。視界端で狂喜乱舞している女性は放っておいて、スラランにお願いして指示を出してもらうことにした。


「スララン。スライムたちに大スライム程度に合体してもらえるよう、お願いできるかい?」

 スラランはぴょこんと飛び跳ねると、スライムたちのリーダーを探しに行ってくれた。


 しばらくしてスライムたちが積み重なるように集結し始める。

 その状態のまま大きく飛び跳ね、落着すると同時に一つの体へと変化し、大きなスライムに成るのだった。


「スライムさんたちが、でっかくなっちゃった!」

「おいおい、大丈夫なんだよな?」

 大スライムへと変化する様子を見ていた村人たちの間から、不安視をする声が聞こえてくる。


 その不安を解消するために、彼らの内の誰かに大スライムに触れてみないか声をかけようとしたのだが。


「うううう~! もう、我慢できませーん!」

 ユールさんが、大声を上げながらこちらに突進してくる。


 彼女は大スライムの手前で大きくジャンプし、その頭部に張り付いてしまった。


「ああ……! ああああ……! うああ……! うあうあ……!」

 謎の声を出しながら、恍惚の表情を浮かべるユールさん。


 スライム好きとして、大スライムの出現に我慢ができなくなってしまったのだろう。

 その行動が、子どもたちやスライムに興味がある大人たちの好奇心を刺激したようで。


「ぼく、触ってみたい……!」

「わ、私も……。ユールさんに危害を加えようとしているようには見えないし……!」

 一人、また一人と大スライムの元に村人たちがやってくる。


 大スライムの体を恐る恐る突くことから始まったが、次第にその行動は好意に満ちたものへと変化していく。

 両手で揉むように触れ、全身を押し付けるようにしてプニプニの体を堪能する。


 大スライムも、村人たちのそれらの行動を受け入れてくれているようだ。


「人に興味を抱き、自ら積極的に関わりたいと思ってくれているモンスターも、時には存在します。続けて行われる、各種モンスターの勉強会に参加される方は、そういった点も気にしていただけると幸いです」

 これで、僕が行う勉強会は終了となる。


 モンスターの危険性と、そんな彼らが、人と関わっていきたいと思ってくれていることを理解してくれただろうか。

 答えがいますぐ分かることはないだろうが、ほんの少しでも皆の心に残ってくれればそれでいい。


「アハハハ! いっしょにあそぼ、大スライムさーん!」

「……ま、俺たちが見てれば大丈夫そうだな。それにしても、モンスターか……。そばにいるってのに、なんも知らねぇんだな、俺たちは」

 楽しそうに大スライムと遊ぶ子どもたちと、その様子を穏やかに見つめ、考え始める大人たち。


 変わりだすのは、そう遠くない未来なのだろう。

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