その夜、佐伯梓は夢を見た。
祠が、ひとつ、またひとつと街の中に増えていく。
住宅地の電柱の根元、川沿いの公園のベンチ裏、
ショッピングモールの屋上駐車場――
どれも微妙に形が違うが、確かに**“同じ祠”の気配**を持っていた。
そしてそのすべてが、誰かの“記憶の断片”に乗って現れていた。
──ここにあったよね、昔、神社みたいなの
──なんだっけ、小さい頃、入っちゃダメって言われた場所……
目を覚ましたとき、彼女の手のひらには、墨のような黒い染みが残っていた。
「……これ、ただのインク? それとも……」
同じ頃、蓮司のスマホには一本の通知が入っていた。
差出人:夏井璃子
件名:祠、まだ増えてます
本文:
3か所目見つけました。全部“似ているけど違う”。
しかも、どれも“誰かの過去の風景”に対応してる気がする。
今日のやつは、“私が通ってた幼稚園”の裏にありました。
子供のころに怖くて近づけなかったあの場所。
でも、そんな祠、もう取り壊されてたはずなのに……
祠は“戻ってる”んじゃなくて、“呼ばれてる”んじゃないですか?
蓮司は背筋が凍った。
「……“まがり祠”って……そういう意味か……」
“まがり”とは“曲がる”ではなく、“曲げる”。
現実の地形や構造を、記憶に引き寄せて捻じ曲げる力。
つまり、祟られているのは“土地”ではない。
人間の記憶そのものが侵食され、
それによって**“地形の方が形を変えて祠を迎えにいっている”。**
そのとき、文化課の木暮からも連絡が入った。
「西園さん、あの祠の“土台”……もともと“無かった”って証言、出てきました。
地元の古老が言うには、“あれはもともと『場所』じゃなくて、『人間』を封じてた”って……」
「人間……?」
「正式な記録には残ってません。“里の外”から来た者。
名前も、戸籍も、すべて“封じることで存在を止めた”って。
でも、名前がまだ残ってる。だから、“誰かがそれを思い出せば、場所が再生成される”」
佐伯が低くつぶやいた。
「つまり、今“まがり祠”が増えてるのって、“その人を知ってた誰か”が……記憶の中で触れちゃったってこと……?」
蓮司が顔を上げた。
「……“その人”の名前、まだわからないのか?」
木暮の声が震えた。
「仮名で、ひとつだけ記録に残ってました。
“キミエ”って名だったらしいです」
静寂。
だが、窓の外から、風鈴の音が響いた。
チリン……チリン……チリン……
誰かが、確かに思い出していた。