「なんて言葉にすれば良いのか分からないけど……」
何となくモヤモヤが湧き上がる瞬間がある。これまでに何度も。それらには共通する何かがあるような無いような--
もどかしい思いで、幹は記憶の中を探っていた。
「多重人格……と言うのとも違うかも知れないけど……快楽的だったり、支配的だったり、苦悩? だったり、絶望だったり……憧憬……? なのかもと感じたり……」
まとまらないまま、頭の中から言葉を拾い上げる。
異能管理本部内の小さな個室。
いくつかバトルをこなしたら、ここへ呼ばれて聴き取り調査を受ける。
エネミーポウとのバトルから感じ取ったオーサーの印象やその人物像。
敵を知るため、プロファイルのため。
それから、ファイターのケアのため。
もちろん嘘ではない。
ただ本質は、ファイターがオーサーの負のエネルギーに惹かれていないか、反乱分子の芽が育っていないかを探られているのだ。
所謂、取り調べである。
「バディのリリについて、何か感じる事はある? 肉体的、精神的な疲弊とか、危うさとか……」
カウンセラーという名の取調官が、タブレットを操作しながら質問する。
「真摯な姿勢で任務をこなしています。自分が未熟なせいで、リリに無理をさせているかもって、申し訳なく思うくらい……」
相談に乗りますの体で訊いてくれてはいるが、バディに互いを探らせる、赤丸の言う「胸くそ悪い」質問だ。
こうやってバディの事を聞き出しながら、幹自身の思想に変化が無いかもチェックされている。
50%の信用と
30%の嫌疑と
20%の慰労と
命を張って戦っても、この程度の比率で見られていると感じる。なんなら実力を付ければ付けるほど「信用」と「嫌疑」は密度を増してせめぎ合っている印象だ。
だけど、ここで不機嫌な態度を見せた所で、ゼブラとリリにとって良い事はひとつもない。
お利口さんの優等生で居るのが得策だった。
一通りの質疑応答を終えて部屋を出ると、廊下のベンチで美百合が待っていた。
「お疲れ様」
「美百合も……」
互いにちょっと疲れた顔で自嘲気味に笑う。
連れ立って廊下を歩きながら、美百合が伸びをする。
「気を遣って頭を使って、くたびれてしまってよ。アイスが食べたい。アイスが食べたーい」
幹が隣で、はいはいと頷く。
「なんやリリちゃん……そんな可愛い事も言うたりすんねや」
「クールビューティのリリも良いけど、可愛いのももっと欲しいね」
背後から声がかかる。
振り返ると、大学生コンビのクラフトファイター「ウイング」と「エイラ」だった。
「二人も、聞き取り?」
幹が訊くと、やはり彼らも、苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「しょうがない事なんだけど、正直しんどいよね」
優しい物言いの、線の細い美青年がエイラ。その名の通り、昆虫の羽根を背に戦うファイターだ。
「俺らこんな体張って頑張ってんのにな。何を疑ってくれてんねんホンマ」
気の良さそうな関西弁の面白お兄さんがウイング。猛禽類の翼を生成して戦う。
二人は「羽根付きコンビ」と呼ばれ、クラスはゼブリリと同じA級のファイターであった。
「この間の遊園地は大変だったね。お家元が随分心配していらしたよ」
エイラが美百合に言う。
彼は美百合の父、重親の優秀な弟子の一人だった。あの日、菫館で重親の稽古を受けていたらしい。
「エイラお兄様もご存知の通り、父は筋金入りの過保護ですから……」
美百合が苦笑する。
「ええなぁ〜。リリちゃんに『お兄様』とか、俺も言われてみたい」
「あなたには言いません。絶、対、に」
「つれないな〜」
ウイングと美百合のやり取りに、幹とエイラがクスリと笑う。
エイラは幼い頃から華道家としての才能が窺え、大人に混ざって家元の稽古を受けるようになった。
父の元で学ぶ美百合とは、その当時からの知り合いだという。
「花京院家に引っ越したと聞いたよ?」
幹は困ったような顔で頷く。
「盛大に身バレしちゃったんで……離れのゲストハウスに避難中です」
「そうか、チェイサーのワンコが大活躍だったあの件だね」
エイラが記憶を辿って、はいはいと頷いた。
「アイス食べ行くんやろ? 一緒に行こうや」
「ついて来ないで下さい」
ウイングは未だ美百合にウザ絡み中だ。
「奢ったるからさ〜」
「お金には困っていなくてよ」
「知ってるけどさぁ〜」
「ウイング、もうよさないか」
エイラが笑いながら止めに入る。
美百合が戻って来て、幹の腕を取る。
「無粋な方ですね。デートなのに」
しれっと言う。
待って
俺も初耳なんですけど?
呆気に取られている幹を引っ張って、美百合は歩き出す。
「ではお兄様、ごきげんよう」
にっこりと「エイラに」手を振りながら--
「デートやて」
「長年、密かに婿養子を狙っていたんだけどな……どうやら僕の出番は無いみたいだ」
「泣くな。俺が一生そばに居たるから」
「マジ勘弁して」
残された二人のそんな会話など、幹も美百合も知る術はない。
本部をチェックアウトして、アイスを求めて飛び去ったのであった。