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第30話

 その夜、佐伯梓は夢を見た。

 祠が、ひとつ、またひとつと街の中に増えていく。

 住宅地の電柱の根元、川沿いの公園のベンチ裏、

 ショッピングモールの屋上駐車場――

 どれも微妙に形が違うが、確かに**“同じ祠”の気配**を持っていた。

 そしてそのすべてが、誰かの“記憶の断片”に乗って現れていた。

 ──ここにあったよね、昔、神社みたいなの

 ──なんだっけ、小さい頃、入っちゃダメって言われた場所……

 目を覚ましたとき、彼女の手のひらには、墨のような黒い染みが残っていた。

「……これ、ただのインク? それとも……」

 同じ頃、蓮司のスマホには一本の通知が入っていた。

 差出人:夏井璃子

 件名:祠、まだ増えてます

 本文:

 3か所目見つけました。全部“似ているけど違う”。

 しかも、どれも“誰かの過去の風景”に対応してる気がする。

 今日のやつは、“私が通ってた幼稚園”の裏にありました。

 子供のころに怖くて近づけなかったあの場所。

 でも、そんな祠、もう取り壊されてたはずなのに……

 祠は“戻ってる”んじゃなくて、“呼ばれてる”んじゃないですか?

 蓮司は背筋が凍った。

「……“まがり祠”って……そういう意味か……」

“まがり”とは“曲がる”ではなく、“曲げる”。

 現実の地形や構造を、記憶に引き寄せて捻じ曲げる力。

 つまり、祟られているのは“土地”ではない。

 人間の記憶そのものが侵食され、

 それによって**“地形の方が形を変えて祠を迎えにいっている”。**

 そのとき、文化課の木暮からも連絡が入った。

「西園さん、あの祠の“土台”……もともと“無かった”って証言、出てきました。

 地元の古老が言うには、“あれはもともと『場所』じゃなくて、『人間』を封じてた”って……」

「人間……?」

「正式な記録には残ってません。“里の外”から来た者。

 名前も、戸籍も、すべて“封じることで存在を止めた”って。

 でも、名前がまだ残ってる。だから、“誰かがそれを思い出せば、場所が再生成される”」

 佐伯が低くつぶやいた。

「つまり、今“まがり祠”が増えてるのって、“その人を知ってた誰か”が……記憶の中で触れちゃったってこと……?」

 蓮司が顔を上げた。

「……“その人”の名前、まだわからないのか?」

 木暮の声が震えた。

「仮名で、ひとつだけ記録に残ってました。

 “キミエ”って名だったらしいです」

 静寂。

 だが、窓の外から、風鈴の音が響いた。

 チリン……チリン……チリン……

 誰かが、確かに思い出していた。

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