目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第386話 正体を知る者

  「な……!?」


 「……クルッポー……」


 「どうした? ここに来たかったのだろう? もっと喜ぶといい」


 ――褐色の肌に黒髪。スラリとした体には、以前ヒロユキと会った時とは違い、豪奢な黄金の鎧が纏われていた。


 「貴様……どういうことだ?」


 「どういうこと? とは? ……貴様が、我が国の魔法を解いてここへ来たのだろう?」


 「違う。貴様はさっき“招いた”と言った……それはどういう意味だと聞いている!」


 魔王はゆっくりと手で目元を覆い――そして、少しの間、嗤う。


 「フッ……はっはっは。さすがは騎士。そこの勇者と比べて、実によく話を聞いている」


 「……クルッポー」


 「それに、話し合いをしようというのだ。まずは――」


 そう言って手を目から退けると、その瞳に浮かぶ“天秤”の紋章が、赤く、禍々しく輝いていた。


 「……武器を下ろせ」


 「!?」


 次の瞬間、キールとヒロユキの周囲に浮かんでいた【氷の剣】が、一斉に地面へと叩きつけられ――粉々に砕け散った。


 「くっ……!」


 すぐにキールは再度、氷の剣を生成しようとするが――


 「無駄だ」


 形成途中の剣は空中でひび割れ、砕けて霧散した。


 「これが……魔眼の力……」


 「ほう。ある程度は知っているようだな。勇者からの入れ知恵か? まあ、どちらでもいい」


 魔王はわずかに笑みを浮かべた。


 「今、貴様らの周囲には、私の力によって通常の百倍の重圧がかけられている。……わかるか? 貴様らの命は、私の気分ひとつで潰えるということだ」


 「…………」


 キールは剣を諦め、手を下ろして魔王を鋭く睨みつけた。


 「それと……返してもらおうか。我が部下を――その背に背負っているのだろう?」


 「……クルッポー」


 「……ヒロユキ殿。ここは従ってください」


 「……」


 ヒロユキは、アオイの【糸】でカモフラージュしていた“本来の自分の身体”をそっと地面に横たえ、無言で一歩、後ろへ下がった。


 「ふむ……」


 魔王はヒロユキの体を宙に浮かせ、自身のもとへと引き寄せた。そしてそれを包むアオイの【糸』に、そっと指を添える。


 「不思議な【糸』だな……我の力でも断ち切れそうにない」


 「……で? 話というのはなんだ?」


 「その前に、これを飲め」


 魔王の指先が弾かれたように動いた瞬間、血のように赤い液体の入ったカップがひとつ、キールの前にふわりと浮かび上がる。


 「我が国で採れる【ライズサボテン】を加工したものだ。服用すれば、三十分のあいだ――嘘がつけなくなる」


 「……」


 「安心しろ。毒など盛らん。殺すだけなら、こんな手間はかけぬ。だが、情報次第では――貴様らに“チャンス”をやろう」


 そう言って魔王自身にも、同じ液体の入ったカップがふわりと現れる。


 「……わかった。だが、それを最初に飲むのは――お前だ」


 キールがぴたりと視線を向ける。


 「当然だ。我は王……寛大な心の持ち主ゆえにな」


 魔王は笑みを浮かべ、カップを口に運ぶと、豪快に一気に飲み干した。


 それを見届けてから、キールも無言でカップを口に運ぶ。


 (……この状況。奴の力があれば、我々をすぐにでも葬ることは可能だろう。それでも話し合いを選んだということは、奴もこちらから“何か”を引き出したいのだ。尋問では得られぬ情報と承知の上……それともただの遊戯か? どちらにせよ――これはチャンス)


 ふたりは空になったカップを横に放り投げ、カラン、カランと冷たい音が石の床に響いた。


 「……」


 「……」


 沈黙の中――ふと、空間に大きな砂時計が現れた。


 ゆっくりとひっくり返され、さらさらと砂が流れ始める。

 それが――対話の“開始”を告げる合図だった。


 「騎士よ。貴様からだ」


 「……了解した。魔王に問う」


 キールは正面から魔王を見据える。


 「――天秤があるピラミッドは、どこにある?」


 「このピラミッドは空間操作魔法で内部を常に変化させている。

 よって“どこにあるか”などと問われても――答えようがない」


 「……」


 「では、我の番だ。貴様らは――何人でここに来た?」


 「五人だ」


 「ふむ……そうか」


 「次は俺の問いだ。――天秤の場所へ行くにはどうしたらいい?」


 「我が“許可”を出せば、いつでも通せる。……だが、出す気はない。

 言っておくが、貴様がここに来られたのも、我が意図的に通路を繋げたからに過ぎん。

 あの程度で迷っているようでは、我の前に立つ資格などない」


 「……」


 キールがわずかに表情を引き締めたその瞬間、

 魔王はゆっくりと、明確な意図を持った口調で告げた。


 「さて……我の番か」


 空気が張り詰める。魔王はキールに向かい、低く、だが明瞭に問いかけた。



 「貴様らの中に――『女神』は居るか?」



 「……!!」


 その問いに即座に反応できたのは、キールただ一人。

 たとえ他の誰かが知っていたとしても――

 『彼女』の情報を最も深く握っているのは、間違いなくキールなのだから。



 「………………」


 「どうした、答えられぬか?」


 「……居る」


 「――やはり、か」


 魔王が微笑を浮かべる。その目には確かな確信が灯っていた。


 「次は私の番だな」


 キールはほんの僅かに息を吐き、思考を巡らせる。

 『女神アオイ』の存在は――誰にも明かしてはならない。

 それを知るのは【神の使徒】である自分たち、限られた者のみ。


 ――今、ここでその名を口にするわけにはいかない。


 (……状況的に、次が“最後の質問”になりそうだ。

 くそ……色々と聞けるチャンスだったが、仕方ない)


 キールは横目でヒロユキを見る。

 目配せ一つ――それだけで通じる、意思の合図。


 そして、選ばれた最後の質問が口を突く。


 「質問だ。……お前の“魔眼”の効果範囲は――どれほどだ?」


 魔王は、口角をゆっくりと持ち上げ――答えた。



 「――我の魔眼は、“この世界すべて”に反映できる」



 「……そうか。

 この“世界すべて”……どこに逃げようと、無駄だと」


 キールの声が、静かに鋭くなる。


 「だが――それは矛盾だ。

 本当にすべてを視ているのなら……

 ――なぜ、今も後ろにいるヒロユキ殿に“気づかなかった”?」



 「……なにっ!?」



 「……クルッポー」


 直後。


 【気配遮断ローブ】をまとったヒロユキが、

 音もなく影のように魔王へと斬りかかる!


 刀が抜かれ、闇を裂く――


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?