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第16話 本部にて

「なんて言葉にすれば良いのか分からないけど……」

 何となくモヤモヤが湧き上がる瞬間がある。これまでに何度も。それらには共通する何かがあるような無いような--


 もどかしい思いで、幹は記憶の中を探っていた。


「多重人格……と言うのとも違うかも知れないけど……快楽的だったり、支配的だったり、苦悩? だったり、絶望だったり……憧憬……? なのかもと感じたり……」

 まとまらないまま、頭の中から言葉を拾い上げる。




 異能管理本部内の小さな個室。

 いくつかバトルをこなしたら、ここへ呼ばれて聴き取り調査を受ける。


 エネミーポウとのバトルから感じ取ったオーサーの印象やその人物像。

 敵を知るため、プロファイルのため。

 それから、ファイターのケアのため。


 もちろん嘘ではない。


 ただ本質は、ファイターがオーサーの負のエネルギーに惹かれていないか、反乱分子の芽が育っていないかを探られているのだ。

 所謂、取り調べである。


「バディのリリについて、何か感じる事はある? 肉体的、精神的な疲弊とか、危うさとか……」

 カウンセラーという名の取調官が、タブレットを操作しながら質問する。


「真摯な姿勢で任務をこなしています。自分が未熟なせいで、リリに無理をさせているかもって、申し訳なく思うくらい……」


 相談に乗りますの体で訊いてくれてはいるが、バディに互いを探らせる、赤丸の言う「胸くそ悪い」質問だ。

 こうやってバディの事を聞き出しながら、幹自身の思想に変化が無いかもチェックされている。


 50%の信用と

 30%の嫌疑と

 20%の慰労と


 命を張って戦っても、この程度の比率で見られていると感じる。なんなら実力を付ければ付けるほど「信用」と「嫌疑」は密度を増してせめぎ合っている印象だ。


 だけど、ここで不機嫌な態度を見せた所で、ゼブラとリリにとって良い事はひとつもない。

 お利口さんの優等生で居るのが得策だった。




 一通りの質疑応答を終えて部屋を出ると、廊下のベンチで美百合が待っていた。

「お疲れ様」

「美百合も……」

 互いにちょっと疲れた顔で自嘲気味に笑う。


 連れ立って廊下を歩きながら、美百合が伸びをする。

「気を遣って頭を使って、くたびれてしまってよ。アイスが食べたい。アイスが食べたーい」

 幹が隣で、はいはいと頷く。




「なんやリリちゃん……そんな可愛い事も言うたりすんねや」

「クールビューティのリリも良いけど、可愛いのももっと欲しいね」


 背後から声がかかる。

 振り返ると、大学生コンビのクラフトファイター「ウイング」と「エイラ」だった。


「二人も、聞き取り?」

 幹が訊くと、やはり彼らも、苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「しょうがない事なんだけど、正直しんどいよね」

 優しい物言いの、線の細い美青年がエイラ。その名の通り、昆虫の羽根を背に戦うファイターだ。

「俺らこんな体張って頑張ってんのにな。何を疑ってくれてんねんホンマ」

 気の良さそうな関西弁の面白お兄さんがウイング。猛禽類の翼を生成して戦う。

 二人は「羽根付きコンビ」と呼ばれ、クラスはゼブリリと同じA級のファイターであった。


「この間の遊園地は大変だったね。お家元が随分心配していらしたよ」

 エイラが美百合に言う。

 彼は美百合の父、重親の優秀な弟子の一人だった。あの日、菫館で重親の稽古を受けていたらしい。


「エイラお兄様もご存知の通り、父は筋金入りの過保護ですから……」

 美百合が苦笑する。


「ええなぁ〜。リリちゃんに『お兄様』とか、俺も言われてみたい」

「あなたには言いません。絶、対、に」

「つれないな〜」


 ウイングと美百合のやり取りに、幹とエイラがクスリと笑う。


 エイラは幼い頃から華道家としての才能が窺え、大人に混ざって家元の稽古を受けるようになった。

 父の元で学ぶ美百合とは、その当時からの知り合いだという。


「花京院家に引っ越したと聞いたよ?」

 幹は困ったような顔で頷く。

「盛大に身バレしちゃったんで……離れのゲストハウスに避難中です」

「そうか、チェイサーのワンコが大活躍だったあの件だね」

 エイラが記憶を辿って、はいはいと頷いた。


「アイス食べ行くんやろ? 一緒に行こうや」

「ついて来ないで下さい」

 ウイングは未だ美百合にウザ絡み中だ。

「奢ったるからさ〜」

「お金には困っていなくてよ」

「知ってるけどさぁ〜」


「ウイング、もうよさないか」

 エイラが笑いながら止めに入る。


 美百合が戻って来て、幹の腕を取る。

「無粋な方ですね。デートなのに」

 しれっと言う。


 待って

 俺も初耳なんですけど?


 呆気に取られている幹を引っ張って、美百合は歩き出す。

「ではお兄様、ごきげんよう」

 にっこりと「エイラに」手を振りながら--




「デートやて」

「長年、密かに婿養子を狙っていたんだけどな……どうやら僕の出番は無いみたいだ」

「泣くな。俺が一生そばに居たるから」

「マジ勘弁して」


 残された二人のそんな会話など、幹も美百合も知る術はない。


 本部をチェックアウトして、アイスを求めて飛び去ったのであった。


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