目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第十一話 マール先生

「え、え、え?」


 動揺を隠せない。

 今まで、マナが見えた人はいなかったから。


「あの、皆さんは、マナが見えるんですか?」


 私がそう尋ねると、オーウェルさんが私の両肩に、ばしんと、たたくように手を置いた。

 ちょっと痛い。

 特に右肩。


「ああ、俺らにはマナが見える。なにせここにいる俺らの一族はハーフエルフの血族だ。つまり、大自然の力を感じ取れるフォレストエルフの血が流れてるんだ」


「フォレストエルフ……彼らならマナが見えるんですか!?」


「ああ、見えるだろう。その辺に浮いてる変なやつだろ。しかし、これをなにかの力に変換できるとは思わなかったし、そんな術は初めて見た」


 変なやつ?

 かすかな違和感があるけれど、なにも感じ取れないよりはましだ。


 オーウェルさんの手に力がこもる。

 さらに痛い。

 特に右肩。


「なあお嬢さん。いや、マール先生! どうだろう、その力をここの連中に教えてもらえないだろうか?」


「へ?」


「マナの力を使いこなせれば、我々の生活はきっと楽になる。非力なものでも、魔物と戦えるようになる。頼まれてくれないか!」


「ちょ……痛い……」


「あ、ああ、すまない」


 オーウェルさんが、慌てて手を離す。

 やっと解放された。


勿論もちろん、あまり多くはないけれど報酬は出す。お願いだ、いや、お願いします!」


「お願いします、マール先生!」


 オーウェルさんの後ろから、村のみなさんが一斉に頭を下げた。


 私は逡巡しゆんじゆんする。

 この力を後世に残すことが、果たして良いことなのだろうか。


 でも、さっき私は、この世界になにも残さずに命を絶とうとした。

 ならば少しでも、生きたあかしを残すのもいいのかもしれない。

 私に課せられた呪いは、きっとこの法術とは関係ないだろうから。


「わかりました。私が知っている限りの法術を、お教えします」


「おお、ありがとうございます!」


 オーウェルさんが、深く頭を下げる。


「ただし条件があります。私はわけあって十日間、同じ町や村に滞在することができません。ですから八日間だけ、集中してお教えします。それと滞在先となる宿屋の一室、八日後の旅に必要な食料と水を用意していただけますか?」


 私が声高こわだかに言うと、オーウェルさんが笑みを浮かべて「承知した!」と、叫んだ。


 それから私は、村長であるオーウェルさんの家の一室を借りた。

 この村にはあまり旅人が訪れないので、宿屋がないらしい。

 あるのは酒場と、雑貨屋だけだ。


 私は翌日から、村の小さな学校で、大人たちに法術を教えることになった。

 マナが見える人たちにとって、法術を教えるのはそれほど難しいことではなかった。私が黒板に書いた円陣を、生徒となった村の人たちがノートに書いていった。


 法術の基本は二重の円である。

 外側に大きく、そして内側の円は外側よりもわずかに空ける程度に描き、内側の円に五芒星ごぼうせい六芒星ろくぼうせいなどのシンボルを記す。詠唱しながら法術の名を唱えて、円陣にワンドを刺すことで発動する。


 こうして教えていくうちに、私自信も学ぶことが多かった。

 まず、ワンドの質によって法術の効果が大きく変化したことだ。同じ術でも丁寧に削って作られたワンドと、ただ拾ってきた枝とではマナの集まり具合が大きく変わった。


 マナが集まらなければ法術も正しい効果を発揮しないし、最悪、暴走することもある。

 そして毎日、頭の中に浮かんだ術を村人に教えていっても、法術の数はとめどなくあふれてきて、五日っても教えるものが枯渇することはなかった。


 最も多く教えたのは“治癒の法術”で、人を傷つける“火球の法術”などは、村人の要人にしか教えなかった。


 七日目あたりになると、私の教えを聞きに来る村人はほとんどいなくなった。

 それぞれが必要な法術を学ぶと、翌日にはもう来なかったりというのが当たり前になっていた。そんな中で二人、熱心に法術を学ぶ人がいた。


 一人はセレニィだ。

 彼だけは熱心に私が書いた円陣を全てノートに写し、詠唱を何度も聴き直してくれた。

 この子はきっと将来いい術士になる。そんな可能性を感じさせた。


 もう一人は村長のオーウェルさんだ。

 オーウェルさんは私が操る法術に異常なまでの熱意を注ぎ、必ずこれらを全てマスターすると意気込み、貪欲に学び続けていた。


 私は村で、いつの間にかマール先生と呼ばれるようになり、様々な食材や道具をもらってしまった。オーウェルさんが「これは村からのお礼だから遠慮せず受け取って下さい」と言うので、ありがたくもらっておいた。


 そして八日目が終わり、約束の時間となった。

 今日で法術教室は終わりだ。学校の窓を見ると、村人たちはワンドを片手に円陣を書き、様々な術を使いこなしていた。

 もう、彼らに教えることはないだろう。


「先生」


 背後から声をかけられ、振り返る。

 そこにはセレニィがいた。


「先生は、もう行っちゃうんですか?」


 寂しげな表情をしてうつむくセレニィ。

 その気持ちが、とてもうれしかった。


「うん。もう行かなくちゃいけないんだ」


「なんで?」


「あー……」


 子供の純粋な疑問には弱い。

 この村で、夢中になって法術を教えていたお陰で、考えたくなかったことを思い返さずに済んでいたのだけれど、否応いやおうなしに突きつけられた現実を再認識した。


「先生はね、呪われてるの。私と一緒にいると、その人が不幸になる。私が長くいた場所は、必ず滅びてしまう。だから私は村の人たちやセレニィを、そんな目に遭わせたくないの」


「僕は平気だよ! 先生に法術を習って、とっても強くなったんだ。だから先生、ここにいてよ。もっと教えてよ。寂しいよ……」


 私は涙腺を刺激されて、セレニィに抱きつく。


「その気持ち、うれしいわ」


 セレニィは私の背中に手を回し、ぎゅっと力を込めた。


「僕が大人になったら、絶対に先生を探しに行くよ。それでね、それでね、僕は先生と結婚するんだ!」


「セレニィ……」


 ありがとう。


 涙が出そうになるほど嬉しいその言葉の返事を、ちゃんと口にすることができなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?