「はい!依頼書通り、任務のクリアを確認しました!こちらは報酬になります!」
大きな袋がドスッと音を立てて受付に置かれる。
目を輝かせるのは言わずもがなの俺であり、今にも飛びついてしまいそうなほどの大金。
数字にして約10万円。
物価上昇しまくった今、足りないと言えばそれまでだが、お小遣いにしては多すぎるほど。
「あざす!」
元気の良すぎるお礼を指を咥えるのは、言わずもがなの俺。
ハンカチならば噛みちぎり、これが自分の指でなければ血を流していたほどの咬合力。
満面の笑みで大きな袋を持ち上げる少年は、俺の嫉妬の眼差しなんて見えていないのだろう。
スキップでも踏むような足取りで受付から去っていく。
「おまたせしました。こちらが薬草採取の報酬になります」
あの少年を対応した受付嬢とは打って代わり、抑揚のない受付嬢の声が……チャリンッと音を立てる袋を置いた。
明らかに軽々しい音は数字にして約数百円。
絶望に突き落とされた俺の夢は、涙目で小さな袋を見続けることしかできなかった。
「そ、その……たんぽぽ見つけるのめちゃくちゃ時間かかったんすけど……」
「知らないよ。魔法使いなら探知魔法でも使えば良かったじゃん。というか、Eランク依頼なんだから安くて当然でしょ」
「じゃ、じゃあ!Sランク依頼受けさせてくれよ!」
俺はSランク以上の強さを持ち合わせている。それどころか、この東京……いや、この日本で一番強い自信はある!
そんな自信があるからこそ紡いだ言葉だったというのに、返されたのは失笑。
「ぷふっ……!」という受付嬢の吹き出しに続くように、辺りの冒険者までもが笑い始める。
「おまえがSランク依頼を受けても一瞬で死ぬだけだろ!」
「ソロでSランクとかムリムリ!」
「寝言は寝て言えとはこのことだな!」
俺からすれば罵詈雑言。もっといえばいじめとも言えるこの状況を止めるものはいない。
べつにここにいるやつら全員皆殺しにしてやってもいい。こんなにも恥をかかせているのだから……こんなにも顔が熱いのだから!怒りに任せて皆殺しにしてやってもいいんだ!
でもそうさせてくれないのはギルドの掟があるから。
『人を殺した時、殺した人物は処刑される』と言った、いわば死刑が確定するのだ。
あいにく俺は書籍化するまで死ぬつもりはないし、死ぬ痛みなんて知ろうとも思わない。
だから殺さない……が!見返したい!!
キリキリと歯を鳴らすことしかできない中、指を刺され続ける俺を助けたのは、勢いよく扉を蹴り開けた……鋼の鎧を身にまとった男だった。
わざわざ自動で開く扉を蹴り飛ばしたということは相当慌てているということ。
そのことを察知したのは俺だけではなく、周りの冒険者。そして、受付嬢までも。
「どうされましたか!?」
先ほどの少年を対応していた受付嬢が慌てて男の元へと向かう。
そんな男は見覚えが有り過ぎるほどのやつなのだが、周りにいるはずのパーティーメンバーがどこにもいない。
「昼間の仲間はどこ行ったんだ?」
死んだ2人はともかくとして、あの男含めて残りの3人は生きていたはず。
血がついていないのを見るに、鎧を洗う時間はあったんだろうが……それでもやっぱり疑問は生まれる。
「お、俺の!俺の味方が殺された!!!」
せっかく心配してくれた受付嬢のことなど跳ね除けて叫ぶのは、薬物でも決めたように瞼を見開く男。
恐さすら感じるその見た目からか、ゾッと背筋を凍らせた受付嬢は慌てて距離を置く。
それでも『味方が殺された』という言葉が気になったのだろう。
引き腰になりながらも、おもむろに紡ぐ。
「殺されたって……どういうことですか……?」
「そのまんまだよ!昼間に聞こえなかったか!?
「爆発音……。たしかに千葉方面から聞こえてきましたけど……え!?まさか!?」
「そのまさかだよ!あの爆発に
「…………ん?」
違和感しかない会話に疑問を抱くのは極当然とも言えよう。
なんたって、千葉方面で爆発を起こしたのは紛うことなき俺であり、けれど誰も巻き込まないように気遣ったつもり。
だというのに死んだ……?魔力探知でも死んだ痕跡はなかったはずなんだけどな……?
疑問が疑問を生むことに首を傾げているときだった。
まともな精神状態じゃない男が俺を見つけるや否や――
「あいつだ!あいつが俺の仲間を殺したんだ!!!」
そうして勢いよく人差し指を向けてきた。
パチクリと瞬きするのは俺だけではなく、運良く俺のことを隠した後思っている冒険者までも。
非常に癪だが、ここにいる皆は俺がこの男のパーティーを壊滅できるとは思っていなかったのだろう。
失笑とまでとはいかないが、ざわざわとどよめき始めたのは事実。
「あいつじゃ無理だろ……。だってあの鎧のパーティーってSランクだろ?」
「それに対して薬草のザコはEランク。無理にもほどがあるよな」
「そもそもあいつが爆発を起こせるほどの魔法を打てるのか?というか千葉に行ってたのか?」
べつに嬉しくはないが、味方をしてくれるのは今この状況ではありがたい。
誤解を招かないためにも、今この場では俺は弱者のマネをするとしよう。とんでもなく癪だがな!
「そ、そっすよ!自分がそんな魔法打てるわけないじゃないっすか!!」
先ほどまでの『Sランク依頼を受けさせてくれ』という威勢はどこに行ったのやら。
自分でも呆れてしまうほどのザコ人間ムーブの演技は、正直言ってめちゃくちゃ上手いと思う。
案の定、周りの人間は「そうだそうだ」と言葉を続ける始末。
あいつの想定なら、この状況で浮き彫りになるのは俺だったのだろう。だが、今現在浮いているのは紛うことなき鋼の鎧の人間。
(ざまーみろ!せっかく助けたのに人のせいにするのが悪いんだろばーーーか!!)
ガキと大差ない暴言を心のなかで並べた俺は、表情ではザコモブそのもの。心のなかではニヤケっ面を披露していた。
「し、信じてくれよ!俺はSランク冒険者だぞ!?あんなEランクの言葉なんかよりもよっぽど信用できるだろ!」
「信用できるつっても、相手がEランクだからな。まともな魔法が放てるとは思えんけどな」
「それができたんだよ!この中に魔法使いはいないのか!あいつの魔力を見てくれよ!!」
「い、一応私魔法使いだからずっと見てるけど……”魔力自体は平凡”ですよ……?」
そうして言葉を発したのは、真っ先に駆けつけた金髪の受付嬢。
なんでチラチラこちらを見ているかと思えば、そういうことか。
残念ながら俺は基本的に自分の魔力を制御している。
理由なんて、こんな風に実力を見抜かれては英雄だと注目を集めて……
「あ゙っ゛……!」
思わず叫んでしまったのは言わずもがな。
だって、もし。もし、今朝俺がこのギルド内で魔力を開放していれば、バカにされることはなかった。
(あんな恥をかくことはなかった!くそう!やられた!!)
キリキリと歯を噛むことしかできない俺は、注目を集める視線に頭を下げることしかできなかった。
今更魔力を開放したところで、『殺したのは俺だ』と公言しているようなもの。
「どうしました?心当たりでも?」
「なんもないっす……」
相変わらず愛想が悪い受付嬢に、あくまでも悠然を保ちながら言葉を返す。
そうしてこれ以上の失態をさらさないためにも、数百円しか入っていない小さな袋を片手に受付を離れた。
「ちょっと待てよ!!」
自動ドアを潜ろうとするや否や掴まれる肩。
掴んだ相手というのは言わずもがな、鋼の鎧を纏う男。
一応今の俺はクソ雑魚キャラ。
演技とはいえ、ギョッと目を見開く俺はプルプルと震える頭をそちらに振り向かせる。
「な、なんすか……?」
「なんすかじゃねぇよ!なに勝手に帰ろうとしてんだ!」
「い、いや……依頼は終わらせたのでそそくさと帰ろうかと……」
「加害者のおまえが帰れると思うな!!」
「いやだからなんにもしてないですって……」
なぜこの男はこんなにもピリピリしているのだろうか?
そんな疑問が浮かび上がってしまうほどに、昼間に見たあの正義感なんて欠片も見当たらなかった。
まぁ1つあるとするならば、
「(おまえの獲物取ってすまんな)」
耳打ちした俺は、掴まれた手を振り払って言葉を待つこともなく自動ドアを潜った。
閉まった扉越しにものすごい怒声が聞こえてくるが、なんとなく分かっている俺は悠然に小さい袋を肩に担いだ。
きっとあの男は、俺に獲物が取られていると勘違いしているのだと思う。
現に、このギルドには『人の獲物を取るな』という掟が存在する。そこからどう転がって『人殺し』という展開になったのかはわからないが、あの魔物は相当仲値があったのだろう。
「姿形全部消したからなぁ……」
久しぶりに魔法を使ったからか、些か限度を知らない節があった。
それ故の爆発でもあり、それ故の魔物の消失。
ギルドに帰ってきて初めて知ったのだが、依頼を達成するには魔物の角やら爪やら皮やら、指定された物を持ってこなくちゃいけないらしい。
そこにさらに魔物の素材を換金するとなれば他にも色々持って帰らなくちゃいけないらしいが、ほとんどの人間はそれをしない。
理由?そんなの血に塗れた魔物を担ぎたくないだろう?それに尽きる。
「まぁ考えても仕方ない。帰って小説書こ。あとアンチコメとレスバする……!」
昨日のアンチコメに苛立ちを覚えながらも、ガラスが割れたビルの間を歩く。
見るも無惨なほどに崩れ落ちた、アニメの聖地と称された秋葉原を見上げながら。