そう分かってはいても、ザワザワとした不安な気持ちに突き動かされるように、
やっとの思いでエレベーターに乗って七階へたどり着いて――。
数メートル先の羽理の部屋を見遣れば、ドアがほんの少し開いていて、扉に挟まるようにして立つスーツ姿の男が見えた。
あろうことがその男が、「僕じゃ恋人候補になれないかなって……そういう……意味……なんだけど」とか
「
羽理に告白している人物が誰なのかも確認しないままに二人の間へ割り込むように分け入ると、
「ひゃっ、
「
羽理がオロオロと
***
「と、とりあえず、どうぞ」
結局立ち話も何だし、という妙な流れになって。
三人して
「あ。――け、ケーキ!
自宅のはずなのに、まるで会社にいるみたいな……何とも落ち着かない空気に居た堪れなくなった羽理は、先程
「あ、でもあれは……」
慌てたように背後から岳斗が声を掛けてきたけれど、逃げるように立ち去った羽理は、猫みたいな素早さでキッチンへ置き去りにしたままだったケーキの箱と、皿を三つ手にして戻ってきた後で。
それを見た岳斗が口を開くより先。
ふと羽理の手元を見た
「あっ」
その指摘に、羽理が口に手を当てて『しまった!』と言う顔をして立ち上がろうとするのをポンポンと頭を撫でて制すると、
そんな二人を交互に見つめた岳斗が、「まるで夫婦ですね」とつぶやいた。
「ふ、夫婦っ」
途端ブワッと赤くなってしまった羽理と、何も言わず得意げな顔をした
***
「――実はね、箱の中のケーキ、二つしかないんですよ」
「ふぇっ!?」
キッチンへ立ち去った
それがおかしくて思わず笑ってしまった
岳斗が持参したケーキは、元々羽理のため
自分が食べる予定などなかったし、もっと言うと羽理の家に羽理以外の誰かがいると言う想定もしていなかった。
店頭では二個とも『
(もちろん、あわよくば『一緒に食べませんか?』って誘ってもらえたら嬉しいな?くらいの下心はありましたけど……)
そんなことを考えながら、箱の中を覗き込む羽理をちらりと盗み見れば、むむぅっと真剣な顔をしてケーキを睨みつけている。
それがたまらなく愛らしく見えてしまって、
(ホント可愛いなぁ)
そう実感させられると同時、(どう考えても今更僕になびいてくれるなんてないだろうなぁ)と、先程の
***
「何だ、まだ選んでなかったのか」
ややして紅茶を
(あれ? うちに紅茶なんてあったかな?)
ふとそう思った
おそらく沢山持ってきた荷物の中にそんなものも忍ばせていたんだろう。
ここへきてすぐ、
(あ……。そういえば私っ、課長の前で
思い出したら、
「お前は……。ケーキを覗いて何をそんなに
手にしていた盆を、重ね置かれたままの空っぽの皿の横に置くなり、
(そ、それはあなたがっ)
と抗議したいけれど、言えば墓穴を掘りそうなのでグッと気持ちを切り替えた羽理だ。
そうして改めて箱の中を見つめて……。
つい今し方まで頭を悩ませていた大問題を口にした。
「だってだって大変なんです! 箱の中にケーキ、二つしか入ってないんですよぅ! 三人で二つのケーキをどう分けたら!?ってなるじゃないですかぁぁぁ!」
百面相のようにコロコロ表情を変えながら発せられた羽理の悲痛な声音に、さすがに申し訳ない気持ちになってしまったんだろう。
岳斗が、「すみません。もっとたくさん買って来ればよかったですね」とつぶやいて。
羽理はしゅんとした岳斗の様子に、「あああっ! ごめんなさいっ! 私、別に課長を責めたかったわけでは!」とオロオロした。
「そんなの、
そんな二人の様子に小さく吐息を落とした
「で、羽理。お前は正直な話、どっちが食いてぇわけ? せっかくお前のために
「私は……」
結局「わーん、どっちも美味しそうで選べませんよぅ!」と
「選べねぇんなら仕方ねぇな」
言って、羽理の手から箱をサッと取り上げると、ふたをしてしまう。
「えっ!? あ、あのっ、
岳斗がクスクス笑いながら「もちろんです」と答えた。
そんな男衆ふたりに、「で、でもっ。何か申し訳ないですっ」とソワソワする羽理に、ケーキの箱を冷蔵庫へ仕舞い終えた
結局、出してあった皿も仕舞われて、三人の前には
***
「
何しろ、いま三人の目の前で飴色の液体がゆらゆら
どれも猫柄なことだけは共通していた。
「だって……お客さんが来ることなんて滅多にないんですもの」
「にしても、だ。気ぃ抜き過ぎだろ」
会社では凛とした美人……と言った様相の
こんな風に持ち物にもそういうのが出てしまっているのが、実は
だが、何となくそれを目の前の
それでつい、
それに気付いているのかいないのか。
「
オッドアイの白猫が描かれたカップに優雅に口を付けながら、
目つきの悪い不良っぽい黒猫が描かれたカップを手にしたまま
ふわふわのペルシャ猫が仰向けに寝っ転がったマグを両手で包み込むようにしてそんな二人を交互に見遣りながら、羽理は何となくピリピリした空気を感じて落ち着かない。
「僕は
ふふっと笑って「
「ま、羽理はすぐに
「あ、あのっ! ……紅茶っ! すっごく美味しいですねっ!?」
二人のピリピリしたムードに耐え切れなくなった羽理が、紅茶を褒めてマグを口元に持って行ったのだけれど。
「
動揺のあまり、よく冷ましもせずにコップを傾けてしまった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫ですか!?」
途端、二人から滅茶苦茶心配されて、居た堪れなくなった羽理だ。
「へ、
ちやほやされ過ぎて、何だか落ち着かない。
慣れないことに所在なくうつむいたら、変な沈黙が落ちて――。
***
「で、
そんな気まずい沈黙を破ったのは
発せられたセリフは決して雰囲気が良くなりそうな話題ではなかったから。
「何って……。見てわかりませんか? お見舞いですよ。実はどこかの誰かさんの浮気疑惑のせいで、今日は彼女、会社ですっごくしんどそうだったんです」
それに対する