カリ島
「じゃあ、そろそろ働いてもらおうか」
ザックの声と同時に、頬に鋭い痛みが走った。叩かれた勢いで床に転がりそうになる体を無理やり起こされる。
「いてぇんだよ、馬鹿野郎!」
怒鳴り返したが、ザックは無表情のまま胸倉をつかんできた。
「いいか、お前が言う通りにすれば、娘は解放する。だが──」
鋭い目がこちらを射抜く。
「もし少しでも逆らえば……わかってるな?」
ため息を吐いて目をそらす。
「わかったって。離せよ、おっさん」
「聞き分けが良いな。さあ、連れていけ」
薄暗い独房を出て、眩しい西日が差し込む事務所の外に出る。足元に広がるのは、スカーが占拠した無人島──ロシア沖の孤島、カリ島だった。
「ここにゲートを立てろ」
ザックが指さしたのは、事務所から10メートルほど離れた平坦な地面。従うしかない。俺は目を閉じ、異世界──魔国ジーンを思い浮かべる。
「リンク」
空間がうねり、まるで水面のように歪んだ光の幕が開く。そこに現れたのは、魔国ジーンの市街だった。
「ここに繋げたまま固定しろ」
「は? そんなことやったことねえぞ」
「言ったはずだ。できなければ娘もろとも殺す」
くそ、どうすれば……。深呼吸し、意識を集中させる。思い描け。ここに固定する、絶対に動かないイメージを。
「……やってやる」
ビビッ、と小さな破裂音。収縮するはずのゲートは形を保ったまま、安定している。
成功──したのか?
「皆、装備しろ。重装備だ。奴らを皆殺しにしろ」
それから一時間後、パク率いる中国マフィア500人がカリ島へと上陸する。
「ここかぁ、スカーのアジトは」
笑顔を浮かべながらイザが呟き、そばにいた部下に手を伸ばす。
「おい、斧貸せ」
「はい、兄貴」
斧を受け取ったイザは、何のためらいもなく部下の脚に振り下ろした。
「ぎゃあああ!」
膝を砕かれた男がのたうちまわる。
「こらこら、敵地で暴れないの。狙うなら首にしなさい」
パクが煙草に火をつけながら、呆れたように言う。
「この斧、切れ味悪くないか?」
イザはそう言ってさらに二発、斧を振り下ろした。
「うぎゃあああ!!」
叫び声が島中に響き渡る。
「切断するのに三発もかかるとはな。これから相手にするのは魔法を使う異種族だぜ? こんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だよ、問題ない。奴らの耐久力は俺たち人間と同じだ。この程度で十分」
ニムが軽く笑って返すと、兄弟はそのまま砂浜を抜け、ゲート前へと到着した。
「これがゲート。ここから先が魔国ジーンってわけね」
パクは吸っていた煙草を投げ捨て、トンプソン短機関銃を構えた。
「じゃあ、みんな──いきましょうか」
「おい野郎ども、銃を構えろ。虐殺開始だ。女、子供、捕虜、スカー、全部だ!皆殺しだぁ!!」
同刻 アルタイル王国 アルタイル城
「カノン、今までご苦労であったな。これから君に与える最後の仕事だ」
クライス王の言葉に、うつむいたままのカノンが応じる。
「……はい、クライス王」
クリスを失った心の空洞はまだ埋まらない。だが、それでも──
復讐に燃える王は兵を動員し、カノンを伴い記者会見の場へと向かう。
城の中庭。噴水の前に集う数十名のエルフ記者たちの前に、クライスは姿を現した。
「魔国の連中は、私の信頼していた友の命を奪った」
「海賊、そしてサダベルの抗争で、数多の同胞が血を流し、命を落とした。我々は今ここに宣言する──」
「魔国ジーンに、宣戦布告する!」
その言葉は風に乗り、瞬く間に世界を駆け巡った。魔国ジーンの国王──ジーンの耳にも届く。
魔国ジーン 王塔
地獄のような光景が広がっていた。奴隷として扱われる人間たちが、エルフの手にかかって次々と殺される。もはや秩序など存在しない。そこは純然たる闇の王国だった。
王塔、王の間。人間の皮膚で張られた玉座にふんぞり返るのは、黒い眼帯をつけた肥えた男──魔王ジーン。
「へぇ、たてつく気か。ゴミの分際で」
爪をカチカチと鳴らしながら、嘲笑する。
「どうされますか、国王様?」
傍らに立つ臣下・メントが問いかける。
「迎え撃つに決まってるだろうが。当たり前のことを聞くな、ゴミが」
魔国ジーン 王塔地下
「がぁあああ……」
呻きながら傷を癒すのは、かつて勇者に討ち漏らされ、時の隙間へと逃げた怪物──魔王グランド。
この地に再び、深い闇が胎動を始めていた。