「ユールさんはいらっしゃいますか? ソラです!」
「はーい、いま開けまーす!」
玄関の扉を叩きつつ中にいる人物に声をかけると、扉を隔ててユールさんの声が返ってきた。
今日は数日前に開催されたモンスター勉強会の結果、村人たちから寄せられたであろう感想や要望を受け取りに村長さんの自宅を訪れたのだ。
「おはよう、ユールさん。ごめんね、朝っぱらから押しかけちゃって……」
「気にしないでください! お二人の魔法剣士さんが、今日で海都に戻っちゃうんですよね? なら少しでも早く持っていってあげないと!」
玄関の扉が開かれ、ユールさんに家の中へと案内される。
リビングの椅子に座り、出されたお茶を飲んで一息ついていると、彼女が一つの封筒を持って向かいの椅子に座った。
パンパンにつまった封筒だが、それだけ要望が多かったのだろうか。
「もちろん要望もありましたが、感想の方がずっと多いんですよ。要望も次を望む意見が大多数ですし、初めての試みとしては大成功だと思います!」
「それは良かった。僕としても、みんなが真剣に話を聞いてくれて助かったよ。中途半端に知識を付けて、間違った行動を取ったら大変だからね」
次を望んでくれているということは、もっとモンスターたちのことを知りたいという意思があることになる。
前回だけでは教えきれなかった部分も多々ある上に、その場の知識だけに留めたくなかったので、これからも行えるのであれば願ってもない。
「この封筒は持ち帰らせてもらって、みんなで読ませてもらうよ。大丈夫だよね?」
「もちろんです! 私関連の物は先に抜き取らせていただいてありますので、ご自由にお使いください! それとも、そちらも必要ですか?」
しばらく悩んだものの、ユールさん関連の要望書は受け取らないことにした。
今回の催しは彼女を巻き込んだようなものなので、ある意味でプライベートに関わる部分に踏み込む必要はないだろう。
「それはそうと、どうだった? モンスター勉強会に参加してみて」
「良い経験になりました! 村周辺のモンスターのことをより深く知れたので、いざという時の防衛に使えると思います。何より、村の皆さんにスライムたちの魅力を伝えることができたのが最高です!」
自身の内に溜め込むだけでなく、共有ができたので、その知識はより深いものになっただろう。
解説に私欲が入っているのは少々頂けないが、村人のためになることを教えていたので、口を尖らせる必要は微塵もない。
「次回をお考えの際は、ぜひ私を呼んでくださいね! より知識を付けて準備しておきますので!」
「うん、頼りにさせてもらうよ。そうそう、たくさん手伝ってくれたから、今度みんなでお礼をさせてもらおうと思ってるんだけど……。その前に、僕の気持ちを貰ってくれるかな?」
カバンの中からとある物を取り出し、差し出されたユールさんの手のひらに乗せる。
取り出した物は木彫りのスライム人形だ。
エルフたちのお祭りに参加した際に彫ってもらった物であり、家の飾りにでもしようと思っていたのだが。
「スライム好きの君にこそぴったりだと思ってね。些細なものかもしれないけど、良かったら――」
「些細な物なんてとんでもないです! こんな、こんな素晴らしい物をいただいてしまって……! 家宝にさせていただきます!」
ユールさんは感極まった様子でそう言うと、リビング内に置かれている棚の前へと移動して何やら探し出す。
やがて戻ってきた彼女の手の上には、小さな木箱が乗せられていた。
その中に木彫りのスライム人形が大切にしまわれ、高価そうな布で包まれていく。
飾れば良いのにと思わなくもないが、本人がその形を望んでいるのであれば口出しをする意味はないか。
「喜んでくれたのなら幸いだよ。それじゃ、僕は家に帰るね」
「本当に、本当にありがとうございます! また、こちらからも遊びに行きますね!」
ユールさんと別れの挨拶を交わし、村長さんの家から外に出る。
せっかくなので、村人たちの会話に耳を傾けながら村を出るとしよう。
商店通りにたどり着くまでの間に、幾人かの村人たちとすれ違ったが、誰もがこぞってモンスター関連の話題に触れているようだった。
道具屋を覗けば、モンスター関連の書籍を探す親子連れが。
冒険者ギルドを覗けば、危険なモンスターへの対処法を書き記した資料を貰えないか、相談をする人もいるようだ。
こういった人々が増えれば増えるほど、図鑑の価値が上がっていく。
僕たちの集める情報が、より正確な物である必要性が高まっていく。
「さて、今度はどこにモンスターの情報を取りに行くかな。しばらくは他の大陸に出かけることはないだろうし、情報集めに注力ができるけど」
まだモンスターの調査が進んでいないのは、大陸北部と西部だ。
北部はアヴァル山脈に阻まれた未開領域が大部分を占めるので、現状では向かうことすらままならない。
西部は人の手が多く入った土地のために安全であり、かつ歴史が長い街が存在するので、古代の歴史を知れる可能性もあるだろう。
どちらにしろ、西部方面には近々赴く予定がある。
その際に探索の範囲を大きく広げ、情報収集を行えばいいだろう。
「おっと、考えてたらいつの間にか家についてた。未来のことは別の日に考えて、勉強会の振り返りに思考を傾けないと」
家の中に入り、帰宅を告げると、家族たちに二人ほどを加えた声が返ってきた。
どうやら既に集合し終えているようだ。
「お帰り、ソラ。もうミタマさんたちは到着してるよ」
「みたいだね。手を洗ってから行くから、これの中身を分けておいてくれるかい?」
出迎えに来てくれたナナに封筒を渡し、洗面台で手と顔を洗ってからリビングに入る。
既に封筒の中身は皆の手に渡り、それぞれがかじりつくようにそれを読み込んでいた。
「帰還日だって言うのに、わざわざ来てもらってありがとうね」
来客二人に声をかけると、少女たちは首をゆっくりと横に振り、こう言ってくれた。
「いえいえ! 村の皆さんからの反応を早く見たかったですし、なにより……ね?」
「ああ、大切な話がしやすい。人に聞かせにくい話をする時にもこの場は便利だ」
「もう、そうじゃないでしょ? レイカちゃんたちと話をするのが楽しみだって言ってたじゃない!」
「な!? き、聞いていた――って、ちがう、ちがう! 結果を話し合うのが楽しみだと言ったんだ!」
顔を真っ赤にして怒り出すイデイアさんと、ケラケラと笑うミタマさん。
そんな二人を見つめながら、レイカも笑顔を浮かべていた。
「さあ、反省会を始めようか。各々資料を読み始めていたみたいだけど、どんなことが書かれてた?」
「はーい! 私からいいですか?」
最初に手を挙げたのはミタマさんだった。
コクリとうなずき、彼女に発言の許可を出す。
「肯定的な意見としては、色んなモンスターを知れて良かったって言うのが多かったです! もちろん否定的な物もあって、いくつかのモンスターは実物を見られなかったのが残念だったと……」
ミタマさんが読んだ物は、勉強会の題材に出たモンスターについての意見書だったようだ。
夜間に出現するモンスターの説明もしたが、若干省いてしまったのは紛れもない事実。
ただ、闇夜の中で勉強会をするとなると、昼間より危険性が高まるのだが。
「視界の悪さは懸念点だよね……。私が魔法を使えば何とか?」
「光を嫌がるモンスターもいるから何とも言えないけど、村の人たちの安全を守るためには絶対必要だしなぁ……。この辺りは色々考える必要がありそうだね」
脳内で夜間の勉強会を想像しつつ、メモに書き記していく。
モンスターの探索も大変な上に、村人たちがいつの間にかいなくなっていたという可能性もでてくる。
こうなると僕たちだけでなく、外部にも協力を求める必要が出てきそうだ。
「とりあえずこの話はここまでにして……。他には何が書かれてた?」
「では次は私が。ウィートバードについて知りたいという要望が、主に農業を担う者たちからあるようだ。また、他にも農業に役立つモンスターがいたら知りたいという声もあったな」
グラノ村やそれに類した村で、ウィートバードを農業の手助けにしているという話をどこからか聞いてきたのだろう。
実際に勉強会をするとなったら、僕たちが説明をするよりも農家の方々を講師として招き、直接話をしてもらう方が良い経験になるはず。
ただ、農業に役立つモンスターが他に居るかどうかが分からないので、そちらに関しては調査や情報取集をする必要も出てくるだろう。
「じゃあ、私も読み上げるね! コホン……。モンスターさんのお勉強、楽しかったです。もっとモンスターさんを知りたいから、お家でもお勉強ができる本が欲しいなぁ。だって!」
レイカが読み上げた書類は、恐らく幼い子どもが書いてくれたのだろう。
その要望は、僕たちが抱き続けていた想いを加速させるには十分だ。
「本かぁ……。戦闘用の教本ならたくさん読んできたけど、子どもたちはそういうのは欲してないよね……。作るしかないんだろうけど、大変なんだよね?」
「だろうな。製本作業に加え、モンスターたちの情報を集める作業が入ってくることになる。並大抵の労力では成し遂げられないと思うぞ」
ミタマさんとイデイアさんの会話を聞きながら、ちらりとナナを見つめる。
彼女はこちらの視線に気づくと、僕に苦笑を返してきた。
まあ、実際に作っている人たちが目の前にいるとは思わないだろう。
「必要性が高まってくれば、自ずと作り始める人が出てくるはずさ。……要望を出してくれた子には悪いけど、もう少し待っててもらおう」
レイカから子どもが書いてくれた要望書を受け取り、書きなれていない文字を読みながら小さくつぶやく。
すると僕の言葉に疑問を抱いたらしく、イデイアさんが頭を傾けた。
「ソラ先輩。もう少し待っててもらおうとはどういう? 当てがあるのか?」
「……いや、何でもないよ。それより、一通り読み終えた訳だし振り返りに入ろうか。僕の評価としては、初めてだから至らないところは多々あったけど、次につながる会にはなった。って、ところかな?」
質問を誤魔化しつつ、勉強会の総評へと入ることにした。
不服そうな表情を浮かべられてしまったが、ミタマさんやレイカが自身の思ったことを話し始めてしまったので、追及する気をなくしてくれたようだ。
「私もおおむね皆の言葉と同じだ。が、やはり唐突に行動を起こしたのは良くなかっただろう。我々にしても、村人たちにしても、心構えや準備は大切だ」
「今回は僕の思い付きを最速でそのままやり切っちゃったからね。もっとできること、やるべきことがあったはず。事前に告知して、準備期間も長めにとるべきだろうね」
唐突な開催になったため、参加したくても参加できなかった人はいるはずだ。
村人たちからの要望が多くなってしまったのも、準備不全が原因と見ることができるだろう。
「おっと、話し込んでたら王都行きの客車が来る時間に近づいてきたね。反省会はここまでにして、アマロ村に向かおうか」
会議を終わらせ、出かける準備を始めようとするのだが。
「お兄ちゃんはさっきまでアマロ村に行ってたでしょ? 村までのお見送りは私が行ってくるから、のんびりしててよ」
「先輩として見送らないのもどうかと思うけどなぁ……。ま、道中で問題が起きるとは思えないし、任せようか」
レイカの発言を受け入れ、見送りは玄関前で行うことにした。
海都がある東の方角からは、ゆっくりと客車が移動してきている姿が見える。
手早く別れの挨拶を済ませ、二人が乗り遅れないようにしなければ。
「それじゃ、ミタマさん、イデイアさん。僕たちがいない間、アマロ村を見守ってくれたこと、モンスター勉強会の開催を手伝ってくれてありがとう。君たちの更なる躍進を期待してるよ」
「ありがとうございます! ソラさん、皆さんも元気で頑張ってくださいね!」
「非常に良い経験になった。また機会があれば」
少女たちは、僕たちに別れを告げてアマロ村へ歩いていく。
彼女たちの背が小さくなっても、笑い声が途絶えることはなかった。
「思いだすなぁ……。僕とルペス先輩とウェルテ先輩。あんな風に笑い合って、時にぶつかり合いながら強くなっていった。レイカも、そういう人たちを見つけられたんだね」
「あの友情、失くしてほしくはないよね。ずっと、いつまでもあのままで……」
僕たちが失ってしまった形を、継続してほしいと願ってしまうのは欲張りだろうか。
仲間だとしても、小さなすれ違いから次第に疎遠になるのは当たり前のこと。
常に共にいることが友情ではないのだが。
「紡いだ絆が消えることはないと思うよ。ソラがウェルテさんを想っているように、彼女も君のことを想っているはずだから」
「……ありがと、ナナ」
僕がするべきことは羨ましがることじゃないのだろう。
再びめぐり逢えた先で、ぶつかり合うことになるかもしれない。
その時に、胸を張って進んできたんだと伝えられる思い出を作っておこう。