「……これはどういうことだ?」
西園蓮司は、スマホに表示された写真を拡大しながらつぶやいた。
朝の5時に送られてきた画像には、緑ヶ丘第三児童公園の中央――ちょうど砂場のあたりに、例の祠がぽつんと立っていた。
「……絶対にあり得ない。あれは今、仮置場の収蔵庫に封印されてるはずだ。GPSタグもついてるし、文化財管理室の監視カメラも――」
「その“はず”が全部ダメになってるんですよ、西園さん」
職場に駆け込んできたのは、文化課の木暮幸一だった。額に汗、顔面蒼白。
「収蔵庫、今朝の時点で**“空っぽ”です。祠が、まるごと消えてました。監視映像は真っ黒で、3時42分から4時16分の間だけ、まるで何も映ってない」
「GPSは?」
「反応なし。ていうか、“デバイス自体が存在していない”って表示されてる。……西園さん、これマジで“物理的な盗難”とかそういう次元じゃないっすよ……」
蓮司は深く息を吐いた。
「……じゃあ、あの写真は?」
「フリーのライター。夏井璃子って人が撮ってSNSに上げたやつです。
“封印を剥がされた土地に再構築された祠が現れた”って、まあ要はホラー怪談扱いですね……ただ、コメント欄がやばい」
「……やばいって?」
木暮はタブレットを差し出した。
画面には複数のユーザーコメント。
──「これ、昨日の夜、うちのマンションの中庭にあったやつと同じ」
──「小学校の裏庭にも似たような社が……」
──「エレベーターの中、木札ぶら下がってたんだけど? 本気で怖い」
──「近くで、子供が“誰かがこっち見てる”って泣き出した」
──「場所変えても祠が“戻ってきてる”なら、あれマジのやつじゃん……」
佐伯梓が低い声で言った。
「……それ、まるで“祟りが場所を探してる”みたいじゃないですか」
木暮が苦笑いする。
「いやいや、やめてくださいよ、そんなオカルトじみた……」
けれど、口元が震えていた。
そのとき。
市役所の一階ロビーに、**「チリン……」**と風鈴の音が鳴った。
誰もいないはずのホールで。
エアコンの風も止まっているのに。
空気が動いたわけでもないのに。
ただ、“音だけ”がそこに現れた。
「……なんで、こんな音が……」
蓮司が呟いた瞬間、ロビー奥のガラス扉の向こう。
外の自転車置き場に、“それ”が立っていた。
――祠だった。
街中に移されたはずの小社が、今また現れた。
しかも――以前より“少し大きく”なっていた。
「……形が……変わってる……?」
佐伯が呆然と呟く。
だが蓮司は、その場から動けなかった。
“見てはいけない”という本能的な恐怖と同時に、
“見なければならない”という圧倒的な責任感が、彼を引き裂いていた。
そのとき、風鈴がもう一度鳴った。
チリン……チリン……
まるで、“気づかれた”かのように。