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第37話 愛媛の絶景、みかんと新たな貢献


佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、妻・鮎子と共に今治に上陸し、四国への旅を始めた。享保年間の旅で博多を拠点に評を広め、江戸での暗殺未遂を偽名で逃れた宗太郎は、山口で弟子・太郎を失い、広島で17歳の鮎子と結婚した。島根の出雲そば、鳥取の松葉ガニ、岡山の吉備団子、今治のラーメンを味わい、旅を続けてきた。鳥取での新聞取材で過去が明らかになり、市民の注目を集める中、宗太郎と鮎子は四国四県を巡り、最終的に広島に戻る計画を立てていた。黒崎藤十郎の陰謀は遠ざかり、沙羅の安堵も伝わったが、旅の先には未知の試練が潜んでいる。広島での別れを胸に、今治で新たな一歩を踏み出した二人は、愛媛の田園地帯で新たな出会いと挑戦を迎えた。



今治での船着場近くでのラーメンに続き、宗太郎と鮎子は翌朝、宿を後にして愛媛の田園地帯へ向かった。朝の陽光が穏やかに田んぼを照らし、遠くには瀬戸内海が青く輝く絶景が広がっていた。宗太郎は鮎子の手を握り、のどかな景色に目を細めた。



「鮎子、この景色は素晴らしいな。田園から海が見えるなんて、旅の疲れが癒される。そなたと共に見る絶景は、俺の心を満たすよ。」



鮎子は宗太郎の隣に寄り添い、笑顔を見せた。



「宗次さん、本当に綺麗だね。海と田んぼが一緒に見えるなんて、初めてかも。広島の海とも違う感じで、なんだかワクワクするよ。」



二人は田んぼの小道を歩き、風に揺れる稲穂や遠くの山々を眺めた。道すがら、木々に囲まれた小さな農家にたどり着いた。そこでは60歳の農夫・鉄蔵が、愛媛みかんの木の手入れをしていた。鉄蔵は二人を見つけ、親しげに声をかけた。



「よう、旅人か? この辺りは静かでいいところだ。みかんでも食べて、休んでけ。」



宗太郎は鉄蔵に頭を下げ、感謝した。



「鉄蔵殿、ありがとう。そなたの優しさに救われる。愛媛みかんを味わうのは初めてだ。ぜひいただきたい。」



鉄蔵は笑顔でみかんを籠から取り出し、二人に手渡した。みかんは皮が鮮やかで、手に持つと甘い香りが漂った。宗太郎と鮎子は木陰に座り、みかんを剥き始めた。宗太郎はみかんの果肉を口に運び、目を輝かせた。



「鮎子、このみかん、甘さが深いな。酸味と甘さが絶妙で、愛媛の太陽を感じる。旅の途中でこんな味に出会えるなんて、嬉しいよ。」



鮎子も一口食べ、頷いた。



「宗次さん、本当に美味しい! みかんのジュースが口に広がって、田園の風みたい。鉄蔵さん、ありがとうね。」



鉄蔵は二人の反応に満足げに笑い、話を続けた。



「これはうちの自慢の愛媛みくだ。毎年、家族で育ててる。旅人が喜んでくれると、俺も嬉しいよ。」



宗太郎は鉄蔵の言葉に心を動かされ、みかんの味を味わいながら考えを巡らせた。これまで各地の味を評し続けてきたが、長年の舌と感覚を活かし、ただ評を書くだけでなく、地域に還元したいという思いが強くなっていた。宗太郎は鉄蔵に提案を口にした。



「鉄蔵殿、このみかんの味は素晴らしい。俺の旅で培った経験を活かし、料理として提案したい。そなたの農作物を新しい形で広められれば、旅の意味も増すと思う。」



鮎子は宗太郎の言葉に目を丸くし、驚きと喜びで尋ねた。



「宗次さん、料理を提案するの? いつも評を書いてたのに、すごいね! 私も手伝いたいよ。」



鉄蔵も興味津々で頷いた。



「ほう、料理か? みかんを料理に使うなんて、面白いアイデアだ。どんなものになるか、ぜひ聞かせてくれ。」



宗太郎は微笑み、アイデアを語り始めた。



「鉄蔵殿、みかんの甘さと酸味を活かし、煮物やデザートにできないか。たとえば、みかんを煮詰めて砂糖と合わせ、餡子にして団子にするとか。旅人や地元の人に愛される味になるはずだ。」



鮎子は目を輝かせ、提案を加えた。



「宗次さん、いいアイデアだね! みかんの皮を乾燥させてお茶にしてもいいかも。鉄蔵さん、試してみない?」



鉄蔵は二人の情熱に押され、賛成した。



「よし、試してみよう! みかんを料理に変えるなんて、俺も楽しみだ。材料はたっぷりあるから、作ってみてくれ。」




その日の午後、宗太郎と鮎子は鉄蔵の農家で料理に取り掛かった。宗太郎は長年の味への感覚を頼りに、みかんを煮詰めて餡子を作り、鉄蔵が用意した小麦粉で団子を成型した。鮎子はみかんの皮を丁寧に乾燥させ、お茶の試作用に葉を混ぜた。鉄蔵は二人の作業を見守り、アドバイスを加えた。



「宗次殿、みかんの量を少し増やしてみると、味がもっと引き立つかも。俺の経験も活かしてくれ。」



宗太郎は頷き、鉄蔵の言葉を取り入れた。数時間後、愛媛みかん団子とみかん皮茶が完成した。団子はみかんの甘酸っぱい餡子がたっぷり詰まり、温かさが口に広がった。茶は皮の香ばしさと葉の清涼感が調和し、田園の風を思わせた。



宗太郎は団子を味わい、満足げに語った。



「鮎子、鉄蔵殿、この団子、みかんの味が生きてる。旅の疲れを癒す味だ。茶もいいアクセントになるよ。」



鮎子も一口食べ、笑顔を見せた。



「宗次さん、美味しい! みかんの皮のお茶、ほのかな甘さがあって最高だよ。鉄蔵さん、ありがとうね。」



鉄蔵は二人の料理を試し、目を丸くした。



「これはすごい! みかんがこんなに美味しく変身するとはな。地元で売ったら、評判になるぞ。」



宗太郎は鉄蔵に提案した。



「鉄蔵殿、この料理を商品として出してはどうか。俺が旅で培った舌を活かし、評と共に広める。少しでもそなたの農家に還元したい。」



鉄蔵は感激し、即決した。



「宗次殿、いいだろう! このみかん団子と茶を、俺の屋台で売ってみる。旅人が増えれば、村も賑やかになるよ。」




翌日、鉄蔵は農家の前で小さな屋台を出し、愛媛みかん団子とみかん皮茶を販売し始めた。宗太郎と鮎子も手伝い、宗太郎は評を書き添えた。



愛媛みかん団子、田園の恵みが団子に宿る。みかんの甘酸っぱい餡子が温かさを届け、旅人の心を癒す。みかん皮茶は清涼感と香ばしさが絶妙、四国への旅路を彩る。



評が旅人に広まり、たちまち人気を博した。地元の農家や漁師だけでなく、遠くから来た旅人も足を止め、屋台は賑わいを帯びた。宗太郎は長年の舌と感覚を活かし、料理を提案する評論家へと成長していた。これまで評を書くだけだったが、地域に還元したいという強い思いが、今回の行動に繋がった。



鮎子は屋台の様子を見ながら、宗太郎に寄り添った。



「宗次さん、みんなが喜んでくれて嬉しいよ。料理まで提案できるなんて、すごいね。子供ができたら、こんな味を教えてあげたい。」



宗太郎は鮎子の肩を抱き、微笑んだ。



「鮎子、そなたの言葉が俺を動かした。旅で培ったものを還元できれば、太郎の遺志も喜ぶだろう。子供と共に見る味も楽しみだ。」



鉄蔵は屋台で忙しく立ち働きながら、感謝を述べた。



「宗次殿、鮎子さん、ありがとう。このみかん料理で村が活気づいた。旅人が増えれば、また新しい味が生まれるよ。」



夕方、宗太郎と鮎子は鉄蔵に別れを告げた。鉄蔵は二人にみかんの籠を渡し、祝福の言葉を贈った。



「宗次殿、鮎子さん、香川へ向かうなら気をつけてな。みかんを食べて、旅の安全を祈るよ。また戻ってこい。」



宗太郎は深く頭を下げ、鮎子と共に次の目的地へ向かった。



「鉄蔵殿、ありがとう。俺たちは四国を旅し、広島に戻る。そなたの温かさを忘れん。」



鮎子も礼を言い、鉄蔵に手を振った。



「鉄蔵さん、大好きだよ! 香川でまた新しい味を見つけるね。」



二人は田園地帯を後にし、香川への道を歩み始めた。海と田んぼが見える絶景が背後に広がり、みかんの香りが旅の記憶に残った。宗太郎と鮎子の新たな挑戦が、四国四県の旅をさらに豊かにし、広島への帰還を約束する一歩となった。



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