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第19話 妹としてのプライド

 4人はコスプレエリアに戻った。先刻の悠陽の言葉に従ったからではなく、ただ4人でセルフィーしたかったからだ。混み合うヤードの端で、澪のカメラで遊んでいたが、流雫のオッドアイはエリアの反対側にいるシュヴァルツを捉える。

 黒い戦士が揺れ、その周囲から叫びと怒号が混ざる。

「な……!」

流雫は無意識に声を上げ、地面を蹴る。

「流雫!?」

突然のことに、恋人の名を呼ぶ澪。しかし、身体は反応する。刑事の娘としての血が騒ぐのだ。

 悠陽はその場でパニックを起こしかけている。カメラを持った連中は突っ立っているだけだ。役立たず……そう思いながら

「澪!天王洲さんを!」

と言った流雫は、銃を手にシュヴァルツに駆け寄る。

 アスファルトに倒れ、血を流す黒い騎士。その隣で銃を構えるポニーテールのコスプレイヤーが誰だか判る流雫。逢沙は少年に気付き

「流雫くん!」

と声を上げた。

 流雫の背後から救護と警備員が駆け寄るが、男はナイフを持ったまま銃を取り出す。

「フラウの仇……!」

と男は叫ぶ。流雫はシュヴァルツの隣に膝立ちして、

「アルバの残党か……」

と言う。本来適切な言葉ではないが、挑発する上では適切だ。

「残党だと!?此奴が何をやったか知ってるのか!?」

「知っている」

と流雫は答えながら、刺された脇腹を上向きにし、膝でその背中を支える。出血を少しでも抑えられるなら、と思っていた。首筋に触れるが、未だ脈は有る。

「だが、フラウを殺したのはシュヴァルツの信者だ。チートが発端だとしても、殺害に関与したワケじゃ」

と言った流雫を、男は

「同罪だ!!」

と一喝する。

「チートを起こさなければ、こう云うことにはなっていない!」

「シュヴァルツを殺すなら、僕が相手になる」

と流雫は言った。

「殺人だけは認めない」

 これはゲームじゃない、完全にリアルで起きている事だ。キルされるワケにも、キルさせるワケにもいかない。だから、犯人を止めるだけだ。


 「アウロラ!!」

と名を呼ぶ澪は、悠陽の前に立つと一気に抱き寄せる。

「怖くない……怖くない……」

と慰める澪。

 突然の事態には目もくれず、ただ目の前の被写体を撮ることだけに夢中の男は突然の乱入に苛立つ。しかし、澪は鋭い瞳で睨む。

「ミスティ!!」

詩応と真が澪に走り寄る。

 「ルーンを助けないと……」

と言った澪に、詩応は

「アウロラはアタシが」

と言い、悠陽を預かる。頷いた澪は踵を返す。青いケープをなびかせて去る少女から目線を移した詩応に、真は

「座らせたがいいがね」

と言う。悠陽は空ろな反応しか見せず、詩応はその身体を支えながらその場に座らせる。

 「俺らの邪魔をするな!」

痺れを切らせた男が声を上げた瞬間、真は

「おみゃあら、大概にしときゃあよ!!」

と一蹴した。

「事態が事態だで!」

真は悠陽……アウロラのことをほぼ知らない。しかし、今はそう言っている場合ではない。

 ケープの上から背中を擦り、ペットボトルの水を差し出す詩応。

 ……タイミングだけ見れば、因縁を持った誰かに近寄られたと云うより、近くの騒ぎでフラッシュバックを起こしたような感じか。

「澪……流雫……」

詩応は呟き、銃を手にする。2人が撃たれるとは思っていないが、何か有った時のためだ。


 「篭川さんはシュヴァルツを!」

と言った流雫は、立ち上がると男に銃口を向ける。

「俺と戦う気か?」

「此処で死人を出したいなら」

その言葉への返答は銃声だった。銃弾は壁に弾かれる。

「イキってんじゃねえぞ!フラウを殺されたんだぞ!」

その言葉に、流雫は銃を下ろす。そして言った。

「ナハトはシュヴァルツと同じコミューンにいられなくなったから、その報復に出た」

「ナハトはシュヴァルツの奴隷だぞ……!」

「殺せとは言っていないハズだ。シュヴァルツにとって、殺す理由がない」

と言った流雫に、シュヴァルツの隣に座る逢沙が

「ゲームでの出来事はリアルに持ち出さない。それがゲーマー、eスポーツプレイヤーの常識よ」

と援護射撃に出る。

 「其奴を擁護する気か!?」

「リアルで報復するなら」

と言った逢沙に銃口が向く、と同時に男の背後で声がした。

「諦めなさい!」

碧きシスターが、銃を突き付ける。ゼロ距離、絶対に外さない。

「どう足掻いたって、逮捕は免れないわよ」

その言葉に、男は

「ふざけるな!!」

と叫ぶ。

「ならばシュヴァルツを逮捕しろ!!」

「その前に、殺人未遂と銃刀法違反の現行犯よ」

刑事の娘らしく冷静に返す澪。男が今起こした罪を突き付けるが、男は聞く耳を持たない。

 澪は、両手を重ね男の背中を強く突く。

「だ……!?」

前のめりになって数歩分よろける男の手を、流雫の銃身が捉える。

 「ぐぅぅっ!!」

男は顔を歪めながら、ナイフを落とす。しかし銃は手に握られたままで、その銃口は流雫に向く。

 流雫は壁に向かって跳び上がり、灰色の壁面を蹴る。その動きに、男の銃口は追従を鈍らせる。それが、男の運命を決定付けた。

 男の鼻を、流雫の膝が捉えた。

「ごふっ!!」

鼻を潰され、醜い声を上げる男は激痛に任せて引き金を引いたが、全て壁を軽く削るだけだった。

 男を下敷きにしたまま、アスファルトに落ちる流雫。細身の身体だが、スピードでカバーしているだけに与えるダメージは小さくない。

「がっ!!」

苦悶の声を上げ、銃を手放す男の腹部に、澪が銃を突き付ける。抵抗できるとは思わないが、油断は禁物だ。

 その隣に立つ流雫は、周囲を警戒する。油断しないこと、それが身を護る上で何よりも大事だと判っている。

 駆け付けた救護係がシュヴァルツを囲み、警備員が澪の代わりに男の身柄を確保する。大きくなるサイレンは、2人を油断させるには至らない。

 逢沙は椎葉のスマートフォンを鳴らす。

「シュヴァルツが刺されたわ!」

「何!?」

と声を上げる椎葉に、逢沙は答える。

「犯人はアルバの残党よ」

 女記者の通話中、詩応と真が悠陽を連れてくる。

「無事かい?」

と問う詩応に、流雫は

「どうにか」

と答える。だが、その眼は険しい。未だ何も終わっていない、その眼差しに、詩応は身震いした。


 シュヴァルツが狙われたことで、屋外のコスプレエリアが一部閉鎖されることになった。周囲は騒然としているが、流雫だけは冷静を保っている。冷静に周囲を見回さなければ、不測だらけの事態に対応できない。

 そのシュヴァルツは救急隊に引き渡され、救急車に乗せられる。

 澪から事の経緯を簡単に聞いた詩応は、シュヴァルツが刺されたことに、姉を通り魔に殺された冬のことを思い出し、

「詩愛姉……」

と、その名を呟く。

 悠陽……アウロラに対して思うことは有る。仲よくできるとは思わない。だが、だからと見捨てるワケにはいかない。似た過去を抱える苦しみは、痛いほどに判る。

 太陽騎士団信者として、敬虔な信者で目標だった伏見詩愛の妹として。そのプライドが、伏見詩応を立ち上がらせる。

「独りじゃあれせんよ」

と真は言う。1年先輩の喜怒哀楽を知り尽くしているからこそ、堂々と言える。

「……そうだね」

と詩応は答え、少しだけ表情を緩めた。そして、一つの決意に辿り着く。

 「……シュヴァルツは……」

と悠陽が口を開く。

「……救急隊が搬送していった」

と答えた詩応は、数秒経って続けた。

 「……フラウの死を……」

そう言った瞬間、悠陽は詩応の肩を掴んだ。

「その名前を出すな……!」

悠陽は叫んだ。またしても襲い掛かるフラッシュバックと戦うために、悠陽は詩応に怒りをぶつける。その名前を、今だけは忘れていたかった。

 だが、詩応は珍しく冷静だ。澪から聞いたことを、自分なりに解釈した。

「……ミスティを頼ったのは、他に誰も頼れないから。そしてミスティを軸にすれば、アタシやヴォルタにも頼れると思ってる。そうだろ?」

その言葉に、悠陽は肩を掴んだまま睨み付けるだけだ。だが、瞳の奥で光が揺れたのを、詩応は見逃さなかった。

「……味方になってやるよ。アンタを見捨てるワケにはいかない」

その言葉に、悠陽は恐怖心を抱く。望んだ通りになったのに、今はその感情が勝っている。

「怖くない。アタシは死なない。ヴォルタも、ルーンも、ミスティも」

と詩応は言う。

 全ての味方の名が、悠陽の耳に届く。優しく諭す声の主に触れる手の力が弱まる。歯を軽く鳴らす悠陽は、詩応の胸元に顔を埋めた。微かな嗚咽に、ボーイッシュな少女は頭を撫でる。

 その様子を隣で見る真は、これでこそ詩応だと思っていた。

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