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第28話真犯人

 途端に言葉が零れる。出てきた新たな人物に、加豪は呆気に取られた。


「ヨハネ先生?」


「これはこれは。巻き込んでしまいましたか」


 そこから出てきたのは、頭を下げ申し訳ない笑顔を浮かべるヨハネだった。何故ここにいるのか恵瑠が質問する。


「え、どうしてヨハネ先生がここにいるんですか? あ、もしかして!」


 尋ねていて気が付いたのか、恵瑠は途端に得意気になり腕を組んだ。


「ふふん、ボク分かっちゃいましたよ~。名探偵栗見恵瑠の推理はズバリ!」

「ヨハネ先生も犯人を追って来たんですか?」

「加豪さん!?」


 しかし先に答えを言われ「う~」と俯く。


「はい。お三方の会話は聞こえていました。私も出ようかと思ったのですがタイミングを逃してしまいまして」


 ははは、と苦笑する。しかしすぐにいつもの笑顔に切り替わる。柔らかい表情だが気配から真剣な様子が分かる。


「こうなっては仕方がありません。生徒を巻き込むのは不本意ですが、このまま全員で探しましょう。警戒してください、ここには宮司さんを狙う犯人がいるはずです」


 ヨハネからの言葉に恵瑠は顔にやる気を入れる。加豪は辺りを見渡し、天和はヨハネをじっと見つめていた。


「とりあえず扉は閉めておきましょう。逃げられては厄介ですので」


 ヨハネは三人の間を通り扉へと歩いていく。柔らかな声は温かく、いつもの笑顔は緊張を軽くしてくれる。


 だが、ヨハネが通り過ぎた後で加豪がハッと体を震わし、急いで背後に振り返った。


「待って! 扉は――」


 ガチャリ。扉が閉められ、ヨハネによって鍵がかけられる。鍵の取っ手を回すが、ヨハネはつまんだ取っ手をへし折った。


「しまった、閉じ込められた!?」

「え? え!? どういうことですか!?」

「…………」


 加豪が焦りを露わにする。恵瑠は理解が及んでいないようで驚きながら二人を交互に見遣っている。天和だけが平静を貫いているがヨハネを見る目に棘を生やしていた。


 加豪が前に出る。彼を見る瞳は親愛な教師を見る目つきではなく警戒と不安の眼差しだった。


「ヨハネ先生、質問があります」

「はい、なんでしょう」


 不安を気丈にも隠して加豪は問う。対してヨハネは余裕と温厚な態度で返事をする。そこに動揺は見られず笑顔に陰はない。


 しかし、だからこそその笑顔が恐ろしいと、加豪は睨みつけヨハネに核心を突き付ける。


「何故、神愛を殺そうとしたんですか?」


 加豪の問いに恵瑠が声を上げる。驚いた顔を向けてくるが加豪は無視して話を進める。


「普段からヨハネ先生のことは見ています。今のあなたは左に重心が少しずれている。それに上手く隠していますが、左腰にわずかな膨らみがあります。おそらく警棒の類を携帯しているのでしょう。私たちは犯人を追ってここまで来ました。それでヨハネ先生がここにいるというのは不自然です。あのまま私たちが気づかなければ神愛を叩き、気絶させた後別の場所で殺害に及ぶ予定だった。そんなところですか?」

「はい、その通りです」


 返事によどみはなく潔いと表現するのも抵抗があるほどヨハネはあっさりと認めてしまった。


「いやー、参りましたね。加豪さんと、おそらく天和さんもですか。どうやらバレてしまったようですね。生徒の優秀さを喜ぶべきか、教師としての信用のなさを嘆くべきか迷います。ちなみに天和さんの根拠を伺っても?」

「なんとなく。目が嘘を言っていたから」

「ははは……、完敗ですね」


 ヨハネは笑顔を崩すことなく頭を掻いている。物腰の柔らかさはいつもの彼で、何度も殺害に及び、さらにその事実がバレてしまった男とは思えない。


「どうしてですか、ヨハネ先生……?」


 反対に恵瑠は怯えと言葉では表せないほどの疑問を顔に出していた。小さな胸に両手を重ねている。恵瑠だけでなく、皆が知るヨハネとはまったく違う行動、その内容に恐怖をありありと滲ませている。


「栗見さん。心優しいあなたには酷でしょうが、事実です。それは認めます」


 ヨハネは姿勢を正し、教壇に立っているように背筋を伸ばした。柔和な笑顔で生徒の質問に応じる姿は教師として堂に入った佇まいだ。それだけに、続く言葉は残酷だった。


「ですが、この場で理由を話す必要はありません。それに、知られた以上は……。この先は言わなくても分かりますね?」

「本気ですかヨハネ先生!?」


 すかさず加豪が声を荒げる。理由が分からない凶行に戸惑い、疑問が口から飛び出す。正気を疑うなという方が無理な話。それだけヨハネの行動は理解の範疇を超えている。


「ふ、ふふ」

「?」


 そこで聞こえてきた笑い声に加豪と恵瑠の体が強張った。加豪の必死な質問に、答えたのは毒のような笑い声だった。


「本気? 本気かですと? この私に? 生徒を殺そうとし、今も三人の教え子を手にかけようとしていて? 冗談ではない」


 そう言うと仮面のようにヨハネから笑顔がなくなった。表れた素顔は能面のようだが、一点、いつもは細められている彼の両目が開かれた。そこから覗く蛇のような眼光が、真っ直ぐな狂気を孕んでいた。


「本気ですよ、私はね」

「まさか、……狂信化してる?」

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