その日、僕は涼と約束があって円城寺家を訪れた。輝はにこやかに僕を涼の部屋へと通してくれた。涼の部屋は相変わらず広い。涼と敏さんの荷物を詰め込んでなお余裕があるのだから、本当に広い。ちょっと殺風景ではあるものの、敏さんが来てから部屋はいつも綺麗だ。僕はローテーブルのそばに座って、部屋の主の登場を待つ。待つ。待つ。一向に涼が出てくる気配がない。代わりに、輝が僕の前に座った。
「荘介、今日はどうしたの?」
「涼に呼ばれてきたんだけど、もしかしなくてもいないのかな」
「うん。さっき、誰かに会うとかいって出かけたよ。今お茶入れてくるから待ってて」
「いないなら帰るよ。いつ戻ってくるかは分からないでしょ?」
「そのうち帰ってくると思うよ。だから座ってよ。せっかく来たんだし、お茶くらいいいでしょ」
「まあ、どうせ今日はヒマだから、ゆっくり待とうか」
「うんうん。じゃあ、お茶入れてくるね」
輝はそういって微笑むと、お茶を入れにいった。本を返してもらうだけだし、涼がいないなら仕方がないなと思ったんだけど、輝の顔を見ていたら帰れなくなってしまった。しばらくして、輝がお茶とお茶菓子を乗せたトレイとかばんをぶら下げて戻ってくる。いつもならこの時間はお向かいの風都家の水鳥君とあとり君と一緒にいることが多いんだけど、今日は一人でいるようだ。退屈しているのかなと思う。退屈しているのなら、僕の方も退屈しているわけだし、話をするのもいいかもしれない。
「ねえ、荘介。今、時間あるんだよね。だったら、宿題手伝ってくれないかな」
「いいよ。僕でよければ手伝うよ」
「これなんだけど」
隣に座った輝が僕に頭を寄せる。何だかいい匂いがした。可愛いなあと思い、思わず頭をなでようとしてやめる。これじゃあ、不審者だ。
「うわあ、懐かしいなあ。こういうのやったよ。何か聞きたいことはある?」
「うーんと、聞きたいことね。じゃあ、聞くけど荘介って恋人いたっけ?」
「いないよ。ああ、びっくりした。勉強の質問してくると思ってたら、僕のこと聞くんだもの」
「別に宿題のことを聞けとはいわなかったでしょ。だから、聞きたいこと聞いてみた」
「確かに、宿題のことって限定はしなかったよね」
普通、この流れだと勉強の質問がくるものだと思うじゃないか。本当にびっくりしたよ。輝は僕に興味があるんだろうか。僕は輝に興味があるけど、それはきっと迷惑な話だろうな。僕は何だかすごく可愛いアイシングクッキーを口に入れた。興味はある。ただ輝は親友の弟で、まだ高校生。はっきり好きって思えるまで、この想いは封印していようと思ったのだけれど、輝はぐいぐいと物理的に距離を縮めてくる。
「他にも聞きたいことはあるのかな。宿題のことじゃなくてもいいよ」
「じゃあね、好きな人はいる?」
「いないことはないかな。自分でもまだ気持ちの整理が出来てなくて、そうとしか答えられないな」
「ふうん。じゃあ、最後の質問。僕と付き合う気ある?」
「ずいぶんとぶっ飛んだ質問だね。驚いたよ」
「本気だよ」
「本気ってどういうこと。僕と付き合いたいとか、そういうことなの」
「そうだよ。ずっと荘介のこと見てた。好きなんだよ、荘介のこと」
いや、それは。どうしたらいいというんだろう。このタイミングで涼が帰ってきてくれないかなとか思ってしまった。輝のことは好きだけど、涼の弟だし、何より輝は遊んでると聞いたことがある。僕と付き合ったとして遊びの関係をやめるだろうか。そんな関係、僕は耐えられるだろうか。輝は僕の左腕に絡みつく。僕は震える手で紅茶を飲んだ。いい香りのはずのその紅茶は、完全に味も香りもしなかった。
「僕は、うーん。どう答えたらいいんだろう。突然だから、混乱してるみたいだよ」
「荘介的に、僕と付き合うのって無理?」
「無理とかではないけど、輝が本気だっていうのなら、僕の方も本気できちんと返事したいんだよね。きちんと考えたいから、今のところは保留ってことでいいかな。申し訳ない」
「可能性がないわけではないんでしょ。僕も荘介の本気の返事聞きたいから、待ってるよ」
「すぐに答えられなくてごめん。こういうことはきちんとしたいんだ」
「うん、荘介のそういうとこ好きだよ。返事はちゃんと待つから、もう少しそばにいっていいかな」
「いいけど」
もうすでに輝と僕は密着してるんだけど。どうしていいか分からず、固まっているところに涼が帰ってきた。どうしよう。涼に相談しようか。いや、輝が密着してるから無理だ。そのまま、僕たちは晩ごはんまで語り合ったのだった。涼は輝の気持ちを知っているのか何もいわない。ただ、晩ごはん食べていけよとだけいった。お言葉には甘えることにしたけど、誰に相談すべきだろう。