第16話 俺様は日々頑張って働く
さて、身なりを整えて朝食を取って領館に出勤である。
まあ、朝食といっても、いつものシチューに黒パンなんだが。
あと、身なりといっても粗末な服で領館に行くとえらく目立つので、なんとかしないとなあ、村長の家でお古を分けて貰おうかな。
衣料品というのは絶対に必要なんだけど、大量生産が始まるまでは大層高いものなのだ。
なので農村の村人の服というのは着た切り雀で破れたら繕ってがんばって着るのでつぎはぎだらけなんだな。
また新品を買うとかは夢のような贅沢なんで、村長の家ぐらいしか出来ない。
俺らは村長や村の金持ちの服を安く譲って貰う感じでよそ行きを手に入れる。
基本よそに行かないやつらは古着で着た切り雀であるよ。
とりあえず、シャツとズボンをもうちょっと良い物にしないと領館の衛兵に追い返されそうだ。
俺は出勤前に村長宅へ行った。
「あら、リュウジどうしたの?」
「ああ、クララ、着る物が無いから村長に譲って貰おうかと思ってさ」
「そうね、領館で働くのにその粗末な格好だと困るわね。ちょっとまってなさい」
村長に相談するつもりだったが、クララが世話を焼いてくれる。
モテる男は辛いぜ、へへへへ。
クララがシャツを二枚、ズボンを一枚持って来た。
「あげるわ、リュウジがみっともないと村の名折れですからね」
「わあ、良いのか、こんな良い服」
「学校に行った兄さんのお古よ、もう着ないだろうから」
クララの兄さんは勉強が出来る人で、都市の学校へ行って勉強をしている。
卒業後は領館で役人にでもなるのだろう。
「ありがたくいただいておくよ」
「今、着替えて行きなさいよ、古いのは洗濯して届けてあげるわよ」
「わあ、いいのかよ」
「リュウジは料理で領館勤めって珍しいコースを見つけてくれたからね、村民みんなの希望の星よ。がんばって働きなさいね」
「ありがとう、クララ」
なんだな、出世するって偉い事だな。
レシピが売れるまでの俺にはクララは塩対応で鼻も引っかけなかったというのに。
好待遇で嬉しいぜ。
俺は村長の家で服を着替えて、古い服をクララに頼んだ。
「意外に見れるようになったわね。これから暑くなるから毎日水浴びしなさいよ」
「毎日か、大変だな」
「領館の人間で清潔にしてない人は居ないわ、あと料理人だから特にね、身ぎれいにしなさいよ」
「わかった、いろいろありがとう、クララ」
清潔な服になってこざっぱりしたな。
今世の農村は各家庭に風呂は無い。
村はずれにサウナ風呂があって、そこで暖まってから沐浴して体を綺麗にする。
サウナがあるのは週に二回ほど、サウナ無しだと冷水で体を拭うので冷たい。
中性の暗黒時代は風呂に入らず、不潔の極みと思って戦々恐々していたのだが、そんなに酷くは無かった。
前世の欧州の風呂嫌いはペストやコロナの疫病のせいだったらしいな。
疫病の前はわりと風呂も入っていたっぽい。
ローマ時代の人は風呂好きだったらしいしなあ。
川沿いの道を歩いて領館に向かう。
川沿いの道は空が高くてせいせいするね。
「お、リュウジ、今日は格好いいな」
「領館に来るのに、前の服ではちょっとね」
「わはは、そろそろ、そんな服では入れてやらんと言う所だったぞ」
衛兵さんにからかわれた。
彼らはマッチョで槍を持った兵隊さんで、わりと気さくだね。
貴重な領館のスタッフなので、村祭りとかに衛兵さんが来ると村娘に超モテる。
うちの村からも衛兵さんに嫁に行った娘がいたなあ。
敷地に入り、領館の勝手口から入った。
「おや、ちゃんとした服になったね、リュウジ」
「はい、村長の息子さんの服を譲ってもらいましたよ」
「そりゃあよかったね、大事にするんだよ」
メイド頭のボフダナさんに褒められた。
やっぱり馬子にも衣装なんだな。
控え室の俺のロッカーで、コック着に着替えた。
明日には洗濯したものが配達されるだろう。
「おお、リュウジ、良い服きてんじゃねえか。金持ちだなあ」
「村長の息子さんの古着ですよ」
「ああ、都市に勉強に行ってる奴か」
フリッツさまの癖に色々知ってるな。
もう、御領主さまとシャーロットさまのご朝食はすんだようだ。
使い終わった食器が配膳メイドの手によって戻って来た。
とりあえず、俺が一番下っ端なので命令されるまえに皿を洗う。
わりと高そうな食器が多いので気を付けないと。
慎重に洗って、食器棚に戻しておいた。
高そうな食器が山ほど食器棚には眠っているが、これは大体、宴会に使われるものだ。
バーモント子爵の領館であるこの場所では、一ヶ月に一回ぐらい、寄親の伯爵や、同輩の子爵、男爵などを招いて宴会を行うんだな。
わりと派手で、目が回るほど忙しいらしい。
たぶん、俺も一日中スダラマッシュを作らされるんだろうな。
今、この地方での流行の料理だからな。