「いい面の皮だな」
コーガス侯爵家が宿泊している、王都にある高級ホテル。私は同性という事で、シンラと同じ二等室に寝泊まりしていた。この4日間は特に口を利く事もなく就寝していたのだが、シンラが唐突に言葉を投げかけて来る。
「首輪を嵌められているのだから仕方なかろう?」
彼女は私が魔王である事を知っていた。見た目が似ている事を考慮して、タケルが素直に話したためだ。
「貴様には、世界を征服しようとしていた魔王としての矜持はないのか?」
彼女の言葉は刺々しい。まあ100年前の事とはいえ、敵味方に分かれて殺し合いをしていたのだから当然である。むしろ、まったく気にしていないタケルがおかしいのだ。
「父に操られ、先鋒を務めただけだからな。そんな物はない」
私は殆ど洗脳に近い形で支配されていたのだ。只の
「自分は被害者だから、悪くないと言いたいのか?あれだけの命を奪っておいて、よくもそんなふざけたことが言える物だな?」
「私が被害者かどうかはこの際置いておいて……生物が生きていく上で、他者の命を奪うのは当然の事だと思うが?エルフとて他者を食べているだろうに?」
食べるという事は、他者を傷つけ殺すという事だ。虫すら手にかけた事のない無垢な者ならばともかく、他者を喰らって命を繋いでいる者に責められるいわれはない。
「私達は貴様の様に無意味な殺生はしない!」
私の言葉に腹を立てたのか、シンラの声が荒くなる。しかしその答えは的外れだ。
「私も無意味な殺生はしていないぞ?全ては生きる為に必要な物だった」
精神状態的に逆らえなかったというのもあるが、私が生き残る為には
「あれだけ大量の命を奪っておいて、よくもそんな言葉をぬけぬけと吐けるな」
「数に意味はないだろう」
「なんだと!?」
「大量に殺したのが駄目と言うなら、どこまでなら許されるんだ?千か?それとも百か?」
殺す事が罪だというなら、そもそも殺した時点でアウトなはず。ならばその過多にそこまで大きな意味はない。いくつまでなら何てのは、しょせん各自の都合の良い尺度でしかないのだから。
「なんにせよ、私は生きたかった。そしてそのチャンスが与えられたから、掴んだまでだ。苦情があるならタケルの方にしてくれ」
私を生かすと決めたのはタケルであり、そして生殺与奪の権利を持つのはあいつだ。首輪を付けられている私に文句を言った所で、何の意味もない。なので、何とかしたいと思うのならその矛先は奴であるべきだ。
まさか、自分の行いを恥じて私が自害する事を決めるなんて、ありえない期待をしてる訳じゃないだろうしな。
「……」
シンラが黙り込む。この様子だと、とっくに言っているんだろうな。なら、このやり取りは只の八つ当たりに過ぎないと言う事だ。
「話がそれだけなら、私はもう寝させて貰うぞ」
「……ふん。おかしな真似をしたら容赦はしないぞ」
「くく……その場合、お前さんより早くタケルが私を始末してる事だろうな」
ある程度自由を与えられてはいるが、だからと言っ、タケルは別に私の事を信頼している訳ではない。この環境は、此方が何をしようとも一瞬で終わらせる自信があっての行動だ。そこを勘違いして、自分の命を投げ出すほど私も愚かではないさ。そもそも、あいつに殺される様な――コーガス侯爵家を攻撃したいという願望も特にないしな。
魔人達の生き残りがいたという事実が少々気がかりではあるが……
まあ今の私に出来る事は何もない。自分で生み出しておいてなんだが、なる様にしかならんだろう。