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第6話

神域に戻ってきて一息ついたところで、テーブルの上の『世界創生地図』を改めて見てみた。

相変わらず、一面の深い青だ。



「つーかさぁ、この青いの、全部海なのかよ」



俺は呆れて言った。さっき死にかけたトラウマがフラッシュバックする。



「てめぇは海の底が気に入ったかもしれねぇが、俺は半魚人でも河童でもねぇんだよ。陸地があって、そこで美味い空気を吸ってナンボの生き物なんだ。とっとと陸地くらい作れ、クソガキ」



俺の正当な主張を聞いて、エルセアは陸地……?と、まるで忘れていました、と言わんばかりの顔をした。



「まぁ確かに、必要でちゅね。それもそうでちゅ」



そう言って、再び地図に小さな手を翳した。するとどうだ。

地図の青い部分が、じわり、と茶色に侵食されていく。まるでコーヒーをこぼしたように、茶色が広がり、やがて島の形、大陸の形らしきものが浮かび上がってきた。

おお、陸地ができたぞ。

……いや、待てよ? こんな事ができるんなら、なんで最初から陸地を作らなかったんだ?なんで俺はあんなに苦しい思いをして、海のど真ん中に突き落とされなきゃならなかったんだ?

さっき海の底の地形をウロウロ見て回る意味は?もしかして、俺が海の生き物じゃないことに、今頃気づいたとか?その可能性、十分にあるな。クソタレが。


地図上に茶色の陸地が定着すると、エルセアは俺の方を見て、自信なさげに、だがどこか偉そうに言った。



「大体、海と陸地の比率は7:3くらいがいいらしいでちゅね。だから、それっぽく作ったけど……これでいいでちゅかねぇ?」



──「らしい」?

──「それっぽく」?

──「これでいいでちゅかねぇ」?



ちょっと待て。

つまり、コイツも、陸地と海の最適な比率なんて知らないってことか?単に『らしい』という曖昧な推測に基づいて、ノリと勢いで作ったってことか?

世界創造なんていう、人類どころか神様にとっても一大事を、神(素人)と人間(ド素人)が、適当な知識と勘だけでやってるってこと……?

勿論、俺もそんなこと知る由もない。俺の頭脳には世界を創る最適解のデータなんて持ってない。あるのは、どうすれば相手を騙せるか、どうすれば儲かるか、どうすればバレないか、そのデータだけだ。



「……さぁ。いいんじゃ……ないのかなぁ」



俺は遠い目をして、完成したばかりの世界創生地図……一面の青と茶色になった紙切れを眺めた。海と陸地の比率を適当に決め、何となく出来上がった世界。

ここにどんな生物が生まれ、どんな文明が築かれるのだろうか。

生まれてくる住民が不憫でならない。陸地の3割がどこかの誰かが『らしい』で決めた比率とか、知ったら泣くぞ。


そうして、海と陸地ができた地図を前に、エルセアは満足そうに頷いた。



「よしよし。これで基本の地形は完成でちゅ」



そして、次の段階とばかりに、何かを取り出した。



「最後に、この生命の粉をかければ、その内、勝手に色んな生き物が生まれるでちゅ」



そう言ってエルセアが俺に見せてきたのは、キラキラと光る、見た目は神秘的な粉……なのだが。

俺は思わず、顔をしかめるどころか、真顔で固まってしまった。


だって、その光る粉が入っている容器が。


思いっきり、食卓に置いてあるコショウの入れ物だったからだ。


しかも、穴がいくつか開いてて、中の粉が見えてるタイプの……。



「おい、おいおい。待て待て」



俺は混乱しながらエルセアを指差す。



「それ、本当に大丈夫なのか? 世界の生命の元が、なんでコショウの入れ物みたいなもんに? その粉とやらを地図にかけたら、ちゃんと生物ができるのか?間違えて黒い粒とか混ざってねぇだろうな?」



俺の当然の疑問に対し、エルセアは呆れたように鼻を鳴らした。



「まったく、疑い深い奴でちゅね」



そして、言った。



「見ての通り、神域の台所に置いてあったコショウの開き瓶に、ちゃんとワタチが詰めて持ってきた粉でちゅよ?神域の台所!開き瓶!ワタチがわざわざ詰めた!問題なんかある訳ないでちゅ」

「いや大問題だろうが!!」



俺は声を荒げた。



「生命の粉とやらが、どんだけ凄いもんか知らねぇけど、それ絶対コショウと混ざってるだろ。コショウ成分入りの生命体とか生まれるぞ。後でやたらスパイシーなゴブリンとか、食べる前に勝手に味付けされてる魚とか、クシャミが止まらないドラゴンとか出てきたらどうすんだ?」



俺の、未来の世界を憂う切実なツッコミを、エルセアは完全に無視した。

そして、俺様という優秀な補佐官の意見など聞く価値もないとばかりに、テキパキと作業を進めて行く。



「ふんふんふ~ん」



エルセアは、コショウの入れ物の蓋をパカッと開けると、地図上の海全体に、パッパッ、と生命の粉をばら撒き始めた。

光る粉が、キラキラと輝きながら、地図の青い海に吸い込まれていく。

神秘的……なはずなんだが、コショウの入れ物のせいでどうにも台無しだ。なんか料理の最後の仕上げを見ているみたいだった。

神様ってのは、世界創造もテキトーに済ますらしい。



「これでよし!」



エルセアは満足そうに頷きながら、空になったコショウ入れをポン、と空間に消した。



「後は時間が経てば、生き物が勝手に、いっぱい、わらわら生まれるでちゅ」



そして、心底やりきったという顔で、可愛らしい顔を満足そうに歪ませて笑った。

対して俺は、不安と疑問でいっぱいだった。だって……何度考えても、あれ、コショウの入れ物に入ってた粉だろ?



「なぁ……マジで、これ本当に大丈夫なんだろうな?」



俺は、いても立ってもいられず、再びエルセアに問いかけた。

エルセアは、心底「めんどくせぇ!」といった顔で、俺を睨みつけた。



「もう、しつこいでちゅね! 大丈夫だって言ってるでちょ?!」



彼女はドヤ顔で胸を張り、ありったけの威厳を込めて言い放つ。



「この神域の創造主であるワタチが言うんだから、間違いないでちゅ! 文句あるでちゅか!」



そう言ってエルセアは胸を張っているが、俺は全く納得できねぇ。

さっきまで比率も知らなかったくせに。その自信がどこから来るが分からない。

……ま、まぁいいさ。どうせ、俺がいくら不安になっても、このド外道幼児が意見を聞くわけがない。


──それに。


これは、どう考えても俺の責任じゃねぇ。

生まれてくる生命体がコショウまみれだったり、料理に使いたくなるような奴らだったりしても、それは全部、コショウの入れ物に入った粉を撒いたエルセアのせいだ。

よし。いざとなったら、このクソガキに全ての責任を完璧に、余すところなくなすりつけよう。

つーか、マジで俺、何もしてねぇしな。ただ見てただけだし。これは俺のせいじゃない。断じて違う。責任を負うのは創造主サマだけだ。


そんなこんなで、コショウ入れから撒かれた生命の粉は、地図の青い海にキラキラ光りながら沈んでいった。



「うーん……なんか楽しみになってきたぞ」



俺は淡く光るエルノヴァの地図をマジマジと見つめた。期待に胸を膨らませながら。

さあ、そろそろか? 魚がピョコピョコ生まれてくるのは? それともイカがニョロニョロ?

意外とワクワクするな。 神様が言う「生命の粉」とかいう凄いもんなんだ、きっとすぐに効果が出るはずだ。


……だが、一分経っても、二分経っても、地図には何の目立った変化もない。

相変わらず、ただの青い紙切れだ。先ほど撒かれた光る粉も、跡形もなく消えている。



「おい、なんだよ。何も起こらないぞ? 本当にこれで生命が生まれるのか? なんか、コショウの黒い粒でも混ざってて、全部台無しになったんじゃないだろうな?」



俺は痺れを切らしてエルセアに問いかけた。

当然の疑問に、エルセアは「そりゃそうでちゅ」と、まるで俺がバカみたいな言い方をした。



「生命がそう簡単に生まれるわけないでちゅよ。少し時間が掛かりまちゅから」



時間、ねぇ。まあ、そうか。生命という複雑なものが、粉をかけただけで一瞬でポン!と生まれるわけないか。

ちょっと考えれば当たり前だ。でも、少し経てば、海には魚やイカみたいな海の生物がいっぱい生まれるってことだろう。

そいつは楽しみだな! 最初は海の生物か。どんなのができるかな。イカとか美味そうだな。煮付けにしたら美味そう。


俺が、生まれくる(コショウ風味の)海の生物に思いを馳せ、勝手にワクワクし始めた、その時だった。


エルセアが、宇宙の真理を語るかのような、神としての絶対的な声で、とんでもない数字を宣ったのだ。



「最短で五億年……長くて十億年くらいかかりまちゅかねぇ。ま、のんびりお昼寝でもして待つでちゅ」

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