目次
ブックマーク
応援する
21
コメント
シェア
通報

第十二話 凱旋

「おまえたち、村に戻って何人か助けを呼んできてくれ。さすがに俺たちだけじゃトロールを三体も運べない」


 ガンドルフィにそうお願いされたマリオット、ジェラド、パナンは「おう! まかせろ!」「助けを呼んでくるであります」「すぐに戻るから待っててね!」と嬉々とした様子で村に駆け出した。


 そんな子どもたちの背中を見送りながら、私はポツリと呟いた。


「あの子たち、冒険者の資格を剥奪しなくちゃ」


 するとガンドルフィは目を丸くして驚いた。


「ええッ!? なんでだよッ!?」


 ガンドルフィは驚きと共に、せっかく大勝利の心地良い余韻に浸っていたのに水を差されて腹を立てたようだった。


「だって冒険者ギルドの依頼書を無断で持ち出したのよ。これは重罪なんだから。それに年齢制限を無視してCランクモンスターのトロールと戦うなんて冒険者ギルドの規約違反もはなはだしいわ。当然の罰よ。冒険者ギルドから永久追放とまでは言わないけど、一年間は冒険者の資格の再取得は禁止ね。これでもかなり甘い罰なのよ」


 そう指摘されてガンドルフィも「確かに……」と認めざるを得ず「うぐぐ……」と唸ったが、何かが思い当たったようで顔を輝かせた。


「そ、そうだ! シルヴィア。実はトロールの討伐依頼は俺が受けてたんだ。それで子どもたちあいつらに偵察の「お使つかい」を頼んでいたんだよ!」


 ガンドルフィが苦し紛れの詭弁を始めたので私はジト目で睨んだ。


「そんな言い訳が冒険者ギルドの本部に通用すると思っているの?」


「も、もちろんだ。なにせ俺はマーカロン村のギルドマスターだからな」


 ガンドルフィは威勢を張って胸を反らせた。


「バレたらあの子たちだけじゃない。あんたガンドルフィもタダじゃすまないわよ。下手をしたらマーカロン村の冒険者ギルドがだってあるわよ」


 ガンドルフィは一瞬怯んだが詭弁を撤回しなかった。


「それに私がそんなの加担をすると思っているの?」


 私は真剣な表情でガンドルフィを睨んだが「」と返された。


「なッ───!? なんで私が嘘が得意なのよッ!?」


 私は自分のことをされたようでカッとなった。


 だが、しかし───。


「『死神シルヴィア』『殺戮の女神』あと『血塗られた赤い女王レッドクイーン』なんて呼び名もあるんだっけ?」


 ガンドルフィから意外なが飛び出した。

 いずれも私が王都で勇者パーティーの剣聖をしていた時の二つ名ふたつなだった。


「なにッ───!? な、なぜそれを……ッ!?」


 私は狼狽うろたえた。


「なぜって、お前シルヴィアの前では魔王も裸足はだしで逃げ出すんだろ? そんなの噂なら王都から遠く離れたマーカロン村にだって届くさ」


 私は足元の地面が急になくなり、ぽっかりと空いた穴に落下するような眩暈めまいを覚えた。


「む、村の皆は? 村の皆は知っているのか……?」


 私は「どうかそれだけは……! どうかそれだけは知らないと言ってくれ、ガンドルフィ!」と願ったが───。


「もちろん知ってるさ。当り前じゃないか」


 その言葉は大きな剣となって私の胸を貫いた。

 私は両手を地面についてがっくりと崩れ落ちた。


「村の皆はその事を知ってて私を迎え入れてくれたのか……」


「ああ。そうだぞ。だから皆、お前が村に帰ってきたときに理由を尋ねただろ? あれは厚かましい詮索じゃない。理由を尋ねることでお前がどう返事をするか様子を見てたんだ。そしてお前は真実を隠した。それで村の皆はお前の嘘を信じたふりをして、それ以上、理由を聞かなかったんだ」


 なんということだ……。私はそんな村の皆の優しさに気付かず「厚かましい」などと悪態をついていたのか……。

 私は自分の事を恥じた。


「まあ、大方、お前が村に戻った理由は失恋でもしたんだろうな」


 突然、ガンドルフィに図星を突かれた。


「な、何故それをッ!?」


「お? 適当に言ったんだが当たりだったか?」


 ガンドルフィは意地悪そうに笑った。


「相手は誰だ? お前はだから王都の貴族の令息か? 他にはお前は強い男も好きだから王都の騎士団長か……はたまた、まさか勇者とか?」


 ガンドルフィは私の狼狽ろうばいする反応を見て意地悪くいたぶってきた。

 そして「勇者」という言葉に私がビクリと身体を強張らせたことを見逃さなかったようだ。


「やはりそうか。薄々そうじゃないかと思っていたよ。

 まあ、お前みたいに気が強くて気難しくて、その上、自分より強い女を好きになる男なんて俺くらいなもんだ。お前に告白されて勇者はさぞ肝を冷やしただろうな。何せ魔王を一睨ひとにらみで逃げ出させる女だ。断ったら殺されるかもしれん。俺ならそんな女に告白されたら土下座して許しを乞うね」


 ガンドルフィは大口を開けて大笑いをした。


 一瞬、ガンドルフィが何か気になることを言ったように思えたが、そんな些細な「ん?」と思うことは怒りに押しやられた。


「誰が土下座して許しを乞うだと~!」


 その瞬間、私の脳裏には勇者が土下座した姿が鮮明に思い出されたが、ガンドルフィを許すことができず、私は剣を抜いて追いかけ回した。


「や、やめろッ! ちょ、おま、殺気ッ! 本気マジの殺気じゃねーかッ! 剣聖シルヴィアの剣はしゃれにならんから本当にやめろーッ!」


 ガンドルフィの悲鳴が沼地に響き渡った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?