前座として礼央が一曲先に披露したことが、逆に効果的に作用したらしい。本編後のレヴューショーは、最初からすでに客席の期待値がMAXの状態で始まり、勢いはそのまま大盛り上がりで終わった。
レヴューが始まるときには、客席はペンライトの使い方をすっかりマスターしていた。単色で購入した観客もいたから多少色が混ざったりもしていたけれど、それはそれでまるでたくさんの花が咲き誇るような綺麗な光景だった。
東雲が罷免された事情を知らない警備隊の四人は、最後まで客席の四隅に立っていた。途中で退出させる方が目立つ、という藤吉の判断だった。
実際、芝居に集中していた観客たちは、もうその存在を気にも留めていなかった。
終演後、仲間に事情を聞かされた彼らはそそくさと客席を退出していった。もっとも彼らは命令に従っていただけなのだから、責められる謂れはない。むしろ二時間以上も立ちっぱなしで、身じろぎもせずにいるなんて、どれだけ職務に忠実なのだろう……と感心してしまった。
すると去り際「公演、良かったです……」「ちゃんと観たかった」と声をかけられた。
予想外の感想に呆気に取られたけれど、良いものは、誰にでもどんな状況でも良いと伝わる、ということがわかって、凛の心は言い表せない喜びに包まれた。
遥も大変感動してくれたし――かけられた言葉が「懐かしかった! 男だけの劇団もいいわね!」だったのは、グッズの感想に引き続き気になるけれど――、藤吉も「良くやった」と褒めてくれた。
何より忍が「支配人が心置きなく休めるように、これからはお嬢様に支配人代理を務めていただきましょう」と提案してくれたことが、一番嬉しかった。
あまりの驚きにぼうっと忍を見上げてしまい「何か不満でも?」と嫌味を言われたが、今となってはどんな皮肉の言葉も笑い飛ばせそうだ。
藤吉も「忍が言うならそうしよう」と賛同してくれて、初日を無事に終えた安堵感以上に、目指す夢が近づいた喜びが身体を突き抜けていった。
とうとう劇場支配人に一歩近づいた。そう思うと、震えが走るほど嬉しい。
でも――。
当初の目的は、もう興味がなくなってしまったんだけど、と凛は内心苦笑いを溢す。
自分の推しを見つけてトップスターにする。その目的は、凛の中では既に価値を失っていた。
観客が捌け、ホワイエの控室で改めて、藤吉が意識を失っていた間に起きたことを順序立てて報告する。険しい顔をして聞いていた藤吉だったが、木崎雪の行いについては「そうか」とひと言発しただけだった。
しかし、藤吉の顔を見て凛はピンと来た。
やはり、雪を辞めさせるつもりはないらしい。
それどころか「お兄さんの病院は、もっと他のところを探した方がいいんじゃないのか。東雲大臣の息がかかったところより良い病院はいくらでもあるだろう。調べてやりなさい」と言い出して、忍も凛も慣れない病院探しに奔走することになった。
どこから聞きつけたのか、それを知った木崎が慌てて控室に飛び込んできた。
感極まったのか、また土下座をする勢いで泣き出した木崎を忍と二人がかりで何とか抑えていると、それを見た藤吉は面白そうに笑い転げていた。
それだけ笑う元気があるなら、体調は大丈夫そうだ。
凛がこっそり安堵する横で「夫婦ともども、これからもよろしく頼むぞ」と鷹揚に言う藤吉に、木崎は何度も何度も頷いていた。
去り際「お嬢様のお客様を思う気持ちに心打たれました。これからもよろしくお願いします」と頭を下げる木崎の身体を起こし、凛は右手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
確かに握られた手は熱く、役者だけではなくスタッフも大事にしようと凛は改めて思ったのだった。
「お疲れ」
終演後、楽屋を覗きにいくと、待ち構えていたかのように礼央に声をかけられた。
楽屋のシャワーを浴びた直後なのか、バスローブ姿に思わず仰け反ったけれど、感謝だけは真っ先に伝えておきたかったので、文句は言わないでおく。
「今日はありがとうございました。礼央さんが一曲披露してくださったおかげで、客席もぐっと盛り上がってました」
「当たり前だろ」
相変わらず不敵に笑う礼央に苦笑いが溢れるが、伸びてきた腕に優しく頭を撫でられて、凛の体が硬直した。
「お前も、よくやったな」
「え……?」
「ペンライトの光、めちゃくちゃ綺麗だった。舞台上から見て、光が少しずつ増えていく光景に感動したよ」
「そう、ですか――」
良かった、と息が漏れる。あの光景を、礼央に体感してもらいたいと思っていたのだ。
「あれは舞台上から見るに限ると思うぜ? 一階だけじゃなくて二階も見えるからな」
「そっか。そうですよね……」
一階の最後列から見た凛でさえ感動したのだ。二階まで埋め尽くす光は、さぞ圧巻だっただろう。
「羨ましいです」
思わず本音を漏らすと、礼央の口端が上がる。
「ま、お前は一生見られないだろうけど」
「もう、言い方……!」
凛がぱしんと礼央の腕を叩くと、見下ろす瞳が柔らかく細められた。
「せっかくなら、観客全員に買わせろよ」
アイディアをどれだけ褒めてくれるのかと思いきや、商魂逞しい発言に、凛は思わず吹き出してしまった。
「礼央さん、役者なのに考えがお祖父ちゃんそっくり」
「は? どういう意味だよ」
「なんでもありませーん! でも支配人に似てるって言われるなら嬉しいでしょう? 礼央さん、お祖父ちゃんのこと大好きですもんね?」
ふふん、と笑ってそう言うと、礼央はぐっと詰まった。
「ああ、当たり前だろ。支配人は俺の恩人で、親代わりみたいなものだし。でもな……」
「はい?」
言い淀んだ礼央の顔を覗き込むと、「なんでもねえよ」と軽く頭を叩かれる。
「もう! 叩かないでくださいよ!」
「先に叩いたのはお前だろ」
「力加減が全然違うんですー! 一緒にしないでください!」
ではお疲れさまでした! と言い残し、他の役者たちにも労いの言葉をかけに行こうと、礼央の前を通り過ぎたその時。
「おい、帰り待ってるから早くしろよ」
そう声をかけられて、思わず振り返る。
そっぽを向いた礼央の耳が赤く染まっているのを見て、凛は素直に「はーい」と大きく返事をしたのだった。
推しを見つけて、その人を自分の力でトップスターにしたい。
そんな思いから始まった転生生活だったけれど、気づけば凛が推したいと思う人は、もうとっくにトップスターとして存在していた。
自分の培ってきた努力で。
これからはそんな彼と一緒に、この星屑歌劇団を大きくしたい。そしてもっともっと幸せな光景を、彼に見てほしい。
この劇場の、ゼロ番で。
そのために、凛は劇場支配人を目指すのだ。
了