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第20話 無理だよ……そんなの

「俺、前にも言ったかもしれないけど、本気で恋愛したことなくて……。告白されることはあっても、したことなくて」


 夕日のせいだろうか、陽翔の顔が真っ赤に染まっていた。平静を装っているようだが、声が少し震えている。


「初めて、本気で好きになったのが、叶翔くん……なんだ」


 口元を手で覆い、恥ずかしそうに俯いた。陽翔のこんな姿を見るのは初めてだった。いつもの自信に満ちた態度とは違い、今は不安と期待が入り混じった表情をしている。


 俺はなんと言葉を返せばいいのかが分からず、しばらく沈黙が続いた。だが、それを破ったのは陽翔だった。


「叶翔くん、好きだ。俺と、付き合ってください」


 陽翔はギュッと拳を握っている。関節が白くなるほど強く握りしめ、血管が浮き出ていた。その姿は、まるで運命を賭けた剣士のように見えた。


 ――なんて、答えたら……。


 陽翔といる時間は、今まで感じたことないほど、心が暖かくなる。そう、高校一年の時、親友に恋した時と似ている。俺の中に、そのような気持ちが芽生えているのは、感じていた。


 だが陽翔は、ノンケのはずで……。俺に対する好きは、恋愛の"好き"じゃないのではないのかと思ってしまう。


「あ、そっか。叶翔くん、俺が男だから……。やっぱ、嫌だよね……」


 陽翔は目を伏せて、悲しそうな顔をした。今まで見たことのない表情だった。こんな悲しそうな顔、見たくなかった。


「……イヤじゃなくて、俺は……」


 ――ゲイだから。


 その言葉をまたも飲み込んだ。喉の奥が痛いほど乾く。


 過去のトラウマがいまだに俺を苦しめる。俺のことを好きだと言ってくれた陽翔でも、俺がゲイだと知ったら、あの時のように、気持ち悪いって思われるかもしれない。


 --そう思われるのは、嫌だ……。


 俺は俯いて、眉間に皺を寄せた。あの時の悲しさが蘇り、目元が熱くなり涙が出そうになる。胸の奥がギュッと締め付けられる感覚。


 その時、陽翔が一歩近づいて距離を縮め、俺の顔を覗き込んだ。


「叶翔くん、泣いてるの?」


 スッと陽翔の手が俺の頬に触れた。その瞬間に俺の心拍数が一気に上がったのが分かった。手のひらは少し荒いけれど、温かかった。


 陽翔の瞳の奥が揺れていた。顎を掴まれて、顔を上に向けられる。親指でするっと頬を優しく撫で、唇の端をなぞられた。その優しい仕草に、体の奥から熱いものが押し寄せてくる。


「キス……していい?」


 キス、したい。でも、嫌だ。ゲイって知られるのが、怖い。なんて答えたら……。


 答えることができずに躊躇していたら、陽翔の顔がゆっくりと近づいてきた。温かい息が頬を撫で、微かなシャンプーの香りが鼻をくすぐった。


 ――俺も陽翔さんのことが好きだ……。でも……。


 吐息が触れ合うほど陽翔の顔が近づき、唇が触れそうになった瞬間、俺は陽翔の胸をトンっと押し返した。小さな力だったが、手が震えていて、目には涙が浮かんでいた。


「……ご、ごめん……。叶翔くんを怖がらせるつもりはなかったんだ……」


 慌てて後ずさる陽翔の表情に後悔の色が浮かび、それを見た俺の頬には大粒の涙が伝った。


「……そんなことされたら……、俺……、また信じて……、また壊れて……っ! 苦しくなるの……もう……無理……」


 陽翔が申し訳なさそうな顔をしていたが、俺の涙は止まらなかった。決して陽翔に対しての涙ではない。過去のトラウマの辛さを思い出して溢れ出た涙だ。だがこのことは、陽翔には分からないだろう。彼の目には、自分に拒絶された傷だけが映っているはずだ。


「やめて……お願い……っ」


 俺はその場から、夕暮れの街に向かって走って立ち去った。背後から「叶翔くん!」と呼ぶ声が聞こえたが、振り返ることはできなかった。


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