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第12話 古鎧兵《アルケギア》


 銀月の塔ルミナスアークが纏う光はほんのりと霞むようで、それはまるで夜の闇夜に浮かぶ朧月。


「何じゃこれは?」


 長年この塔の研究をしてきたザンドにしても初めて見る現象だった。


「綺麗だけど……光るだけ?」

「うーむ、いったい何の意味があるんじゃ?」


 ヒィロとザンドが銀月の塔をぐるりと見て回るが、光る以外には何か起きる様子もない。そんな二人には目もくれず、リアナは光る塔をじっと見上げていた。


(何でしょう……この胸の内に広がるざわつきは?)


 月光のように優しくリアナをくるむ光はまるで母の温もり。だけど、朧げに輝く塔は寂しげな眼差しのようでもあり、リアナに何かを訴えているよう。


 塔に誘われるようにリアナは碑文の文字に触れた。


「ルーナステラ」


 リアナの口から再びその名が零れる。それに呼応するかのように塔を纏う光が厚みを増したように感じられた。


 ――ガガガガガッ……


 すると銀月の塔が縦方向に真っ二つに亀裂が入り、そのまま左右にスライドしていく。


「おお、何じゃこりゃあ!」

「じぃちゃん、中に何かいる!」


 徐々に見えてくる塔の内部。そこに巨大な人影のようなものが見えてきた。


「むぅ、でかいのぉ」


 それは10Arアール(1mメートル=約2Ar)はゆうに超えている。神話にある神々と争っていたいにしえ巨神族ティターンでも封印されていたかとザンドは身構えた。


「これは……巨大な像?」


 完全に塔が開き切ると中から現れたのは白銀の巨像。正面に突き立てた剣に両手を置き、悠然とした立ち姿は優美でもある。


 細身の剣身のように華奢で全身が白銀に輝く巨人はまるで芸術品。あまりに美しくヒィロは魅入られるように見上げた。その横を通り抜けザンドが像に近寄り、コンコンと軽く拳で叩く。


「金属製のようじゃな」

「この像って、もしかして魔鎧兵アルマギア?」

「おそらくのぉ」

「だけど、この塔って数千年前のもんなんだよね」


 パタパタと頭部まで飛んでジーッと見ていたナヴィが胡乱げな目になる。


「ちょっと綺麗すぎじゃない?」

「ホント今にも動き出しそうだよね」


 ヒィロもペタペタと触るが傷一つ無く、覗きこめば鏡面のように美しい銀色の装甲に顔が映った。


「実際、動くじゃろ」

「うっそだー」


 上から降りてきたナヴィが疑いの目をザンドに向けた。


「ジッちゃんの魔鎧兵は百年くらいでポンコツになってるじゃん。数千年前の魔鎧兵が動くわけないよ」

「この塔は魔導工学最盛期シデロスジェーノごろのモノじゃ。当時の魔導工学は今よりずっと優れておったからのぉ」

失われた魔導技術ロストマギカニックだね」


 神代の時代から最盛期、魔導工学の神ヘカテスがいた時代では現代とは比べ物にならないほど魔導工学が発達していた。


 しかし、信仰を失いヘカテルが消えてそれも一転。魔導工学は衰退の一途をたどり、最先端の技術はどんどん失われていった。


 今では再現不可能な技術が多数ある。それらを失われた魔導技術ロストマギカニックと呼ぶ。


「そうじゃ。現代の魔鎧兵よりも性能が格段に上でのぉ、今でも当時の魔鎧兵に乗っている騎士もおる」


 各国の王が乗機する国王機の中にも魔導工学最盛期シデロスジェーノの頃に制作された魔鎧兵が少なくない。


 それら魔導工学最盛期シデロスジェーノ失われた魔導技術ロストマギカニックで製造された魔鎧兵アルマギアを特別に古鎧兵アルケギアと呼ぶ。


「へぇ、今よりそんなの進んでたの?」

「嘘か真か人はあまねく大地を支配し、天空や大海を統べ、ついには星から飛び出し天に浮かぶ月まで行き来しておったとか」

月面世界ミナスの話だよね」


 エクスマキナの子供なら一度はおとぎ話に聞く銀月の都市の物語。天を渡り月を住処とした者達は魔導工学の衰退のせいで大地に戻れず、今もなお月面都市で生きていると語られている。


 太陽が支配する天空に薄っすらと見える銀月ミナスを見上げながら、ヒィロはふと思った。


「この魔鎧兵って銀月に似ている気がする」


 ――と。


「ルーナステラって名前も銀月の女神ルーナスに似ているよね」

「恐らく銀月をイメージして建造されたんじゃろ」


 ルーナステラを見上げながら、ザンドは頭を掻いて唸った。


「しかし、この魔鎧兵をどうするかのぉ」

「持って帰れない?」

「わしのギアより頭一つデカそうじゃて」


 ザンドは後ろで駐留させている愛機おんぼろと見比べながら唸った。


「細っこいが見た目より重量がありそうじゃわい」

「運ぶのは無理そう?」

「せっかくの発掘品じゃから持って帰りたいのは山々じゃが厳しいのぉ」

「乗って動かせばいいじゃん」


 ナヴィはパタパタと飛んでルーナステラの腹部と胸部の間の装甲を前肢でポンポン叩いた。


鎧装球儀ギアスフィアはここみたいだよ」

「状態は良さそうじゃし試してみるかのぉ」


 ザンドは鎧装球儀に伸びるタラップに手を掛け、見かけによらぬ俊敏さで登る。


「むっ、こりゃいかん!」


 そして、中へと乗り込もうとしたが諦めて降りてきた。


「ジッちゃん、どうしたんだよ急に降りてきて」

「何があったの?」


 何事かとヒィロとナヴィが不安げにザンドへと近寄った。ザンドはかなりの強者である。ちょっとやそっとでは動じない胆力の持ち主だ。


「むぅ、それがのぉ」


 それが慌てて降りてきたかと思えば難しい顔をしている。よっぽどの事があったと思うべきだ。


 まさか外見と違い内部はかなり損傷していたのだろうか?


「入口が小さ過ぎてわしの体が入らんのじゃ」


 ヒィロとナヴィは盛大にこけた。


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