劇は文化祭とは思えないほどすごかった。衣装や小道具も素晴らしい出来栄えだが、役者の演技が堂々としていて、つい息を吞んでしまう。ミュージカル調の音楽に合わせて歌声を披露したほのかの姿は、スポットライトの光も相まって神々しくも見えた。つまり、とんでもない劇だったのだ。
「はー……すっごかったねえ……」
上演後、若葉が身体中の空気を抜くように呟いた。観終わった後、何とも言えぬ満足感が身体を満たしている。暗幕から、やり切った表情の蒼が顔を覗かせ、こちらに手を振った。
「蒼ちゃん」
日菜子が近づこうとすると、辺りから一斉に黄色い歓声が上がり、大勢の女子たちが蒼を囲んだ。
「蒼〜! めっちゃかっこよかったよー!」
「マジ王子だったねー! 惚れたわー!」
「ねっ、写真撮ろ! 後でクラスのやつに自慢する!」
どうやら、蒼は他のクラスの友人たちに囲まれているようだった。あの容姿だから、女子がきゃあきゃあ言うのも無理はないだろう。蒼は困ったように頬を掻き、目線だけ日菜子に投げかける。様子を見ていた日菜子は苦笑いをして、ぱたぱたと片手を振った。
「蒼ちゃん忙しそうだし、行こうか」
「えっ、日菜子氏、声かけなくていいの?」
「うん。邪魔しちゃ悪いしね」
日菜子が先頭に立って教室を出ようとすると、カナデを呼び止める声が聞こえた。振り返ると、劇のクライマックスで披露された青いドレスを着たほのかの姿。上品な光沢を放つドレスを着こなすその姿は、まるで本から飛び出て来たお姫様だ。
「奏、これ。一時から体育館で演奏するから、来てくれると嬉しい。私、約束通り吹部に入ったよ」
俯いてチラシを押し付ける声が、さっきの堂々とした声と違って緊張している。どうやら、吹奏楽部のパフォーマンスについて記載されたチラシを渡したようだ。ほのかが、カナデと入る約束をしていた吹奏楽部。
「美奈ちゃんも、お友達も。来てくれたら嬉しいな。呼び止めちゃってごめんね、文化祭楽しんで!」
顔を上げ、優しい笑みを向けたほのかは、手を振ってそそくさと暗幕の向こうに帰って行く。カナデが押し付けられたチラシを眺めていると、横から若葉がそれを覗き込んだ。
「吹奏楽部のステージ……せっかくだし聴きに行くか! それにしても、松波奏と美奈氏の友達、すごい美少女だな……東高、全体的に顔面偏差値が高い……」
ぶつぶつと呟いている若葉に、心の中で同意する。見た目も良くて、勉強もできて、演技までこなしてしまう。そんなほのかを見ていると、自分との違いを嫌でも思い知らされる。
カナデは、本当にわたしと一緒にいていいのだろうか? もっと、ほのかのようなレベルの高い人の方がお似合いなのではないだろうか。無意識に口を窄めて考えていると、視界にわたしと同じような表情をした日菜子の姿が目に入った。日菜子も日菜子で、何か思うことがあったのかもしれない。
一時まで各クラスの模擬店で適当に時間を潰し、十分前に会場である体育館に足を運んだ。所狭しと並べられているパイプ椅子は、保護者や学校見学の中学生、在校生でほとんど埋まっていた。四人並んで座れる場所は無さそうだったので、若葉と日菜子、カナデとわたしの二手に分かれて着席する。カナデの様子はいつも通りで、特別何かを気にしている様には見えなかった。