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第11話 銀月の塔《ルミナスアーク》


 ヒィロ達は魔鎧兵アルマギアを駐留させている最初の広場へと出た。


 ヒィロに手を引かれていたリアナが何んとなしに振り替える。そこには巨大な白い旅立ちの塔ノアズアークが静かにそびえていた。


(始まりの塔セントアークに似ている)


 その建造物は追放されたデウスマキアを思い出させる。まだ、一日と経っていないのに、ひどく懐かしさを感じさせた。


 塔を見上げていたリアナの青い瞳に力強い光が差した。


「これがエクスマキナの太陽」


 その陽の眩しさに無表情ながら僅かに目を細めリアナは手を翳した。初めて浴びるエクスマキナの陽光はデウスマキアよりも刺すように強烈で、リアナには強過ぎたらしい。


「眩しい……」

「もう夏だからね」

「夏?」


 デウスマキアは一年を通してずっと穏やかな陽射しに包まれた常春の世界。知識としては知っていたが、リアナは生まれて初めて夏を感じた。


「とてもきつく、だけどとても活力に満ちている。なんて荒々しくも生命力に満ちているのでしょう。これが夏なのですね」


 デウスマキアは整然として美しい。ここへ来る時に入った始まりの塔セントアークも数千年の刻を経てなお瑕疵一つない完璧な美だった。


 ところが、同じ刻を経た旅立ちの塔ノアズアークはあちこちが崩れている。壁は崩れかけ、床石は割れ、もはや朽ちかけた遺跡だ。


 しかし、至る所から突き抜け茂る緑がリアナに溢れ出す生命の躍動を感じさせてくれる。


(この世界にはとても色があふれているのですね)


 白が基調の前世界デウスマキアは整然として美しい。それに比べて、エクスマキナは雑多で様々な息吹に溢れていた。


(だけど、命の鼓動をとても強く感じる)


 デウスマキアは祈りが世界を覆っていた。神を崇める人々の粛々とした祈りに。しかし、神を失ったエクスマキナには、祈りの代わりに人々が必死に暮らす意思に満ちていた。


「こっちだよ、リアナ」


 ヒィロに手を引かれ広場の中央へと連れ出されれば、まず目に入ったのは記念碑のような白亜の柱。


(何でかしら?……とても懐かしく感じられるのは)


 初めて見たはずの旅立ちの塔に似た建造物は、どうしてだかリアナの胸に郷愁のような気持ちを沸かせた。


「これは銀月の記念塔ルミナスアークだよ」

「ルミナス?」


 リアナはその名に引っかかりを覚えた。


(ルミナス……ルミナス……この塔から感じる優しく温かい祈り……)


 リアナは黙って塔を見上げた。光を浴びた白亜の記念碑は、まるで銀光を放っているよう。


「この塔はのぉ、神々がこの地を去る時に旅立ちの記念として建立こんりゅうされたものだと言われておる」


 リアナの横に立ったザンドが同じように銀月の塔を見上げる。


「まっ、考えなしの馬鹿者どもの通説じゃがな」


 だいたい、神を信じず旅立ちの塔を観測所か何かと言っていたではないかとザンドは呆れていた。まあ、それだけ始まりの塔に興味がない証左なのだろう。


「はい、神々がエクスマキナを出て行く時に、このような建造物を作った記憶きろくはありません」

「おっ、やはりそうなんじゃな」


 リアナの同意にザンドは喜色を浮かべた。


「朽ち方から作られた年代が違うと思っておったんじゃ。わしの考えでは、こいつは去っていった神々を……」


 気を良くしたザンドが饒舌に自分の説を語り始めたが、リアナはそれには興味を示さず銀月の記念塔ルミナス・アークの前へ進む。


(私を呼んでいるのですか?)


 まるで優美な白銀の塔が語りかけているかのようにリアナには思えた。右手でそっと外壁に触れる。


(冷たい……なのに生命の温もりを感じる?)


 無機質な固く冷えた感触。だけど、その中に僅かな生命の鼓動が伝わってくる。その指が小さな窪みを捉えた。それは規則的なおうとつ。


「これは……文字?」

「おお、それに気づいたか」


 リアナの背後からザンドが顔を覗かせた。


「それは失われた古代カナーン文字で書かれておってのぉ」

「神代の時代の文字なんだよね」


 さらに横からヒィロが首を突っ込んできた。


「うむ、そのせいで未だ誰も解読できておらんのじゃ」

「これ、何て書いてあるんだろ?」


 興味津々でヒィロが瞳を輝かせる。そんなヒィロの姿を相変わらずリアナ無表情で見つめた。


「それがヒィロの願いなのですか?」

「願いって言うか……そこに未知があれば解き明かしたいじゃないか」


 リアナは何も答えず壁に視線を戻してじっと見つめた。


「……我が名を唱えよ」

「えっ、リアナはこれが読めるの!?」


 ヒィロを振り返ったリアナはこくりと黙って頷いた。そして、再び壁の文字に目を戻す。


「我が名を唱えよ。我が愛しき子よ、我が意志おもいを継ぐ子よ、我が祈りを紡ぐ子よ、我の背に乗り地を駆け、我の翼で大空を羽ばたけ」


 澱みなく滔々とうとうと文字を紡ぐリアナはまるで謡っているかのよう。


「我が名を唱えよ。さすれば汝の行く未来に銀月の光の導きがあらん」


 全て語り終えたのだろう。リアナはそれ以上は何も語らず、しばしの沈黙が訪れた。


「それで終わり?」

「はい」

「どういう意味?」

「さて、わしにもさっぱりじゃ。普通に考えれば、ここで指定の名前を唱えれば何かが起きるんじゃろうが……」


 さて、我が名とはいったい何だろうか?


「ルミナス!」


 急にヒィロが銀月の塔へ向かって叫ぶ。だが何も起きない。


「何じゃ急に」

「銀月の導きなんだし銀月の女神ルミナスかなって思ったんだ」

「ヒィロ、銀月の女神の名はルーナスですが?」

「なるほどのぉ、長い年月の中で神の名が間違って伝わったようじゃな」

「よーし、それじゃあ……ルーナス!」


 再びヒィロが名前を唱えるが、やはり何も起きなかった。


「うーん、やっぱりダメか」


 あははと乾いた笑いを浮かべヒィロが頭を掻いた時、リアナが「あっ」と小さく呟いた。


「碑文の最初に名前が書かれてありました」

「ちょっと、最初にそれを言ってよ」


 どうにもリアナは浮世離れしてズレたところがある。ヒィロとザンドは顔を見合わせて苦笑いした。


「それで何て名前なの?」

「読み上げてくれんか」

「はい」


 言われるままリアナは頷き読み上げた。


「『ルーナステラ』」


 刹那、銀月の塔がほわっと優しい光を宿した。


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