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第10話 女神の証明


「君は…‥いったい?」


 しばし無言で見つめ合っていた二人。呪縛から解き放たれたようにヒィロが先に口を開いた。それは問いなのか、それとも疑問が口から溢れただけだったのか。


「私はリアナ。青浄せいじょうの女神リアナ。デウスマキアの神が一柱です」


 リアナは美しい声で丁寧に名乗った。だが、声音に抑揚が無く無表情なこともあってか、まるでリアナは作り物の人形のようであった。それがリアナをより美しく見せたが、同時に不気味な雰囲気をサンドやナヴィに与えもした。


「女神だって!?」


 だが、ヒィロだけは舞い上がっていた。


「じぃちゃんの言った通り神々の黄金期クリセオン神々の凋落期ラグナレクは存在したんだ!」


 興奮冷めやらぬヒィロはザンドに詰め寄りまくし立てる。


「凄い凄い、じぃちゃん、神だよ神が実在したんだ!」

「ヒィロや、本人の自称を信じるのは……いや、しかし、あれ程の威圧感プレッシャーじゃ、ただ者ではないのは確かじゃわい」

「でしょでしょ、絶対この子は神だって!」

「ただ者じゃないって言っても神とは限らないじゃないか。オイラ恐すぎてチビっちゃったよ」


 ぎゃいぎゃい言い争う二人と一匹を無表情ながら不思議そうにリアナは観察していた。


「あなた方はエクスマキナに住まう者なのですか?」

「あっ、ごめん、僕はヒィロ。こっちは僕のじぃちゃんでザンド、羽根のある犬はナヴィ」

「うむ、まあ、わしらはこの世界エクスマキナで生まれ育った者じゃ」


 リアナはいまいちどヒィロ達を見回す。やはり彼らから神に対する畏敬の念を感じない。


「あなた方は神を知らないのですか?」

「知識としては知ってるけど実物を見たのは君が初めてさ」

「もう神はおとぎ話の住人じゃて、誰も存在を信じてなぞおらんわい」

「そう……ですか」


 リアナの心が僅かに沈む。彼らの話が真実なら、エクスマキナに残った神々やデウスマキアを追放されたルーディスは既に消失している事を意味するからだ。


「エクスマキナにはもう神は残っていないのですね」

「神々は遥か昔、この地エクスマキナから旅立ったって聞いたけど?」

「こちらに残留した神もいたと聞き及んでいたのです」


 ヒィロの問いに、リアナは抑揚の無い声で答える。


「聞いてるって……君もこっちの世界から旅立ったんじゃないの?」

「いいえ、私は新天地デウスマキアにて生まれた新興の女神です」

「へぇ、まだ若い女神様だったのか」

「そうですね。生まれてまだ二千年ほどしか経っていません」

「…………」


 十代後半くらいの容姿であるリアナを見て三人とも言葉を失った。


「神々がエクスマキナを去ったのが五千年以上昔なんだからそういうこともあるかな?」


 神話が真実なら神々は不滅であり、数万年以上は生きている。ならば、二千年くらいではまだ若い方なのだろう。


「ねぇねぇ、リアナは本当に女神なの?」


 神力を抑えたリアナからは威圧感がない。そのせいで、ナヴィは気を大きくしたようだ。彼女の眼前までパタパタと飛んで疑わしそうな目を向けた。


「はい、私は女神ですが?」


 リアナはコテンと小首をかしげた。


 自分が神である事など彼女にとっては当たり前。そこに疑問を挟む余地など無い。何でそんなことを聞くのか不思議でならなかったのだ。


 だが、神々が消えたエクスマキナに生きる者にとって、神とは忘れられた神話の世界の登場人物でしかない。


「そんな自称じゃなくって証明するようなもの無いの?」

「証拠と言われましても、神は神ですから」


 執拗なナヴィにリアナは戸惑った。


 デウスマキアではリアナが神であることを疑う者などいなかった。だから、神である証明など考えたこともないし、どうしたら良いかわからない。


「あなたが竜であるように私は女神なのです」

「えっ、オイラがドラゴンだってわかるの!?」

「ええ、竜種の一つ白犬竜ファルニルコンの幼生ですよね?」


 竜が黒い魔力で魔獣化したエクスマキナと違い、幻想種のままの竜はデウスマキアでは珍しくない。竜は神に馴れ、神に従い、神を敬う。逆に神は竜に慣れ、竜を従え、竜を愛でる。だから、リアナにとっても竜は身近な存在だった。


「ファルニルコンはもともと銀月の女神ルーナスの眷属。ファルニルコンの長がルーナスに殉じて共に衰退するエクスマキナに残留したと聞いています」

「ほらほら、やっぱオイラ竜だったんじゃないか」


 竜と言われて気を良くしたナヴィにザンドは呆れ返った。


「ただの羽根の生えた犬じゃろ?」

「ふふん、女神が言うんだから間違いないさ」

「お前さんは彼女が女神か疑っておったろう」

「リアナは女神さ、間違いないよ!」

「やれやれ、現金なヤツじゃわい」


 ナヴィの手の平返しにザンドは呆れた。だが、ザンドも目の前の少女がただものではないとは感じている。


 顎髭を撫でながら目を細めてリアナを見つめた。


「オヌシが女神なら神々はどうして別の世界へと旅立った理由も知っていおるのかの?」

「魔術の神ヘカテスが魔導工学を人々に伝授した事が契機となり、人々から信仰が失われた為と記録きおくにあります」

「ほう、ヘカテスとな」


 ザンドにはその名に覚えがある。


 魔導工学の祖。


 神話には確かに神とされているが、現在ではヘカテスとは魔導工学に貢献した者に与えられる称号か、太古の研究組織の名だというのが通説だ。


「神は信仰を糧に存在します。信仰が消えつつあるエクスマキナを捨て新天地を求めたそうです」

「はて?」


 リアナの説明にザンドは首を捻った。


「それならオヌシは何の目的で来たんじゃ?」

「目的?…………」


 ザンドの問いにリアナはコテンと小首を傾げた。


「…………さあ?」

「いや、そうは言うてもエクスマキナにはオヌシが必要とする信仰が無いんじゃろ?」


 存在の糧となる信仰がないエクスマキナに来るのは自殺行為に等しい。


「そんな危険を冒して来たのなら、それなりの理由があるはずじゃ」

「理由と申されましても私はデウスマキアを追放されましたので」

「追放?」


 追放とは穏やかではない。ザンドの顔が僅かに険しくなった。もしや目の前の少女は見た目とは違い極悪人なのだろうかとザンドは警戒した。


「お主は何か悪事を働いたのか?」

「悪事?…………」


 サンドの問いにリアナはしばらく考え込んだ。ヒィロやナヴィ、サンドの視線がリアナに集まる。


「…………さあ?」


 が、リアナは答えが見つからず小首を傾げた。


「私は何か悪い事をしたのでしょうか?」

「いや、聞いとるのはわしの方なんじゃが」


 ザンドは乾いた笑いを浮かべた。どうにも不思議な少女で要領を得ない。


「まあ、ここで立ち話もなんじゃ。リアナが女神かどうかは置いて、いったん寝ぐらベースへ戻ろうかの」


 だが、美しいが無表情で何とも掴みどころがなくともリアナから邪悪な印象も受けない。ひとまずリアナを信じても良いと思えた。


「そうだね、早くしないと日が暮れる」


 ヒィロは時計の針を確認した。


 旅立ちの塔ノアズアークは魔獣が多数棲息する森に囲まれている。夜目のきくものも多い。夜の戦闘は魔鎧兵アルマギアがあっても、著しく人間に不利になるのだ。


「さあ、一緒に外の世界へ行こう」


 ヒィロは優しく笑うとリアナに手を差し伸べた。


「……」


 リアナは差し出されたヒィロの手をジッと見つめた。その顔には何の感情も浮かんでいない。


「よろしくお願いします」


 だが、抑揚のない声で応じながらもリアナはその手を取ったのだった。


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