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第14話『プロレスってぇ、真剣勝負なんだってぇ』

【塩ノエ視点】




〈Vtuberっていいよネー、体型とか気にしなくていいし〉

〈好きな事して配信して、金貰ってだもんねー〉

〈www〉


 笑うしかなかった。


 いつかのオンラインでゲームやってた時の会話。


 自分がVtuberだってことは言ってない。

 言ってないけど。

 言ってないから?


 笑うしかなかった。

 Vtuberってそう思われてるんだって。

 楽な『仕事』なんだって。


 そんなわけないでしょ。


 仕事だったら。


 そんなわけないでしょ。


 女の子だったら。




**********




『しょっぺーツラしてんじゃないよお!? 元気出していきなさいよ! 塩ノエ!』

『てめーら、たかまつてる? 高松うてめです』

〈しおっす、お嬢様〉

〈てめーら、たかまつております〉

〈しお分、たかまつております!〉


 黄色ショートの吊り目がキツイ女の子。それが塩ノエだ。

 もうひとりのわたし。その目と同じでキツ目の発言で沸かせるのが塩ノエだ。


『いやー、最近、一番人気のうてめにのっかっとけば、まあ、ちょっと数字伸ばせるかなと思ってオフコラボ打診したんだけどさ。もっと元気出しなさいよ! あんた! テンション低くない!?』

『いや、通常運転ですよ、ノエ先輩』

『そうなの!? 嘘でしょ! こんなのが100万人目前のVtuberなの!? これいいの!? てめーらさん達ぃ!?』

〈これがええんや〉

〈うてめの配信見ろ〉

〈ノエ様、全然いってないやん〉


 よしよし、コメントの動きはまあまあ悪くない。


『はあ? うてめの配信見ろ? どうせあのヤバい弟ークとかでしょ!』

〈それがええんや〉

〈弟ークはもはや伝統芸能〉

〈最近の歌バラード激エモ〉

〈最近はゲームがええで〉

〈ゲーム下手すぎて逆に感動〉


『ゲーム! あの下手すぎるやつ!? そういえば、100万人いくヤツの配信ってどんなもんよってちょっとだけ見たけど、この前のゲーム配信何よ! あの奇跡のミス! あと、どんだけムキになって特訓してんのよ!』

〈結局見てたんや〉

〈見てたんやない見下してたんや〉

〈見上げてるんやろ〉


 悪くない。コメント欄は盛り上がっている。

 これが塩ノエだ。もうひとりのわたしだ。


『ちょっとうてめ! トップの余裕見せてないで、ちょっとは働きなさいよ! なんか言う事ないの!?』

『ノエ先輩、かわいいですね』

『何よ! コイツのこの余裕!』

〈ノエさま子ども扱いwww〉

〈絶対王感〉

〈王は働かぬ 愛でるのみ〉


『もっと! ノエをもてなしなさいよ! って言ってるの! 何よ、この部屋! 弟とのツーショットばっかりの部屋!』

『いいでしょ?』

『いや、普通にこえーわ! 愛が重すぎる! っていうか、そんな溢れる愛情があるんなら今のノエにもちょっと向けなさいよ!』

『いやでしょ?』

『いやでしょ、じゃねーよ! 聞くな聞くな聞くな! 思わずノエもうんって言いそうになったわ! っていうか、それ、最近はやってるあの芸人さんのネタでしょ!』

『弟が教えてくれたんです。最近、この芸人さん流行ってるよって』

『弟ぉおおおおおおお! 何から何まで弟! キモイわ! この子!』

〈それがうてめやで〉

〈ブラコンで100万を獲る女〉

〈おい、ノエ様言い杉〉


 うてめのブラコントークは面白い。ちょっと怖いけど、面白い。

 あのひとだから許してくれてるんだろうけど、マジ狂気入ってる。

 あと、もうこの時のうてめのメス感がヤバい。

 弟であるというラインに守られながら、これだけの色気を出せるこの方向性、そんで、最近はそれが更に幸せオーラに溢れていて、めっちゃ馬鹿馬鹿しいのに多幸感あって、ヤバい。


 正直、ノエも切り抜きで見返してる。

 まあ、うてめは現実のライン越えしようとする気満々で怖いけど。配信で話してないだけ。ヤバい。


『さ、最近好きな曲は何よ』

『えーと、〇〇って曲が』

『なんで好きなの?』

『歌詞が凄くいいんです。本を読むような感覚で、ストーリー性があって、で、伏線というか、イントロから最後までつながった瞬間の気持ちよさが』

『それ、誰に教えてもらったの?』

『弟です』

『ウテウトォオオオオオオオ! え? 何!? 今、うてめってブラコンお釈迦様? ノエ、孫悟空? ずっと逃げられないの? ブラコンの手から』

『弟はうてめのモノなので、早く出て行ってもらって大丈夫です』

『おい! ストーリーを破綻させんなよ! そっちのオシャカは求めてねーんだよ!』

〈ヤバいwww〉

〈どこに逃げてもウテウト参上〉

〈ノエ悟空様は不要でした〉


『おい! 不要って言うな! 眼から塩水噴出させるわよ! あんた! どうせノエと同じでうてめに求められてない癖に!』

『いえ、ファンは必要です』

『ノエはぁあああああ!?』

『てめーらが増えたら弟が喜ぶので』

『ノエはぁあああああ!? っていうか、ファンに謝れぇえええええ! いや、もう逆にすがすがしいわ!』

〈ほらほら、うてめ様は欲してくれる〉

〈ノエ不要説www〉

〈ノエありがとな、でも、これがてめーらなんや〉


 テンポが気持ちいい。うてめは最近のびのびやっている。何をやっても怖くない。

 そんな空気だ。やってしまった後悔よりも今やらない後悔を嫌がっている。


 そして、コメントもそんなうてめを肯定してくれている。

 いい関係性だ。


 でも、


〈ノエうるせえ〉

〈塩分強すぎてキツイ〉

〈うてめのコバンザメが喚くな〉


 大きな流れの中で時折見えるコメント。


 わかってる。

 プロレスでしょ。

 わかってる。

 それでも。


『ふふ』

『何? なに笑ってんのよ、うてめ? マジで余裕ありすぎでしょ』

『ノエ先輩、これ、オフコラボなんですよ?』

『分かってるわよ! 先輩舐めんな!』

『もうちょっと気を抜いてくださいな。さっきまで、あんな借りてきた猫みたいになってたのに』

『は、はあ!?』


 イジッってきた!? うてめが裏を? 珍しい。うてめ自身が結構憑依系というかキャラを演じるのが完璧な印象で、あんま裏を使うことがなかったのに。

 まあ、ブラコンっぷりは裏表ないけど……。


『借りてきた猫って何よ! ノエ、そんなんじゃなかったでしょ!』

『だって、ふふ……うちの弟のごはん、黙ってもりもり食べてたじゃないですか』

『うわー! 言うなー!』

〈やっぱり……ノエたん……〉

〈もりもりwww〉

〈ノエ……かわいいぞ〉


『それに、ねえ、ノエ先輩って、本当に見せ方がうまいなあって』

『はあ!?』

『わざわざ何回も100万人直前って言ってくれるし。最近の配信何してたか紹介する流れに持って行ってくれるし……ノエ先輩が居ると、楽』

『楽って言うなー!!! 楽すんな! 後輩が! 働け!』

『本当にすごいなあって』

『……』




 ノエがVtuberになった時、まだ、あんま認知されてなくて、Vtuberやり始めたって言われたら、笑われたり、心配されたり……応援なんてされなかった。

 だから、周りにも余り言わなくなった。


 社長にも言われてた。


『この仕事は、きっとまだ未来の仕事です。我々は後発ではありますが、それでも、まだ。だから、先駆者となりましょう。理解されないことも多いでしょう。けれど、いつだって新しい事をやる時はいつだってそうなんですから』


 ノエが入った時にはもう既に初期メンバーもいたけど、それでも、まだ理解されていなかった。それは『仕事』を通じて痛いほど実感した。

 けれど、徐々にVtuberそのものが認知され始め、ファン層が増えると、今度はまた違う変化が起き始めた。

 分かりやすく伸びる子、伸びない子が出てくるのだ。


 数字は残酷だ。明確に差を打ち出してくる。

 勿論、数字以外にも色んな評価がある。けれど、数字はどうしてもついて回る。

 仕事だから。分かりやすい判断基準は大切だ。

 だけど、継続していく上では囚われたら身動きできない。

 ノエは、数字を気にしないよう暴れた。


 先輩として色んな子を見てきた。頑張る子、頑張れない子、そして、頑張ったけどやめちゃう子。

 思った。

 自分が輝けなくても、この子達の道を作ってあげられるVtuberになろうって。


 ある意味、敵として立ちはだかろうって。

 塩ノエは誰にでも当たる。そして、どんどん他の後輩達の配信をいじる。

いじっていじって塩を塗りこむ。

 そういうキャラにどんどんなっていった。

 後輩のファンから叩かれることもあった。


 分かってんだよ! こっちだって丁度いいいじりポイント探してるんだ! 良い所なんて山ほど知ってるわ!

 でも、プロレスは、そういうんじゃないから。言わない。暴れるだけ暴れてやるんだ。


 数字を気にしないようにする為に、言葉を見るようにした。

 そしたら、今度は、嬉しい事と辛い事がどんどん刺さってきた。

 分かってる。プロレスだって。そういう物語なんだって。暴れん坊の物語を作った。


 でも、やっぱり辛くなることはあるんだよ。

 『仕事』だから。

 『人間』だから。

 『女の子』だから。


 そしたら、今日言われたんだ。


『あのー、今日の料理って、お塩を沢山使ってます。あの、健康に害はない範囲ですよ。ノエさん、今日もウーフィットやってから来るってツブヤイッターで見たんで。で、塩多めにしたんですけど、改めて、塩ってすごいなあって。味を引き立たせたり、長持ちさせたり、引き締めたり、時には甘みを増幅させたり……お塩って気付かれない所ですごい活躍してるんですよねえ』


 ……いや、プロレス下手か。全然うまく話せてないんですけど。

 本心が見え見えだ。

 ていうか、励まし方としてもヘタだろ。

 すぐ呼びたがったのは、なんだ。最近元気がなさそうだったからか。

 メッセージ伝えたかったからか。


 へたくそ。


 そして、また、泣いてしまった。


 そう、ノエは塩ノエ。

 黄色ショートの吊り目がキツイ女の子。それが塩ノエだ。

 もうひとりのわたし。その目と同じでキツ目の発言で沸かせるのが塩ノエだ。


 もうひとりのわたし。たいせつなわたし。ノエが傷つくのはわたしもかなしい。

 でも、わたしは分かってるよ、ノエのこと。ノエはわたしをわかってる。

 そして、きっとファンも分かってくれてるよ、ノエ達のこと。


 少なくとも、一人は絶対にね。




『ノエ先輩? おねむの時間です?』

『子ども扱いするなー! っていうかさ、』


 ノエ達は、塩ノエ。仕事は、Vtuber。


『さっきのノエの話さ、うてめっぽくないんだけど誰かに教えてもらった?』

『弟に』

『ウテウトォオオオオオオオ! ナニコレ!? 呪い!? 迷いの森!? 出られないの、ウテウトから!』

『いや、ノエ先輩は出てください、うてめの弟ですから』

『じゃあ、出すな話題に! そして、出せノエを! ウテウト地獄から!』

『天国でしょ』

『うてめにとってはね! うてめ、ウテウトのこと好きすぎぃい! キモイ!』

『あ、ノエ先輩も好きですよ』

『ついでみたいに言うなー! 一番好きって言えー! ばーか!』

『言って欲しいんですか!?』

『ち、違う! そういうじゃない! やだ、キモイキモイキモイ!』

『好きって言ってくれたらうてめも言いますよ?』

『……ぅ、す、好き』

『うてめも好きです』

『……ウテウトより?』

『それはないです』

『もぉおおおおおおおおお! ばかぁあああああ!』

『でも、好きですよ』

『それでいいよ、じゃあ!』

〈うしおコンビ、あまぁ〉

〈今日のしお分は目に効くなあ〉

〈てめーらのしおがてにはいった〉

〈しお分が濃いから甘み引き立つなあ〉

〈うしおてぇてぇ〉

〈真のてぇてぇ〉

〈うしおまことてぇてぇ〉


 くっそ、計算外ばっかりなのに、コメント欄が盛り上がっている。

 でも、うてめ、今日は100万には届かないか。くそ。

 っていうか、ノエのファンもっとしお分送って来いよ!

 盛り上げてやるからさあ!


 それがノエ達でしょ! ねえ、みんな!

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