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第38話 『自由ってぇ、不自由な事もあるかもってぇ』

『マリネも今日は楽しかったよ☆ じゃあ、ばいば~い、まっりね~!』


 Vtuber尾根マリネの配信を終えて、姫野桃に戻る。

 さっきまで感じていた不思議な空間から離れて現実へと引き戻される。

 あれだけ自由に動いていた身体が、声が、魂が、重く感じる。

 この瞬間がきらい、だった。


 ドアを開けると、匂いがする。焼いたお肉の匂いだ。

 ちょっと焦げた臭い。

 現実でしか感じられないもの。

 そして、現実でしか見られない後ろ姿。


 ワタシは自然と笑っていた。




 尾根マリネ、前世は引田ピカタ。本名、姫野桃。

 ワタシは何不自由ない家で生まれた。

 お金持ちの四人兄妹の三女。

 そして、一番上の兄が優秀だった為に後継者は決まっていて、三姉妹は自由だった。


 両親は、優秀な一番上の兄に構ってばかりだった。

 申し訳ないとは思っていたのだろう。

 なりたいものになればいいと言われ、欲しいものはなんでも買ってくれた。

 だけど、ワタシにはしたいことがなかった。

 だって、何をしても意味がないから。


 人はいずれ死ぬ。身体は朽ち、記憶は消え、なかったことになる。

 なのに、なんで生きるのか。意味なんてないじゃないか。

 そう思っていた。自分でもかわいくない子だったと思う。


 だから、ワタシは死んだように生きていた。

 どうせ死ぬから。


 そのうち、ワタシはゲームに夢中になった。

 ゲームはよかった。

 夢中になって出来るから頭を空っぽに出来る。

 そして、ネットゲームにハマり、ゲーム配信者にハマった。

 楽しそうにゲームをやって、楽しそうにみんなと喋り、楽しそうに時間を過ごしている。


「……やってみたい、な」


 そして、ワタシはゲーム配信者としての活動を始める。

 最初は、他の配信者の真似をした。すると、どんどん自分の心が暴れ出すのを感じた。

 今までにない感覚がワタシを襲った。


 ワタシはその時、自由だった。

 けれど、その時間が自由であればあるほど、終わった時が辛かった。

 不自由だなんて言うのは贅沢だって分かってる。

 でも、現実に戻りたくなかった。


 生活の心配はしなくてよかったし、ご飯はいつでも食べれるようにお金を置いてくれてる。

 お金があるから、ゲームも買えるし、ごはんも食べられる。

 恵まれている。


 でも、現実に戻りたくなかった。

 ワタシは我が儘だ。


 そんな時だった。

 【フロンタニクス】から声を掛けられたのは。


 Vtuberにならないかという誘いだった。

 Vtuber自体は知っていた。

 そして、もっと安定して稼ぐことが出来るかもしれないし、あの家を出られるかもしれない。

 ワタシはVtuberになることを決め、家を出ることにした。


 両親は特に反対しなかった。

 ワタシは家を出た。


 Vtuberは楽しかった。

 引田ピカタは、明るく元気な女の子。

 ワタシとは真逆の存在。だけど、ワタシは演じるのは得意だ。

 それに楽しい。みんなと笑って騒いでわいわいするのは。

 だから、帰りたくない、現実に。


 一人暮らしを始めたワタシの現実の部屋はぐちゃぐちゃだった。

 けれど、それでもよかった。ワタシは自由だから。

 そして、ワタシは生活のほとんどをVtuberの時間に費やし、どんどんみんなに愛されていった。

 けれど、現実に戻る度に身体が重くなっていくのを感じていた。

 ああ、トイレもごはんもおふろもめんどくさいな。

 けれど、しなきゃいけない。Vtuberに戻る為に。


 ある日、ワタシは会社に呼び出される。

 何か会社の賞を貰って社長に褒められた。

 よかった。けれど、現実はめんどくさい。

 社長は嬉しそうに話しているけど、ワタシを見る目が気持ち悪い。

 社員やタレントも何人か集まっていたけど、その目はなんか複雑で怖かった。


 早く帰りたかった。

 あの世界に。


 会が終わって、社長がなんかごはんを誘ってきたけど断った。

 早く帰りたかったから。

 けど、なんか胃の中がぐるぐる気持ち悪くなりすぎて、会社の中でしゃがみこんでしまった。


 ああ、これは……。


「引田さん!」


 そんな事を考えてると、すぐに男の人がやってきた。


「大丈夫ですか?」


 ちょっと遠くから遠慮がちに聞いてくるその男の人は、なんか、こわくなかった。


「ああ、多分おなかが空いただけ」

「多分?」


 空腹に、多分、現実が襲い掛かったせいだろう。

 そのくらいは分かった。おなかが空いてたからだろう。めんどいな。


 その時、ふと匂うものがあった。


「……食べ物の匂い?」

「あ、えと……これっすかね?」


 男の人が手に持っていたのは、ラップに包まれたサンドイッチ。

 ただのサンドイッチだ。

 でも、なんだか……。


「あ、あの……食べます?」


 どうやらワタシは物凄く見てしまっていたらしい。

 顔が熱い。


 ふらつく足で休憩室に連れて行ってもらい、席につくと、その男の人はあったかい飲み物を持ってきてくれた。


「あの、これ蜂蜜の入ったドリンクなんですけど、多分飲みやすいと思うんで……」


 はちみつドリンク。あったかい。

 ワタシはそれを両手で抱えそのあったかさを感じながら、ゆっくり飲む。

 じんとくる温かさが心地よかった。


 ワタシの身体の中のグルグルが溶けて流されていく。

 その時、


 ぐうううう


 ワタシのお腹が、なった。


「あ……」

「ぷっ……!」


 笑った。その男の人が笑った。

 なんだかむかっとしたので睨んだ。


「い、いや、すみません。お腹の音もかわいんだなあって」

「……」


 なんだコイツは、何を言ってるんだ、あの、その、かわいいって、いや、おなかの音だし、笑うなんて失礼だし、かわいいって、笑ってるし、失礼だし。


 ワタシは何も言えなくなって、ひとまずおなかが鳴るのを止めようとサンドイッチにかぶりついた。

 パンがふわっとしてて、レタスがシャキッと鳴って、マスタードがちょっと辛くて、お肉が香ばしくて……。


「おいしい……」

「マジっすか!? よかったああ~」


 ソイツは、食べたワタシよりも幸せそうな顔をして笑っていた。

 おいしい。


 けど、ふと気づく。


「あ……これって、あなたのごはん?」

「ああ、俺はまた後でどっかで買うんでいいっすよ。それより、引田さんが食べて元気になってくれる方が大事っすから。じゃ、ちょっと俺も買い物に行って来ますね」

「あ……」


 ワタシは、思わず裾を掴んでいた。


「え? ど、どうしました?」

「あ、あの……これ、二つあるでしょ。一緒に食べない?」


 何を言ってるんだ。ワタシは。貰っておきながら。


「あの、ワタシ、あんまり胃が大きくないから、一個で十分だから。あの、それに……」

「そっすね。誰かと一緒に食べた方がうまいっすからね。ウチの担当も枯れ木も山の賑わいっつって、俺をよく連れ回すんで」


 そう言ってソイツは、ワタシが渡したサンドイッチを食べ始めた。


 誰かと一緒に食べた方がうまい。


 そうなんだ。そうだった。


 ワタシは、誰かと一緒にごはんを食べたことを忘れていた。

 両親は忙しかったし、兄妹は習い事とかで時間はバラバラ。

 友達を作るのも無駄だと思っていたから、学校でも一人で食べていた。


 だって、面倒じゃないか。誰かと一緒なんて。


 なら、なんで、こんなに。

 ここは居心地がいいのだろう。


 サンドイッチがおいしくて、のみものがあたたかくて……。

 そして、隣のコイツは、ゆっくり心地いいリズムで話しかけてくれた。


 ここ、いいな。もっといたいな。


 そんなことをふと思った自分にビックリしていたら、携帯の音。

 ワタシのじゃない。


「もしもし? ああ、れもねーど? はいはい、了解。大丈夫、飯もちゃんとサンドイッチ用意してただろ? うん、それ食ったら配信今日も頑張ろうぜ」


 スマホで話している内容からこの人は誰かのマネージャーのようだ。

 ワタシのマネージャーは、必要最低限の事しか頼んでいない。

 だって、自分で出来るから。

 じっと見つめていると、その人が振り返って申し訳なさそうに口を開く。


「すみません、担当との打ち合わせがこれからなんでここで失礼します」

「あ……」


 その人が去って行こうとする。何か言わなきゃ。え、何を?

 そう思っていたら、その人は振り返り、口を開く。


「配信いつも楽しみにしてますんで、身体大事にして下さいね」


 そう、言われた。やさしい笑顔で。

 気付けば口から言葉が飛び出していた。


「あの! なまえ、は……あなたの?」

「ああ、申し遅れました! 天堂累児と申します! 担当は、小村れもねーどです! 是非、コラボ等よろしくお願いします! ピカタさん!」


 それが、ルイジとワタシの出会いだった。

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