ヴィクトリアは壱姫の私室の前に立ち、深呼吸をしてから扉をノックした。
「ヴィクトリアです。ただいま帰りました。」
中から聞こえてきたのは、堂々とした壱姫の声だった。
「入れ。」
ヴィクトリアが扉を開けて部屋に入ると、壱姫が豪奢な椅子に深く腰掛けていた。彼女の瞳は鋭く、まるで全てを見通すかのようにヴィクトリアを見つめていた。
「よく帰った。やはり、お前でなければならん。他の者は気が回らなくて、いかん。」
その言葉にヴィクトリアは深々と頭を下げた。
「恐れ入ります。」
壱姫の興味
しかし、壱姫の視線はヴィクトリアの肩に止まっている黄色い小鳥――花ぴよに向けられていた。
「しかし、面白いものを持ち帰ったな。」
ヴィクトリアは一瞬戸惑い、小鳥を守るようにそっと手で覆い隠した。
「……いくら壱姫様でも、この子を差し上げることはできませんよ。」
壱姫は声をあげて笑った。
「取ったりせん!妾をなんだと思っておる。」
「失礼しました。」
ヴィクトリアは恐縮しながら頭を下げたが、その表情には安堵の色が浮かんでいた。
壱姫は花ぴよをじっと見つめ、興味深そうに呟いた。
「ふむ……ぴよぴよの新型か。」
ぴよぴよとないとほーく
その言葉に、ヴィクトリアは驚きの表情を浮かべた。
「ぴよぴよさんをご存知で?」
壱姫は椅子の背もたれに止まっている猛禽類――ないとほーくを指し示した。
「これを見ろ。ないとほーく、ぴよぴよの発展型じゃ。これも花の作だ。」
ヴィクトリアは視線をないとほーくに向けた。その鋭い目を持つ姿に圧倒されるような気持ちを覚えた。
「まさか……花様がここまで進化させていたとは……。」
壱姫は満足げに頷きながら言った。
「花は妾の期待を裏切らぬ。むしろその能力は妾の想像を超え続けておる。頼もしいが、制御を誤れば、あの子の才能を欲する者が現れるやもしれぬな。」
新たな命令
壱姫は扇をゆっくり閉じ、真剣な表情でヴィクトリアに向き直った。
「さて、帰って早々ですまぬが、旅の支度を頼むぞ。」
「はい。どちらへ?」
「決まっておろう。ラルベニアじゃ。星から草案がまとまったと連絡があった。星が帰り次第出発と言いたいが、その前にやることができた。そちらが片付き次第だな。」
ヴィクトリアはその言葉に疑問を抱きながらも冷静に問いかけた。
「やる事と申されますと?」
壱姫はゆったりと立ち上がり、その場の空気を一瞬で支配するような威厳を纏った。
「国王陛下、父上が引退なさる。国王代行就任式を済ませてからじゃ。」
ヴィクトリアは驚きを隠し切れず、一瞬言葉を失ったが、すぐに平静を取り戻して確認した。
「即位ではないのですね?」
壱姫は小さく頷き、答えた。
「即位は、七姫揃っていなければならぬ。今すぐ集まれというわけにはいかぬだろう。」
ヴィクトリアは納得しながらもさらに問いかけた。
「普段なら、招集をされておりましたでしょう?」
壱姫は少し目を細め、軽く笑った。
「女王ともなれば、傍若無人の振る舞いばかりしておれんだろう。」
ヴィクトリアは少し驚きつつも冷静に言った。
「自覚がございましたのですね?」
壱姫は微かに笑みを浮かべながら答えた。
「相変わらず、言いたい放題だな。」
ヴィクトリアは慌てて頭を下げた。
「失礼しました。」
壱姫は軽く手を振り、笑い流した後、真剣な表情に戻り言葉を続けた。
「しかし、妾にはお前のような存在が必要不可欠だ。」
ヴィクトリアはその言葉に深々と頭を下げ、力強く応えた。
「恐れ入ります。」