目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第30話対面

「宮司さん……」


 俺を見つめ、ヨハネ先生は驚いていた。いつも笑顔を絶やさない男が意外そうに見つめてくる。だが、反対に俺は怒り心頭だった。


「言っておくがなぁ、俺は今ブチギレてるぜ。なんだよこれはぁ!?」


 目の前にはヨハネと武装をした巨大な女性がいる。そして周りには加豪や恵瑠、天和が倒れている。ここで何が行われていたのか一目瞭然だ。


「なんでこんなことをしてるんだ!?」

「神愛、逃げてぇ!」


 そこで背後から加豪の声が聞こえてきた。振り向くとうつ伏せの加豪が辛そうに顔を上げている。


「早く逃げて! ヨハネ先生が、事件の犯人だったのよ!」

「え?」


 その言葉に、頭を殴られたようだった。


 ちょっと待て。ヨハネ先生が事件の犯人? 加豪の言葉に怒りも忘れる。否定しようとして、だけど出来なかった。そうだ、そもそもこの状況で何故その可能性を思わなかったんだ? 


 それは確信があったからだ。あれほど人に優しくて、俺にも接してくれたヨハネ先生が殺すはずがないって。


 振り返りヨハネ先生を見つめる。違うよな? 口にはせず視線だけを送る。


 そんな俺に、ヨハネ先生は苦い表情を浮かべていた。


「宮司さん。出来れば、あなたには知られたくなかった」

「嘘だろ……」


 胸の中で、なにかが砕けていく。本人から肯定される。最悪の事態だった。それでも信じられない。いや、信じたくない!


「うそだろ? なあ!?」


 返事はない。答えは無言。言外に伝えられる意味が、俺の抵抗を易々と打ち砕いていく。


「なんで……、なんでだよ! なんでよりにもよってあんたなんだよ!?」


 信じられなかった。考えたこともなかった。


 誰よりも初めに温かく接してくれた人。無信仰者の俺にも平等で、恩師という存在があるならそれはあんただ。黄金律を教えてくれたのもあんただった。


 なのに、殺そうとしてきたのもあんただって!?


「なんで、だよ……!」


 怒りの目で睨み付ける。だけど心は悲しくて、両手は悔しくて拳を作っていた。どうして? 元から無信仰者を敵視していた人間ならまだしも、どうして!?


 そこで、質問したのは恵瑠だった。


「分かりません! どうして先生が? ヨハネ先生は慈愛連立の信者じゃないですか? それが神愛君を殺そうとするなんて!」

「その疑問、主張、ええ、よく分かります」


 微笑みを保っているがヨハネの声は寂しそうだ。己の矛盾を自覚しているのか弁解すらしない。


「狂わなければ分からない。いえ、もとより仕組みが狂っているのですよ」

「……どういうことだよ?」

「あなたには、説明しなければなりませんね……」


 ヨハネ先生の様子はおかしい。冷静そうに見えるが実は狂信化しているのかもしれない。その男が語る『狂っている』とは一体どういうことなのか。なによりどうして俺を殺そうとした? 俺たちは黙り込み、ヨハネの言葉を待った。


 しかし、続いて出てきたのは、まったく予想外のものだった。


「宮司さん、あなたは『輪廻界』をご存じですか?」

「輪廻界?」


 言葉の意味でなら知っている。しかしそれはあくまで知識という話であって、俺は輪廻界を体験したことがない。何故ここでそんな話題が出てくるのか分からない。


 答えようとするが、その前にヨハネは小さく首を振った。


「いえ、知らないでしょう。しかし我々、あなたを除くすべての人は知っています。輪廻界。それは始まりの地。まだ生まれる前、魂の時に誰しもが寄る場所なのです」


 人々が生きている天下界。神々がいる天上界。その中間にある世界が輪廻界だと聞いている。


 人は天下界に生まれる前、輪廻界で魂として誕生の準備を整える。それから晴れて人として生まれる。俺という例外はいるが、全ての人はそうした経緯があるらしい。


「そこには名もなき案内人というのがいましてね。その時の私たちは魂ですから、当然目もなければ耳もない。そのため印象は人それぞれで、ある者は男だとか、またある者は女性だとか。他にも老人、若者、子供と様々ですが、まあ、そうした存在がいるのです。そこで案内人は神理を説明してくれます。これは親や環境に左右されず、神理を自ら選べる配慮である、と言ってね。なるほど親切。ですが騙されてはいけない」

「騙される?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?