「……はぁーっ……」
廊下で一人、大きく溜息を吐く。気乗りしない両足を動かし、とりあえずC組の教室に向かうと、やはりそこにカナデは居なかった。カナデのことだから、たぶん人気の無い、一人になれる静かな場所に居るだろう。
スマートフォンで「どこ?」って聞いても良かった。でも、それじゃ会いたくてたまらないみたいで……いや、会いたいんだけど。わたしは、どこまでカナデに近付いていい? 踏み込みすぎたら、嫌がられるだろうか。
学校内で人気の無い場所の候補はいくつかあった。特別棟の階段、体育館裏、部室棟、そして駐輪場。どれも、あの二人と仲良くなる前にわたしが見付けた場所だった。今では大抵の時間あの二人と居るものだから、来る機会はすっかり無くなってしまったけれど。
駐輪場とグラウンドをつなぐ小階段に、見慣れた横顔が目に入る。心臓が急に鳴り出した。
居た。
ぎゅっと胸が締まり、安心が広がる。一日会わなかっただけなのに、こんなことを思ってしまうだなんて。わたし、どうしたんだろう。
カナデは階段に腰掛け、誰も居ないグラウンドをぼんやりと見つめながら菓子パンを頬張っていた。話しかけてもいいのだろうか。少しずつ近付いて、息を吸い込む。
「カナデ」
あまりにも気弱な声が出てしまい、驚いてしまう。もっと普通に呼べばよかった、何だ今の言い方は。
「あれ、ミナじゃん。どうしたの、こんなところで」
カナデは気にした様子もなく、わたしを見た。湿気を帯びた潮風が、カナデの黒々としたショートカットを揺らしている。
「……カナデが、どこに居るかなって探してたの」
カナデに見つめられるのが恥ずかしく、つい視線を外してしまう。弁当を持っていた右手に力が入った。潮風が頬を撫でる。深く息を吐き、意を決して顔を上げる。どうか迷惑がらないでくれ、と願いながらその顔を見ると、カナデは肩の力を抜いたように笑っていた。
「そんなことしてくれるの、ミナが初めてだよ」
カナデは横に人一人ぶんのスペースを作り、わたしはそこに腰掛けた。この際、階段の汚れなんてどうでも良い。体育座りのような格好をしながら、わたしは持って来た弁当を開ける。
「朝の子たちと食べなくていいの?」
「うーん……二人が、行って来いって……でも、わたしもカナデと、食べたいなって……思って」
頬が熱くなり、慌てて水筒をがぶ飲みする。カナデは笑いながら、菓子パンを頬張った。コンビニでよく売っているぶどうパン、好きなのだろうか。咀嚼を終えた後、カナデは穏やかな声で言った。
「気を使ってくれたみたいで……ありがと。あの子たち、いい友達なんだね」
カナデの言葉が、胸の奥に落ちた。友達? わたしは、あの二人のことを、友達だと思っていたんだろうか? ただ、なんとなく一緒にいるだけの関係じゃないの? でも――そう思う一方で、あの二人が常にわたしを気にかけてくれていることは、ちゃんとわかっている。わたしは、この関係をどう呼べばいいんだろう。
「えっ、なにその顔……。もしかしてミナ、あの二人のこと友達だと思ってなかったの?」
口に入れようとしていた菓子パンの動きを止め、カナデは驚いたような顔をしてわたしを見た。信じられない、と言いたげな顔をしている。核心を突かれてしまったわたしは、つい視線を彷徨わせてしまう。
「いや、そういうわけじゃ……わたし、あの二人のこと全然知らないから、友達名乗るなんておこがましいというか、なんというか……」
「そんなことないでしょ。ミナは十分、あの子たちの友達になれてるよ。全然知らないと思うならさ、これから知っていけばいいんじゃない」
かぷり。カナデの唇から覗く白い歯が、無造作にパンを噛み千切る。わたしは箸を持ったまま、その仕草を眺めていた。
そうか、わたしたちは友達に見えているのか。目を閉じて二人の姿を思い浮かべる。若葉。そういえばカナデと仲良くなりたいんだっけ、動機は不純だけど……案外カナデと相性が良さそうだ。若葉なら、きっとすぐ仲良くなれるだろう。日菜子。朝言っていた、本命がいるって何だったんだろう。いつも若葉の保護者みたいな立ち位置だから、日菜子の話ってあんまり聞いたことないな……聞いたら教えてくれるのだろうか。