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2-2

 任務以外で流派を使うことを禁ずる。


 学長が南条なんじょう優羽ゆうに与えた楔だ。


『お前はどの剣士よりも優秀で刀祓隊総指揮者――醒翁院せいおういん斬子きりこ様に忠実な道具でなければならない。近衛五芒星は最早旧型に過ぎない。お前こそが斬子様の右腕にして最強の刃になるのだ。それ以外にお前に存在価値はない』


 星蘭女子学園せいらんじょしがくえんの薄暗い研究室で学長の放った言葉。「感情は刃に必要ない」と叱咤を受け、それでも笑うことだけは許された。ただの人形では斬子が不快に思うかもしれないから。


 身の回りで天真爛漫に振る舞っているのは、ただの外面で中身はからっぽ。


 何もない。ぽっかりと空いた胸の穴。


 ある日そこに熱い何かが芽生えた。


 一目見て彼は自分のように強く、そして、自分とは真逆の環境で剣を振るっていることが分かった。だから、そんな彼を倒せば何かを得られると思った。


 月光に煌めく三つの刃。夜の静けさに甲高い音が響き渡る。


 和馬は違和感しかない太刀筋に釈然としないまま、優羽を二振りの小太刀ごと切り上げる。


「剣筋も剣速も足運びも御前試合の時より鋭い。けど、なんで、なんで何も感じないんだ。御前試合の時みたいな嬉々とした乱舞はどうした」

「……」

「無視かよ」


 優羽は御前試合で見せた嬉々とした笑みとは対照的に、無表情で両手の小太刀を逆手に構え、瞬く間に和馬の懐に潜り込む。


 しかし、優羽の行動を読んでいた和馬は既に刀を振り下ろす瞬間だった。


 優羽は咄嗟に二振りの小太刀を交差させて防ぐが、同時に下からの衝撃に顎を打ち抜かれ、身体が宙返りするほど吹っ飛ばされてしまった。


 御前試合で和馬が見せた東雲流伍の構え――『双龍そうりゅう』――。刀の斬撃と鞘の打撃を合わせた混合二刀流だ。そしてその構えから放たれる技は、


「東雲流――『双龍舞そうりゅうぶ』――」


 刀はあくまで囮。本命は鞘による打撃を相手に打ち込む。あるいは武器を持つ手を弾き、武器を奪う技だ。


 今回は打撃を打ち込む形をとった。和馬も金髪碧眼の巫女――叶緒を守るために御前試合の時より数段速く、そして鋭い軌跡を描いた。ただの剣術勝負ではなく、誰かのために戦う。


 まるで妖魔と戦っているみたいだ。


 相手は女子中学生だが、負ければ叶緒の命がどうなるか分からない。


 だから、


「東雲流は本来、絶対の殺人剣。奥義も型も技もその全てが人間を斬り殺すためのものばかりだ。まあ、妖魔が相手でも変わらないけどな」


確実に仕留めにいく。


 顎を押さえながら優羽は立ち上がる。普通なら今の一撃で御神体が解けてもおかしくない衝撃だった。それでも苦痛で表情を歪ませることなく、ただ顎に手を当てるだけで済んでいた。


 やはり今の優羽からは何も感じない。


「一つだけ相手を思い、慈愛の念を込めた一太刀を浴びせる奥義がある」


 和馬は語り続ける。優羽が最強の女子中学生たらしめる剣。いや、舞。南条流の舞を誘い出すために。優羽がどうして自分を殺してまで剣を振るうのか和馬には分からない。それでも御前試合で見せたような笑顔をもう一度見たい。胸の中を迸る炎のようなものをもう一度燃え上がらせたい。そのための種火を今、ここで――。


 誘いに乗った優羽が明らかに今までとは異なる剣気を身に纏う。彼女を中心に炎が猛るような錯覚が見えてしまう。それほどまでの剣気だというのに無表情で眉一つ上がらない。


「これは任務ですか?」

「は?」

「答えて下さい。今、私がアナタを倒してそこの女を捕縛すれば、それは任務として成立しますか?」


 言いたいことは分かる。


 だが、


「それを決めるのはお前だ」


 和馬は冷たく言い放った。そして、深く身構えた。


 来る。


 不死鳥の如き舞が。


「南条流弐の舞――『灼熔絶剣しゃくようぜっけん』――」


 両手とも逆手に構えた状態で両腕を広げ、身体を斜めに高速で回転させながら斬り掛かる。それもただ斬り掛かるのではなく、鮮やかな足運びによって回転しながらも瞬く間に和馬との距離を詰める。さらに逆手に構えることで小太刀を振るうタイミングをずらし相手の防御を崩す。


 灼熔絶剣は相手の防御を崩しつつ高速で縦横無尽に斬りつける技だ。


 数多の斬撃を受け続ける和馬。南条流の奥義ではないとは言え、速さだけで言えば和馬が放とうとしている奥義よりも速い。


 まさに灼熱の炎が纏わりつき身を溶かすような攻撃に和馬の表情が歪む。


 しかし、そんな攻撃も長くは続かなかった。威力が高い分、一度に繰り出される連撃回数も限られる。


 直後、勢いがおさまり始める。


(ここだ!)


 和馬が勝負を賭けようとした瞬間、優羽がさらに急加速し、和馬の正面且つ間合いの内側のさらに内側へ入り込んだ。


(しまった!)


 誘い込まれた。


 和馬は窮地に目を見開く。


 最後の一太刀は逆手のまま二刀小太刀を交差させての切り上げ。


 これが決まれば勝敗は決する。


 しかし、耳に残るは鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音だけだった。


 和馬は最後の一太刀がまさに交差した瞬間、咄嗟に目一杯の膂力を込めた柄頭を叩きつけることで斬撃を受け止めたのだ。


 優羽の華奢な身体はその衝撃と余波によって後方に弾かれる。


 空いた距離はまさに和馬の距離だった。


「東雲流玖の奥義――『龍葬りゅうそうまい慈雨じう』――」


 東雲流唯一の慈愛の念を込めた一太刀。だが、今回ばかりは慈愛ではなく、種火となるための熱く、心を揺さぶる衝撃。それらを刀身に乗せて鮮やかに首を切り落とした。と言っても『御神体』の首を断頭したため、首が落ちる前に実体に戻った。


「思いも何も乗っていない剣じゃ、誰も守れない。自分自身もな……」


 一言一句聞き逃さなかった優羽はそのまま気絶してしまった。


 和馬は大きく深呼吸をして納刀し叶緒に駆け寄る。その時、使った奥義のせいだろうか地元で祓った美妖女のことを思い出していた。


(あの河川敷でたい焼き食べる約束。果たせそうにないな)


 勝手に決めた約束だが些かの申し訳無さを感じる。


 和馬は首を振り叶緒に向き直る。


「けっこう時間掛かっちまった。早く移動するぞ!」


 とは言ったものの優羽との戦闘で精神力を半分ほど消費してしまった。そんな状態では無闇やたらに縮地や御神体を使う訳にはいかない。


 心が無かったとは言え優羽は和馬の想像以上に強かった。四年と言う差が無ければ負けていたのは和馬だった。額に滲む汗と乱れた呼吸がそれを物語っていた。


 早く移動しないと。呼吸が整う前に気持ちだけが先走ってしまう。


「待って!」 


 突然、叶緒が和馬の袖を引っ張った。


 和馬はそこで自身が必要以上に焦ってしまっていることに気付き深呼吸をする。


「大丈夫ですか?」

「うん。ありがとう」


 落ち着きを取り戻した和馬の心は叶緒の安堵した様子を見逃さなかった。


「もうすぐそこにトラックが止まるのでそれに乗って逃げます」

「え、そんなまさ……かっ⁉」


 言い掛けたところで丁度視界の端で大きなトラックが叶緒の示した場所に止まったのが見えた。


「……マジで」


 和馬は再び叶緒をお姫様抱っこで抱えマンションの屋上から飛び降りる。


 優羽は気絶したままだが介抱している余裕は今の二人にはない。


「悪いな、南条さん」


 和馬は一瞥もなく静かに呟いて道路の影からトラックを見やる。


 運転手が荷台の扉を開けていくらか荷物を下ろし始めるところだった。


「よし! チャンスだ!」


 言って和馬は叶緒をお姫様抱っこしたまま縮地を連続して使い、一瞬の内に荷台の中に飛び込んだ。普通の人間である運転手が認識できる訳もなく、二人は荷物の陰に隠れて荷台の扉が閉まるのを静かに待った。


 荷台なのだから仕方がないが、扉が閉まれば明かり一つない真っ暗闇に包まれる。下手に動けば荷物に身体を打ち付けて怪我をしかねない。


「大丈夫です。ペンライトがありますから」


 叶緒はポケットからペンライトを取り出し、この暗闇に明かりを灯す。


「用意がいいな」

「荷台の中は暗いので。それにこの日のために計画を建てたから。あと三回止まるので三回目に縮地でここから出ます。どうかしましたか?」


 すらすらと喋る叶緒は訝しげな視線を送ってくる和馬に気付く。


「さっきから気になってたんだけど。先のことが分かるのか? その、あれだ……未来視というか予知的な意味で」

「はい。今から言う言葉当ててという質問は遠慮してほしいですけど」

「うわ、すげー。当ってる」


 和馬は拍手をする真似をしながら目を丸くして言う。


「それで、その……私のこともそうですが、醒翁院家について、大厄災戦線の真実についてお話してもよろしいでしょうか?」

「そう言えば妖魔に加担したとか言ってたな」


 二言返事で叶緒は語り始める。醒翁院家に、いや、現刀祓隊総指揮者――醒翁院斬子に起きた悲劇。その原因が二十年前に起きた大厄災戦線で出現した超大型妖魔『コトアマツカミ』にあることを。しかし、了承したはずの和馬は開始五分で眠ってしまっていた。


 叶緒は思わず笑みを浮かべながら握り拳を作ってしまったが、それを振るうことはなかった。


 今はまだ慎ましく真面目な未来視系巫女として通したかったから。

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