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中央の大地

「快適、快適~。いつもは数週間かけてここまで来るのに、一時間も経たずに来られるなんて! 最高ですね~!」

「オイラのポケットに入ってるだけなのに、いいご身分だよな~。ま、案内してくれる礼と考えれば丁度いいのか?」

 ここは『インヴィス空中大陸』中央地帯。飛空艇での移動を終えた僕たちは、西部地帯以上に自然豊かな土地を歩いていた。


 あちこちに森や泉が存在し、美しい草花が咲き乱れている。

 モンスターも数多く存在しているらしく、群れで草を食む個体や、それを探す肉食性の個体が闊歩している様子が見て取れた。


「この辺りの植物、みーんな薬草なんだって。私たちに効くかどうかは分からないから、すぐに薬にはできないけど……。滞在中に薬効を調べておこうかな」

 そう口にしながら、薬草を丁寧に摘んでいくナナ。


 彼女の様子を見ていたパロウ君はウォルのポケットから飛び降り、生えている薬草たちを指さしながらこう言った。


「ここにあるのは精神回復に使える薬草です! 室内で焚くと良い香りがして、気分が落ち着くんですよ!」

「詳しいんだね。もしかして、他の薬草も分かったりする?」

「もちろんです! 向こうにあるのは――」

 二人はずいぶんと意気投合したらしく、楽しそうに薬草を採取し始めた。


 しばらく暇になりそうなので、周囲の地形を調べつつ、皆とこれからの行動方針について確認するとしよう。


「まずは、この大陸のことを良く知っている奴に会いに行くんだったよな! 中央地帯北部にいるんだったけか?」

「らしいわね。ここからは人工物らしき物が見えない――どころか、竜巻が発生しているのが気になるけど……。一体、どんな人が住んでいるのかしら……」

 目的地の方向に遠眼鏡を向けても、アニサさんが言う通り建物らしきものは見当たらない。


 代わりにその周辺はかなりの強風が吹き荒れているらしく、大地から吹き上げられた砂や草たちが渦を巻くように動いている。

 あの竜巻の中に踏み込むとなると、なかなかに苦慮しそうだ。


「確認ですが、飛空艇は大地の裂け目を飛び越える際の使用のみに限らせていただきますわ。魔力の補充は問題ありませんが、他の部分に使用する燃料が限られておりますので」

「問題ないですよ。歩いてこそ旅ですし、空を飛びまわってるだけじゃ見落としちゃうものもありそうですし」

「絵を描くにも地上の方が楽」

 体力を使うことを不得手とするレンも、今日は呼吸を乱す様子が見られない。


 だいぶ体力が付いてきたこともそうだが、興奮が上回っているというのもあるだろう。

 急にエネルギー切れにならないか、少々心配だ。


「みんな、お待たせ。良い薬草をたくさん集められたよ」

「お! じゃあ何かあったらナナに頼めば問題なさそうだな! ケガとかしちまった時はよろしくな!」

「まだ効くかどうかわからないって言ってたでしょ。ナナちゃん、コイツはケガをしたところですぐに治っちゃうから、貴重な薬を使う必要はないからね?」

 軽口を叩き合いながら、『インヴィス空中大陸』の旅を再開する。


 時に強化魔法で岩や崖を飛び越え、襲い来るモンスターを討伐し、調査を行いながら徐々に険しくなっていく道を進む。

 風の勢いまた少しずつ増し、大地に生えている植物たちが空中に舞い始める。


 強風に吹き飛ばされぬよう、皆でかばい合いながら進んで行くと、目の前には風の壁が出現した。

 ここが目的地のはずだが、一体この中では何が僕たちを待っているのだろうか。


「いまの状況でこの中に踏み込むのは初めてです……。僕たちの体じゃ簡単に吹き飛ばされちゃうので……」

 パロウ君や長老から聞かせてもらった話によると、一年に一度、中にいる存在がこの嵐を収めてくれるらしい。


 その際に各地に住むリリパットたちがこの場に集い、祭事が行われるそうだ。


「英雄の剣でこの風に穴を開けることができる、でしたわよね? もしや、この風自体が魔力の塊なのでしょうか?」

「教えてもらったことが正しいのであれば……。とりあえず、試してみましょう」

 腰に下げている英雄の剣を抜き取って竜巻に向けてみると、剣は風を吸い込み始めた。


 魔力で作られている風というのは確かなようだ。


「いくらその剣で抑え込んだとしても、完全に風が収まるわけじゃないか……。とりあえず、パロウは誰でもいいからポケットの中に入っとけ。吹っ飛ばされないようにな」

「は、はーい……。ソラお兄さん、お邪魔します……」

 パロウ君は僕のポケットへと潜り込み、目から上だけを出して周囲の様子をうかがい始めた。


 この先の道は彼にしか分からないので、先頭を歩くことになるであろう僕の元に来てくれるのはありがたい。


「よし、それじゃあ進んでみようか。頼むよ、英雄の剣」

 剣を握り直し、竜巻に向けてゆっくりと歩き出す。


 風の壁に近づくにつれ、剣に飲み込まれていく魔力は大きくなっていく。

 壁には人が通れる程度の穴が穿たれ、僕たちを迎え入れようとしている。


「おや、我が風の壁を穿とうとしているのは誰かな? リリパットの子らではないようだが」

「え!? 聞いたことがない声が……!」

「どこからだろ?」

 聞きなれない声に皆の警戒心が高まっていく。


 だが、唯一パロウ君だけは、僕たちとは異なる感情を抱いたらしく。


「フェンリル様! お待ちかねの方々が来てくれたんですよ!」

 嬉しそうに謎の声へ返事をするのだった。


 フェンリルと呼ばれた何者かが、僕たちが抱いた疑問の答えを持つ存在であり、この竜巻を生み出した張本人のようだ。


「ねえ、ソラ……。もしかしてだけど、この先にいるのって……」

「うん。多分、『聖獣』がここにいるんだ。司っている属性は、風だろうね」

 これほどの暴風を生み出していて、他の属性を有しているとは考えにくい。


 十中八九、風を司る『聖獣』だろう。


「なるほど、英雄の剣を持つ者が……。ならば、この風を通り抜けることは問題ないだろう。私は竜巻の中心にいる。道中、気を付けてくるんだよ」

「は、はい……。お邪魔いたします」

 それっきり、フェンリル様と呼ばれた『聖獣』の声は聞こえなくなった。


 僕たちはうなずき合い、英雄の剣によって穿たれていく穴を進む。

 風のおかげでモンスターの姿はないようだが、視界が数メール先程度しかないのが気がかりだ。


 大地の裂け目に落ちないよう、警戒をしておかなければ。


「……オイラ、ソラと親友になれてよかったぞ。こんな体験、オイラ一人じゃできなかっただろうからな」

「ほんとよ……。私たちがしてきた冒険全てが、無価値に思えるほどの体験に出会えるなんて、想像もしてなかったわ。私たちをここに連れてきてくれて、本当にありがとう」

「二人とも、その言葉はまだ早いと思うよ。この先に、これ以上のことが待っているはずだから」

 『聖獣』と出会い、僕は何を聞かされるのだろうか。


 この大陸の詳細、英雄の剣を握る者としての使命。

 もしくは、更なる真実が語られるのかもしれない。


「ソラお兄さん、少し進路がそれています。もう少し右の方向に――」

 パロウ君の道案内に耳を傾けつつ、竜巻の中を進んで行く。


 やがて剣は風を突き破り、穏やかな空間に僕たちを招き入れる。

 草や花が静かに揺れる先、竜巻の中心部にその存在は鎮座していた。


「よく来たね、英雄の剣を握りし者。我が名はフェンリル。ここ『インヴィス空中大陸』を見守らせてもらっている『聖獣』だよ」

 緑色の毛に覆われた巨大なオオカミ。


 驚愕している僕たちの姿が、優しそうな瞳に映りこんでいた。

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