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第29話

「……これはどういうことだ?」

 西園蓮司は、スマホに表示された写真を拡大しながらつぶやいた。

 朝の5時に送られてきた画像には、緑ヶ丘第三児童公園の中央――ちょうど砂場のあたりに、例の祠がぽつんと立っていた。

「……絶対にあり得ない。あれは今、仮置場の収蔵庫に封印されてるはずだ。GPSタグもついてるし、文化財管理室の監視カメラも――」

「その“はず”が全部ダメになってるんですよ、西園さん」

 職場に駆け込んできたのは、文化課の木暮幸一だった。額に汗、顔面蒼白。

「収蔵庫、今朝の時点で**“空っぽ”です。祠が、まるごと消えてました。監視映像は真っ黒で、3時42分から4時16分の間だけ、まるで何も映ってない」

「GPSは?」

「反応なし。ていうか、“デバイス自体が存在していない”って表示されてる。……西園さん、これマジで“物理的な盗難”とかそういう次元じゃないっすよ……」

 蓮司は深く息を吐いた。

「……じゃあ、あの写真は?」

「フリーのライター。夏井璃子って人が撮ってSNSに上げたやつです。

 “封印を剥がされた土地に再構築された祠が現れた”って、まあ要はホラー怪談扱いですね……ただ、コメント欄がやばい」

「……やばいって?」

 木暮はタブレットを差し出した。

 画面には複数のユーザーコメント。

 ──「これ、昨日の夜、うちのマンションの中庭にあったやつと同じ」

 ──「小学校の裏庭にも似たような社が……」

 ──「エレベーターの中、木札ぶら下がってたんだけど? 本気で怖い」

 ──「近くで、子供が“誰かがこっち見てる”って泣き出した」

 ──「場所変えても祠が“戻ってきてる”なら、あれマジのやつじゃん……」

 佐伯梓が低い声で言った。

「……それ、まるで“祟りが場所を探してる”みたいじゃないですか」

 木暮が苦笑いする。

「いやいや、やめてくださいよ、そんなオカルトじみた……」

 けれど、口元が震えていた。

 そのとき。

 市役所の一階ロビーに、**「チリン……」**と風鈴の音が鳴った。

 誰もいないはずのホールで。

 エアコンの風も止まっているのに。

 空気が動いたわけでもないのに。

 ただ、“音だけ”がそこに現れた。

「……なんで、こんな音が……」

 蓮司が呟いた瞬間、ロビー奥のガラス扉の向こう。

 外の自転車置き場に、“それ”が立っていた。

 ――祠だった。

 街中に移されたはずの小社が、今また現れた。

 しかも――以前より“少し大きく”なっていた。

「……形が……変わってる……?」

 佐伯が呆然と呟く。

 だが蓮司は、その場から動けなかった。

“見てはいけない”という本能的な恐怖と同時に、

“見なければならない”という圧倒的な責任感が、彼を引き裂いていた。

 そのとき、風鈴がもう一度鳴った。

 チリン……チリン……

 まるで、“気づかれた”かのように。


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