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元傭兵、転生先はスカートと規則に縛られる現代女子高生でした
元傭兵、転生先はスカートと規則に縛られる現代女子高生でした
かわま
現実世界青春学園
2025年05月11日
公開日
1万字
連載中
かつて戦場を駆けた傭兵は、ある日、命を落とした——はずだった。 だが次に目を覚ましたとき、彼は“女子高生・瀬名紫音”として生まれ変わっていた。 場所は現代日本。 制服、教室、給食、放課後。 銃火器も命令書もない日常で、彼女(彼)は、違和感だらけの「第二の人生」を歩み始める。 ——誰とも深く関わらず、穏やかに、目立たず、ただ“生き延びる”。 それが紫音の選んだ生存戦略だった。 しかし、そんな彼女を静かに見つめる者がいた。 風紀委員長・白雪紗月。完璧で冷静、規律の象徴のような少女。 彼女の目だけは、なぜか紫音の心に突き刺さる。 かつて“俺”だった少女と、秩序の象徴だった少女。 誰にも見せたことのない心を、じわじわと揺らし合う日々の中、“戦わなくていい場所で、誰かと繋がる”ことの意味を、彼女たちは知っていく。

第1話 目覚めた瞬間、女で、高校生で、母親がいた。

――金属の匂いがしない。焼けた砂の感触も、耳をつんざく爆音もない。


ゆっくり目を開けてみると、世界がまるで布で覆われたように柔らかかった。 光は優しく、空気は暖かく、遠くで小鳥が鳴いている。


「あ……?」


思わず漏れたその声に、自分でびくりと肩を揺らす。高い。甘い。――明らかに“女の声”だった。


何が起きているのか分からないまま、布団をはねのける。身体が異常に軽い。筋肉の張りも痛みも感じない。それが、逆に怖かった。


手を見れば、小さく白い指先。腕は細く、爪が綺麗に整っている。胸のあたりが……重い。何かが、ある。


(…………女だよな?)


全身が総毛立つような感覚に襲われた。 視界が揺れる。反射的に部屋を見回す。ベッド。机。棚。――生活感のある、綺麗な“誰かの部屋”。


――誰か? いや、ここは、“私の部屋”らしい。


証拠はそこかしこにある。机の上には制服のリボン、学生証。棚には化粧品。壁には卒業アルバムらしきファイル。


恐る恐る、姿見の前に立つ。そして見た。


そこにいたのは、“私ではない私”だった。 茶色のセミロング。くりくりした目。薄い唇。 化粧っ気はないのに、整った顔立ち。

その顔が、私の動きに合わせて動く。


「……ふざけるなよ……」


掠れた独り言が、あまりにも女声すぎて、背筋が寒くなる。


学生証には『瀬名 紫音(せな しおん)』と記されていた。知らない名前。知らない人生。知らない体。


でも、今の俺の“すべて”が、それを指している。


(俺の名前は……“レイヴン・ザ・ファング”)


その名を思い出した瞬間、頭に音と痛みが混ざった“記憶の断片”が流れ込んできた。 銃声。土煙。血。仲間の断末魔。焼けた銃床の匂い。手榴弾のピン。砲弾の直撃。


俺は、確かに、死んだ。


だからここにいる。この身体の中に、“あの時死んだ俺”の記憶が流れ込んでいる。

じゃあ、この身体の中には――“紫音”の記憶はあるのか?


……白いランドセル。母の声。放課後のアイス。ぼんやりとした映像だけで、体験した実感はない。 これは、“記録”だ。俺のものじゃない。


つまり俺は、完全に紫音として生きていたわけじゃない。まるで前世の幽霊が、新しい体にすっぽりと入り込んだような感覚。


その時。


「しおーん! もう七時半よ! ほら起きてー!」


廊下からバタバタと足音が聞こえ、部屋の扉が開く。

現れたのは、エプロン姿の――“私の母”だという女性。


「朝ご飯できてるからねー! 制服にリボンつけた? リュックは? 今日は転校初日でしょ?」


話しかけてきた、彼女の視線は完全に“娘”を見ていた。疑う様子は一切ない。 私は、とっさに演技するしかなかった。


「……うん、ありがとう。すぐ行く」


自分で驚くほど自然な声が出た。完全に“紫音”としての反応。

偽物の家庭。偽物の声。でも、それを演じなければ生きられない。


演技だ。これは戦場だ。

敵は――バレること。

私はリボンをつけ、制服に袖を通した。


家を出て、校門が見える頃にはすでに8時を回っていた。 スカートのひらひら感には慣れないし、脚が妙に軽い気がして落ち着かない。革靴も頼りない。走れる気がしない。


それでも人の流れに混じって歩き、門をくぐろうとしたその時――


「そこのあなた、ちょっと待って」


声がした。


振り返ると、完璧に制服を着こなした眼鏡の女子が立っていた。腕には『風紀委員長』の腕章。髪は一分の乱れもないポニーテール。口調は冷静すぎるほど冷静。


「スカートの長さが規定より2センチ長いわね。それにその靴も……指定外。初日とはいえ、校則は守ってもらわないと困るわ」

「え、ええっと……すみません……」


(え、ちょっと待って、なんでそんな細かいとこ見てんの!? そして正確すぎない!? 2センチって何で分かるの!?)


「私は白雪 紗月(しらゆき さつき)。あなたと同じクラス、2年B組の風紀委員長よ。今日からは、学内での行動もしっかり見させてもらうから」


(なんで!? まだ校舎に入ってもないのに!?)


この人、絶対に関わっちゃいけないタイプだ。が、なぜか目が離せない美人なのが腹立つ。


「じゃ、じゃあ教室行きます……」


背中に視線を感じながら、私は逃げるように昇降口へ向かった。


担任らしき女性に案内されて教室の前に立った。 中からざわざわとした声が聞こえる。 心臓がどくどくと音を立てていた。


ドアが開いた瞬間、全員の視線が私に集中した。


35人の生徒の目。ざわつく声。値踏みするような視線。


(戦場より……怖い)


「今日から2年B組に転校してきた瀬名紫音さんです。では一言お願いします」

「……瀬名紫音です。まだ不慣れですが、よろしくお願いします」


一礼。無難。完璧。 けれど背中に刺さる視線が止まらない。


(俺、マジで“女子高生”やってるのか……)


窓際の席から外を見て、心の中では「帰りたい」コールが鳴っていた。

そこへ、隣の女子――結城が話しかけてくる。


「ねえ紫音ちゃんってどこから来たの? 転校って、引っ越しとか?」

「え、あ……うん。ちょっといろいろあって……」


(砲撃を食らって死にました)


「へー、東京の学校って制服もっと派手? リボンでかいとか、スカート短いとか?」

「……あんまり派手じゃなかった、と思う」


(なんで女子はそんなこと気にすんの!?)


「てかさ、肌めっちゃ綺麗じゃない!? 化粧水なに使ってる?」

「……洗顔フォーム?」

「え、それだけ!? 生きるのうまっ!」


(生きるのうまいって言うな。俺は“生き延びる”方専門だったんだが)


さらに後ろの男子がひょこっと顔を出す。


「ねえ、格闘技とかやってた?」

「えっ?」

「朝、俺の落としたペン避けたでしょ? あれ、反応早すぎたよ。絶対、スパーリングやってる人の動きだった!」

「……そ、そんなことないと思う、よ?」


(うっかり“銃弾回避”モードになってたわ……)



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