「え、え、え?」
動揺を隠せない。
今まで、マナが見えた人はいなかったから。
「あの、皆さんは、マナが見えるんですか?」
私がそう尋ねると、オーウェルさんが私の両肩に、ばしんと、
ちょっと痛い。
特に右肩。
「ああ、俺らにはマナが見える。なにせここにいる俺らの一族はハーフエルフの血族だ。つまり、大自然の力を感じ取れるフォレストエルフの血が流れてるんだ」
「フォレストエルフ……彼らならマナが見えるんですか!?」
「ああ、見えるだろう。その辺に浮いてる変なやつだろ。しかし、これをなにかの力に変換できるとは思わなかったし、そんな術は初めて見た」
変なやつ?
オーウェルさんの手に力がこもる。
さらに痛い。
特に右肩。
「なあお嬢さん。いや、マール先生! どうだろう、その力をここの連中に教えてもらえないだろうか?」
「へ?」
「マナの力を使いこなせれば、我々の生活はきっと楽になる。非力なものでも、魔物と戦えるようになる。頼まれてくれないか!」
「ちょ……痛い……」
「あ、ああ、すまない」
オーウェルさんが、慌てて手を離す。
やっと解放された。
「
「お願いします、マール先生!」
オーウェルさんの後ろから、村のみなさんが一斉に頭を下げた。
私は
この力を後世に残すことが、果たして良いことなのだろうか。
でも、さっき私は、この世界になにも残さずに命を絶とうとした。
ならば少しでも、生きた
私に課せられた呪いは、きっとこの法術とは関係ないだろうから。
「わかりました。私が知っている限りの法術を、お教えします」
「おお、ありがとうございます!」
オーウェルさんが、深く頭を下げる。
「ただし条件があります。私はわけあって十日間、同じ町や村に滞在することができません。ですから八日間だけ、集中してお教えします。それと滞在先となる宿屋の一室、八日後の旅に必要な食料と水を用意していただけますか?」
私が
それから私は、村長であるオーウェルさんの家の一室を借りた。
この村にはあまり旅人が訪れないので、宿屋がないらしい。
あるのは酒場と、雑貨屋だけだ。
私は翌日から、村の小さな学校で、大人たちに法術を教えることになった。
マナが見える人たちにとって、法術を教えるのはそれほど難しいことではなかった。私が黒板に書いた円陣を、生徒となった村の人たちがノートに書いていった。
法術の基本は二重の円である。
外側に大きく、そして内側の円は外側よりも
こうして教えていくうちに、私自信も学ぶことが多かった。
まず、ワンドの質によって法術の効果が大きく変化したことだ。同じ術でも丁寧に削って作られたワンドと、ただ拾ってきた枝とではマナの集まり具合が大きく変わった。
マナが集まらなければ法術も正しい効果を発揮しないし、最悪、暴走することもある。
そして毎日、頭の中に浮かんだ術を村人に教えていっても、法術の数はとめどなく
最も多く教えたのは“治癒の法術”で、人を傷つける“火球の法術”などは、村人の要人にしか教えなかった。
七日目あたりになると、私の教えを聞きに来る村人は
それぞれが必要な法術を学ぶと、翌日にはもう来なかったりというのが当たり前になっていた。そんな中で二人、熱心に法術を学ぶ人がいた。
一人はセレニィだ。
彼だけは熱心に私が書いた円陣を全てノートに写し、詠唱を何度も聴き直してくれた。
この子はきっと将来いい術士になる。そんな可能性を感じさせた。
もう一人は村長のオーウェルさんだ。
オーウェルさんは私が操る法術に異常なまでの熱意を注ぎ、必ずこれらを全てマスターすると意気込み、貪欲に学び続けていた。
私は村で、いつの間にかマール先生と呼ばれるようになり、様々な食材や道具をもらってしまった。オーウェルさんが「これは村からのお礼だから遠慮せず受け取って下さい」と言うので、ありがたくもらっておいた。
そして八日目が終わり、約束の時間となった。
今日で法術教室は終わりだ。学校の窓を見ると、村人たちはワンドを片手に円陣を書き、様々な術を使いこなしていた。
もう、彼らに教えることはないだろう。
「先生」
背後から声をかけられ、振り返る。
そこにはセレニィがいた。
「先生は、もう行っちゃうんですか?」
寂しげな表情をして
その気持ちが、とても
「うん。もう行かなくちゃいけないんだ」
「なんで?」
「あー……」
子供の純粋な疑問には弱い。
この村で、夢中になって法術を教えていたお陰で、考えたくなかったことを思い返さずに済んでいたのだけれど、
「先生はね、呪われてるの。私と一緒にいると、その人が不幸になる。私が長くいた場所は、必ず滅びてしまう。だから私は村の人たちやセレニィを、そんな目に遭わせたくないの」
「僕は平気だよ! 先生に法術を習って、とっても強くなったんだ。だから先生、ここにいてよ。もっと教えてよ。寂しいよ……」
私は涙腺を刺激されて、セレニィに抱きつく。
「その気持ち、
セレニィは私の背中に手を回し、ぎゅっと力を込めた。
「僕が大人になったら、絶対に先生を探しに行くよ。それでね、それでね、僕は先生と結婚するんだ!」
「セレニィ……」
ありがとう。
涙が出そうになるほど嬉しいその言葉の返事を、ちゃんと口にすることができなかった。